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ごく個人的な「やってみたい」から始め、自分なりの疑問と答えを重ねて辿り着いた結果が社会に受け入れられるものになるには、何が必要なのでしょうか。アーティストであり、『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社,2020年)の著者 末永幸歩さんと、日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部長の花岡誠之が、権威性や市場価値といった切り口から「ものごとの価値」について対話を重ねます。

[Vol.1]アート鑑賞から学ぶ、新しいものの見方
[Vol.2]社会イノベーションとアート
[Vol.3]ものごとの価値はどこから来るのか

画像: 対談に先んじて、美術館・図書館内の展示物や収蔵品を見てまわる末永さんと花岡。武蔵野美術大学は末永さんの母校でもある。

対談に先んじて、美術館・図書館内の展示物や収蔵品を見てまわる末永さんと花岡。武蔵野美術大学は末永さんの母校でもある。

権威による評価か、多数の共感か

花岡:
名画と呼ばれる作品を見ていると、前提となる知識がなくても良さを感じられる場合と、自分にはその価値が分からなくても誰かが評価しているから良いのだろうと思って見ている場合があります。あるいは、個人的に探求した結果が、社会に広く共感され、受け入れられる作品として結実することもあるでしょう。私は研究者ですので、やはり社会を見つめて自分なりに重ねた問いと答えが社会実装されるところまでこぎつけたい、要するに、名画のレベルにまで、研究開発での問いと答えのレベルを高めたいのです。

その時の周りの方との関わり方として、いわゆる「良いもの」を作り、多くの人の共感が得られさえすればそれが最終的に名画になっていくのか、それとも、その分野で権威をもった専門家が分析や評論をすることでお墨付きを得て名画となり得るのか、いったいどちらなのでしょうか。

画像: 石膏像をどう見るのか、との花岡の問いに、「油絵学科の人と工芸科の人だと同じ石膏像でも描き方が違うんですよ」と末永さん

石膏像をどう見るのか、との花岡の問いに、「油絵学科の人と工芸科の人だと同じ石膏像でも描き方が違うんですよ」と末永さん

末永さん:
そうですね。難しいところだとは思いますが、評論家から認められるようなものを始めから狙ったとしても、実際に作るのは難しいでしょう。結局、本人や周囲が想像できる範囲のものしかできないと思います。枠を飛び越えるには、「赤いアトリエ」を描いたマティスが「ここを赤で塗りつぶしてみたい」という衝動によって行動したように、あまり狙いすぎず、自分の興味のタネや疑問に従って誠実に探究し続けることが大切なのではないでしょうか。

花岡:
研究者としては、その分野に一家言をもつ方の意見や権威主義に囚われすぎることなく、もっと自分の感覚や自分の問いに自信をもって追求してよい、ということなのかもしれませんね。

画像: 「デッサンの時は、見えていない部分にも想像を働かせながら描きます」。末永さんの言葉にうなずく花岡

「デッサンの時は、見えていない部分にも想像を働かせながら描きます」。末永さんの言葉にうなずく花岡

新しい才能を見つけて守る役割

花岡:
いまのお話から、「レミーのおいしいレストラン」というピクサー・アニメーション・スタジオが制作した映画を思い出しました。鋭い舌を持ち、いつか一流のシェフになることを夢見るねずみのレミーと、料理が苦手な見習いシェフのリングイニが組んでレストランにさまざまな奇跡を起こす物語なのですが、劇中に、レミーの料理を絶賛する美食評論家が登場します。映画を見ておられない方にはネタバレになってしまい恐縮ですが、彼は、自分の味わった料理がねずみの作ったものだと知った上で「私は思いもよらない作り手による素晴らしい料理を味わった。作品も、その作者も、美味しい料理についての私の先入観を大きく覆したのだ。」と言います。そして、世間は新しい才能や創造物に対して冷淡であり、自分のような評論家の仕事はそうした新しい才能を見つけて守ることである、と語るのです。

彼はレミーたちの料理を通じて、自分自身の問いを突き詰めていくことの価値と、自分のものさしで評価し、周囲の評価に囚われることなく価値を広めていくことの必要性に気づいたのでしょう。批評する立場の人は世間の評判や作家の著名性に左右されず、優れているものをしっかり評価することが大切なミッションなのだと、私自身、改めて気づかされます。

画像: 新しい才能を見つけて守る役割

末永さん:
とてもいいお話ですね。今度ぜひ観てみようと思います。

実は私にも少し似た体験があります。『13歳からのアート思考』の草稿をある出版社に持ち込んだとき、内容には興味を示していただけたものの、著者が無名の美術教師では説得力が足りないのでビジネス界の著名な方との共著にしてはどうかという提案がありました。しかし別の出版社の編集者さんに「これは末永さんのオリジナルな内容ですし、初めての著作だということ自体にも価値があります。これはぜひ単著で出しましょう」と言っていただきました。後から伺ったところ、「自分の答えをつくる」ということに編集者さん自身が必要性を感じていた時期だったそうです。この本の刊行は、著者の肩書きや市場のニーズからではなく、編集者さん個人の価値観で「良い」と思ってくださったからこそ実現したことだと思います。

花岡:
新たな才能に対する周囲の受け止め方は、とても大事ですね。

社会的な評価は後からついてくる

花岡:
アートの価値について、市場からの評価で測られる場合もありますが、それについてはどう思われますか。

末永さん:
たしかに、作品の価格は数字ではっきり出ますしインパクトも大きいので、それだけが正解のように見えてしまいますね。でも、それもやはりものさしの一つでしかないのではないかと思っています。市場価値というものさしで見たときにその作品に価値があるということであって、同時にまったく別のものさしで見てもいいわけです。

子どもが描いた絵を見て本当に心からいいなと感じるときもありますしね。大人の絵の価値とは観点が違う、と言われそうですが、あえて異なる観点を持ってきてもいいと思うんです。お金は分かりやすい価値ではありますが、たくさんある価値のうちの一つでしかありません。

画像: 新たな視点から問いを生み出し、自分なりの答えを見つけていく。アートからの示唆を受けて、展望が広がる

新たな視点から問いを生み出し、自分なりの答えを見つけていく。アートからの示唆を受けて、展望が広がる

花岡:
市場や専門家からの評価が高いものが良しとされる中で、社会イノベーションに貢献するための研究に取り組む我々としては、個々の研究テーマの方向性を議論するときに、今まで以上に多様な方向性の指標を持つ必要があるのかもしれません。これは大きな気づきでした。

末永さん:
そのためには、やはり最初から評価されようとするのではなく、「今やってみたい」という興味に従って動いていくしかないと思うんですよね。社会的な評価は、あくまで後からついてくるもの。アイデア一発勝負ではなく、その人が誠実に、自身の興味や疑問に従って探究を続けていけば、どこかのタイミングで社会とのつながりが生まれ、社会的価値も生まれてくるはずです。

花岡:
勇気づけられる言葉ですね。「アート思考」から得られるものは研究者が自ら問いと答えを出していく際にとても有益であると改めて実感できました。これからより多くの方に、この思いを伝えて、また自らも実践していきたいと思います。ありがとうございました。

取材協力/武蔵野美術大学 美術館・図書館

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画像1: [Vol.3]ものごとの価値はどこから来るのか│末永幸歩さんと考える、アート思考と問いの力

末永 幸歩(すえなが ゆきほ)
アート教育者・アーティスト

武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科 卒業。東京学芸大学 大学院 教育学研究科(美術教育)修了。東京都の中学校の美術教諭を経て、2020年にアート教育者として独立。現在、東京学芸大学 個人研究員。「制作の技術指導」「美術史の知識伝達」などに偏重した美術教育の実態に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方の可能性を広げ、自分だけの答えを探究する」ことに力点を置いた授業を行う。現在は、各地の教育機関や企業で講演やワークショップを実施する他、メディアでの提言、執筆活動などを通して、生きることや学ぶことの基盤となるアートの考え方を伝えている。

著書に、20万部超のベストセラー『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)がある。プライベートでは一児の母。「こどもはみんなアーティスト」というピカソの言葉を座右の銘に、日々子どもから新しい世界の見方を教わっている。
末永幸歩 公式ウェブサイト  https://yukiho-suenaga.com/

画像2: [Vol.3]ものごとの価値はどこから来るのか│末永幸歩さんと考える、アート思考と問いの力

花岡 誠之
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 統括本部長

1996年 大阪大学大学院 工学研究科 通信工学専攻 修士課程修了後、日立製作所 中央研究所 入社。次世代無線通信システム(3G、4G、5G、コグニティブ無線)の研究開発及び、3GPP、IEEE802等の国際標準化活動に従事した後、ネットワークシステム、コネクティビティ、ITプラットフォーム分野における研究開発及びそのマネジメントに従事。2018~2019年、本社 戦略企画本部 経営企画室 部長、2020年より研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ長、2021年より同デジタルプラットフォームイノベーションセンタ長を経て、現職。

IEEE、電子情報通信学会(シニア) (IEICE)、情報処理学会(IPSJ)、各会員。博士 (工学)

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