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価値の交換を主とした従来のマーケティング観から、関係性の構築やコミュニケーションを重視したマーケティング観へ。マーケティングのあり方は大きく変容しています。そんな中で、顧客や社会とともに価値を創造していくマーケティングの発想は、イノベーションの分野にも影響を与えています。マーケティングとイノベーションは、どのように関わり合うことができるのでしょうか。青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科教授の黒岩健一郎さんと、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ ストラテジックデザイン部長の上垣映理子、同主任研究員の江川陽が、イノベーションとマーケティングの関係や、イノベーションにマーケティングを取り入れる上で重視すべきことについて語り合います。

[Vol.1] マーケティングの新たな潮流
[Vol.2]マーケティングを通じたイノベーションの実現

画像: マーケティングとイノベーションを分けるものは何だろうか

マーケティングとイノベーションを分けるものは何だろうか

マーケティングとイノベーションの関係

江川:
私たちは研究開発(R&D)部門に所属しています。R&Dの基本的なミッションは技術開発や製品開発ですが、最近では市場や顧客を見てイノベーションを起こすことも期待されており、マーケティングを通じたイノベーション創生に向き合う必要性を感じています。

マーケティングとイノベーションは似た部分もある概念だと思いますが、両者の関係をどのように捉えたらいいでしょうか。

黒岩さん:
ピーター・ドラッカーは2つを分けていますね。事業の目的は顧客の創造で、それを司るのはマーケティングとイノベーションである、と言っています。また、映画監督の伊丹十三さんが、映画作りは「人の欲するものを人の予期せぬ形で」と言っています。これは、前半の「人の欲するものを」がマーケティングで、「人の予期せぬ形で」のほうがイノベーションかなと思います。つまり、両者は両輪ということですね。

江川:
「人の欲するもの」が顧客や社会のニーズだとしたら、コミュニケーションを通じてそれをきちんと理解することがマーケティングで、それをどう解決するかの手段を考えたり実現したりすることがイノベーションだ、ということでしょうか。いまのお話だと両方が密接につながっていますね。

上垣:
そうですね。物質的欲求が満たされている現代において、個人の欲求の質が変化するとともに、企業も社会課題とか他のものに向き合うようになってきています。ただ、そこに人や社会の需要がまだついていないこともあるので、個人の欲求と社会課題を行き来しながら需要を創生・喚起する必要が生じています。

黒岩さん:
最初はやはり何かを投げかけないと反応もありませんから、「これが社会の役に立つだろう」「あなたのためになるだろう」と投げかけて反応を見るやり方が合うようになってきたのでしょうね。

経済全体もモノよりサービスの割合が大きくなっていますから、直接顧客とやりとりすることが増えました。「ニーズを見つけたぞ!これで行こう」というよりも、まずβ版を作って「こういうのどう?面白いんじゃないの?」と投げかけ、フィードバックをもらってバージョンアップしていくようになりましたね。

画像: 新たな需要を創生することの難しさを語る上垣

新たな需要を創生することの難しさを語る上垣

ユーザーとのより深い対話のために

江川:
研究者やデザイナーもマーケターになり得るか、という問題もありますね。私たちがイノベーションに向き合うときには必然的にマーケティングを必要としますし、そのためには、発信やユーザーとの対話が必要だと思っています。

研究者やデザイナーが対話を行う上で、留意すべきポイントについてお考えはありますか。

黒岩さん:
「お客さまの立場になって考えて」と言ってもうまく考えられないので、授業では演劇の手法を取り入れて、お客さまを「本当に演じてもらう」ということをやっています。お客さまはどういう場所で、どういう環境で、どういうシーンで使うだろうかということを考えながら、実際になりきった芝居をやってもらうんです。そうすることで、「あ、お客さまってこういうふうに考えるんだ」とか、自分たちが考えたものは全然買おうと思えないな、ということに自分で気がつきます。その結果「じゃあこうしたらいい」と思えるものが出てくる。お客さまになりきる機会をつくるのは大事だと思います。

マーケティングの仕事をしている人でも、意外とこれができないんですよ。

上垣:
デザイナーの方がそこは無意識にやっているかもしれないですね。いわゆるステージプロトタイプみたいな感じで現場を再現して、課題や価値を演じてみせたり、幹部に調査結果を報告するときに、リアリティを伝える手段として演技を使うことがあります。

画像: 顧客を演じることでさまざまな気づきがある、と黒岩さん

顧客を演じることでさまざまな気づきがある、と黒岩さん

マーケティングの範囲をせばめない

江川:
市場調査やアンケート調査といったいわゆるマーケティングリサーチとマーケティングをイコールにしてしまうと、数字とにらめっこするばかりになって、ユーザーを置き忘れてしまいそうになります。自分なりにユーザーを「憑依」させることから始めるのもマーケティングの第一歩であって、研究者やデザイナーができることはそういったところからかもしれませんね。

黒岩さん:
そうした定性調査も昔からやっているのですが、マーケティングでは定量調査しかやっていないと誤解されることが多いんですよね。

上垣:
わたしは研究者なので、デザイナーなので、マーケターなので、となりがちですが、みんなユーザーや社会のためのものづくりに寄与している人という意味では同じなんですよね。

黒岩さん:
そう考えた方がいいと思うんです。わたしはマーケターだからマーケティングのことだけをやっていればいいと思っちゃダメですね。

上垣:
線引きするのはもったいないですよね。その意味では、違う思考をもった人が共通のフレームワークを使うことで、その中に持ち込むものも変わる気がします。

江川:
エンドユーザーのことをよく理解すれば、市場の大きさはここだけどやっぱり自分はここを狙いたい、ということもあるかもしれませんし、ポジションを取るにしても、エンドユーザーに価値を届けるには自分たちがここにポジショニングする必要がある、といったことも分かると思います。そのためにはやはり、定性と定量のバランスが必要なのかもしれないですね。マーケター、デザイナー、研究者も同じ方向に向かっているはずなので、わざわざお互いが違う立場であると思う必要はありませんね。

画像: ユーザーを憑依させる、という演劇の手法に気づきを得た様子の江川

ユーザーを憑依させる、という演劇の手法に気づきを得た様子の江川

互いの観点をぶつけ合うことも必要

黒岩さん:
そうなると、お互いに言い合える心理的安全性も必要です。心理的安全性のある組織というのは生ぬるいものではなくて、けっこう言い合うんです。「俺はこういうふうに思うけど」と反論してもそれが喧嘩にならない。結果、みんなのアイデアが重なっていって、最初にアイデアを誰が出したのか分からないぐらいの状況になるのがいいと思います。

「いや、あれは研究者が考えた案だろう?」「いやいや、マーケティング部門としてそれはできない」というような話ではなく、お互いにアイデアを出して「そもそも誰が考えたんだっけ?」と言えるぐらいになると、全員が自分のプランだと捉えるようになるので、モチベーションが違ってきますよね。

上垣:
自分のやっている業務の価値を伝えているという点で、誰もがみな何かしらのマーケティングをしているということですよね。テクノロジー的なところで見ている人もいれば、エンドユーザーや顧客を見ている人もいる。同じ目的を狙うのであれば、みんなの観点を合わせてやればいい。構造が分かれていることで、互いの学びも多いですしね。

画像: さまざまな観点を合わせることの良さを語り合う

さまざまな観点を合わせることの良さを語り合う

組織構造の欠陥を補完する仕組みを

江川:
そう考えると、マーケティングがより複雑になり、考えないといけないことが増えてきていると思います。研究開発やデザインの組織として、マーケティングを推進したりうまく連動したりしている事例をご存知でしたら教えてください。

黒岩さん:
組織構造だけで解決しようと思うと難しいですね。なぜかというと、やはり対立する組織っていうのはどこにでもあるんですよね。以前研究したことがあるのですが、調査部門をマーケティング部門に入れるか、意思決定をする経営者のすぐ傍に置くか、多くの会社が迷うんですよね。それで調べてみると、マーケティング部門に入っている調査部門は、マーケターといろいろ話ができるので、新しい手法を試してみたり、日常のやりとりから生まれたものを活動に生かしたりすることがやりやすい。一方で意思決定者からは、自分たちがやりたいことを証明するために調査をやっているのでは?と不信感をもたれる、という側面があります。逆に、意思決定者の傍に置くと、社長から聞かれたことを検証するんだけどマーケターからは煙たがられて、「ちょっと調査したいんだけど」という気軽な感じにならず、ある程度準備してからじゃないと調査部門に投げかけられないと。

そうすると結局、どちらもスピードが遅くなるわけですね。どちらにもメリット、デメリットがあるので、調査部門をあっちに持って行ったりこっちに持ってきたりしている会社がけっこうあるんですよ。

上垣:
行ったり来たりですね。

黒岩さん:
そう考えるとやはり、組織構造でどうにかしようというのは難しいですね。むしろ組織文化、たとえば人事交流をしたり、そうした仕組みで担保していく必要がありますね。組織構造のデメリットをうまく補完する仕組みを考えるということですね。

画像: 対談は青山学院大学で行われた。大学図書館の蔵書を見ながら会話する3人

対談は青山学院大学で行われた。大学図書館の蔵書を見ながら会話する3人

上垣:
世の中の情報を社内に行き渡らせる仕組みも必要かもしれませんね。

江川:
それにはバウンダリーオブジェクト※の役割が必要なのかもしれません。私と上垣の所属する組織は研究開発部門でありながらテクノロジーそのものを研究しているわけではないため、テクノロジー部門とマーケット、営業と事業、などを上手につないでいくところに価値を見出せるのでは?と考えているところです。

※バウンダリーオブジェクト……異なる個や事業体、コミュニティの間に共通理解を生み出すための手段やツール

マーケティング部門の下に研究開発部門をつけた事例も聞いたことがありますが、やはりそれですべてが解決するわけではなくて、マインドセットや文化、あるいは組織間を連携させるような仕組みが大事になってきそうです。

黒岩さん:
江川さんの話を聞いてちょっと思ったのが、バウンダリーオブジェクトを置いて、その人がうまく翻訳をしながら進めるパターンと、組織のメンバーそれぞれがお互いのことを理解できるようにもっていくパターンとあると思うんですよね。後者のほうが望ましいけれど、それはお金も手間もがかかるし、全員のマインドセットを変えるというのは相当難しいことだと思います。

上垣:
そうすると、集めた精鋭をエバンジェリストみたいに育成して、その人たちから広めていくという考え方もありそうですね。

黒岩さん:
ハイブリッド型がいいのかもしれませんね。バウンダリーオブジェクトがある場合、怖いのは「その人に任せてればいいや」となって、自分たちはつないでもらえばいい、となってしまうと、もうそれは他人事なので。

上垣:
そうすると、やはり、自らお互いの情報を取りに行く姿勢が必要になりますね。

イノベーションやマーケティングを推進する上で、私たちにはどんなマインドセットが必要なのでしょうか。次回は、身体性も含めた他者理解のあり方について、さらに生成AIとの向き合い方について、引き続き黒岩さんと語り合います。

取材協力/青山学院大学図書館、情報メディアセンター

画像1: [Vol.2]マーケティングを通じたイノベーションの実現|青山学院大学 黒岩健一郎さんと考える、みんなで取り組むマーケティング

黒岩健一郎
青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 教授

早稲田大学理工学部建築学科卒業。住友商事入社。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA)。同後期博士課程単位取得退学、博士(経営学)。武蔵大学経済学部専任講師、准教授、教授を経て2014年から現職。専門分野はサービスマーケティング。慶應義塾大学ビジネススクール認定ケースメソッドインストラクター。株式会社トビラボ顧問。

画像2: [Vol.2]マーケティングを通じたイノベーションの実現|青山学院大学 黒岩健一郎さんと考える、みんなで取り組むマーケティング

上垣映理子
株式会社日立製作所 研究開発グループ ストラテジックデザイン部 部長

2001年日立製作所入社。UI/UXデザイナーとして各種産業分野における業務改革に従事したのち、顧客協創を通じた課題解決手法「Exアプローチ」の確立に貢献。2017年から人の主体的な行動変容をデジタルの力で促す行動変容デザインの手法研究に従事。2022年から営業マーケティング戦略部にてMarketing & Sales Transformation活動に従事。2024年より現職にてステークホルダーの戦略的意思決定を促すデザインの実践と手法研究をリード。

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江川陽
株式会社日立製作所 研究開発グループ ストラテジックデザイン部 主任研究員

東京大学大学院 工学系研究科 システム創成学専攻 博士後期課程修了。博士(工学)。2013年日立製作所入社。サービス工学、デザイン思考に基づく社内外のステークホルダーとの協創を通じた新事業創生・拡大に関する方法論の開発と実践に従事。特にデジタル事業のビジネスモデル設計に興味を持つ。2022年Stanford大学Visiting Scholar。2023年よりMarketing & Sales Transformation活動に参画、組織間連携によるマーケティング強化を通じた価値創生に挑戦中。

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