※詳しくは「きざしを捉える」を参照
鳥居希氏
株式会社バリューブックス 取締役 いい会社探求
慶應義塾大学文学部 仏文学専攻卒業。モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社に15年間勤務。2015年、古本の買取・販売を行う株式会社バリューブックス(長野県上田市)入社。現在は同社にて、グローバルエコノミーを全ての人、コミュニティ、地球のためのものへと変えていくB Corporation™️の認証取得に向けて取り組む。自社の認証取得プロセスと並行して『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』を黒鳥社との共同プロジェクトによるコミュニティで翻訳。2022年6月、バリューブックス・パブリッシング第一弾の書籍として出版。
世界が社会課題のよりよい解決策を見いだしていこうとするなか、社会が企業に求めるものも変わってきています。そんな変化の激しい世界のなかで「よい会社」であるかを測る指標の一つが、2007年にアメリカで誕生した「B Corporation™️認証(以下、B Corp認証)」です。
B Corp認証は非営利団体「B Lab™️」(2006年設立)が運営する国際的な企業認証制度で、厳格な評価のもと、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられます。パタゴニア、ダノン、ザ・ボディショップなど、90カ国で約6,800社(2023年5月末現在)が取得しています。
古本の買取・販売、書籍の出版などを手がける株式会社バリューブックス(以下、バリューブックス)の鳥居希さんは、自社のB Corp認証取得をめざす傍ら、自らが中心となって、B Corp認証の日本語版手引書『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』(バリューブックス・パブリッシング)を2022年6月に刊行しました。日本におけるムーブメントを牽引する鳥居さんに、B Corp認証の意義、企業活動にもたらす変化を伺いました。
B Corp認証で社会のまなざしを変えたい
――鳥居さんは、B Corp認証をどう捉えていますか。また、B Corp認証が広まることでどんな社会になってほしいと考えていますか。
私は、「B Corp認証で示されるような価値観が、もう少し社会や経済活動の真ん中に加わるようにしたい」と考えています。そして、あらゆる職業に対する社会的・経済的な差別や格差が是正された世界になってほしいですね。それが達成できなければ、認証を取る企業がどんなに増えたとしても成功とは言えないかもしれません。
2022年にメンターとして参加した、持続可能なビジネスにチャレンジするイノベーション創出プログラム「プロジェクト・エングローブ」(神戸市主催、リ・パブリック企画・運営)で、土木建設会社の方が「生活に必要なインフラをつくっているのに『うるさい』と言われてしまう。市民と土木事業者が『ありたい社会』の姿をともに考え、協働し、一人ひとりが誇りを持って生きられる未来をつくりたい」といったことをおっしゃるのを聞いて、忘れかけていた経験を思い出しました。
私のおじは、土木作業員でした。子どものとき、街中でおじが仕事をしているのを見かけて手を振ったのですが、何の反応もなかった。「希は友達と一緒だったから、おじさんの仕事を見られたら恥ずかしいだろうと思って」と、おじからあとで聞き、おじに何か悪いことをしてしまった気がして、すごくショックでした。
世の中には、現実として、社会にとって必要不可欠な仕事なのに、社会的地位や賃金水準の低い職業があります。B Corp認証やそのムーブメントが、そういった現実、社会からのまなざしや価値観によるマイナスの側面を変えていく一助になったらいいと思います。
――そのまなざしを変えていくために、私たちにもできることはあるのでしょうか。
働く人、雇う人、売る人、買う人、さまざまな立場がありますが、どの立場だとしても、人に対してやさしいまなざしを持てる社会をめざしたい。そのためにできるのは、まずは自分が所属する会社なり部署なり、団体なりで、違和感のあることや起こしたい変化を口にするところからだと思います。それが、たとえ小さなことだとしても。
B Corp認証の「B」はBenefit(ベネフィット・恩恵)であり、B Corp認証とそのムーブメントがめざすのは「Benefit For All」です。ビジネスを通じて、株主の利益を追求するだけではなく、働く人たち、コミュニティ、サプライヤー、地球など、自社を取り巻くすべてのステークホルダーのベネフィットを生み出す。自社のビジネスを「よりよい社会をつくる力」として機能させる。その意識と行動が変化を生むのではないでしょうか。
B Corp認証を「計測・実践・改善」のツールとして現場に生かす
――B Corp認証のムーブメントと実践法をまとめた『The B Corp Handbook』の日本語版を2022年に刊行されました。何か手応えを感じられましたか。
本の力は想像以上に大きかったです。私が知らない場所でこの本をもとに勉強会が開かれていたり、「この本を読むと元気になる」とSNSに投稿してくださった方がいたり。ある学生は「社会に出て、もしジェンダーの課題に直面したら、一からロジックを組み立てて伝えられるかが不安だった。B Corp認証という『基準』があり、それを使えることを知って気が楽になった」と話してくれました。
企業の方からも、「B Corp認証には感情論ではなく『基準』がある。それを真ん中においてみんなで話せる利点は大きい」という声をよく聞きます。認証は事業をどう行うかの基準で、何を行うかは自分たちで考えるものです。ただ、「よい会社」になりたいと思っても、いろいろな形がありますよね。
もちろん何もないところから考えられる人もいるでしょうが、認証は考える土台として使えるのです。ここからバージョンを変えてみようとか、この部分をピックアップしようとか、認証で求められているのはここまでだけれど、自分たちはもっと強化していこうとか。そういった試行錯誤によって、社会や環境により大きなインパクトを与える事業が生み出されやすくなるのではないでしょうか。
日本語版をつくろうと思ったのは、私自身が認証取得にあたって言語のハードルを感じたことがきっかけです。役立つ本なのに、日本語版がないために、社内外に細かいニュアンスを伝えるのが難しかった。出発点は、自分たちがB Corp認証に取り組むためであり、結果としてほかの企業の役にも立てばいいな、くらいの気持ちでした。でも今は、私たちが“本屋”として認証をめざすのであれば、この仕事をやる責任があったと感じています。
――『B Corpハンドブック』では、もともと鳥居さんが興味を持っていた社会的インパクトの視点と、バリューブックスの理念が交差していることに気づき、バリューブックスのB Corp認証取得を意識したと述べられています。バリューブックスには、なぜ認証が必要だったのでしょうか。
私は大学を卒業後、外資系の証券会社に15年勤めたのちに退職し、故郷の長野県に戻りました。バリューブックスの創業者・中村大樹の誘いで当社に入社したのが2015年。当時のバリューブックスは、サステナブルな古本の「買取・販売」をめざしてさまざまなチャレンジをしていたものの、それらの状態や影響を包括的に把握することも、表すこともできていないことが課題でした。
その頃、サンフランシスコで開催されたインパクトエコノミーのカンファレンス「SOCAP」に参加し、バリューブックスがベンチマークしていたベター・ワールド・ブックスやパタゴニアが、初期からB Corp認証を取得している企業だと知りました。もしかしたら、この認証がバリューブックスの事業を包括的に捉えるのに役立つかもしれないと。しかし一方で、その審査には厳しく長いプロセスが生じるため、B Corp認証が“単なる”認証であれば投資する価値はないとも考えました。
そこで翌年(2016年)、バリューブックスの仲間たちと渡米し、パタゴニア本社、ベター・ワールド・ブックス、B Labのサンフランシスコ・オフィスを訪問しました。現場を見て、創業者や経営者の話を聞くなかでわかったのは、認証は自分たちの会社を「よい会社」にするための指標として非常に“使える”ものだということ。しかも、取得して終わりではなく、そこから改善し続けるための道標にもなると知り、認証取得をめざすことになったのです。
――取得しない場合に考えられるリスクや、取得に向けて取り組むことで変わったことなどを、もう少しお聞かせください。
B Corp認証にはBインパクトアセスメントという自社の健康診断のようなアセスメントツールがあり、環境と社会に与えるインパクト200以上の項目から定量化して評価しています。このアセスメントで200点中80点を超えると認証申請ができ、その後審査が行われます。現時点(2023年2月)でバリューブックスは、このBインパクトアセスメントを終えるまであと一歩の段階にあり(2023年5月時点ではアセスメント終了、申請済み)、まだ取得には至っていません。Bインパクトアセスメントで、これまで自社がやってきたことの現状把握をしたまでで、B Corp認証の社内での浸透も、基準を道標として使っていくのも、まだまだこれからというのが正直なところです。ただ、そのなかでも変化のきざしと言えるのは、経営において経済性と社会性の両立をより念頭においた議論が増えたことでしょうか。
また、私は社内のコロナ対策の責任者をしていたのですが、子育て世代の社員が多い中で、施策や臨時の有給休暇などの制度設計をする際に、B Corp認証でも重視される公平性と照らし合わせて意思決定をすることが多かったです。必要な人が必要な休みを取れるように設計したい。ただ、複数の学級・学校が学級閉鎖や休校となったり、その期間が長引いたりすると、子どもがいないスタッフの負担が増えるという別の問題も生じ、何が公平なのかわからなくなり、悩みます。
公平性の実践は難しく、だからこそ、B Corp認証でも特に重視される「結果として全員に同じ機会があるか」という視点が助けになりました。その意味するところとしては、同じ機会を得るのに足りないところを埋めるような環境をつくれているか、その結果として皆が平等であるか、ということ。実際にうまくできていたのかは、会社のみんなの声を聞かないとわかりませんが、少なくとも悩んだときの道標があったことは助けになりました。
意識したいのは、『B Corpハンドブック』のサブタイトル「よいビジネスの計測・実践・改善」が示すとおり、認証はあくまでもやり続けるためのツールだということ。一度認証を取得して終わりではなく、3年に1度、再認証のプロセスがありますし、要件自体も変わっていきます。これは、B Corp認証と関連して取り上げられることの多いSDGsの達成にも使えるはずです。企業がSDGsを事業に組み込む際、計測を実践や改善に取り込む仕組みがあると、より効果的に実現に近づく助けになるでしょう。
B Corp認証の基準に通じる「持続可能なビジネス」への挑戦
――社会性と経済性との両立、持続可能なビジネスモデルなどについて、考えをお聞かせください。
私たちの具体的な活動の一つに、送料の有料化があります。バリューブックスの買取サービスは、ご自宅の本をお送りいただくスタイルです。本に限らず、送料は事業者で負担し、送料無料をうたって同様のサービスを行う事業者が多いのですが、私たちは1箱あたり500円の送料をいただき、そのぶん高い値段で本を買い取る仕組みにしています。
かつては当社も、全ての買取について送料を負担していたので、「本」であれば何でも送っていただくケースが多く、とはいえ、そのうちの半分くらいは買い取れる価値はなく、古紙回収へと回ってしまっていました。送料を有料にすることで、「どんな本を送ったら買い取ってもらえるのか」を考えてもらえたらどうだろうと。本を運ぶ輸送費や人件費などが削減され、そのぶんをユーザーに買取代金として還元できます。必要な費用だけでなく環境に与える負荷も減るでしょう。最初はガクッと利用者が減りましたが、徐々に狙いが理解されて利益を出せるようになりました。
また、以前から取り組んでいる、大学やNPO団体などへの寄付に関する「チャリボン」というサービスに加え、2022年12月には新しいサービス「ブック・プレゼント」プロジェクトを実施しました。チャリボンでは、古本の買取金額を、本を売ったユーザーではなく、その人が選んだ支援先へ、その人からの寄付金として当社が代わりにお支払いし、当社は買い取った本を販売します。一方、ブック・プレゼントでは、買取代金は、通常の買取と同じく当社からユーザーにお支払いします。同時に、プロジェクト期間中に買取を申し込みいただいた本の買取金額の10%にあたる金額を、別途当社で用意し、NPOを通じて子どもたちへの本のプレゼントに使いました。当社の買取を増やし、同時に子どもたちに無償で本を届ける仕組みです。
本の寄贈に使う費用は、「そのユーザーから当社が本を買い取るためにかかる“見込み”だった広告費」の代わりでもあり、このプロジェクトを通じて本を売ってくれた人たちと一緒に、子どもたちに本をプレゼントすることができるのです。
――そのような取り組みを計測・実践・改善していくのにB Corp認証の指標が使えるということでしょうか。
認証の基準を読み解いていくと、以前から実施している取り組みも「あれにはこういう作用があったんだ」と言語化できます。伝わりやすくなることで、理念に賛同してくれるユーザーともつながりやすくなるのではないでしょうか。また、見落としていたことに気づけます。さらに、B Corp認証企業や認証取得をめざしている企業とのつながりも生まれやすくなり、認証の基準を軸に企業間で課題や実践を共有する機会も増えました。
「周縁化されてきた存在」の声を取り戻す
――2007年に始まったB Corp認証は、コロナ禍でより注目されたのではないかと推察します。国内、国外での変化や影響などを感じることはありましたか。
パンデミックが始まってからB Corp認証を申請する企業が増えました。背景には、「Black Lives Matter」などの構造的な人種差別に対する社会運動によって、多くの人が社会的・経済的格差に強い危機感を覚えるようになった影響もあるでしょう。必然的に、企業活動を変えていかなければならないと認識する契機になったはずです。
こう感じるのは私だけではないでしょうし、私自身もさまざまな人の意見を見聞きして思うようになったのですが、市場が絶大な力を持つ「市場資本主義」には、なんらかの変化が必要なのではないかと考えています。同様に考える人々がB Corp認証やそのムーブメントに活路を見いだそうとしている、それが今の状況ではないでしょうか。ただ、その結果として、今の資本主義で強いプレイヤーがB Corp認証を取り巻く世界でも存在感を増し、結局は同じプレイヤーが中心になってしまうことは懸念しています。
また、B Corp認証とそのムーブメントがめざす「Benefit For All」においては、意見が異なる人とも共存していくことが前提だと思っています。別の信念を持つそれぞれの企業が、自分たちも侵されたくないし、相手の自由も侵せないとなったときに、B Corp認証が描く未来をどうしたら実現できるだろうか。これらのジレンマをどう乗り越えて社会を変えていくことができるのか、このところずっと考えています。
――B Corp認証の基準そのものが社会に広がっていけば、企業だけでなく、個人の行動もより変わっていくのかもしれませんね。
ムーブメントとはそういうことですよね。人の行動やまなざしが変わり、その人が属する企業や団体の活動が変わり、社会における環境や認識が変わっていく。それによってめざす世界に近づけるのではないでしょうか。
『B Corpハンドブック』のサブタイトルにある「計測・実践・改善」は、一緒に監訳を手がけ、『WIRED』日本版などで活躍していた編集者であり、京都の呉服店「矢代仁」を営む矢代真也さんと、黒鳥社の若林恵さんがつけてくれたものです。本書を読んだ企業の担当者は、まずは自社の「計測」を出発点に、ビジネスでの「実践」を通じて、会社そして社会の「改善」をめざすことになります。
先述したとおり、この3点がセットであることが肝で、例えば、SDGs達成をめざしたくても具体的にどうすればいいのかわからないという企業は、基準を参照することによってアクションを起こしやすくなります。
また、自分が属する会社がB Corp認証をめざすことは難しくても、一企業としてできることはたくさんあります。一般的に、会社内には、レベニュー・センターとコスト・センターのように力の強い部署と弱い部署がどうしてもある。組織で力が弱い状況に置かれがちな部署は「周縁化されてきた存在」にあたるのだと思います。その人たちを社内の意思決定の場に入れるようにして、力の強い部署との格差を是正していくことは、認証を取得しなくても十分にできることです。
――バリューブックスではどのようなことを実践しているのでしょうか。また、B Corp認証に興味がない層をどう巻き込んでいこうと考えていますか。
正直なところ、まだほとんどできていません。B Corp認証という言葉や、その中で使われる言葉が共通言語・概念となることによって、さまざまな取り組みが進むと思う一方で、同様、もしくはそれ以上に、経営陣が自分たちの現状を把握し、取り組むべき重要課題を特定し、変化に向けてコミットするのが大事だと思います。当社は、今はその段階です。
できるだけフェアな会社にしてきたつもりだけれど、ふと立ち止まってみると、まさにB Corp認証の基準で重要なことを見落としていたことに気づいたところです。でも起こしたい変化に今気づけただけでも良かったと思いますし、今まさに模索しながら進んでいくところです。また、矛盾するようですが、先日社内である部署と一緒に行ったB Corp認証の勉強会では、その考え方や具体的な基準、会社がそれを活用しようとしていることを知って「元気が出た」という声がありました。
B Corp認証は、社会に企業活動を通じて変化を起こすための1つの基準であり、あり方だと思っていますが、この考え方や基準を知ることで、日々の自分の仕事や、ほかの人の仕事へのまなざしが変わることは十分に起こりうると信じています。
編集後記
取材時に鳥居さんが、コロナ禍でB Corp認証を申請する企業が増加した背景として「企業活動と自分の人生が切り離せないと考えるようになった人が多いんじゃないか。『自分は環境に配慮するけど、会社では別、というのは違う』という人が増えたんじゃないか」と洞察されていたことに共感しました。B Corp認証は、そのような人たちが会社のなかで具体的な行動を起こそうとしたときに、手引きをする存在なのだとわかりました。
コメントピックアップ
社会課題のような複雑なテーマに取り組むとき、自身の取り組みを言語化したり整理したりすることに行き詰まることがあります。そうしたときに、B Corp認証で提示されているような基準が役立つのだと理解できました。今後の活動で活用していきたいです。
これまでECサイトを通じてバリューブックスさんを利用させてもらうことがありましたが、こんな背景があるとは知りませんでした。本の売り買いをとおして社会によい影響をもたらそうとするバリューブックスさんについてもっと知りたくなりました。
関連リンク
きざしを捉える
「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方をして、こんな行動をとるようになるかもしれない」。
さまざまな分野の有識者の方に、人々の変化のきざしについてお話を伺い、起こるかもしれないオルタナティブの未来を探るインタビュー連載です。