[Vol.1]変わる「官」と「民」の役割。宇宙ビジネスの現在地
[Vol.2]地球の危機的な“負債”。異分野とのシナジーなしに解決はありえない
[Vol.3]2050年に向けて、いま取り組むべき宇宙分野とは何か
2050年に向けて、いかに地球をマネジメントするか
舟根:
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタでは、これから取り組むべき研究開発及び事業を策定するために、2050年に向けた宇宙領域に関するリサーチを実施しました。そこでは、時間軸ごとに想定される法制度・規制や社会情勢、課題、それらに対応する技術をいくつかの定量指標をもとに導き出し、社会的インパクトの高い技術を予測しています。
わたしたちは、宇宙での観測・データ取得やエネルギ活用に加え、宇宙居住や資源探査、極限環境での自律ロボット、気候・災害予測に関する技術などが今後重要になると考えており、それらの基盤技術の研究開発を進めています。2050年に向けて、宇宙領域はどのような未来が想定されるか、そしてわたしたちに何が求められるかについて伺っていけたらと思います。
中須賀さん:
これから約25年先……。難しいですね(笑)。地球の資源供給量に対してどのくらい使用しているかを算出したグローバルフットプリントは完全に負債を抱え、人類史上最大の危機的状況を地球が迎えているいまは、わたしたちが生き残れるかの境目でもあります。それを乗り越えるために人類の英知を結集し、宇宙も活用し、2050年にわたしたちが生き残っていたなら.......技術も、哲学も、遥かに歩みを進めているのではないでしょうか。
舟根さんから「宇宙居住」という予測もあったと思うのですが、宇宙環境よりも遥かに住みやすい地球すらもマネジメントできないようでは、宇宙に住むような未来は難しいように思います。地球のリソースを有効活用して循環型の社会をつくりだし、閉鎖型の地球でも生きていくための挑戦を人類が続けていけば、宇宙デブリ問題も解決して衛星が打ち上げられる、あるいは簡単に宇宙旅行ができる世界は2050年以降実現していくかもしれませんね。宇宙太陽光発電は、そのひとつのピースになる可能性があると思っていますし、そのためには、地球を宇宙視点でみていくことが求められるでしょう。
宇宙のスケールで地球をみつめる
田部:
2050年に向けたよりよい社会を考える際、中須賀先生の「循環」というキーワードで思い浮かんだのはアイヌ民話(ウエペケレ)の世界観です。アイヌ民話では、自然界、人間界といった垣根を超えて、自然と人間が対等な関係性のなかで循環しあう様が描かれています。
テクノロジーが進化したわたしたちは、過去のありようを未熟、あるいは野蛮なものだと捉えがちですが、アイヌ民話にはいまわたしたちがめざすべき循環型社会のひとつの理想が描かれているようにも思います。地球と対等な関係で持続可能な社会を実現していた人々から学び、現在のテクノロジーをもって実現できるかを考える。地球の保全や自然とのよりよい営みをつくっていくにあたって、宇宙からの情報が活用されていく世の中になるといいなと思います。
京都大学の科学哲学者・広井良典先生は、コミュニティや自然などの非常に長い時間スケールのなかで環世界を構築しているものに、短いスケールの人間の市場経済を徐々に着陸させながら長期的に物事を考えられるようになることが大事だとおっしゃっています。これはとても難しいことだと思うのですが、その鍵になるのは、宇宙という壮大な時間スケールの営みを自身の生活にとって身近なものにしていくこと。その方法のひとつが、宇宙から地球を知ることなんじゃないかと思うんです。
中須賀さん:
先日、宇宙物理学の研究分野の方と話していたのですが、僕らがいま想像している宇宙の未来なんて「すぐきますよ」とおっしゃっていて。それはいつかと聞くと、1万年後だと(笑)。時間の感覚が違うんですよ。でも、そうした感覚がこれからもっと必要になってくる気がしますね。
宮﨑さん:
現状をこれまでになく正しく知り、解決していく。悲観的な状況だけれども、それを実現すれば、その次には必ずポジティブな未来を見出せるようになっていくと思います。
私自身は「宇宙に簡単にいけるような世界になってほしい」という願望はずっと抱いていますし、そのとき自分が若ければ、もちろん宇宙に住んでみたいと思うはず。2050年にそれを実現するために、必要な技術の開発と研究を粛々とやって、いまの危機を乗り越えるために取り組んでいきたいと思います。
2050年に向けた、工学者の新しい役割
舟根:
いまみなさんにおっしゃっていただいた未来を実現するために、宇宙領域の開発者やアカデミアが考えるべきことは何だと思いますか?
中須賀さん:
いま、工学はひとつの大きな節目に来ているとわたしは思っています。これまで、工学というものは人の要求に合わせて、より早く、より多く、より質高く──効率性を高める方向に向かって、「実現したいこと」「できると思うこと」を叶えるために突き進んできたわけです。しかし、いまわたしたち工学者は考えを変えなければいけません。「できると思うからやる」ではなく「できるけど、これはやるべきではない」といった哲学をもって、社会に対して技術を提案していくことがわたしたちの役割になりつつあるのです。
宮﨑さん:
それぞれの「Wants」に従って技術開発しても、地球はもうもたないですからね。
中須賀さん:
その通り。危機感も含めて工学が哲学を発信して社会に伝えていくことを、工学者もやらなければならない時代なんです。なぜなら、工学者というのは「このままいけば何が起こるか」を予測することができるからです。これは、もしかしたら他の分野のひとたちにはできないことかもしれない。工学者にはその責任があると思うので、わたしはその責任の一端を担っていきたいと思いますね。
取材協力/JAXA宇宙科学研究所 相模原キャンパス
関連リンク
中須賀真一
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授
1988年東京大学大学院博士課程修了、工学博士(航空学専攻)。日本アイ・ビー・エム、東京大学講師、助教授を経て2004年より現職。主な研究分野は超小型衛星、航法誘導制御、宇宙機の知能化・自律化。超小型衛星CubeSat開発及び超小型衛星の宇宙活用の先駆者。2017年宇宙開発利用大賞 内閣総理大臣賞、2019年「電波の日」総務大臣表彰、2022年IAF Frank J. Malina Astronautics Medal受賞。2022年まで内閣府 宇宙政策委員会 委員。2024年度 日本航空宇宙学会会長、スペースICT推進フォーラム会長、一般社団法人クロスユー 理事長。
宮﨑康行
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所教授
1993年東京大学大学院博士課程修了、工学博士(航空学専攻)。日本大学助手、専任講師、助教授を経て2008年より日本大学理工学部航空宇宙工学科教授。2020年よりJAXA宇宙科学研究所教授。主な研究分野は柔軟多体動力学および展開大型宇宙構造物の構造動力学。2010年に世界初14 m四方ソーラー電力セイルIKAROSの成功の際、膜面展開のダイナミクスを予測する解析コードを開発。JAXA等の人工衛星や宇宙探査機の開発に参画。日本大学では2001年~2019年にかけてCubeSatを4機製作、打ち上げ・運用実施。2017年 日本機械学会120周年記念功労者表彰、2018年 日本機械学会宇宙工学部門功績賞受賞。
舟根司
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ プロジェクトリーダ主任研究員
2006年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修了(修士(工学))。2012年慶應義塾大学大学院理工学研究科修了(博士(工学))。2006年株式会社日立製作所入社。現在基礎研究センタプロジェクトリーダ主任研究員。2006年~2022年、近赤外分光法をベースとした光脳機能計測技術及び光生体計測等の研究開発に従事。2022年より宇宙情報活用及び宇宙エネルギ活用に関する基礎研究開発に従事。2015年日本生体医工学会新技術開発賞、2015年計測自動制御学会技術賞、2019年関東地方発明表彰文部科学大臣賞受賞。
田部洋祐
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主任研究員
2007年九州大学芸術工学府博士課程修了、芸術工学博士(芸術工学専攻)。2007年株式会社日立製作所入社。現在基礎研究センタ主任研究員。2007年~2022年、建設機械、自動車、鉄道車両等モビリティ製品の静音化及び音環境デザインに向けた高臨場感音響の収録再生に関する研究開発に従事。2022年より宇宙情報活用及び宇宙エネルギ活用に関する基礎研究開発に従事。2007年日本音響学会独創研究奨励賞板倉記念受賞。
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