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ビジネスにアートの視点を生かそうとするとき、私たちはいくつもの問いに直面せざるを得ません。表現に対する受容の問題とは?アートにとっての有用性とは?武蔵野美術大学准教授の石川卓磨さん、美術作家の渡辺泰子さん、小説家の古谷田奈月さんと、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタの伴真秀、小西正太、下林秀輝が語り合います。

[Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く
[Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う
[Vol.3] アートの視点を生かすために

画像: 「問いかけることが怖かった」。小西の発言に耳を傾ける

「問いかけることが怖かった」。小西の発言に耳を傾ける

「外す」覚悟をもつ

伴:
ここまでは、これまでに実施したアートの視点からの未来洞察をテーマとした社内教育プログラムを振り返りながら、アートの持つ力をお話ししてきました。最後に、これらの力の意味や、我々がその力をどのように使っていくのか、ということをお話ししたいと思います。渡辺さんはアーティストとして、ご自身の作品を生み出すことをどのように捉えていますか?

渡辺さん:
私は「誰かひとりは賛同してくれるかもしれない」という思いで作品を作っています。よく、自分の作品とトイレットペーパーを比較することがあるんです。

古谷田さん:
トイレットペーパーと?

渡辺さん:
そうです(笑)。半分笑い話なんですけれど、作品も自分の中から出すという点で排泄物と似ています。トイレットペーパーはみんなが必要とするけれど、私の作品はそうではない。それでも自分がこの世界で存在するために、この表現をしたいし、するべきだとも思っている。ですから、ある角度でいうとすごく深刻なんですけれど、ある角度でいうとすごくばかばかしくもある。誰にも頼まれていないけれどなぜこれが必要なのかということを、自分個人のスケールでもそれ以外でも考えながら、作品の完成に向かっています。

小西:
でも、それってすごく怖いことではありませんか?僕たちデザイナーや研究者も、新しい問いを社会に問いかけていくということが、これまで以上に求められてきています。ただ、今回作品という形にまとめるにあたっては、普段の業務の中で問いを考えていくのと異なり自分を投影せざるを得なかったからか、問いを放つことが格段に怖かったように思います。皆さんには、そういう恐怖みたいなものはないのでしょうか。

渡辺さん:
あります!常に。だけどその恐怖や孤独感みたいなものって、文化芸術においてはとても贅沢なものだと思うんです。それに、私は内臓をさらけ出すという言い方をするんですけど、ただ取り繕ったり、怖くないものを提出すると、自分がつまらない。

伴:
ふだん私たちは研究業務を通じて、より良い正解を当てに行こうとしがちです。私たちがつくるものは実際に人に使ってもらうものなので、失敗があっては困るからです。でも未知の未来を構想するときには、共感してくれる人もそうでない人もいていい。「その未来は嫌だ」という人がいたら、ではどんな未来をつくりたいのか議論を起こすきっかけにすればいい、ということなのかもしれませんね。正解のない中で、まず自分たちの「内臓をさらけだす」ことに価値があるのだと思います。

画像: 内臓をさらけ出すようにして表現と向き合っている、と語る渡辺さん

内臓をさらけ出すようにして表現と向き合っている、と語る渡辺さん

「役立つ」ことへのジレンマ

古谷田さん:
少し問題発言になるかもしれないのですが、私はこの教育プログラムに講師として参加したとき、とても楽しかったと同時に、実はすごく悶々としたんです。「役に立ってしまっている」気がしたんですよ。小説とはそもそも個に寄り添うもの、有用性と無縁であるからこそ価値がある、そういう頭でいたものですから、この活動を通して「ずっと疑い続けてきた“社会”というものと折り合いをつけてしまった」という感覚になってしまって……。

伴:
古谷田さんは先ほど小説の役割として、周縁化された存在にスポットを当て、人々の内面を言語化するもの、とおっしゃっていました。これは私の理解ではとても社会の役に立つ役割という感覚だったのですが、そもそもそういうものであるべきなのか・・という問いかけが興味深いです。

渡辺さん:
確かに、美術にも役に立つことを嫌う部分はあると思います。ただ、今回カラスの視点や植物になり切って社会を捉えなおすという、アートが得意とする視点のもち方は社会と向き合う上で有用だと思うし、そこは切り離さなくていい気はします。

石川さん:
アートが有用であってはいけないというのは実は近代以降の倫理観であって、たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチは有用性について考え続けていたはずです。アートとテクノロジーの境目がない時代は長かったので、「有用であっては駄目だ」ということはない。その一方で、社会的に有用なアートがアートのすべてではない、ということも言っておかなければいけません。アートの領域はとても広く、また自由なものだからです。

また、これは日本ではまだあまり考えられていませんが、たとえば自分が海外に住むなどしてマイノリティの側に立ったときに、自分たちの文化や芸術が自分を生かしてくれる、といったことはあると思うんです。「自分たちが生存していくためのアート」という捉え方は、今後重要になっていくかもしれません。

下林:
アートと有用性、非常に興味深い議論ですね。研究者の立場で言えば、企業での研究は役に立つことが求められがちです。こういうと、役に立つことを嫌うアートと研究は真逆に見えますが、研究って研究者の自己表現でもあるので、アートとかなり似ているんですよね。石川先生の発言に重ねるなら、社会的に有用な研究が研究のすべてではない、とは言えそうですね。

画像: アートの有用性についての議論を歴史的な視点から解く石川さん

アートの有用性についての議論を歴史的な視点から解く石川さん

みんなのためのアート

石川さん:
いまの話に関連して、デザインの民主化という考え方があります。特権的なデザイナーだけがデザインするのではなく、みんなが自分自身のためにデザインしてみようという考え方です。アートにもその流れは来ています。現代美術家のヨーゼフ・ボイスは、「みんながアーティストだと考えて社会を変えていくことが、今後必要になるだろう」という意味のことを言っています。なぜなら、考えなくてはならない問題がどんどん重くなっているからです。

下林:
研究にもその流れは来ているように感じます。今の世の中では、資本主義的な経済価値目線のみでは解けない課題が山積していて、環境価値や社会価値を考えないといけなくなってきています。社会課題を解くためには、役立つ(=利益が出る)と言った軸でのみ研究を捉えるのではなく、一見経済価値としては測れずとも、環境や社会といった複数の観点で捉えていく必要があると感じています。

石川さん:
私自身が社会人を対象に授業をしていて思うのは、予想以上にそれぞれがテーマをもっているということです。答えのないところから作っていくことでそれが現れてくるんですよね。仕事を一緒にやっている仲間が実はそれぞれ違った視点をもっていたことが、ワークを通じて見えてくることはよくあります。不思議なのですが、ワークで作った作品って、10年経っても「あのときなんであいつはあれを作ったんだろう」と覚えているんです。そうやって残り続けること自体が、ひとつの会社で働く研究者やデザイナーが、アート視点で未来を構想する意義でもあると思うんですね。

画像: 対談の後半は、アートの有用性の是非をめぐって率直なやりとりが行われた

対談の後半は、アートの有用性の是非をめぐって率直なやりとりが行われた

楽しむことを恐れなくていい

小西:
いまのお話にはすごく共感します。私が長く携わってきたB2Bのプロダクトデザインは、それこそ有用性が求められてきましたし、ユーザビリティや設置環境の制約、コストなど外的な要因で決まる部分が多かったと思います。もちろん、相反するさまざまな制約を調和させ、そのうえでいかにステークホルダーの期待を超えていくか、という部分でクリエイティビティを発揮することが求められます。一方で、そもそも何を創作し、何を問うていくのか、自分自身の内なる主題を持って表現しているアーティストの皆さんが持つクリエイティビティのことを、根本的に遠い存在のように思っていたんです。でも、今回このプログラムに参加して、「あれ、意外と自分にも主題、社会に対する見方があるな」と気づかされました。それをワークを通じて吐き出すことができて、みんなが持つ主題と比べたり、ああだこうだ言いながら聞いてもらえるのが、すごく楽しかったんですよね。日立の人間としての社会の捉え方ではなく、かといって完全に素の自分でもない主題が出てきて、しかもそれが怒りというか毒を含んだものだったので…正直、恥ずかしい面も多かったのですが、仕事でありながらこんなに楽しんでしまって良いのだろうか、と思いました(笑)。

渡辺さん:
そんなふうに「楽しいことは意義のないことで、辛くないと意義が生まれない」という考え方を私たちはしてしまいがちですが、そこは認識を変える必要があるかもしれませんよ。楽しくて充実していて、クリエイティビティを見出しているのであれば、そこにこそ、未来を創造し得る可能性があるというふうに考えることもできるのではないでしょうか。

画像1: [Vol.3] アートの視点を生かすために│創作活動が育む未来へのまなざし

石川卓磨
武蔵野美術大学准教授

近現代のアートを専門領域とし、作家、批評、キュレーション、編集、映像制作など。「αMプロジェクト2023-2024|開発の再開発」ゲストキュレーター。芸術・文化の批評、教育、製作などを行う研究組織である「蜘蛛と箒」を主宰。絵画、写真、映像などの複数のメディアの関係性を捉え直す作品を制作。デザインや現代思想などの接点を重視し、近代の前衛芸術からスペキュラティブ・デザイン、ソーシャリー・エンゲイジド・アートなどをリサーチ対象にしている。

画像2: [Vol.3] アートの視点を生かすために│創作活動が育む未来へのまなざし

渡辺泰子
美術作家
東京造形大学造形学部絵画専攻領域非常勤講師

武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油画コース修了。旅と地図をテーマに、他世界や他者との接触、その境界の解明を目的とし制作を行う。作品における宇宙的・社会的視座の背景には、SF小説や天文学の一分野である地球外知的生命体探査(SETI)からの影響、また人類の移動や越境の歴史における想像力と開拓への関心が挙げられる。

個人での活動の他、演劇とのコラボレーションや、女性アーティストコレクティブであるSabbatical Company ( 2015- ) や、年表制作を目的としたTimeline Project ( 2019 - ) の設立、運営に携わる。活動の複数性は、美術の枠組みにおける境界の解明としても展開されており、作品のコンセプトと目的を同じくして行われている。

画像3: [Vol.3] アートの視点を生かすために│創作活動が育む未来へのまなざし

古谷田奈月
小説家

2013年、『今年の贈り物』で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、同作を『星の民のクリスマス』と改題しデビューした。2017年、『リリース』で第30回三島由紀夫賞候補、第34回織田作之助賞を受賞。2018年、「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞を受賞、「風下の朱」で第159回芥川龍之介賞候補となる。『望むのは』で第17回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞、『無限の玄/風下の朱』で第40回野間文芸新人賞候補となった。2019年、『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞を受賞。2023年、『フィールダー』で第8回渡辺淳一文学賞を受賞。

画像4: [Vol.3] アートの視点を生かすために│創作活動が育む未来へのまなざし

伴真秀
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
リーダ主任デザイナー

日立製作所入社後、コーポレートWEBブランディング、建設機械・IT運用管理システムのインタラクションデザインを担当。2011年より北米デザインラボを経て2015年より家電、ロボット・AI領域の将来ビジョンや地域活性に関するサービスデザインを担当。企画部門を経て、現在サーキュラーエコノミーに関するサービスデザイン研究に従事。

画像5: [Vol.3] アートの視点を生かすために│創作活動が育む未来へのまなざし

小西正太
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
デザイナー

リテール分野におけるプロダクトデザイン、HR分野におけるUIUXデザイン経験を経て、2021年株式会社日立製作所に入社。家電領域における新規事業創出に取り組んだ後、現在はEV・グリーンモビリティに関するUIUX/プロダクトデザインや、参加型社会を実現するためのデザインアプローチに関する研究に従事。

画像6: [Vol.3] アートの視点を生かすために│創作活動が育む未来へのまなざし

下林秀輝
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 社会課題協創研究部

2021年、株式会社日立製作所に入社。次世代情報通信基盤に関する国際標準化活動への参画を経て、現在はスマートシティ領域における社会課題解決型事業の創出に取り組む。学生時代に培ったXRやロボットに関する幅広い知見を活かしながら、新事業創出のためのプロトタイピング手法の研究開発を推進。

[Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く
[Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う
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