Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
さまざまな民間企業やスタートアップが宇宙ビジネスに参入し、宇宙を取り巻く産業はいま大きな転換期を迎えつつあります。一方、気候変動を筆頭に人類は全地球的課題に直面しており、宇宙デブリの対策を始めとして宇宙環境維持についても国際的課題となっています。そのような状況で、人類は宇宙技術を、どうすれば持続可能な地球環境や宇宙環境の実現に生かせるでしょうか?2050年の未来に向けた宇宙技術と社会の関係性について、小型衛星の宇宙活用の先駆者である東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻教授の中須賀真一さん、宇宙構造物や宇宙探査機の研究開発に従事する宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所教授の宮﨑康行さんを招き、日立製作所 研究開発グループの舟根司、田部洋祐をホストに、宇宙開発におけるこれからの「政府」と「民間」の役割について議論していきます。

[Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地
[Vol.2]地球の危機的な“負債”。異分野とのシナジーなしに解決はありえない
[Vol.3]2050年に向けて、いま取り組むべき宇宙分野とは何か

第4世代に突入した宇宙開発。「アンカーテナンシー」の意義とは?

「アンカーテナンシー」という宇宙開発のモデルを軸に、民需の世界での日本の可能性を語る中須賀さんは、それによって、ある“最大の課題”へのアプローチも期待できると語ります。

舟根:
いま宇宙産業は国家中心から、企業が国をクライアントにするスタイルへと変貌を遂げつつあります。改めて、中須賀先生が考えるこのような変遷の背景について伺えますか?

中須賀さん:
これまでの宇宙開発の流れは、4つの世代に区分できると考えています。第二次世界大戦以前は、近代ロケット推進の父であるロバート・ゴダード氏をはじめ、多くが研究者の個人的な研究にとどまっていました(第1世代)。その後V2ロケットといった兵器の重要性が増したことを契機に、アメリカと当時のソ連を中心に、国が主導した激しい開発競争が行われました(第2世代)。1950年代になると、国が投資して民間企業が技術開発を行い、その技術を国が活用するアプローチ(第3世代)。これが、近年まで世界中で主流となっていた宇宙開発のスタイルです。

現在では、政府が開発費を渡すのではなく、企業が国をクライアントにする、という考え方がアメリカで生まれてきています(第4世代)。企業が自ら投資、あるいはファンドから資金調達をし、開発した技術を国に提供するというものです。

舟根:
いわゆる、商業施設や不動産業界の戦略から応用された「アンカーテナンシー」ですよね。政府が民間企業の開発した製品およびサービスを継続して発注・調達する。これによって事業継続の機会が生まれ、産業基盤の安定につながることが期待されています。例えば米国SpaceX社は、NASA(アメリカ航空宇宙局)がクライアントになり、その技術を活用したことで急成長を遂げたスタートアップのひとつに挙げられます。

中須賀さん:
政府が顧客になり数年にわたる長期契約をすることで、企業はリスクをとって開発ができますし、企業の信頼度が上がってファンド側も安心して次の投資ができるため民間投資がさらに進むというメリットがあります。政府としても、すべてを国の資金で賄うことなく民間主導で資金調達をしてくれるのでメリットが大きいのです。

画像: 中須賀真一さん(東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授)

中須賀真一さん(東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授)

民需の分野には、大きな可能性がある

田部:
JAXAに設置された資金提供プログラム「JAXA宇宙戦略基金」や、民間企業との共創によって宇宙産業の新たなビジネスや技術開発を促進するための「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」など、日本でもそうした動きは出始めていますよね。日本における宇宙ビジネスはどのような現在地にあるのでしょうか?

宮﨑さん:
宇宙技術の方向性に関する民間側からの提案に耳を傾けながら大枠をつくり、民間の判断でビジネスにつながる宇宙技術を実行していく。こうした舵取りが少しずつされていくなかで、JAXA宇宙戦略基金がスタートしたのは大きな変化ですよね。

中須賀さん:
そうですね。日本国内でもベンチャーが育ってきていて、日本の宇宙関連スタートアップは約100社。投資熱は非常に高まっており、年間300〜400億円くらいの民間投資が進むようになっています。宇宙分野の市場規模成長率は年率5.1%と予測されており、他分野ではありえない安定した成長率が見込まれています。今、「次の産業」の見込みがあまり見出しづらい非常に厳しい状況で、なかなか日本は他分野では投資が進んでいない。そのような状況のなかで、宇宙分野は好意的に受け止められているという側面があります。

宮﨑さん:
民間側の技術も積み重なっている印象です。特に超小型衛星技術関連の分野で「Axelspace」や「Synspective」「ispace」などがどんどん力をつけていますよね。

中須賀さん:
アメリカでは安全保障や軍需を起点に、米国防総省(DoD)がクライアントになることが多い。つまり民間企業からすると、民需をつくらなくてもDoDに認めてもらえれば日本の何十倍もの宇宙予算を何年にもわたって確保できる。民需の開拓が必要ない環境で育ってきたわけです。

一方、日本はさまざまな分野の民需を開拓し、組み合わせて自分たちのビジネスプランを構築していく必要があります。ものすごく大変な環境で頑張っているんですね。それは、裏を返せば民需の分野で日本が勝てる可能性をもっているということでもあります。

画像: 右より、舟根司(日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ リーダ主任研究員)、宮﨑康行さん(宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所教授)

右より、舟根司(日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ リーダ主任研究員)、宮﨑康行さん(宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所教授)

国内宇宙産業では「人材育成」が急務に

田部:
宇宙分野における人材についてはどのように変化していると感じますか?

中須賀さん:
優秀な学生はスタートアップを自分で立ち上げたり、修士の段階でスタートアップにインターンシップしたりしながら研究を行っていたりもします。それを見ると少しずつ人材の底上げが実現しているようにも思えます。

一方で、宇宙が好きな学生は増えているんですが、問題は宇宙の世界に進まない(就職しない)ことです。例えば、東京大学の航空宇宙工学科から宇宙分野に進むのは5分の1程度です。理由は、コンサルや商社などの他分野や外資系のほうが給与が圧倒的に高いこと。この差は大きいですよ。

宮﨑さん:
これまでは、宇宙分野の仕事をやりたいという人はいましたが、そもそも予算も仕事もあまりなかった。それが、国の宇宙予算は長年にわたって約3000億円台の横ばいが続いていたのに対し、2024年度の予算は約8900億円になりました。ひと昔前では考えられない状況になっています。ただ、単純に考えれば3倍の人材が必要なんですが、人は増えていない。人材育成は宇宙分野の最大の課題ですよ。

中須賀さん:
やはり、宇宙産業の夢や魅力を語るだけでなく、給与を上げていくこともすごく大事ですね。こういう仕事がある、スタートアップでの仕事はこんな仕事、どれくらいの給与がもらえる──学生はモデルがあるとすごく安心します。そのモデルをきちんとつくって見せていくことですよね。

うちの研究室では、修士から毎年一定数が博士号に進み、その後に最近は多くがスタートアップに参画していきます。学生が宇宙分野の研究を続けることは非常に良いことですが、博士を取得した学生たちがいい給料で働いて稼げる場がもっと増えること。これは本当に重要で、それは宇宙分野の企業の母数が増え、彼らが儲けていないことにはどうしようもない。お話ししたように、日本の宇宙分野のスタートアップの状況は良い方向に向かいつつあるので、そのなかで人材が育っていくことを期待したいですね。

画像: 座談会は、JAXA 宇宙科学研究所 相模原キャンパスの宇宙科学探査交流棟で行われた。写真左より、田部洋祐、中須賀真一さん、宮﨑康行さん、舟根司

座談会は、JAXA 宇宙科学研究所 相模原キャンパスの宇宙科学探査交流棟で行われた。写真左より、田部洋祐、中須賀真一さん、宮﨑康行さん、舟根司

次回Vol.2では、地球環境と宇宙環境の持続可能性がテーマです。いま地球においては気候変動の問題、宇宙においてもデブリ問題などが発生するなかで、その解決に「宇宙技術」がいかにして貢献しうるのでしょうか。宇宙から地球の状態をモニタリングする技術の発達や、全方位電波観測や宇宙太陽光発電衛星システムなどを紹介しながら、「宇宙技術」のこれからについて考えていきます。

取材協力/JAXA宇宙科学研究所 相模原キャンパス

関連リンク

画像1: [Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地|持続可能な地球・宇宙環境のための技術

中須賀真一
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授

1988年東京大学大学院博士課程修了、工学博士(航空学専攻)。日本アイ・ビー・エム、東京大学講師、助教授を経て2004年より現職。主な研究分野は超小型衛星、航法誘導制御、宇宙機の知能化・自律化。超小型衛星CubeSat開発及び超小型衛星の宇宙活用の先駆者。2017年宇宙開発利用大賞 内閣総理大臣賞、2019年「電波の日」総務大臣表彰、2022年IAF Frank J. Malina Astronautics Medal受賞。2022年まで内閣府 宇宙政策委員会 委員。2024年度 日本航空宇宙学会会長、スペースICT推進フォーラム会長、一般社団法人クロスユー 理事長。

画像2: [Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地|持続可能な地球・宇宙環境のための技術

宮﨑康行
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所教授

1993年東京大学大学院博士課程修了、工学博士(航空学専攻)。日本大学助手、専任講師、助教授を経て2008年より日本大学理工学部航空宇宙工学科教授。2020年よりJAXA宇宙科学研究所教授。主な研究分野は柔軟多体動力学および展開大型宇宙構造物の構造動力学。2010年に世界初14 m四方ソーラー電力セイルIKAROSの成功の際、膜面展開のダイナミクスを予測する解析コードを開発。JAXA等の人工衛星や宇宙探査機の開発に参画。日本大学では2001年~2019年にかけてCubeSatを4機製作、打ち上げ・運用実施。2017年 日本機械学会120周年記念功労者表彰、2018年 日本機械学会宇宙工学部門功績賞受賞。

画像3: [Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地|持続可能な地球・宇宙環境のための技術

舟根司
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ プロジェクトリーダ主任研究員

2006年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修了(修士(工学))。2012年慶應義塾大学大学院理工学研究科修了(博士(工学))。2006年株式会社日立製作所入社。現在基礎研究センタプロジェクトリーダ主任研究員。2006年~2022年、近赤外分光法をベースとした光脳機能計測技術及び光生体計測等の研究開発に従事。2022年より宇宙情報活用及び宇宙エネルギ活用に関する基礎研究開発に従事。2015年日本生体医工学会新技術開発賞、2015年計測自動制御学会技術賞、2019年関東地方発明表彰文部科学大臣賞受賞。

画像4: [Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地|持続可能な地球・宇宙環境のための技術

田部洋祐
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員

2007年九州大学芸術工学府博士課程修了、芸術工学博士(芸術工学専攻)。2007年株式会社日立製作所入社。現在基礎研究センタ主任研究員。2007年~2022年、建設機械、自動車、鉄道車両等モビリティ製品の静音化及び音環境デザインに向けた高臨場感音響の収録再生に関する研究開発に従事。2022年より宇宙情報活用及び宇宙エネルギ活用に関する基礎研究開発に従事。2007年日本音響学会独創研究奨励賞板倉記念受賞。

[Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地
[Vol.2]地球の危機的な“負債”。異分野とのシナジーなしに解決はありえない
[Vol.3]2050年に向けて、いま取り組むべき宇宙分野とは何か

This article is a sponsored article by
''.