[Vol.1]サービスデザインのいまと海外動向
[Vol.2]意味の捉え方やエコシステムの構築に対してできること
[Vol.3] 多様な現実に目を向け、めざすべき社会像を描く
Business Origamiとは何か
永井さん:
ここからは丸山さんに、Business Origamiについてお話しいただきます。
丸山:
Business Origamiに入る前に、今日のテーマである「関係性のデザイン」というところに私がたどり着くまでの過程を、話していこうと思います。
私は入社してからずっと、モノ、製品をデザインしてきました。それがテクノロジーの進展に伴い、情報システムとコンピューターヒューマンインタラクションをデザインに取り込むようになりました。さらにその後は、事業構造改革もあり対象を電力や交通、ヘルスケアなどの社会インフラ事業に拡大することになりました。そういった中で生まれてきたものがBusiness Origamiで、サービスデザインの方法論研究としては、2006年に起案し、現在も実案件の中で仕様の改善と普及を進めています。
この図は学術的なものではなく、私の実体験を再整理した図です。私はいわゆる造形のデザイナーで、いまはサービスやまさに関係性のデザインまで延伸していますが、あえて申し上げますと、色・形・仕上げの構成や構造をうまく組み替えられるコンフィギュレーションスタディの能力を使って、プロダクト、グラフィックスの分野でいまも貢献を続けています。
さらに、使いやすさのようなものがすべてに対して必要になってきて、日立では1980年代後半から、今に至るまでユーザビリティを考えるときにはソフトウェア工学の研究者たちと一緒に、操作部の配置、情報構造などを組み立てる作業をやっています。ノンデザイナーの人と一緒に考えるようになったのは、この使いやすさのデザインに工学を中心としたスキルが重要になってきてからかなと思います。
さらにいま、いわゆる描くことを中心教えるデザイン教育やモノづくりにかかわる工学以外のスキルや人材が必要になってきたのが、サービスと言われる分野です。サービスにおいて何をデザインしているかというと、経験をデザインするチャレンジをしています。お客さまがそのサービスを通して感じ、経験する物語のシナリオの構成や構造を私たちが組み立て、ある種の脚本家的センスを使って美意識を持ちながら、サービスの世界観や、「この経験はユーザー、生活者、社会にとって美しいよね」ということを、審美眼を持って取り組んでいます。
これがデザインとしてやってきたことであり、非常に具体的な、形状を取り扱う印象のデザインから、抽象的な形式を取り扱うサービスの領域になるまでが、デザインが進化してきた沿革だと思います。
図の右側に書いてある「目的・関係性」の部分が、本日のアジェンダに非常にゆかりが深いものです。いままではお客さまの経験をデザインするためにサービスデザインがあり、Business Origamiをお客さまの経験を描くためのプロトタイピングツールとして使ってきましたが、社会をどう変えていくかといったもっと大きいアジェンダに対して、Business Origamiを使うことでより本質的な部分が見えてきたように思います。新しい関係性を見つけ、その関係性の中に意味や目的を見出すことが重要になってきました。つまり、トランジションが我々のデザインのフィールドになりつつあると思っています。
この分野では、Business Origamiのようなツールを使って構想を考えることに加え、実際の活動としてステークホルダーの関係を、実際に現場に入って作りこんでいくことも、デザイナーの活動の射程になってきていると思っています。
今日のメインの話ではありませんが、私は研究開発グループとして、ニュースメディアLinking Societyを作りました。これによって自分たちが社会の関係式を議論しながら作っていこうと思っています。持続可能な社会を作るために、どのように価値観をシフトすべきか、代替的な価値観とは何か、という問いを設定し、そこに関して集まる人たちのコミュニティを作っていくという、野心的な発信メディアです。永井先生も、井登さんも出ていただいていますし、赤羽さんにも近々出ていただこうと思っています。
Business Origamiはカード型のキットです。人間が中心になって書かれていきますが、この人はどういう立場でこのサービスにいる人なのか、というようなことを具体的に書き、そこに出てくる道具、たとえばサイネージやスマートフォン、事業者、商店街といったものや、組織、人をステークホルダーカードとして並べ、そこにビジネスとして必要になるビジネスバリュー、ユーザーエクスペリエンス、ペイメント、リソースなどを並行して並べることで、ステークホルダーマッピングをしながらレビューストリームも考え、同時にその個々の意味を議論したり鳥瞰したりウォークスルーしたりすることが非常にしやすい、紙で作られたチェスのようなものになっています。
これが先ほどお二人が言われたようなサービスを求められている世界にとって、具体的に検討していくときの糸口になるのではないか、というのが私の考えです。
Business Origamiは意味の散らばりを可視化する
永井さん:
後半はいままでの話も踏まえ、サービスデザインとBusiness Origamiの可能性全般について話していきたいと思います。井登さんもいわゆるヒューマンセンタードデザインとしてユーザーを見ているだけでは駄目なのではないか、逆にユーザーの背後にある世界をちゃんと見ていかなくてはならず、その中で何を選択するかといった意味を考えることが重要だというお話をされていたと思います。
井登さん:
ヒューマンセンタードデザイン、ユーザーセンタードデザインも、決して古くからユーザーだけを見ていたわけではありませんが、職業的にデザインをする際には、ユーザーを主人公に置いた方が捉えやすく、合理的にも考えやすいのです。しかし、その弊害として起こることは、デザイナーにとってユーザーを取り扱いやすくしてしまうところです。たとえば、サービスや製品、ビジネスが複雑になればなるほどマルチユーザーシステムになったり、ユーザーとは違う立場の利害関係者やシェアホルダーが出てきたりするときに、つい直接的なユーザーだけを主人公にしてしまう視点がどうしても刷り込まれがちです。
そういうときにBusiness Origamiを使うと、紙で作られたステンシルのようなものは、人間の形をしたものも、建物の形をしたものも、複写機の形をしたものも、全て同じアクターとして扱います。いまとなっては人間以外のアクターも同列に扱うことは当たり前になりつつありますが、10年ちょっと前の時代にはその感覚は意識的にならないとなかなか持てませんでした。それが実際にBusiness Origamiを使い始めて、人間もユーザーも、ユーザーじゃない人間も物質も、物体も建物も同列のアクターとして扱うことが手を動かしながらできた時に、さっと視界が開けた記憶がいまでも結構鮮明に残っています。
サービスデザインのために作られたので当たり前ではありますが、サービスデザインと相性がいいといいますか、いまとなっては当たり前になりつつある「ユーザーだけがユーザーではない」「人間だけが登場人物ではない」という観点を含めて、非常にリアリティのある状態で意識しやすくなったと感じています。
永井さん:
その場合、システム全体に対する意味の捉え方は個別的になると思いますが、どう考えたらいいでしょうか。
井登さん:
最近、「意味:Meaning」というキーワードがすごく注目されています。クラウス・クリッペンドルフというデザイン研究者は、デザインという言葉を「モノの意味をつくる(making sense of things)ことだ」と言っていますが、改めて「意味のデザイン」が再び注目を浴びているということです。
ただ、意味は一つではないですし、たとえば製品にせよサービスにせよビジネスにせよ、挑発的に大きな意味があるわけではないですよね。いろいろな意味が点在したり分散したりしているものをフワッと捉えていくと、ある製品がもっている意味になったり、あるビジネスやサービスが、社会やユーザー、人々にとって意味があるものになっていたりするんだと思います。仕事でやっているとつい、「大きな意味があるんじゃないか」という幻想が浮かび上がってきて、取り扱いやすい大きな意味だけに目が向きがちになりますが、そんなことはないと。いろいろなところに意味があって、ちょっとずつ意味の意味が違って、それをすくい上げまとめていくことが重要なんです。Business Origamiのようなツールは、そういった意味の散らばりを可視化してくれるところが魅力に感じているところです。
Business Origamiをエコシステムの構築にどう使うか
永井さん:
赤羽さん、冒頭で複雑なものをそのまま捉えるっていう話がありましたが、意味を一つに集約しないで大きく捉えるというのは、その話と通じることでしょうか。
赤羽さん:
どうでしょう。「意味」の意味の話をしていると意味のゲシュタルト崩壊が起こってしまいますが(笑)。Business Origamiを使って特定のユーザーを中心に置かず、いろんな関係性を記述しながら考えるワークショップを、今日このイベントとは別の集まりで丸山さんと一緒にやらせていただきました。一般的には、ユーザーに共感し、ユーザーのある文脈を見て解決策を出すときに、割と小さい課題に寄った解決策になってしまうといったことは感じています。大きなエコシステムを描き、その中で点在しているアクターや、期待するバリュー、そこで達成したいジョブなどを書いていってもそれがうまく全体に繋がらずに個別の課題解決に陥ってしまうことは、サービスデザインをやっている人であれば一度はぶつかる壁だと思います。僕もサービスデザインを始めたころに実際に体験しました。しかし、その時に一度引いて、共有されている物語やコンテクスト、意味の捉え直しをするためにBusiness Origamiやエコシステムマップのようなものを作ることはすごく有用だと思います。
先ほどの脱人間中心という話も、サービスデザインをやり始めた当初は、私自身も正直「最終的には人間のためのものを作るんでしょ」と思っていて、全然ピンときませんでした。それが最近、水産業や林業の仕事に関わるようになって、人間の要求を満たすものだけを作り続けていると、そのしわ寄せが山に行ってしまうことを経験し、最終的にみんなが共有している価値や期待する意味は何なのか、改めて考えるようになりました。アクターの関係や時間軸を長く見ないと持続可能にもならないし、一瞬の価値としては良くても、その価値自体がそのサービスのエコシステムの働きを毀損してしまうこともあるんだなと。その意味で、Business Origamiのような、どこに中心があるか流動的に変わることも記述できるワークはすごく意味があると思っています。
サービスデザインしているときに、デジタルとアナログの両方を繋いでサービス体験を作ろうとすると空間を創造するのが難しかったり、アクターが他にもたくさん存在すると言っても、関わる人たちと共感しながら作るのが難しかったりします。それが、Business Origamiを使ったワークショップをトークイベントとは別に改めてやってみて、空間の上から見たような形で一緒に議論しながら、「この人はこういうふうに動いてこの人とこういう関係性があって、端末とはこういう関係があるよね」ということを俯瞰しながら議論し、寄ったり引いたりできるのが物理的にもフィジカルにもやりやすくて、やはり活用・応用できる可能性は広いな、と感じました。
人から入って全体を見直すBusiness Origamiの手法
永井さん:
大きな意味でエコシステムをどう構築するかという話は、トランジションデザインの話と通じると思います。そうした大きな意味についての話、そしてBusiness Origamiの効用についても丸山さんから聞かせてください。
丸山:
そもそもプロダクトをデザインしてビジネスにするだけなら、Business Origamiは必要なかったと思います。物売りのバリューチェーンを考えると、作り手と買う人という対峙関係で閉じているので、新しい関係を見出す必要がありません。基本的に物売りの事業では、その市場に何人いるからこの規模のものを、このぐらいの機能を付けて売りましょう、という企画を決定し、いかに効率的に売るかが肝になるのです。
私がサービスデザインの分野で、改めてBusiness Origamiをやらねばと思ったのは、これまでの作り手と買い手という対峙関係を変えるような新しいビジネスの形を見出さなければいけない、サービスとしてもう一度、バリューチェーンを捉え直さなきゃいけないと思ったからです。そこで、お客さまと作り手という関係の外側にいる、いままで見えなかった利害を発見して、再構成をしたい。それを描くためには、複数の企業や組織が、サービスの意味のようなものを、対話を通して盤面上で見出せなければいけないと思いました。
たとえば、ある人にとっては便利なものだった携帯電話が、テーブルの上に並べて俯瞰してみると「これはセールスの端末だったのかな?」とか、「お客さまの健康を管理するためのものだったのかな?」というように、人の形を変えることで別の意味が発生してきます。それを参加者自身が対話の中でと気づけるのがBusiness Origamiです。
別で行ったワークショップの際も、赤羽さんは、テーブルから離れてみたり近寄ったり、目を細めたり見開いたりしながら見ていました。チェスのようになっているので、ウォークスルーのように自分たちが歩いて議論をしてみたり、または上から鳥瞰的に見たりする中で、「あれ?これってこういうことだったんじゃないの?」と気づけてしまうのが、この不思議な紙のチェスの効能だと思います。
永井さん:
モノをアクターにしたことも意図的ですか。
丸山:
はい。モノもアクターとして見ることができますが、まずは人間から先に卓上に置いていくことを、プロセス上は重要視しています。人の視点から課題の現場に対して実感を持つために、まず人を置く。その上でモノなどを置き始めます。最終的に検討を進めると、人とモノは並列になって、偶然検討の中で出てきた動物がアクターとして入ってきたり、そこに置いていた人型のカードが実はロボットでした、というようなときにロボットがアクターとしてすごく強い意味を持つこともあります。
トークイベントの最後には会場から、そしてYouTubeでLive視聴していた方々からの質問も受け付けました。次回は、質問を通して、Business Origamiを実際にどんな場面でどう活用していくか、さらに実践的な話にも踏み込みます。
赤羽 太郎
株式会社コンセント シニアサービスデザイナー
国際基督教大学教養学部人文科学科卒。株式会社コンセントにおいて新規サービス事業開発や体験デザイン、またそれを生み出す組織やプロセスを作るデザインコンサルティングに従事。Service Design チームの大規模プロジェクトにおいて多数リードを務めたのち、現在はDesign Leadership チームにおいて新しいデザイン方法論やアプローチの探求を行う。国際団体であるService Design Networkの日本共同代表を務め、国内外でのUX/SD 関連セミナー登壇活動のほか、「This is Service Design Doing」「Good Services」ほかデザイン関連書籍の翻訳や編集協力を行っている。飛び込み営業が社会人としての原体験なので、泥臭いプロセスもわりと得意である。HCD-Net 認定人間中心設計専門家。
井登 友一
株式会社インフォバーン 取締役副社長 / デザイン・ストラテジスト
2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力中しており、関西の大学を中心に教鞭を執りつつ、デザインとイノベーションを主題とした研究を実施中。
京都大学経営管理大学院博士後期課程修了 博士(経営科学)
HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長
日本プロジェクトマネジメント協会 認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト
永井 一史
アートディレクター/クリエイティブディレクター
株式会社HAKUHODO DESIGN代表取締役社長
多摩美術大学教授 TCL(Tama Art University Creative Leadership Program)エグゼクティブスーパーバイザー
1985年多摩美術大学美術学部卒業後、博報堂に入社。2003年、デザインによるブランディングの会社HAKUHODO DESIGNを設立。さまざまな企業・行政の経営改革支援や、事業、商品・サービスのブランディング、VIデザイン、プロジェクトデザインを手掛けている。
2015年から東京都「東京ブランド」クリエイティブディレクター、2015年から2017年までグッドデザイン賞審査委員長を務める。経済産業省・特許庁「産業競争力とデザインを考える研究会」委員も努めた。
クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリ、毎日デザイン賞など国内外受賞歴多数。著書・共著書に『幸せに向かうデザイン』、『エネルギー問題に効くデザイン』、『経営はデザインそのものである』、『博報堂デザインのブランディング』『これからのデザイン経営』など。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授。
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