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未来のまちづくりに、エアモビリティはどのように組み込まれるべきなのでしょうか。開発者と住民の双方がともに意見を出し合い、未来のまちの姿をより具体的に想像するためには、データを活用した体験を伴うシミュレーションが有用です。実際のデータ活用事例とともに、慶應大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 山形与志樹教授と、研究開発グループ グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長 中津欣也とサービスシステムイノベーションセンタ 主任研究員 田中英里香、社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長の丸山幸伸 が、エアモビリティの社会実装に向けた課題とその解決法について考えます。

[Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」
[Vol.2]慶應大と日立がともに取り組むエアモビリティ開発
[Vol.3]データで伝える“空飛ぶクルマ”の価値
[Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する
[Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする

画像: 山形さんも田中も、エアモビリティは住民の生活の中に溶け込みながら徐々に受け入れられていくはずだと考えている。

山形さんも田中も、エアモビリティは住民の生活の中に溶け込みながら徐々に受け入れられていくはずだと考えている。

エアモビリティ導入のメリットとは

丸山:
これまでのお話を伺い、エアモビリティは、全く新しい存在感のモビリティなので導入期と普及期では、市民からみた印象も変わっていくだろうし、ニーズに合わせて航路も変わってくるということがわかりました。例えば、最初は人のいない川沿いを飛んで、みんながそれを認知するようになったら、もっとまちの真ん中、たとえば賑わいが欲しいところに飛ばした方が良い、という導入戦略を描くこともできるのですね。

山形さん:
エアモビリティの多様なユースに加えて、まちの中での副次的なメリットをいろいろと実感できるようになるということも重要ですね。カーボンニュートラルや安全面での持続可能性だけではなく、自然環境の回復に対する貢献も期待できます。特に、道路を整備しなくて良くなるというメリットはとても大きいと思います。道路整備がなくなると、森林減少も減りますし、緑地を回復することも可能になります。実は、自動運転のクルマでも同じことが言えて、道路の全面を舗装する必要がなくなりますので、通りを緑化して快適な空間にすることが可能になるのです。

田中:
今あるまちの形を変えずにエアモビリティの発着所を色々なところに作るのは難しいでしょうから、初めは住民の方々も「私の家の側にそんなものができる気がしないし自分にメリットはない」と思われるでしょう。ですが、まずはみんなで合意できた航路から飛ばして、その間にまちの形が変わっていって飛び立てる場所が身近にできてくると、「近くにいる私も使えるんだ」とエアモビリティの存在が徐々に受け入れられていくのではと思います。

中津:
たとえば日本初の鉄道として新橋-横浜間を走っていた蒸気機関車を、当時「鉄の馬が走る」ということで見に行く人もいました。これまでになかった技術も、いざ使われ始めると、いままで見えなかった価値が見えてきて住民の方の認識が変わったりもします。一方で課題も見えてきますが、人類はその課題を何十年もかけて解決し、技術やルールを進化させてきました。エアモビリティも、あと数十年経てばルールや技術、価値が出来上がって、本当の意味で普通のインフラとして活用できるようになるんじゃないかと思います。茨城県の私が住んでいる地域では、お店がどんどんなくなって、コンビニまで行くのに何十分もかかるんです。都内では考えられないですよね。一番困っているのは主婦や高齢者の方です。運転免許を返納した人や、自分で車を運転するのが怖いという人が一人で暮らしていると、スーパー、コンビニや薬局に行く機会を失って移動難民が発生してもおかしくありません。市町村長もそういった問題を把握されているので、その解決策として、例えばドローンで食材や薬を届けることから始めて、エアモビリティを物流に活用する可能性もあるんじゃないかなと思っています。もちろんルール形成への合意も必要なのですが、車を運転しなくても、遠方まで配達してもらうことに気を遣わなくて良い、ドローンで機械的に届くことにメリットを感じていただけるのではという気がしました。

画像: 制御技術を専門にする中津からは、エアモビリティ導入のもう一つの課題として、離発着時の機体の安定性を高めることが挙げられた。

制御技術を専門にする中津からは、エアモビリティ導入のもう一つの課題として、離発着時の機体の安定性を高めることが挙げられた。

安定飛行に必要な制御の課題

丸山:
まちのさまざまな場所で、エアモビリティのニーズが生まれると、離発着させたい場所がビルの谷間だったり、川の横に降りたり…。機器側の都合より設置ニーズが優先されてしまいそうですが、それはどうやって乗り越えられるのでしょう?

中津:
エアモビリティを先ほどのようなシナリオで社会実装するためには、離発着のポイントが不安定な環境になってしまうというのが重要な課題です。ジェット旅客機は1,000km/hを超えるスピードで飛んでいるので非常に安定した浮力が発生していて、離着陸の前後20分以外はほぼ自動操縦で飛んでいます。それができる理由は、航路と呼ばれる上空の気象状況などが事前にきちんと管理計測されているからです。じゃあエアモビリティはどうかと言われると、まさにそこが普及やルール形成、また地域の方に納得いただく際に大きな障壁になるのではと思います。

エアモビリティの良さは、大きな空港が無くても離着陸できることが大きいです。一方で、機体がほぼ静止している状態で離着陸することになり、風などの環境変化の影響を受けやすいデメリットが生じてしまいます。我々のチームでは、風や流体における機体の安定性といったところの技術について長年新幹線の形状を設計開発してきたノウハウや車の安全運転に使われるステレオカメラなどのセンサー技術があるので、それを活用して安定した離発着ができるシステムを開発しているところです。山形先生との協創が進み検討結果がシミュレーションで出来るようになれば、そのシミュレーション結果から様々な価値をエリアの方に感じて頂きエアモビリティを実際に使ってみたいというまちが出てきたときに、いま言ったような離発着を安定にする制御技術が必要になってきます。例えば、離発着場所に吹く風を分析し、その離発着場の特徴を学んでおくことで、気象状況に合わせて機体の制御を的確に調整できればよいのです。

丸山:
離発着する最後の最後の瞬間、計算しなきゃいけないんですね。

中津:
いまだと、すでにデジタライズされている環境にリアルの風情報を入れてシミュレーションをします。このシミュレーションができると機体はほぼ安定して、風況を計算しながら離着陸することができます。それぞれ場所も違えば、昼か夜か、雪なのか雨なのか。さまざまなケースで離発着の安定性を担保できるんじゃないでしょうか。

画像: エアモビリティの実装に向け、メタバース上で体験してもらう機会を作りたい、と山形さん

エアモビリティの実装に向け、メタバース上で体験してもらう機会を作りたい、と山形さん

未来のまちを擬似体験する

丸山:
中津さんがお話になった、暮らしの裏側を支える複雑な技術要件と、住民にとっての価値を擦り合わせる合意形成が重要になりそうですが、山形先生は、このような統合的にまちのインフラシステムを組み立てるためには、住民ニーズと技術要件をどうやって合意して、社会実装につなげようと考えているのでしょうか?

山形さん:
実はすでにいつくかの自治体と連携して、エアモビリティの社会実装研究を進めています。特に延岡市さんでは、私の研究室が連携提案した、“救急”as a Service(QaaS)プロジェクトのデジタル田園都市事業が昨年度に認められています。エアモビリティの救急医療利用は、空港から離れていてドクターヘリが配備されていない延岡市でこそ早い実現が期待されています。空飛ぶクルマの救急搬送が実現するまで、シミュレーション研究によって、技術要件明確化と合意形成促進を支援させて頂く予定です。

その際は、機体の揺れや風、音も体験できるセミリアルなフライトシミュレータを作り、実際の空飛ぶクルマに乗った時にどんな感じなのかを市民の方に体験してもらいたいと考えています。その実感に基づいて、エアモビリティが未来の救急搬送や観光、ビジネス等でどのように役に立つのかを考えていただくことで、社会受容性の高い技術開発の可能性を高めることになると思います。

さらに今年度から実施する新SIPプロジェクトでは、未来都市における陸と海と空をつなぐモビリティ技術の発展シナリオを考えて、デジタルツイン空間でシミュレーションするシステム研究に取り組む予定です。次世代モビリティがカーボンニュートラルな自動運転EVとして社会実装された未来都市はどのようなかたちになるのか、いくつかのシナリオを考え、比較評価してシステムをデザインする必要があります。

そこで、未来都市のシナリオをデジタルツイン空間上に3Dで構築し、空飛ぶクルマのフライトシミュレーターに乗って上空から見学できるようにします。空飛ぶクルマのバーティカルハブへの着陸後は、メタバースの中の市街地や自然環境をアバターとして歩いて体験し、オフィスや住宅も見学し、他の参加者と「未来都市会議」で議論するプラットフォームを作成します。

また、その際、デジタルツイン上でシミュレーション計算される各種の持続可能性KPI(LEED認証の性能評価のような)について、アバター目線で評価が総合的に見られる可視化プラットフォームがあれば、設計へのフィードバックもより的確になると思われます。

丸山:
部分的にでも、なるべくリアルに関係者に価値や仕組みを体感してもらう取り組みを重ねていくということですね。

山形さん:
そうですね。空飛ぶクルマをフライトシミュレーションで体験するだけではなく、空飛ぶクルマがモビリティの中心技術の一つになるであろう2040年代以降の未来都市について、併せてアバターでデジタルツイン空間に入って体験することで、未来社会の姿についてある程度の実感が可能となり、未来の自分のユーザ目線で具体的なシステムデザインに参加する機会ができれば、社会技術としても重要なイノベーションになることでしょう。

実際これは、たとえるなら、今から150年前に馬車協議会の人が鉄道の開通した新橋に集まって、「50年後に自動車社会になったら東京の街がどう変わるのか?」を考えるくらい難しいことです。実際、これから100年に一度のモビリティ革命が起きると考えられます。都市は、馬から自動車に主な交通が変わったのと同じくらいの大きな影響を受けるでしょう。この変化を予測することは大変に難しいわけですけれど、私達の想像力とデジタルツイン技術をフル活用してシステムデザインに取り組めば、「エアモビリティの技術革新に伴う持続可能な未来都市の発展シナリオ」を共創イノベーションすることは可能だと信じています。

丸山:
田中さんの方ではCyber-PoC for CitiesにVR(Virtual Reality)を組み合わせることも視野に入れた研究をされていますが、いまのお二人の話を聞いてどう思われましたか?

田中:
私が研究をしているCyber-PoC for Citiesでは、まちの状況をデータを使いながら地図上で表現できるようになっています。これを使う事で、今のまちをどう変えていくかという話を住民の方々と一緒にできて、皆さんが作りたいまちを作っていける。ただし、エアモビリティのようなサービスが入ってきた時のまちがどうあるべきか想像もつかない時は、住民の方からニーズや課題を聞いているだけでは難しい面もあります。住民の方々との議論にプロにも入ってもらい「エアモビリティを飛ばすにはこういう環境が必要」といったプロの意見を聞きながら、だからこそ、こういうまちの形であると良い、というものも提示しつつ、みんなで想いを合わせていくのが良いのではと思います。そういう意味では、今のCyber-PoC for Citiesを拡張し3DやxR(クロスリアリティ)技術を活用して、エアモビリティを飛ばすための町並をイメージしてもらいながら、住民の方々の意見も取り入れつつカスタマイズしていくことができればと思っています。

丸山:
誰もがまだ想像もしていないようなまち。それをどうやってまちづくりのプロセス段階から疑似体感するところが、今後の大きな研究課題になりそうですね。

次回はサイバーフィジカルシステムの事業創生に携わる、研究開発グループ デザインセンタ 主任デザイナーの坂東も加えて、エアモビリティのあるまちづくりに活用される仮想空間のあり方について議論します。

画像1: [Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

山形 与志樹
慶應義塾大学大学院 SDM研究科教授(未来社会共創イノベーション研究室)

東京大学教養学部卒(学術博士)。30年勤務した国立環境研究所の主席研究員から現職。未来社会共創イノベーション研究室を創設し、空飛ぶクルマなどの新しいモビリティを活用する革新的な都市システムデザインの研究に取り組む。専門は応用システム分析。著書には「都市システムデザイン:IoT時代における持続可能なスマートシティーの創出」(エルゼビア)、「ビックデータを用いる空間解析」(アカデミックプレス)、「都市レジリエンス:変革的アプローチ」(シュプリンガー)他、国際誌に約300の査読論文を発表。国際応用システム研究所客員研究員、統計数理研究所客員教授、東京大学、北海道大学、上智大学非常勤講師。

画像2: [Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

中津 欣也
研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長(Distinguished Researcher)

日立製作所に入社後、産業機器の研究開発を担当。2000年から車載向け駆動システムの研究開発を立上げ、2012年にパワーエレクトロニクスシステム研究部の部長に就任、自動車向けの駆動システムや充放電システムの開発を牽引。2018年に主管研究長に就任と共に電動システムラボを開設しラボ長を兼務。2020年に電動化イノベーションセンタ主管研究長に就任。市村地球環境産業賞、大河内記念賞、文部科学省文部科学大臣表彰、つくば奨励賞などを受賞。2023年4月より現職。

画像3: [Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

田中 英里香
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
サービスシステムイノベーションセンタ 社会インフラアーキテクチャ研究部
主任研究員(Chief Researcher)

日立製作所入社後、ユビキタス社会におけるユーザビリティを考慮したサービスや認証技術の研究開発を担当。その後、サービス工学の研究に従事し、エネルギー、産業・流通、交通など多岐にわたる事業分野において、ビジネスダイナミクスを活用したサービス評価技術などを研究。2017年度からCyber-PoCの研究開発に従事し、現在デジタルスマートシティを支えるCyber-PoC for Citiesの研究を推進している。

画像4: [Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

[Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」
[Vol.2]慶應大と日立がともに取り組むエアモビリティ開発
[Vol.3]データで伝える“空飛ぶクルマ”の価値
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