[Vol.1] 物を買うこと、手放すことの価値観はどう変わるか
[Vol.2]新たな価値観をもつ世代を循環型社会の主人公に
[Vol.3] サーキュラーエコノミーの未来
「今ある物を売って新しい物を買う」が当たり前に
井口:
循環型社会に向かうさまざまなアプローチの中でも、日立でデザインに関わる私たちは「人」に着目したいと考えています。メルカリは創業以来、物を手放したい人と手に入れたい人をマッチングすることで、人々の消費や物を持つことの価値観を変えてきた企業です。今日は、メルカリデザインのデザイナーの皆さんと一緒に、循環型社会の実現に向けた関わりについてざっくばらんに意見交換できればと思っています。
さっそくですが、物の消費や所有に関わる生活者の価値観は、今後どのように変化していくのでしょうか。
宮本さん:
今年(2023年)の7月、「世代別の消費行動・資産認識」を行いました。その中からZ世代の傾向についてご紹介しますね。
まず、Z世代のフリマアプリの利用経験についてですが、調査対象全体では56.6%、Z世代はやや高い64.5%が利用経験をもっています。また、新品購入時に、それを再び売った場合のリセールバリューを考慮するか、という質問に対して、考えると回答したのは全世代中でZ世代が一番多くなっています。
フリマアプリでの出品を行う理由として、Z世代で一番多いのは「売ったお金で欲しい物を購入したい」です。売ったお金を次の購入に当てたいという気持ちが顕著に現れています。
「いまあなたが持っている物は手軽に売ることができる、現金化しやすいと思いますか」という質問には過半数の51.5%がそう思うと答えていますが、これはバブル世代と比較すると3倍ぐらい違います。
「保有している物を売れば欲しい物が買えると想定したときに売る前に欲しい物を購入することがありますか」という質問に対しても、あると答えたのはZ世代が一番多く、4割以上が、新しい物を買うときに「家にあるあれを売ってお金を得られるからいまここで買っちゃおう」という感覚を持っていることが明らかです。これが今回の調査で一番特徴的な部分です。
Z世代は査定リテラシーが高い
井口:
面白いですね。この中だといちばんZ世代に近い神崎さん、どうですか。
神崎:
僕はミレニアル世代の最後の方なのでギリギリ違うんですが、共感するところはすごく多いですね。僕が初めてメルカリを使ったのは大学2,3年の頃。周りが使い始めたのがきっかけでした。メルカリを使うようになって一番の変化は、家の中にある物の経済的な価値が感覚的に分かるようになったことです。「これを売るとしたらこのぐらいの値段だろう」と見積もりができるようになった。だから「売る前に買っちゃう」というのはすごく共感します。
伴:
自分の資産リストと資産の価値のリストが頭の中にあるんですね。すごく面白いです。僕らの世代は、古本屋に本を持っていって初めて「こんなに安くなっちゃうんだ」と知ることになったのですが、いまはそれがもっと手前で起きているんですね。
井口:
自分の持っている商品と同じものがどのくらいの価格で流通しているか分かるから、家の中にいながら疑似査定ができているということですね。
今回の調査から見えてきたお客さまの行動と、山田さんがデザインを担当するアプリ内でのお客さまの行動と一致する部分はありますか?
山田さん:
たとえば、ミレニアル以上の世代の方は出品ハードルがすごく高いんです。やっぱり、どのくらいで売れそうか分からないので見積もりができない。これまでのインタビューでも「何がいくらするのか分からない」という声を聞いています。だから「売る」の第一歩を踏み出すのが怖いんですね。「売れない」と思いがちですし、何が売れるかというアイディアも弱いと感じます。
伴:
ミレニアル世代以降は、「使わなくなってもこんなふうに次の人に渡せばまだまだ回せる」というリテラシーが備わってる点は、ミレニアル以前の僕ら世代と違いますね。
「他者への循環」という意識はあるか
井口:
ユーザーがアプリを利用する動機として「捨てずにこの先も誰かに使ってもらいたいから」というのはやはり多いですか。
宮本さん:
メルカリを利用する理由でよく挙がる「不用品処分」「家の中の整理整頓」のベースになっている価値観はそこかなと思います。
井口:
日立では、生活者の価値観変化に関する未来洞察に取り組んできました。2009年にまとめた25のきざしのひとつ「beyond green」は、環境教育を受けた「環境ネイティブ」世代によって環境に対する価値観が多様化していくと洞察しましたが、まさにZ世代にとっては環境行動は当たり前のことなのかもしれませんね。ブランディングとして、そのあたりは意識していらっしゃるのでしょうか?
宮本さん:
メルカリのプロダクト上で、「環境に良いから使いましょう」ということを強く押すコミュニケーションには慎重です。私たちは、押しつけ過ぎない循環を作っていきたいです。「環境に良いから」ではなく、人とのつながりを通して社会に貢献しているんだという意識から次の循環が生まれるよう、自然の流れを作っていきたいと思っています。
井口:
「人とのつながり」は大事なキーワードですね。サービスとしてそこを仕掛けて、結果的には環境にもいいことになる、ということですよね。
岩部さん:
人とのつながりや資産といった入口から入って使ってもらい、それが普通になっていくと、意識しなくても結果としては環境に良いことになっている、という流れなんだと思います。
井口:
「お金のため」という、正直で素朴な思いで使ってもらうことをポジティブに捉え、どんどん推し進めることで結果的には環境に良い、と。めちゃくちゃ面白いですね。
売り手への一歩を踏み出すための匿名性
井口:
リユースに対するハードル自体はすごく下がってきていますよね。一方でご年配の方はそこにやっぱりハードルを感じる方も多いと思いますが、どうですか。
山田さん:
メルカリを利用していることを周りに知られたくない、アカウントを知られたくない、という層も一定います。中でも生活感みたいな物は、リアルなつながりの人には知られたくないという思いはユーザーインタビューなどでもよく聞きます。
宮本さん:
循環を加速するために、お客さま同士で人のつながりを感じてほしいと思っていますが、それをどういうふうに感じてもらうかはすごく丁寧にデザインしています。やはり基本的には匿名の世界ですから、その中でどんなコミュニケーションならストレスを感じず、どこまでなら労力をかけてもらえるのかは試行錯誤です。
伴:
このあいだ自分がいままで出品した物の履歴を全部見ていたんですけれど、確かに自分の生活やパーソナリティーが透けて見えてくる感じはしました。そろそろこの辺の物がサイズアウトしてきたんだろう、みたいな生活感が漂ってくる。でも、自分が買い手のときって、そうやってうっすら匂ってくるところから、この人から買っても大丈夫そうかなと思うんですよね。
井口:
出品者としてはあまり見られたくない情報であっても、購入者から見ると、その情報が見えることで逆に安心や信頼につながる、ということですね。
岩部さん:
そうなると、デザインとしては、匿名性を前提とした人と人とのつながりというけっこう細い道筋を考えていく必要がありますね。
井口:
ユーザーが買い手から売り手へと変化していく中で、生活感を見せたくない、これが私だと思われたくない、といった人格切り離しの話がある。今まで考えたことありませんでしたが、確かに言われてみればそうですね。
――次回は、日立のデザインセンタが行なった市民参加による資源循環の取り組み事例をもとに、さらに対話を深めていきます
宮本 麻子
株式会社メルカリ
日立製作所に新卒で入社後、金融・電力・公共サービスに関わる情報デザインやサービスデザインの手法研究に従事。2018年にReaktor Japanに入社し、Agile・Scrum開発をベースにクライアントのプロダクト開発をサポート。2021年に株式会社メルカリに入社し、Product DesignとDesignOpsの企画・推進を担当している。
山田 静佳
株式会社メルカリ
2016年より株式会社メルカリに入社以来、メルカリJPのUI/UXデザインを一貫して担当。自身がメルカリユーザーであることを活かし、UXデザイナーとしてプロダクト開発に関わりながら、デザインチームの貢献を最大化すべくDesignOpsの推進している。
岩部 真和
株式会社メルカリ
2011年からデザイナーとしてキャリアをスタートし、2015年、グローバルに展開するデザインファーム、Designitに入社。リードデザイナーとして、戦略的デザイン、サービスデザイン、UXデザインなど、様々なデザインプロジェクトを担当。2022年より株式会社メルカリに入社。UXの視点からプロダクト開発に取り組みながら、カスタマーエクスペリエンスをいかにビジネスの成長につなげるかを探求している。
伴真秀
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
日立製作所入社後、コーポレートWEBブランディング、建設機械・IT運用管理システムのインタラクションデザインを担当。2011年より北米デザインラボを経て2015年より家電、ロボット・AI領域の将来ビジョンや地域活性に関するサービスデザインを担当。企画部門を経て、現在サーキュラーエコノミーに関するサービスデザイン研究に従事。
井口匠
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ ストラテジックデザイン部
日立製作所入社後、鉄道情報システム分野のUI・UXデザイン、顧客協創ツールの開発、生活家電分野のアドバンスドデザインとサービスデザインを担当。2020年から日立グローバルライフソリューションズに出向し、未来洞察を活用したビジョン駆動型のソリューション企画や顧客協創に従事。現在は事業創生研究をリード。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。
神崎将一
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ ストラテジックデザイン部
2021年、日立製作所に入社。金融領域でのサービスデザインや地域から社会変容を促すデザインリサーチに従事。2022年より、生活に定着する資源循環の仕組みに関するリサーチスルーデザインに取り組んでいる。
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