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世界GDPの半分以上が自然資本に依存した結果、深刻な環境危機を引き起こしているいま、自然生態系の損失を食い止め、回復させていく「ネイチャーポジティブ(自然再興)」が求められています。2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する30by30(サ―ティ・バイ・サーティ)が目標に掲げられる中、達成のカギを握るのがOECM(民間等の取り組みによって生物多様性の保全が図られている区域。Other effective area-based conservation measures)。環境省は2023年「自然共生サイト」を認定する仕組みをスタートし、日立製作所の研究開発拠点の一つである「協創の森」(東京都国分寺市)が、「自然共生サイト」として、2023年10月に環境省から正式に認定されました。協創の森、そして国分寺市には都市農地・緑地が数多く残されていますが、30by30の実現に向けて具体的に何ができるのでしょうか。今回の対談では、東京大学大学院 工学系研究科教授の横張真さんと日立製作所 執行役常務CTO兼 研究開発グループ長の西澤格が、協創の森の歴史に触れながら、ネイチャーポジティブの実現に向けた可能性について語り合いました。

[Vol.1]協創の森に秘められた、自然共生社会に必要なこと
[Vol.2] グレーなマテリアルで作られるインフラに、グリーンな発想を展開できる?
[Vol.3] 生物多様性の確保をするカギは、最新技術をどう絡めていくかにある

画像: 東京大学 教授の横張真さん(右)と、日立製作所の西澤格

東京大学 教授の横張真さん(右)と、日立製作所の西澤格

自然共生サイトの認定を申請する際、悩んだ理由

西澤:
このたび自然共生サイトとして環境省に認定いただいた「研究開発グループ 国分寺サイト 協創の森」は、以前は中央研究所と呼んでいた場所です。東京ドーム5個分ほどの広さの敷地に数多くのさまざまな樹木が生い茂り、武蔵野の面影をとどめています。

動植物も非常に多く、オオタカをはじめ約40種のさまざまな野鳥も飛来しています。夜帰宅する際には、タヌキなどの野生動物を構内で見かけることもありますし、そういう意味では自然を守ることができていると言えると思います。さらに私たちは、ここにどんな生き物がいるのか、この地が源流となっている野川との相関関係はどうなっているのか、きちんと自然が守られているか、ということに関しても研究しています。

これらの取り組みをふまえて自然共生サイト認定のための審査に申請し、2023年10月に認定をいただくことができました。

画像: 共生サイト認定に申請することで、高齢化する協創の森を守り続ける覚悟が問われる、と西澤は語る

共生サイト認定に申請することで、高齢化する協創の森を守り続ける覚悟が問われる、と西澤は語る

西澤:
申請にあたって私たちも悩みました。というのも森の寿命という視点でみてみると、この森の年齢はかなり高くなっているので、いろいろな病気も出て治療も大変になっています。これから共生サイトとして守り続けるのは大変なのではないかという考え方もありましたが、この認定に申請するということで、この森を研究のフィールドとしても守り続けるんだということを決めるきっかけとなりました。

「武蔵野の原風景」は、経済活動の結果として生まれた

西澤:
私たちは、ネイチャーポジティブの実現や、生物多様性の確保は非常に大切な目標のひとつだと考えています。協創の森が自然共生サイトとしてこれらの実現に貢献していく上で必要なことについて、ぜひ横張先生のご意見をお聞かせください。

横張さん:
皆さまもご存じのことと思いますが、武蔵野台地は富士山などの火山灰が堆積した台地です。土地が痩せていたので江戸の中期ごろまでは牧場くらいしか使い道がないところでした。ところが江戸中期になって江戸の街の人口が100万人を超え、当時としては世界最大の街になると、食糧や水が足りなくなってきました。

そのため急速に農地の開発が進みましたが、酸性土壌の土地だったので大変な改良が必要でした。そこで、森から落ち葉や枯れ草をとってきて、農家で飼っていた家畜の糞尿などと混ぜて堆肥を作り、それを農地に投入することで土地を肥やしていきました。そして田んぼや畑、雑木林、農家の母家、という土地利用のセットで開発が進んだ結果、我々が今日「武蔵野の原風景」と呼ぶものが出来上がっていきました。

画像: 横張さんによると、協創の森がある武蔵野台地は火山灰が堆積してできた土地なので痩せていて、江戸時代中期までは荒野のような状態だった

横張さんによると、協創の森がある武蔵野台地は火山灰が堆積してできた土地なので痩せていて、江戸時代中期までは荒野のような状態だった

横張さん:
つまり、当時の経済活動の中に組み込まれた形で作られたものが、私たちが武蔵野の原風景と呼ぶものになったということなんです。当時は美しい風景を作ろうとか、文人に愛される森を作りたいという意図はなかったはずです。言い方を変えれば、当時の最先端の農業技術を投入して少しでも安定的に多くの食糧を作ろうとした結果、武蔵野の原風景が出来上がったわけです。その原点に立ち返るなら、武蔵野の自然は、人の手が入っていない奥山の自然を大事にするようにして守るものではないと思うんです。むしろ、これからも経済活動や食糧供給といった時代の要求に対して積極的にどう応えていくのかが、課された使命だと考えるべきだと思っています。

加えて、雑木林の場合、燃料となる薪を取ったり炭を焼いたりするために、関東では15~20年の周期で木を切ってきました。この辺りにはコナラが多いですが、切り株を残しておくとヒコバエと呼ばれる芽が出てきて、15~20年経つとまた切って、を繰り返してきたんです。そうすると、今年はここを切りました、来年はこっち、再来年はあっち、と伐採地がモザイク状になっていきます。つまり林の成長段階もモザイクになるので、原っぱに適した生き物、うっそうとした森に適した生き物など、それぞれに適した生き物が暮らすことになります。その結果、地域全体が多様な生き物が暮らす空間となり、その中で高い生物多様性が保たれてきたという事情があったのです。

そうした生き物の多様性をこれからもしっかり保全するのであれば、緑がモザイク状に点在している状態をどうやって未来に残していくのか、ということになると思います。

画像: 協創の森の中を歩く横張さんと西澤。生物多様性が保たれているが、病気になる木も出てきている

協創の森の中を歩く横張さんと西澤。生物多様性が保たれているが、病気になる木も出てきている

西澤:
大変興味深いですね。本来は痩せていた土地だったのが、経済活動の中で、自然と同期するような形で林が作られてきたということですね。

横張さん:
おっしゃる通りです。私たちはよく、自然と人間の共同作業の結果としてできた二次的な自然という言い方をしますが、まさにその典型が武蔵野の原風景だと申し上げていいと思いますね。

協創の森の歴史的変遷と自然の適合性

西澤:
食糧を供給するための農業と自然が共生するイメージはわきやすいのですが、工業のように自然と相反するような経済であっても、自然を作りながら産業を計画していくことができるのでしょうか。

横張さん:
私たちは自然というと、ある状態から全く変わらないものと考えがちですが、実は自然には通常、私たちが想像するよりも適合性があります。先ほどお話に出たオオタカも、昔は近くで人の活動があるとすぐに巣を作らなくなってしまっていました。夜間、車のヘッドライトが当たるだけで巣を離れるなんて言われていました。ところがいまは人の活動に馴染み、巣の周りに少々人が住んでいても全く構わない、少しでも森があれば平気で巣を作ったりするオオタカもいます。

川の土手の壁面などにある穴を巣にしてきたカワセミも、コンクリートで護岸を固めると住めなくなると言われていました。ところがいま、都内にカワセミが戻っているんです。護岸の水抜き穴にも巣を作ってしまうんです。タヌキもどんどん都内に進出しています。このように、自然には適合性があるので、必ずしも昔ながらの環境を維持しなければ自然を守れないというわけではありません。その生き物にとって何が一番欠くべからざる要因なのかを明らかにし、それを押さえてあげれば、昔ながらの環境でなくても生きていける生物も多くいるということです。

私の研究グループの一人が、協創の森付近の過去の写真や地図を集めてくれました。これは1960年代ですが、すでに研究所の建物が建っていて、森もかなりはっきりと存在しています。

画像: 協創の森の変遷の様子を航空写真で説明する横張さん。協創の森の敷地内の利用の仕方の変遷が一目瞭然である

協創の森の変遷の様子を航空写真で説明する横張さん。協創の森の敷地内の利用の仕方の変遷が一目瞭然である

画像: 1960年代の協創の森。研究所の建物が立ち、森がしっかりと存在しているのが分かる  (スライドの航空写真は国土地理院提供)

1960年代の協創の森。研究所の建物が立ち、森がしっかりと存在しているのが分かる

(スライドの航空写真は国土地理院提供)

横張さん:
ところが、中央研究所が開設される1年前の1941年の写真を見ていただくと分かりますが、実はそんなに森はなく、主に谷の斜面に細長く森が見て取れます。特に南の方は田んぼでした。ちょうど野川の水源の谷がY字に分かれた辺りに田んぼがあって、そこに水を供給するためには、雨水を蓄えるスポンジとしての森がないといけないということで、斜面のところに細長く森があったと考えられます。

画像: 1941年の協創の森には森が少なく、南側には田んぼがあるのが分かる  (スライドの航空写真は国土地理院提供)

1941年の協創の森には森が少なく、南側には田んぼがあるのが分かる

(スライドの航空写真は国土地理院提供)
画像: 1941年以前の協創の森付近の航空写真。 (スライドの航空写真は国土地理院提供)

1941年以前の協創の森付近の航空写真。

(スライドの航空写真は国土地理院提供)

横張さん:
さらに遡ると、これは私たちが見つけた一番古い航空写真の一つですが、これを見るともっと森がないんです。チョロチョロっとあるだけで、大半は畑と田んぼでした。そして1880年ごろに作図された迅速測図という地図(農研機構農業環境研究部門提供)によると、「楢」(ナラ)と書いてあるところがあります。「田」や「畑」もある。つまり、先ほど申し上げた武蔵野の原風景となっている畑、田んぼ、雑木林の3点セットが、この敷地内に全部揃っていたんです。

ですので、協創の森を中心に、かつての原風景をもう一度再現しつつ、生物多様性という側面からもOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)として機能させようと思ったら、元々の土地利用セットの一つとしての畑を残していただきながら田んぼも再生し、市民やお子さんに田植えや稲刈りの時期に来ていただいたりしても良いかもしれません。森については、昔は15~20年周期で切っていたものが、研究所開設以来80年そのままになっているので、かなり老齢化しています。ですので、樹木については伐採もしていくことで、協創の森が中心となって周りを巻き込みながら、武蔵野の原風景を再生するというシナリオが成り立つと思います。

画像: 1880年代の協創の森付近の地図には、武蔵野の原風景である畑・田んぼ・雑木林がそろっていた

1880年代の協創の森付近の地図には、武蔵野の原風景である畑・田んぼ・雑木林がそろっていた

西澤:
枯れてしまった木などはメンテナンスとして切っていますが、やはり木はどんどん意識的に切っていかないと、生物多様性保全の面から考えても良くないのですね。

横張さん:
そうなんです。同じく武蔵野の地にある国際基督教大学(ICU)で、私も関わらせていただいたプロジェクトがありました。あそこにも相当広い雑木林が残っているのですが、やはり80年前後放置されて手入れが必要な状態になっているので、それをどうやって更新させるのか、言い換えればどういう経済的なインセンティブを与えてお金が回るようにするのかが非常に大きな課題になっています。

――次回は、2023年3月に開催された「都市農業遺産に関する 5 カ国共同国際ワークショップ」を振り返りながら、「グリーンインフラ」について、その定義や解釈、どのような可能性を秘めているのかなど、引き続き横張さんにお話を伺います。

画像1: [Vol.1]協創の森に秘められた、自然共生社会に必要なこと│グリーンインフラから未来を描く

横張 真
東京大学大学院 工学系研究科 教授

緑地環境計画学専門。農林水産省農協環境技術研究所、筑波大学大学院システム情報工学研究科等を経て、2013年より現職。日本都市計画学会長、日本造園学会会長、国土交通省社会資本整備審議会臨時委員、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会委員、東京都農政審議会委員長等を務める。

画像2: [Vol.1]協創の森に秘められた、自然共生社会に必要なこと│グリーンインフラから未来を描く

西澤 格
日立製作所 執行役常務CTO兼研究開発グループ長

1996年東京大学大学院 工学系研究科 電気工学専攻 博士課程修了後、日立製作所 中央研究所 入社。並列データベース管理システムのクエリ最適化、異種データソースアクセス機構の研究開発に従事した後、ファイルシステム、データベース管理システム、ストリームデータ管理システムなどのミドルウェアシステムの研究開発取り纏め。2013年にITプラットフォーム事業部門に異動し、グローバル市場向けリアルタイムデータ管理ソリューションの開発に従事。2015年に研究開発部門に戻り、CME (Communication, Media and Entertainment)および金融バーティカルの顧客協創プロジェクトを牽引。2017年よりテクノロジーイノベーション統括本部デジタルテクノロジーイノベーションセンタ長、2020年よりテクノロジーイノベーション統括本部副統括本部長、2022年よりデジタルサービス研究統括本部長を経て、2023年より現職。

[Vol.1]協創の森に秘められた、自然共生社会に必要なこと
[Vol.2] グレーなマテリアルで作られるインフラに、グリーンな発想を展開できる?
[Vol.3] 生物多様性の確保をするカギは、最新技術をどう絡めていくかにある

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