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日立製作所のメンバーが慶應大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)教授の山形与志樹さんをお迎えして、これからのまちづくりについて議論する企画の最終回。三次元データをバーチャルに掛け合わせて有効活用することに期待が高まるなか、メタバースやサイバーフィジカルシステムといったバーチャルは、何のために存在し、どのように活用されるのが理想的なのでしょうか。サイバーフィジカルシステムの事業創生に携わる研究開発グループ デザインセンタ 主任デザイナー 坂東を加えて、グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長 中津とサービスシステムイノベーションセンタ 主任研究員 田中、社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長 丸山の4名が山形さんとのディカッションを通して考えます。

[Vol.1]カーボンニュートラルとウェルビーイングを両立する都市のかたち「環境に優しく、活気あるまちに必要なモビリティとは」
[Vol.2]慶應大と日立がともに取り組むエアモビリティ開発
[Vol.3]データで伝える“空飛ぶクルマ”の価値
[Vol.4]メタバース空間で未来のまちを擬似体験する
[Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする

画像: 坂東の所属先で研究を進めるサイバーフィジカルシステムは、三次元データを活用することでよりリアルなシミュレーションを可能にする。

坂東の所属先で研究を進めるサイバーフィジカルシステムは、三次元データを活用することでよりリアルなシミュレーションを可能にする。

メタバースの活用に向けてデータをどう取り扱うか

丸山:
メタバースという空間価値を検討する活動が盛んになってきていますが、ここからは、フィジカル空間とサイバー空間をリアルタイムにシームレスにつなぐプラットフォームのデザインと研究を進めている、坂東さんに参加してもらいます。現在の活動についてご説明いただけますか?

坂東:
他のメンバーとともに、「サイバーフィジカルシステム(CPS)」という研究をしています。昨今、多様なデータがオープンになりデータの量も増えてきて、それを活用しようという社会の機運が高まっています。いままでに私たちが研究してきたデジタルツインなどの技術は、データを物のIDと紐付けて制御するやり方です。それが、三次元データを容易に使えるようになると、より人の感覚に近い三次元の空間の中に情報を紐づけて、自分たちのいる世界のシミュレーションや解析がやりやすくなるのでは、という話があります。

丸山:
家庭や公共空間などが、情報を紐づける対象になるということですか?

坂東:
そうですね。空間の中の何か特定の相手に紐づけられる、そんなイメージです。スイッチのオンオフ、使用量、温度変化などのIoT情報を、自分たちが生活している実空間に実用すると、「こういう空間だからこういう温度になる」といった理解しやすい状態になります。サイバーフィジカルシステムは記述の仕方などが汎用化されていないので、そこを考えていくためにコモングラウンド・リビングラボ(CGLL)に参画し、メンバーとなっている企業と連携しながら活動しています。IoT技術は、いわゆるテクノロジーの会社が積極的に取り組んでいる印象があると思うのですが、建築や都市の業界でも「三次元データを活用して自分たちの生活を変えていこう」といった話が盛り上がっています。我々のところにはサイバーフィジカルシステムの経験があるメンバーがいますので、三次元データを紐づけられる基盤を活用してシミュレーションしたり、どの方向のどの高さに物があるといった人の認識上は三次元空間に紐づいている情報を貯めてロボットやドローンを制御する、といった研究を進めています。

画像: 自社の敷地をバーチャル空間上で再開発した実験例を振り返りながら、仮想空間と実世界をどのように繋ぐのが最適なのか?という議論が交わされた。

自社の敷地をバーチャル空間上で再開発した実験例を振り返りながら、仮想空間と実世界をどのように繋ぐのが最適なのか?という議論が交わされた。

仮想空間の理想的な繋げ方

田中:
Cyber-PoC for Citiesも、サイバーフィジカルシステムに位置づくものとして研究をしています。こちらは、あるべきまちの姿を外から引いた目で広く見る技術でもあるのですが、コモングラウンドは反対に、仮想空間の中にどっぷり入っていくものでしょうか。この両者がどのように繋がっていくと良いのでしょうね?

坂東:
二つあると思っていて、まず一つ目は空想都市です。これまでにも空想都市を一緒に作っていくという取り組みをやっています。東京都国分寺市にある研究開発グループの敷地、そこは原生林があって湧水もあるような広大な場所なのですが、そこをバーチャル空間上で別の都市に変えてみたらどうなるか?という取り組みをやっています。まずは住宅地風の都市を作ってみて、災害が起きたときに住民同士でどういう話し合いが起きるのか、誰がどういうふうに避難をするのかといったことを議論し合える空間と、シナリオとなる小説を作ってみました。住民の方にはまず小説を読んでもらい、三次元空間に入って、災害が起きた時に自分がこんな行動をするだろうといった、SFプロトタイピングの手法を用いた議論をしていただきました。実際の人流のデータなどをその三次元空間に入れ込むと、みんなはこう逃げるけど、自分の立っている場所は水に埋もれてしまうのでどうしたらいいか?といったことをよりリアルに体感することができるようになると考えています。

丸山:
実際に自社の敷地がある多摩地区独特の道幅や特徴も再現して、「もし不動産デベロッパーがここで先進的な街区開発を検討したならば、太陽光発電などの再生可能エネルギーを中心にインフラを整備するだろう」とか、「広域災害対応の避難所機能を備えたスポーツセンターを作るだろう」といったことも想定しておきます。このような設定の未来の街区を前提に、「太陽光発電をベースにしているのに、もし長雨が続いたならば…」というような、クリティカルな状況の“SFプロトタイピング”を用意して、メタバース上で体感的な議論ができるように準備を進めてきました。その未来の街区の設定を活用したケースを、坂東さんからご紹介いただけますか。

坂東:
作った仮想空間の特性に合わせてというところではあるのですが、より室内に寄せたところを考えています。消防司令室と現場の消防士が連携して何かをしなきゃいけなかったらどうするか?といったことを、例えば仮想空間に一緒に入って救助の手順を体験してみるとか、そういうことを将来やれるようにしていきたいんです。災害があった時の支援のあり方などを議論するとき、将来社会で災害があったときの、人々の連携のし方の議論が俎上に乗るように、ちゃんとみんなの頭が乗るようにセットを作ることが大事です。

そしてもう一つは、バーチャルの場合、計算したものとリアルのものを繋ぐという話が非常に大事だと思っています。バーチャル空間で何度もシミュレーションした情報や、実社会の似たような性質の場所で起きた情報を蓄積していって、AIなどを活用して現実に反映させていくんじゃないかなと思います。

画像: 山形さんは、「メタバースもデジタルツールも、リアルを良くするためのバーチャルだ」と考えている。

山形さんは、「メタバースもデジタルツールも、リアルを良くするためのバーチャルだ」と考えている。

メタバース空間に期待するもの

中津:
メタバースもサイバーフィジカルシステムもどんどん進化して、我々の生活能力も進化する。じゃあ僕らの生活がどう変わっていくか。経済的な観点からは、デジタル経済圏にいて、生活も仕事もメタバース空間内で完結する時代が近づいています。でも皆さんがご飯を食べたりトイレに行ったりするのは、メタバースではなくリアルの世界です。人間が生きていく限り、これは未来永劫続くので、やはりデジタル経済圏だけではなくフィジカル経済圏もしっかり整えていく必要があります。おそらくデータとお金は両方の経済圏に流れるので、デジタル経済圏とフィジカル経済圏を繋ぐ接点なのではないかと思います。

日立はまさにデジタル経済圏でもフィジカル経済圏でも仕事をしていますが、今後デジタル経済圏を進化させるには、使って楽しいと感じてもらう必要があると感じています。Cyber-PoC for Citiesも、メタバース空間でそれを体験していただいた方が、どういうリアクションをして何を感じたか、そこに付随してお客さまの体験が進化していくんじゃないかと思うんです。エアモビリティも、メタバース空間の中で体験すれば、いままで8時に起きなきゃいけなかったのが8時半まで寝られるとか、出張に行く時間が短くなるとか、そのメリットを色々体感してもらえるじゃないですか。そうすることで、将来に向かって必要なインフラやハードウェアの理解が深まると思いますし、メタバース空間はそういうことを事前に検証するツールとして扱えるはずです。山形先生と一緒に取り組ませていただいているシミュレーション技術は、まさにそのファンクションとして寄与する重要なエンジンになるんじゃないかと期待しています。

田中:
技術者はメタバース空間で検証し、皆さんにはメタバース空間の中で慣れてもらって受け入れてもらう。そういう感じがいいですよね。

中津:
何十億、何百億円もかけて作ったとしても、誰も喜ばないものがいっぱいあっては困りますよね。それを、何十万人も入った、メタバースの中にあるまちの空間で検証するようなプロジェクトができれば、メタバース空間でいろんなことを体感していただいたレコードが上がってきて、まちの中のどこに駅を作ったら、何を飛ばせば、何を運用すれば、皆さんの許容を得られるのか。ある意味仮想空間の中で、検証や体験に参加してくださる方々とともにそのシステムの改正や改造をした方が、ブラッシュアップの確度が上がる。住んでいる方も、自分たちの税金で作られたものなのにちょっと腑に落ちないな、という感覚ではなく、メタバース空間でこのインフラがこう役立つということを事前に知っていただくことが可能になると思っています。そしてその先に、データが強いデジタル経済圏を持って、そこでソーシャルイノベーション事業として花開いていくんじゃないかなと思って期待しているんです。

山形さん:
結局、メタバースもデジタルツールも、何のためにあるかというと、リアルな社会を良くするためのバーチャルなんです。じゃあバーチャルには価値がないかっていうとそんなことはなくて、文学の世界やSFの世界にも価値があります。たとえば俳句は、リアルな世界から作者が写生的直感でバーチャルに切り取った「ことば」の心象を重視するアートで、読み手は空想を広げて自分のリアルと重ねて共感することができます。メタバースも、おそらく新しいアートとして評価されるだろうと思います。未来のシナリオを描いたメタバース都市は、人々の間で共有あるいは共創される新しいアートとなることでしょう。

しかし、幸か不幸か、どんなにアートが発展しても、人生それだけで十分とはなりません。例えば、北斎の巨大な天井画をミクロン単位でデジタル化して実物大以上の精度と大きさで鑑賞できる美術館があるのですが、これで関心を持たれた多くの海外の方々が、実際に実物を見に長野の小布施に足を運ばれるそうです。その意味は、究極のデジタルは、人にリアルの本当の価値を知らせる触媒の役割を果たし、リアルな人生を豊かにしてくれる気がしますね。

丸山:
メタバース空間を使って、予め未来の暮らしを体験することができるようになると、“出来上がる前から愛されているまち”が実現するかもしれないと思いました。引き続き、皆さまとの対話の機会を作っていければなと思います。

画像1: [Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

山形 与志樹
慶應義塾大学大学院 SDM研究科教授(未来社会共創イノベーション研究室)

東京大学教養学部卒(学術博士)。30年勤務した国立環境研究所の主席研究員から現職。未来社会共創イノベーション研究室を創設し、空飛ぶクルマなどの新しいモビリティを活用する革新的な都市システムデザインの研究に取り組む。専門は応用システム分析。著書には「都市システムデザイン:IoT時代における持続可能なスマートシティーの創出」(エルゼビア)、「ビックデータを用いる空間解析」(アカデミックプレス)、「都市レジリエンス:変革的アプローチ」(シュプリンガー)他、国際誌に約300の査読論文を発表。国際応用システム研究所客員研究員、統計数理研究所客員教授、東京大学、北海道大学、上智大学非常勤講師。

画像2: [Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

中津 欣也
研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
グリーンインフライノベーションセンタ 主管研究長(Distinguished Researcher)

日立製作所に入社後、産業機器の研究開発を担当。2000年から車載向け駆動システムの研究開発を立上げ、2012年にパワーエレクトロニクスシステム研究部の部長に就任、自動車向けの駆動システムや充放電システムの開発を牽引。2018年に主管研究長に就任と共に電動システムラボを開設しラボ長を兼務。2020年に電動化イノベーションセンタ主管研究長に就任。市村地球環境産業賞、大河内記念賞、文部科学省文部科学大臣表彰、つくば奨励賞などを受賞。2023年4月より現職。

画像3: [Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

田中 英里香
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
サービスシステムイノベーションセンタ 社会インフラアーキテクチャ研究部
主任研究員(Chief Researcher)

日立製作所入社後、ユビキタス社会におけるユーザビリティを考慮したサービスや認証技術の研究開発を担当。その後、サービス工学の研究に従事し、エネルギー、産業・流通、交通など多岐にわたる事業分野において、ビジネスダイナミクスを活用したサービス評価技術などを研究。2017年度からCyber-PoCの研究開発に従事し、現在デジタルスマートシティを支えるCyber-PoC for Citiesの研究を推進している。

画像4: [Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

坂東 淳子
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ ストラテジックデザイン部
主任デザイナー(Design Lead)

学生時代に建築・都市分野を学び、日立製作所に入社。モビリティ、エネルギー等の分野でのUI/UXデザインや、顧客協創方法論研究に従事。現在は、建築、デザイン、情報のハブ役として、モビリティやスマートシティ分野でのデジタルサービス創出に向けた活動を推進。

画像5: [Vol.5]リアルな社会をバーチャルで豊かにする│慶應大学院SDM研究科・山形与志樹さんとエアモビリティのあるまちづくりを考える

丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

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