※本記事に記載の所属、役職については、2023年1月に取材した時点のものです。
[Vol.1]日本とアメリカの差を生んだ資産の捉え方の違い
[Vol.2]投資による経済的自立を求められる若者と、資産運用会社が描く未来
[Vol.3]デジタルが資産運用をどう変えていくか
[Vol.4]変わりゆく資産に、運用会社はどう向き合っているか
[Vol.5]社内公募型のプロジェクトを通し、伝統領域からの脱皮を図る
[Vol.6] 投資の未来を、ワタシたちが描く。プロジェクトPenguinのメンバーに聞く学びとアウトプット
投資できる人とできない人。若者の資産運用が将来の格差をさらに広げる?
丸山:
若い世代の資産に対する考え方についても話を聞いていきたいと思います。まずは安野さん、どんな考えを持っていますか。
安野:
僕らの世代は金融資産に限らず、投資という意識は根本的にあると思います。僕の周りでも、例えば金融投資をしている人は半分ぐらいいます。NISAを利用して積み立てをしている人が多いです。投資の方法が分かっていなかったり、口座開設することや調べることが面倒くさかったりという理由で投資をしていない人もいます。また、僕らの世代は働き始めたばかりで、収入も少ないため、投資する余裕がない人もかなり多いです。
丸山:
実際、若い世代の人たちは投資の原資が少ない時期なのに、政府から「自分でやりなさい」と急に突き放されている印象があります。
安野:
そうですよね。僕らの世代は年金にほぼ期待していません。自分たちでどうにかしないと、という意識はありますが、実際に金融投資をしている人は半分くらいです。先ほど菅野さんが、日本では金融商品を買う意識がなかったので海外と差がついたとおっしゃっていましたが、その格差がこれからの日本の中で出てくるなと危惧しています。
最近金融庁が新しいNISAの枠を決めましたが、それは僕らの世代がターゲットだと感じています。自分たちで投資をして将来の資金を貯めてくれと。その中でいま、投資をしている人としていない人が半々なので、投資してきた人としてこなかった人との間でかなりの差が生まれると思っています。
そして将来、年金をもらえなくなったときに「なんで年金に期待していたの? 政府はこんな枠まで用意していたのに、いまお金がないのは自己責任でしょ?」という社会にならないか不安を感じています。
丸山:
アリとキリギリスのキリギリスかのように言われてしまう可能性がありますが、安野さん側から見れば、元々きついんだよ、というところですよね。
安野:
投資するお金がない人が半分いるのに、またそこで格差が広がって、弱者が弱者のままになってしまうのが本当に怖いなと思っています。
丸山:
安野さんの世代は入社してまだ収入も軌道に乗っていない状態で、資産形成には不安を感じているというお話でしたが、そういう意味では、そろそろ安全圏に入りつつある世代の羽渕さんはいかがでしょうか。
羽渕:
安全圏には入ってないですが(笑)。日本の金融資産の6割は65歳以上が持っていて、金融投資したことがあるのも高齢者の方が多い。これから「金融投資をしてください」というときに、若者をペルソナと捉えるか、6割の金融資産を持っている高齢者にするかは全然違う議論だと思ったりもしています。
自分はどっちつかずの年代ですが、若者世代は金融資産に投資すべきか、物件資産やキャリアのために投資すべきなのか、いろいろと選択を迫られてきているんだろうなと感じています。そんな中でもやりたいと思ったらキャリアアップのための投資もすると思いますし、多少手続きが面倒でもNISAも調べてやると思うので、それぞれのペルソナごとに何がやりたいのか、一体どうしたらやらせてあげられるのかを考えるべきなのではと思っています。
リスクヘッジを考える若い世代の投資と、これまでの投資戦略が生み出した “分断”
丸山:
世の中がすごく変わっていく中で、私自身も間近に迫る老後に備え、物を買い入れてもその価値がいつまで存続するのかなど、不安に思っているところはあります。
安野:
僕の世代では、企業や友人など、一つのコミュニティだけに所属することに対する不安があります。というのも、丸山さんがおっしゃっているように、国の情勢や技術(特にAI)が激しく変化していく中で、いつ自分のスキル、立場が危うくなるか分からないためです。先程、「僕らの世代は金融資産に限らず、投資という意識は根本的にある」といったのも、金融投資をしていないという友人も、自分のスキルや健康への投資はみんなやっていて、一つの資産の価値が落ちても、別の資産を生かせばよいという意味で、リスクヘッジはできているのかなと思っています。
丸山:
以前取り上げたLinking Society記事でZ世代の方々にお話を伺ったときに、彼らのSNSの世界では一つのコミュニティの中だけでは絶対に悪口を言わないし本音も出さない。複数のコミュニティに属してそれぞれにキャラクターを作って使い分け自分を成り立たせている、自我を出すことと人間関係のリスクのバランスをとるということがいまの若い人のデフォルトだそうです。つぶされるかもしれない、いじめを受けるかもしれない、だからどこでも深く立ち入らないようにしていますと。
一度会社に入ってしまえば安全だなんていう考えは彼らにはなくて、望むか望まないかによらず、若い頃からいろいろなコミュニティを渡り歩く、メディアを乗りこなしていく。それが生存戦略になっているのかもしれません。寄らば大樹の陰と教えられた僕の世代とは大違いです。
菅野さん:
高度成長時代を経て、ある程度余裕が出てきた65歳以上が6割の資産を持っているという状況になったのは20年ぐらい前のことです。(Vol.1での言及のように)戦後復興から20年くらい前までは、若い人たちは「物を買う」ことが推奨され、金融資産における資産形成からほとんど除外されていました。そのため、その間、若い人たちは資産形成において、ほとんど無視されてきたとも言えます。
65歳以上の人々の資産形成に関わってきたのは証券会社や銀行といった、いわゆる金融商品の販売会社がほとんどでした。このような販売会社は若い人には全然見向きもしませんでした。これは先述の社会の仕組みによって、65歳以上の、ある程度お金を持っている人たちには「そのお金を活用しましょう」と言うのですが、それ以外の若い人たちに対しては、住宅ローンのやり取りはあっても「資産運用しましょう」とは言わないんですよね。
そんなふうに、若い人はライフステージに応じて金融資産による資産形成から切り捨てられてきた部分がありました。私も安野さんの考えているような運用商品やサービスを作ろうと思ってやってきましたが、いま考えると、今申し上げたような状況もあったから、およそ7割の人たちは投資をしてこなかったし、それ故に投資をしてこなかったおよそ7割の方々にサービスをサポートしてもらえるとも思って来なかった。これはやっぱり分断だと思います。
丸山:
投資という世界はリニアエコノミーだったのかもしれないですね。いま資産を持っている約3割の65歳以上の不動産ホルダーと販売会社と投資会社が蜜月を長く続けてきたけれど。その方たちが亡くなって資産を相続する時期が訪れたいま、それを相続する若い世代との接点がないために資産が循環していくサイクルが作れなくなるかもしれないですね。
聞いた話ですが、地方からの大学進学のために東京に出てきて首都圏で暮らして、一定期間経った頃に親御さんが地方で亡くなられると、相続する時に地方銀行にあった預金を全部メガバンクに移し変えるそうですね。
菅野さん:
相続が発生した時に地方銀行で起こっていることはまさにそうです。そして、資産がどこに行くかと言ったら、おっしゃる通りメガバンクですよね。同じようなことが証券会社でも起こっていて、店頭で対応する証券会社の中には、なんと顧客の平均年齢が77歳というすごい高齢化社会のところもあるんです。その人たちが亡くなった時に、50代の子ども世代の人たちが、そういう証券会社の店頭に行って商品を買いますか、というと、買わないですよね。
丸山:
もし安野さんがある日有価証券を相続して、1000万くらいの財産が来たらどうしますか?
安野:
私は自分の口座が証券会社にありますが、手数料の安いオンライン証券にすると思います。
丸山:
鞍替えするってことですか?
安野:
はい、S&P500に連動したインデックス・ファンドにします。
丸山:
それはなぜですか?
安野:
S&P500に連動したインデックス・ファンドは、米国株式市場全体に分散投資することができるためです。手軽に海外に分散投資できるので、若年層からは人気があります。
友人に投資を勧めると、「貯金で十分だよ」とよく言われます。最近は円安による値上げなどを実感する機会が多くなっているので、日本円に全力投資して本当に安全?と問いかけると、「確かに、危ないな」という議論になります。そういうこともあり、最近では何らかの分散は考えた方がよいなと思い、貯金への考えを改め、私も含め、大体の人が投資に関心を持ち始めているように思います。
投資の力を知らない人の未来も含めて、投資の力で未来をはぐくむ会社に
丸山:
二つ目のトピックスに入りたいと思います。フィナンシャル・ウェルビーイングという言葉は、金融の方が最初に言い出したのでしょうか。
菅野さん:
最初はウェルビーイングがあり、そこから生まれた言葉ですね。
丸山:
フィナンシャル・ウェルビーイングは非常に興味深いキーワードだと私も思っています。AM-Oneのコーポレート・メッセージは、それと非常に近いところを言われているかと思うのですが、いかがでしょうか。
菅野さん:
一昨年の1月に当社のコーポレート・メッセージ「投資の力で未来をはぐくむ」を作りました。アセットマネジメントOneの存在意義を示すものとして、社員がさまざまな行動をとるときにこのコーポレート・メッセージに照らして自分の行動を決めていくことも企図していました。
一般的な言葉ではありますが、このコーポレート・メッセージにはあまり細かい言葉の定義は置かずに、みんながそれぞれ自分の思いをその言葉に込めていけばいいと思っています。例えば皆さんとコーポレート・メッセージを共有するときに、私の考え方としては、当社は資産運用を生業としている会社なので、その力を使って単にお客さまの未来だけではなく、投資にどんな力があるのかを知らない人の未来も含めて、未来をはぐくむ会社になればいいと思っています。
「社会の未来を投資の力を通じてはぐくむ」というのは、まさにESG(環境・社会・ガバナンス)投資の考え方です。私たちがいろいろなことを判断する場合には、必ず「投資の力」がバックグラウンドにあり、「投資の力」を通じて社会の未来をはぐくむことが出来るかという考え方を踏まえ、意思決定をしていこうと考えています。
丸山:
個人が投資の力で未来をはぐくめる状態をつくる、それを支える会社でありたいということですね。これは諸説あるとは思いますが以前、Linking societyの記事の中で、パーパスを起点にしたブランディングの第一人者である永井一史さんにインタビューにさせていただきました。
その中で、パーパスは社会の中で果たすべき役割であり、自分たちがそれを実践するための使命がミッションだとおっしゃいました。果たすべき役割をみんなが感じることができて、その使命に自社、自分なりに考え向き合う、という意味で、“はぐくむ”というのは、すごくいい表現だと思いました。
菅野さん:
そこには経緯がありました。「投資の力で未来を…」、というところまでは決まっていて、最後「作る」にするのか「育む」にするのか役員の間で議論がありました。そして最終的に上がってきたのが、平仮名の「はぐくむ」でした。作るというと主体性が強いですが、“はぐくむ”っていうと親の愛情のようなものを感じます。
丸山:
温かい感じがしますよね。
菅野さん:
「作る」だとそれこそプロダクトプッシュといいますか、作って「はい、できました」という感じですが、“はぐくむ”だと、作ってお渡ししてから一緒にその目的、ゴールに向かってやっていきましょうという感じが出るのかなと感じましたね。
丸山:
一つ最初に作ったものを遵守するのではなくて、ずっとそれを問い直し、アップデートし続けようとする感じは、これからAM-Oneが、商品売り切り型の会社から、商品をお渡ししてからも関係が続くサービス型の会社になっていこう、という意志も感じられて、非常に素敵な言葉だなと思いました。
資産形成のシーンで軽視されてきた若年層に対し、今後、どのようなアプローチができるのでしょうか。次回は、推し活やライブでの投げ銭に表れる若者の価値観について、そしてそれをどうこれからの資産運用に生かしていけるかについて語り合います。
菅野 暁
アセットマネジメントOne株式会社 取締役社長(※2023年1月取材時)
1982年東京大学経済学部卒業、1986年マサチューセッツ工科大学経営大学院修了(経営学専攻)。1982年(株)日本興業銀行(現・みずほ銀行)入行。2012年(株)みずほ銀行・(株)みずほコーポレート銀行常務執行役員投資銀行ユニット長兼アセットマネジメントユニット長、2014年(株)みずほフィナンシャルグループ執行役専務国際・投資銀行・運用 戦略・経営管理統括、2016年執行役専務グローバルコーポレートカンパニー長、2017年執行役副社長、2018年4月アセットマネジメントOne(株)取締役社長、一般社団法人投資信託協会副会長、一般社団法人日本投資顧問業協会理事。
羽渕 峻行
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 社会課題協創研究部 研究員(Researcher)
2011年日立製作所入社。システム分野の研究開発を経て、現在は社会イノベーション事業の創生に従事。博士(工学)、経営学修士(MBA)。
安野 瑞起
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタUX デザイン部 企画員(Associate Designer)
2020年日立製作所入社。家電分野におけるデジタルプロダクトのUI・UXデザインに従事。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授
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