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日立製作所研究開発グループが実施するオンラインイベントシリーズ「協創の森ウェビナー」。第12回となる今回のテーマは、「ウェルビーイングとテクノロジー」。研究開発の現場では、ウェルビーイングはどのように捉えられているのでしょうか。プログラム2では、「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」というテーマでサイバーセキュリティを題材にして、研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 鍛忠司と、迅速感染症検査技術を題材にヘルスケアイノベーションセンタ 主任研究員 柳川善光の二人が現場での実践を報告。社会イノベーション協創センタ 主管デザイナー 柴田吉隆の進行でパネルディスカッションを行いました。

プログラム1「ウェルビーイングを捉え直す」
プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」
プログラム3「生涯QoL向上に向けた協創の最先端」

画像: 研究開発の現場とウェルビーイングの接点を探る

研究開発の現場とウェルビーイングの接点を探る

サイバーセキュリティは「守る」から「使う」へ

柴田:
研究開発の現場で、ウェルビーイングがどのように捉えられ、研究に生かされているのかを探っていきたいと思います。鍛さんはサイバーセキュリティの研究、柳川さんは迅速感染症検査技術の研究をされています。まず、お二人が取り組まれている研究の概要をお話しいただけますか。

鍛:
昨今、デジタルトランスフォーメーションや、サイバーフィジカル融合ということが言われています。さまざまなシステムをセンサでモニタリングしてデータを分析することによって、社会の動きを変える取り組みが行われています。

そして、社会全体でサイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)の融合が進むにしたがって、サイバー攻撃の脅威が大きくなっています。たとえばサイバー犯罪のコストを見ると、年間で世界全体のGDPの1%にも相当する費用が掛かっているという調査報告もあり、サイバー攻撃に対するリスクをいかに低く抑えるかが重要な課題です。私たちはサイバーとフィジカルの融合を悪用するようなサイバーリスクに対抗する方法に重点を置いたセキュリティに関する研究を進めています。

サイバー空間は将来性に満ちたフロンティアです。そのフロンティアを安心・安全に使える場にしていきたいというのが私たちのめざすところです。

わかりやすい例として、いま推進している二つの研究をご紹介します。
一つは、データを暗号化したまま処理実行できる技術の研究です。データを持つ人は、さまざまなデータをサイバー空間に預けますが、そうしたデータを、用途を限定し同意を得た上で、暗号のまま分析などをすることができます。たとえば災害時に要支援者の位置情報とヘルスケアのデータを分析し、所在を特定したり、必要な支援を判断したりするために使うことができます。暗号化されたデータを処理していくので、仮にデータが漏えいしたとしても見られることがなく安心して使える、といった技術です。

画像: データの安全性が向上することで、さまざまな場面でのデータの活用が期待できる

データの安全性が向上することで、さまざまな場面でのデータの活用が期待できる

もう一つは、サイバー空間の穴を自律的に塞ぐシステムの開発をしています。脆弱性と呼ばれるサイバーセキュリティ上の弱みを管理する技術の一種で、「脆弱性の発見」と「対策の適用」の二つで成り立っています。現在はサイバーセキュリティの専門家が手作業で行っていますが、将来的には自律的、あるいは自動的に塞ぐ機能を持たせるための研究を進めています。

柴田:
データセキュリティは、ある意味、一般的な生活者にとっても身近な領域と言えますね。いままでは、セキュリティというと「いかにデータを守るか」という話題が多かったと思いますが、鍛さんのお話を伺うと、「データをいかにして使うことができるか」に軸足が置かれていると感じます。サイバー空間上でなされる努力は、データを守るためではなく、もっと前向きに活用するために費やされるべきだということですね。

画像: サイバーセキュリティの重要性と活用について語る鍛

サイバーセキュリティの重要性と活用について語る鍛

早期に適切な抗菌薬の投与を可能にする研究を進める

柴田:
柳川さんの研究領域についても教えてください。

柳川:
私が研究しているのは迅速感染症検査技術です。昨今、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が社会問題となっていますが、人類の歴史は感染症との闘いの歴史でもあります。かつて肺炎で亡くなる方がたくさんいましたが、第二次世界大戦中にペニシリンが実用化され、肺炎で亡くなる方は劇的に減りました。その後も抗菌薬が実用化され、さまざまな場面で使われるようになりましたが、近年では抗菌薬が効かない耐性菌の出現が問題になっています。

画像: 「人類の歴史は感染症との闘いの歴史である」と語る柳川

「人類の歴史は感染症との闘いの歴史である」と語る柳川

WHO(世界保健機関)の試算によると、2050年までに年間1000万人が薬剤耐性菌で亡くなると言われています。COVID-19の裏で進む「サイレントパンデミック」とも呼ばれる問題です。

一方、感染症の中でも血液の中に細菌が入ってショック症状を起こす敗血症が問題になっています。抗菌薬の投与が1時間遅れると、敗血症の患者の生存率は7.6%も低下しているというデータがあり、なるべく早く抗菌薬を投与して患者を治療する必要があります。

ところが、血液の中にある細菌は濃度が薄く、そのままでは原因菌を特定できません。そのため培養で細菌を増やして、どういう細菌がいるか確認しています。結果が分かるまで3日かかり、その間にも抗菌薬を投与しなければならないので、いまは医師の経験に基づいて、なるべく幅広い菌に効果がある抗菌薬が投与されています。

一方で、幅広い菌に効く抗菌薬が、体内にいる細菌のバランスも崩すことが問題になっています。耐性を持つ菌だけが残り、ほかの菌が死滅してしまう。要は全体のバランスが崩れてしまい、耐性菌だけがからだの中に残って悪さをしたり、環境中に出ていくということが問題になっています。

画像: サイレントパンデミックは、コロナ禍の裏で進む新たな社会課題である

サイレントパンデミックは、コロナ禍の裏で進む新たな社会課題である

そこで、私たちはいま、1時間以内に原因菌を特定し、その菌だけに効く、必要最小限の抗菌薬を投与できる世界をめざしています。菌そのものではなく菌の遺伝子を増やし、増やした遺伝子の情報から菌の種類や適切な薬剤を特定し、医師に情報提供することで、早期に適切な抗菌薬を投与するために必要な支援をしようと考えています。

柴田:
こういうことが起きているとは、実はあまり知られていないのではないでしょうか。「殺虫剤が効かない虫が出てくる」といった話は誰しも聞いたことがあるかなと思いますが、それと同じようなことが自分の体の中でも起きていて、しかも自分の体には留まらずに、病原菌が社会に広がってしまうということですね。

サイバーセキュリティ技術が実装された先にあるウェルビーイング

柴田:
ここからは技術とウェルビーイングの関係について議論していきましょう。まずは鍛さんからお伺いします。安心してデータが使えるということは確かに大切なことだと思いますが、「それがウェルビーイングです」と言われても面白みが感じられないように思います。先程お話しいただいたサイバーセキュリティの技術が実装された先には、どんな世界が広がるとお考えですか。

画像: データの活用について未来図を語る

データの活用について未来図を語る

鍛:
サイバーセキュリティで、データを使ったり、預けたり預かったりすることで、どのようなウェルビーイングの世界が来るか、どんな夢想をしているか、ということですね。

一つはデータを使える世界です。さまざまな場面でのデータ活用を促進して、データを持っている人のウェルビーイングの向上を図る。データの所有権や使用権を明確化して、データを介したサービス提供者との信頼関係を構築していく、ということかと思います。
たとえば、ある人が車を整備工場に持って行ったとします。現在だと何のデータを見て部品の交換を提案してくれるのかよくわからないので、提案をそのまま受けるのがいいのか不安になることがあると思います。そこで整備してもらう時に車のデータを開示するわけですが、初めて行く工場なのか、馴染みの工場なのかによって、整備してもらいたい内容や開示するデータを変えて、サービスも変えてもらうこともできます。自分が欲しいレベルのサービスを受けるために、走行データやメンテナンスの履歴など、開示範囲を選んでデータを渡すという世界がまずは来ると思います。

画像1: サイバーセキュリティ技術が実装された先にあるウェルビーイング

二つ目は、データを預けた後の世界です。データの所有者は、「預けたデータはどのように活用されるのか」、「適切に使用されているのか」と不安になりますから、まずはデータが濫用されないと担保する技術がベースになります。その上で、たとえば電気自動車の所有者の情報と、停車場所、バッテリーの残量といった情報を利用して、災害発生時に自動車の電力を避難施設などに提供する地域の仕組みが考えられます。平時にデータ使用の同意を得た上で、何か起こった際に、データを活用していく。情報提供者も社会に貢献している実感が得られる。そうした世界を作っていきたいと考えています。

画像2: サイバーセキュリティ技術が実装された先にあるウェルビーイング

三つ目は、データを預かる側の不安の解消です。データを預ける側が不安なのと同様に、実は預かる側も不安です。大企業であればセキュリティは必要なサービスであるという認識を持つことができますが、小さな団体や組織ではセキュリティを担保しきれないという不安からやりたいと思っていたサービスをあきらめてしまうという課題があります。サイバーセキュリティの技術で間違いが起きないように担保しておくことで、住民の個人情報を預けてもらい、それを地域のために使ったり、どう活用するのかを住民自身に考えたりしてもらう。例えば、地域住民のニーズに合わせて柔軟に運航するオンデマンド・コミュニティバスのようなサービスが作れるのではないかと考えています。

画像3: サイバーセキュリティ技術が実装された先にあるウェルビーイング

柴田:
データのセキュリティへの不安が払拭されると、データを介して誰かを信頼したり、逆に自分が誰かに信頼してもらったり、そこから新しいことが始められたりするということですね。わたしは、データを見ていれば他人のことを気に掛けなくてよくなるような、どちらかというと逆のイメージを持っていました。でもまったくそうではないですね。データには、人と人との関係性を変える力があるということなのだと思います。柳川さんの研究領域からは、鍛さんの言うサイバーセキュリティによるウェルビーイングはどのように見えますか?

柳川:
私の関わる医療は究極の個人情報が絡む領域ですので、データセキュリティは非常に大事です。データを安心して預けられて、その結果データを地域内や地域間で活用していけるような関係性を作る技術がどんどん入っていくといいなと思います。

迅速感染症検査技術におけるウェルビーイングの観点

柴田:
先ほど柳川さんのお話を伺って、自分に合った薬を使って生存確率が高まるということが一番の価値なのかなと思いましたが、そのような個人のウェルネスを超えて、ウェルビーイングの観点ではどんなことを考えられていますか。

柳川:
感染症の治療は個人を対象としたものですが、耐性菌の問題は、周囲の人や後世の人たちを守るという意味でウェルビーイングの考え方に通じるものがあると思います。

耐性菌を克服するには、まずは抗菌薬の使い過ぎで耐性菌が出現しつつあることを人々が知ることが大事です。しかし、患者さんは「投薬によって自分の病気は治っても、次世代に耐性菌を残してしまうんじゃないか」と未来に不安を感じてしまうかもしれません。そこで、現場の医師と患者さんが情報を共有し、治療方針について意識を合わせるとともに、治療が終わった時に「治療の結果、病原菌だけを根絶しました。耐性菌は出ていません」と伝えることができれば、患者さんは、自分が元気になっただけでなく、周りの人や社会に対しても、自分の治療が貢献できたと認識できます。その点で、ウェルビーイングに繋がると考えています。

画像: 迅速感染症検査技術におけるウェルビーイングの観点

柴田:
病気の治療という極めて個人的な行為が実は社会と繋がっているということですね。一般的には、夏に暑いからとエアコンの温度を下げると、社会にとっては良くない影響があるというように、個人の幸福と社会の幸福はコンフリクトしがちです。しかし、今のお話は個人と社会の幸福がぴったり重なりますね。これはなかなかない経験かもしれません。

ウェルビーイングにおける個人と社会の関係について、鍛さんも何か気づいたことはありますか。

鍛:
自分の経験や直面している事実を共有することで社会をより良くしていこう、という部分はサイバーセキュリティとも通じるものがありそうです。自分と社会とのつながりを感じることがモチベーションにつながるのではないでしょうか。

画像: テクノロジーで耐性菌問題の解消に挑む

テクノロジーで耐性菌問題の解消に挑む

ウェルビーイングは今後の研究にどのように寄与するのか

柴田:
二人とも社会に技術を提供していく上で、技術的な観点から役に立つものを作りつつ、ウェルビーイングという抽象度が高いレンズでもご自身の研究を見ています。ウェルビーイングの観点をふまえることで、自身や研究に対して、どんな変化があるのかお聞かせいただけますか。

画像: データを共有することでヘルスケアの可能性が広がる

データを共有することでヘルスケアの可能性が広がる

鍛:
サイバーセキュリティという技術は減点法の世界なんです。何も起こらないことが百点で、何か起こると減点されていく、褒められることが少ない領域です。しかし、ウェルビーイングという視点を通すと、「こういったことができるとデータを使ってもらえるよね」と、楽しい世界をポジティブに考えられるようになります。減点法ではなく加点法で捉えていくことで、今後の研究が広がっていくのではないでしょうか。

柳川:
ヘルスケアの領域でも、加点法で捉えてデータを活用していこうという動きが出てくるのではないかと思います。個人情報は守るべきものですが、大事な情報を守りつつも、貴重なデータをどう活用するかを考えることがよりよい社会の実現につながると思います。

柴田:
研究していても、ワクワクが増えていきそうですよね。柳川さんはウェルビーイングの観点から見て、ご自身の研究や考え方に変化はありましたか。

柳川:
私たちは患者対医師のような、専門性の高い領域にフォーカスしがちですが、一歩引いて見ることで「治療は社会とつながっている」ことに気づかされました。このような認識が広がることで、治療が患者さん本人の回復だけでなく,よりよい社会の実現にも貢献していると実感できるような世界になるといいな、と改めて思います。

鍛:
サイバーセキュリティも、ヘルスケアも専門的な領域で研究を行っていますが、ウェルビーイングを通して見ると、それが身近なところにつながっていることが実感できると思いますし、そうした観点を通じて研究を広げていくことが大切だと思います。

柴田:
社会のインフラを技術で支える企業として、お二人の研究も新しい社会のインフラになっていくと思います。インフラってほとんどの人の生活に関連していて、だからこそ情報漏えいを防いだり人々の健康を守るといった価値を確実に提供していくことが大事なのですが、それに加えて「自分で選んでいると思える」、「自分のためだけではないと感じられる」ということを実現する要素は何だろうと考えてみることが、新しい価値を生み出すことに繋がっていくのかな、と思います。

柳川:
インフラと言うと自分の研究領域からは遠いイメージがありましたが、検査技術を社会の基盤として提供するという点ではインフラそのものですね。技術開発を通じて新たな社会の仕組みも作っていく。そんなモチベーションで取り組んでいきたいと考えています。

鍛:
新しい基盤を作っていく中で、いろいろな人が安心して生活できることが一番だと思っていますので、そういった世界の実現をめざしていきたいと思っています。

柴田:
今日お二人と話す中で、技術が人に寄り添うってこういうことなのかな、と気づきを得ました。ありがとうございました。

画像1: 自分で選ぶ、誰かのためになる。研究者が描く未来の「インフラ」|協創の森ウェビナー第12回 「ウェルビーイングとテクノロジー」プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」

鍛 忠司
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 (Distinguished Researcher)

1996年日立製作所入社以来、サイバーセキュリティの研究開発および国際標準化活動に従事。現在はサイバーセキュリティに加えて、デジタル社会におけるトラストのためのフレームワークの開発に取り組む。世界経済フォーラム第四次産業革命日本センタースマートシティプロジェクトフェロー、情報セキュリティ大学院大学連携教授。 博士(情報科学)。

画像2: 自分で選ぶ、誰かのためになる。研究者が描く未来の「インフラ」|協創の森ウェビナー第12回 「ウェルビーイングとテクノロジー」プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」

柳川善光
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 ヘルスケアイノベーションセンタ リーダ主任研究員 (Unit Manager)

2008年日立製作所入社。半導体メモリ、自動車用センサ、遺伝子解析装置の研究開発に従事したのち、2017年カナダMcGill大学の客員研究員としてマイクロ流路を用いた細胞の遺伝子抽出技術の研究に取り組む。現在、遺伝子を用いた迅速感染症検査技術の開発を推進している。博士(工学)。

画像3: 自分で選ぶ、誰かのためになる。研究者が描く未来の「インフラ」|協創の森ウェビナー第12回 「ウェルビーイングとテクノロジー」プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」

柴田吉隆
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ 主管デザイナー (Chief Designer)

公共分野のプロダクトデザイン、デジタルサイネージやICカードを用いたサービス開発を担当後、2000年代後半より、顧客経験に着目したシステム開発手法の立上げ、サービスデザインに関する方法論研究と日立グループ内への普及に従事。現在は、これからのデザインの役割を「未来の社会について、ひとりひとりが意見を持ち、議論をする」ことを促すものとして、ビジョンデザインを中心に活動している。

プログラム1「ウェルビーイングを捉え直す」
プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」
プログラム3「生涯QoL向上に向けた協創の最先端」

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