[Vol.1]アート鑑賞から学ぶ、新しいものの見方
[Vol.2]社会イノベーションとアート
[Vol.3]ものごとの価値はどこから来るのか
美術教育から「問いを立てる力」を学ぶ
花岡:
本日の対談の場であるこちらの武蔵野美術大学 美術館・図書館には、400脚を超える東西の名作椅子がコレクションされています。今日はその中から何点かお借りしてきました。まずは、お好きなものを選んでお座りください。
末永さん:
いいんですか?どれにしようかな。……では、鮮やかな赤い色に惹かれたのでこちらの椅子にしますね。
花岡:
天童木工のスポークチェアですね。私はこの白いラウンジチェアにしますね。これは、チャールズ&レイ・イームズの「ラ・シェーズ」という椅子で、彫刻家ガストン・ラシェーズの作品やサルバトール・ダリの絵画に影響を受けて作られたものだと聞いています。
武蔵野美術大学では、「プロダクト・デザインを学ぶ者にとって椅子は格好の教材である」との観点から椅子のコレクションを行っているのだそうです。私たちも工業製品の研究開発やデザインに関わっていますが、この椅子のように、過去のアーカイブを参照しながら新たな飛躍につなげるという発想はとても参考になります。
花岡:
私は末永さんの『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(以下、『13歳からのアート思考』)を以前から拝読していまして、ものを見る時の視点の広げ方やその前提となる問いの立て方などに、大きな刺激を受けています。不確実性の高い時代において、固定観念を取り払い、柔軟に問いを立てる力は私たち研究者にとっても大切な力です。今日は、末永さんに美術教育の観点からのお話を伺いながら、私たち研究者が、技術のもたらす価値の新たな方向性に向かって何を考え、何をするべきかを考えてみたいと思っています。
「誤読」の価値
花岡:
『13歳からのアート思考』は、6つの有名なアート作品をもとに、末永さんの問いかけに答えながら鑑賞を深めていける構成になっています。それに倣い、私は今回、この本自体をアート作品と捉え、「鑑賞」の対象にしてみたいと思います。
まず気になるのが本に使われている色です。表紙は鮮やかな黄色ですし、中を開いてみると、各章の見出しの色が黄色だったりピンクだったりと統一されていないのも目を惹かれます。これはもしかすると、末永さんご自身が幼少期に描かれた絵に使われていた色で統一されているのではないか、とも考えました。色の選択には何かメッセージや意味があるのではないかと深掘りしたくなりますが、どうでしょうか。
末永さん:
ありがとうございます!そんなふうに「誤読」してもらえるのはとても嬉しいですね。
花岡:
誤読なんですね(笑)
末永さん:
実は各章の色合いにそこまで意味はもたせていないんです(笑)。でも、誤読ってとても大切で、私もアート鑑賞をするときにはあえて誤読します。アートは、作者の意図が唯一の正解というわけではありません。新たな解釈を引き起こしたり自由な発想を広げるという意味で、誤読にはとても価値があると思います。花岡さんにそこまで深く読んでいただき、著者としてとても嬉しいです。
花岡:
私たちは、美術作品を見る時に正解探しをしてしまいがちなのかもしれませんね。私も美術館に行くと、つい作品の横についている解説を読んだり、音声ガイドに頼ったりしてしまいます。『13歳からのアート思考』でも、そうした受け身の学びではなく、自分にはどう見えたのか、そこから何を考えたのかに注目することについて触れられていました。外部からの情報は、あくまで自分の気づきをアップデートするためのものなのですね。
アウトプット鑑賞で新たな視点を得る
花岡:
ものを見る視点を増やしたいときに、教育の場では、教師が生徒に向けて新たな情報をインプットすることもあると思いますが、研究の立場ではどうしたらいいのか悩むことがあります。事業として新しい社会課題に挑む時には先生役がいませんから、固定観念を自分で崩して、新たな視点を獲得していかなくてはなりません。そんなときにはどうしたら良いでしょうか。
末永さん:
視点を変えるには、アート鑑賞におけるアウトプット鑑賞が役立つと思います。子どもたちに向けたアウトプット鑑賞のワークショップで私がよくやるのは「作品へのダメ出し」です。特に有名なアート作品だと、どこが素晴らしいかというアウトプットばかりになりがちです。そこを崩すために、あえて「一人ひとつ、ダメ出しをしよう」と投げかけています。「どんな意見を言ってもいい」と言うだけでなく、ゲームのルール的に「ダメな部分を言わなくてはならない」と設定した方が、笑いも起きますし、自由に意見を言える雰囲気が生まれます。
そして、ダメ出しで終わるのではなく、さらにそこから気づいたことをどんどんアウトプットしていきます。作品を見て自分が気づいたことを元に、「どこからそう感じたのかな」「そこからどう感じたのかな」と、もう一歩深掘りしていくんです。その段階を踏むことによって、だんだん自分の考えが形づくられていきます。この手法は、アートに限らずあらゆる場面に役立つのではないでしょうか。
花岡:
これまでも自分の意見を自由に言うこと自体は心がけていましたが、本当に自由な意見を言うためには、どんな視点から言うかも大切ですね。評論家のようになってしまったり、優等生的な考えしか出てこないことも多いのですが、あえて「ダメ出し」という視点から考えてみることで、固定観念が崩れ、次のステップに行くための情報に辿り着くことができそうです。
ものを見るための「ものさし」を増やしたい
花岡:
自由にダメ出しをしていくと、の中にはヒントがあり、たくさん意見が出ると思いますが、そこから次の問いや気づきにつなげるためにはどうしたらよいでしょうか。
末永さん:
自由にアウトプットしていろいろな意見が出たように見えても、実は視点があまり変わっていない場合があります。そういうときには視点を変えるような投げかけをします。たとえば、「たくさん意見が出ましたが、視覚的に理解したことについてのアウトプットがほとんどのようですね。嗅覚や触覚など、視覚以外の器官を使ってみると何が感じられるでしょうか」というように。そうやって視点を変えると、さっきまでとは全く違う方向性のアウトプットが出てきます。
花岡:
なるほど、評価する軸は一つではないということですね?そういう投げかけができるかどうかが、ものの見方を広げるためのポイントになりそうです。それを身につけるにはどうしたらよいでしょうか。
末永さん:
一般的な意見かもしれませんが、いろんな人と会うことが大切だと思います。それも、同質の方にたくさん会うというよりは、たとえば別の文化圏の方など、自分とはまったく違う人に会うことが大切です。私の場合、それは子どもなんです。子どもは大人とは全く違うものの見方をしているので、子どもと関わることで自分とは違う世界の見方が手に入るきっかけになるかもしれません。
ひとつの視点からたくさんの意見を出すより、ものを見るための「ものさし」を増やしたいんですよね。ものさしが増えることは、多様性の理解にも結びつくと思います。ものさしが違えば出てくる答えも違ってきます。たくさんのものさしを持つことで、自分とは違う意見が無限に存在することを認められるようになるのではないでしょうか。
次回予告
柔軟な発想から社会にインパクトを与える作品を生み出すアーティストは、どのようにして良質な問いにたどりつくのでしょうか。社会イノベーションとアートに共通する問いの立て方について、引き続き、末永さんと花岡が語り合います。
取材協力/武蔵野美術大学 美術館・図書館
関連リンク
末永 幸歩(すえなが ゆきほ)
アート教育者・アーティスト
武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科 卒業。東京学芸大学 大学院 教育学研究科(美術教育)修了。東京都の中学校の美術教諭を経て、2020年にアート教育者として独立。現在、東京学芸大学 個人研究員。「制作の技術指導」「美術史の知識伝達」などに偏重した美術教育の実態に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方の可能性を広げ、自分だけの答えを探究する」ことに力点を置いた授業を行う。現在は、各地の教育機関や企業で講演やワークショップを実施する他、メディアでの提言、執筆活動などを通して、生きることや学ぶことの基盤となるアートの考え方を伝えている。
著書に、20万部超のベストセラー『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)がある。プライベートでは一児の母。「こどもはみんなアーティスト」というピカソの言葉を座右の銘に、日々子どもから新しい世界の見方を教わっている。
末永幸歩 公式ウェブサイト https://yukiho-suenaga.com/
花岡 誠之
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 統括本部長
1996年 大阪大学大学院 工学研究科 通信工学専攻 修士課程修了後、日立製作所 中央研究所 入社。次世代無線通信システム(3G、4G、5G、コグニティブ無線)の研究開発及び、3GPP、IEEE802等の国際標準化活動に従事した後、ネットワークシステム、コネクティビティ、ITプラットフォーム分野における研究開発及びそのマネジメントに従事。2018~2019年、本社 戦略企画本部 経営企画室 部長、2020年より研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ長、2021年より同デジタルプラットフォームイノベーションセンタ長を経て、現職。
IEEE、電子情報通信学会(シニア) (IEICE)、情報処理学会(IPSJ)、各会員。博士 (工学)
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