[Vol.1] 地球環境のために動き出す若者たち
[Vol.2] 地球の声を聴く:研究者たちが語った世界各国の気候変動の実像
[vol.3] 未来を描く:佐座マナさんと研究者たちが語る「サステナブルな社会」への道筋
「3つの地球」が問いかける私たちの生活
鍾:
私たちプラネタリーバウンダリープロジェクトでは、環境に対する社内外の意識の変革や、日立の環境イノベーションの発信に取り組んできました。今回は、佐座マナさん・レミさんと、世界各国で生まれ育った研究開発グループ社員との対話を通じて、いま地球環境に起きている深刻な状況を理解し、今後の私たちが起こすべき行動について考えます。まずは、佐座マナさんが環境問題に取り組むようになったきっかけをお聞きしたいと思います。
マナさん:
自己紹介の前に、ちょっとしたクイズを出しますね。では、問題です。もし、全世界のみんなが、平均的な日本人と同じような生活をしたら、地球はいくつ必要でしょうか?
答えは2.9。およそ3つ必要です。このクイズが指し示すのは、私たち自身も今の生活スタイルを変えていかないといけない、ということです。環境問題は非常に複雑で全体をとらえるのは難しいものですが、こういった数字をベースに話せば、よりシンプルに必要性が伝わります。
きっかけは『もののけ姫』の問いかけ
マナさん:
そんな環境問題に、私が初めて興味を持ったのは小学1年生のころでした。アニメ映画『もののけ姫』を見て、主人公アシタカの「森とタタラ場、双方生きる道はないのか」という問いかけに心を動かされたのです。
作品を見ていない方のために言い換えれば、これは人間と自然が共存する道はないのか、という問いかけです。そのころ私は自然があまりない都市部に住んでいたので、どうすれば身の回りに自然が増やせるのかなと考えるようになりました。
もうひとつのきっかけが高校1年生のとき、アルバイトでお金をためて、カンボジアとインドネシアを訪れ、家を建てるボランティアに参加したことです。そこで「いくらボランティアで家の建築を手伝っても、不平等や貧困の原因を断つことはできない」と実感し、「どうすれば社会課題を解決できるのか」という問題意識が芽生えました。このころはいつか国連で働きたいと思っていました。
その後、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で人文地理学と都市論を学び、さらにロンドン大学(修士)で持続可能な開発について学びました。そのロンドン大学では、ペルー人のクラスメートからこんな指摘を受けました。
「あなたの考え方は、十分なインフラや豊富な資金が前提になっている。でも、私たちには、どちらもありません」
これも大きなターニングポイントになりました。環境問題の対策は「先進国の視点」だけでは不十分だと気付かされたのです。
140カ国の若者が集まった環境会議「Mock COP」
マナさん:
ロンドン留学中は、新型コロナウイルスが世界的に流行した時期でした。2020年に開催予定だったCOP26(国連気候変動枠組条約の締約国会議)も、それで延期になりました。環境問題に大きな影響を受ける若手世代のコミュニティにとって、COPの1年延期は大きな衝撃でした。そこで、若手世代が環境問題について話し合う「Mock(模擬) COP」を開催することにしました。そもそも若手世代は、政府や大企業の意思決定プロセスに参加する機会がほとんどありません。Mock COPは若手世代が自ら議論し、情報発信する場所として必要とされていたのです。
Mock COPには、同じ問題意識を持つ2000人から選抜された330人(140カ国)の若者がオンラインで集い、環境問題を議論しました。その取り組みは多くのメディアに注目され、世界の150万人の人々に届きました。
そのMock COPで出された数多くの政策アイデアの中で、いちばん支持されたのは「環境教育を世界で実施すること」でした。
サステナビリティはエキサイティング
マナさん:
その後は、そうした若者の声を届けるため、イギリスやイタリアの政府当局、ユネスコやユニセフなどとの交渉も経験しました。そして2021年に日本で一般社団法人「SWiTCH」を立ち上げました。環境問題について教え、若者の参加を促し、都市の生物多様性を実現するための団体です。
環境問題について、政治家などの意思決定者に話を聞いてもらうのは難しい側面があります。多くの人は、環境問題を中心に考えて生きているわけではありません。しかし、歴史的に見れば、日本の江戸時代はかなりの循環型社会でした。現在も、しっかりした環境戦略を持っている企業が日本にはあります。SWiTCHは「1つの地球」で生きていけるように、人々の「対話」を変えていくため、どうすれば良いのかと考えて立ち上げました。
SWiTCHはこれまで、日本・世界の有名企業や外国大使館の協力も得ながら、環境問題の大切さを伝える講演会やミートアップを開催してきました。また、渋谷区や札幌市と一緒に環境啓発プロジェクトを行ったり、UNEP(国連環境計画)が作成した教師・大学向けの教材を日本語に翻訳したりといった活動をしています。
活動の狙いは、専門家たちをネットワークでつなぐこと、「サステナビリティはエキサイティングだ」という認識を広めること。そして、これは大きな挑戦ですが、日本の人たち、特に若い人たちが実際に「変われる」ようにすることです。
人と人をつなぐ「アート」の力
続いて、佐座レミさんが、企業とのコラボレーションで作ったインスタレーションを紹介しました。
レミさん:
企業活動から生まれたゴミを材料として活用し、「生産・消費・廃棄という直線的な社会システムを変え、循環型の社会をつくる」重要性を訴えるアートを制作しています。
たとえば、「Source of Happiness」。これは菓子工場で使われていたポリエステルのエプロンを再利用したアート作品です。
3時のおやつのように、ちょっと幸せになれる時間。「幸せをわけあう気持ちが、地球一つで暮らすために必要」というコンセプトで作りました。
また、制服を貸し出す企業とコラボレーションして、廃棄のために回収された服を材料に「Circularity in Motion」という作品も作りました。これは「資源の循環のさまざまな形が集まり、大きな循環のハーモニーになる」というコンセプトで作ったもので、協力企業のオフィスに展示されています。
アートには大きなインパクトを与え、人と人とをつなぐ機能があります。また、多くの複雑な情報を、しっかりと受け止めるためのツールにもなります。私は自分なりのやり方で環境問題に取り組んでいます。多くの人がそれぞれのやり方で、この問題に取り組むようになってくれればと思っています。
――ワークショップでは、佐座マナさんとレミさんの話に続いて、日立の研究開発グループの社員が、世界各地で起きている気候変動の影響について自らの体験を共有し、地球環境のために何ができるのかを話し合いました。次回は、そのセッションの内容をレポートします。
佐座 マナ
一般社団法人SWiTCH 代表
1995年生まれ。カナダ ブリティッシュ・コロンビア大学卒業。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン大学院 サステナブル・ディベロプメントコース卒業。Mock COP グローバルコーディネーターとして、140カ国の環境専門の若者をまとめ、COP26と各国首相に本格的な18の政策提言を行い、世界的な注目を浴びる。COP26日本ユース代表。2021年「一般社団法人SWiTCH」を設立。2023年「Forbes Japan 30Under30」。COP28に日本政府団として参加。
佐座 レミ
一般社団法人SWiTCH 循環型アーティスト
使い捨てられ循環していなかった資源に注目し、循環型の創作活動を行う。東京・ロンドンの2拠点で活動。
1998年生まれ。2021年 ロンドン芸術大学 : Central Saint Martins 卒。2022年 Stockholm+50 UN Environment Programme日本ユース代表。2023年G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合 開催記念イベントで、札幌市ブースのアートディレクションを担当。2024年 渋谷で感じる海プロジェクトのアートディレクションを担当。
鍾 イン
研究開発グループ サスティナビリティ研究統括本部 プラネタリーバウンダリープロジェクト デザイナー(Senior Designer)
日立製作所入社後、ロボット・AIの新事業創成プロジェクトでエクスペリエンスデザインを担当。2019年~2021年にスマートシティ分野で豪州、中国など海外顧客企業との協創案件、2022年から国内の地域案件を中心に、サーキュラ―エコノミーなど社会課題にかかわるビジョンデザイン、サービスデザインに従事。2024年からプラネタリーバウンダリープロジェクトに所属。
[Vol.1] 地球環境のために動き出す若者たち
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