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「カラスの目で世界を見てみよう」。アートの視点からの未来洞察をテーマとした社内教育プログラムにて提示されたそんな問いから、「よそ者の視点」への切り替えを体験した日立メンバー。そこからさらにリアリティをもって他者の視点に立つためには、何が必要なのでしょうか。Vol.1に続き、武蔵野美術大学准教授の石川卓磨さん、美術作家の渡辺泰子さん、小説家の古谷田奈月さんと、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタの伴真秀、小西正太、下林秀輝が語り合います。

[Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く
[Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う

画像: 渡辺さんは、他者との接触や境界の解明を目的とした作家活動を行っている

渡辺さんは、他者との接触や境界の解明を目的とした作家活動を行っている

他者への想像力

渡辺さん:
私は作家活動を通して「地球外の知的生命体を想定できるか」ということを考えています。地球外にも知的な生命体というものが想定できるか、想定し得たとして、そのとき私という個人、あるいは社会、もしくは地球という文明は何を想定できるか。そうやって他者や社会について考えることを作家活動の前提にしています。皆さんにやっていただいた「植物になってみよう」というワークと近いですね。

伴:
これは教育プログラムで実践した、「2050年の植物を構想しなさい」というお題のお話ですね。タンポポやヒマワリ、稲など実在する現代の植物を題材に、人間社会の影響をどのように受け、2050年にどのような役割を担っているものになりうるか、植物になりきって考えながら、具体的に平面や立体造形物、SF小説など、さまざまな表現方法で具体化を試みました。カラスの視点もかなり新鮮だったのですが、「植物になりきる」というのはさらに我々の感覚が未知の世界にジャンプした瞬間でした。

小西:
あのワークでは、植物になりきれない自分をものすごく意識してしまいました(笑)。トイレに行きたくなったり、エアコンの音やその場の温度や湿度などがかえって気になってしまって。私たちがこれまで「エアコンの音が気になる」といったその場にいる「実感」まで含めて他者を想像できていたかというと、全然できてなかったと気づかされました。他者について、肉体をもった存在として地に足のついた状態で考えることの難しさに気づけたことは大きな収穫でしたが、反面モヤモヤもしました。

古谷田さん:
自分の身体性を感じながら他者の想像をしていたということですよね。鋭い感覚ですし、「〇〇になりきって考える」という上で大事なプロセスだと思います。

渡辺さん:
「なりきれない」ということは、他者の存在に対する気づきであると同時に、自分も他の存在から見たら圧倒的に他者であることへの気づきでもあるのではないでしょうか。そこには疎外感も生じると思うのですが、その疎外感も含め、大事な感性だと言えます。

画像: 植物にはなりきれない自分。圧倒的他者である自分。対話が深まる

植物にはなりきれない自分。圧倒的他者である自分。対話が深まる

変化を生み出したあとの「変化」

伴:
この2050年の植物を構想するワークでは、古谷田さんが「自分が人間としての能力を失って、代わりに植物の能力を与えられたとしたらあなたはそこで何を考えるだろうか」という問いを投げかけてくださいました。ここでは研究者の立場で参加された下林さんはどんなことを感じましたか。

下林:
私自身も、植物の視点に立って考えることに挑戦したのは初めてでした。植物になると、自分では動けなくなるんですよね。動かずに繁殖するためにはどういう戦略を取ればいいかを考えるのがすごく面白かったですね。

「植物になってみるだけではなく、植物が変化することで変わる人はどういう人なのかまで考えてください」という指摘が印象に残っています。植物の視点に立つには、植物の気持ちだけではなく、植物の周りにいる人や生き物の気持ちまで考える必要があるんだなと、ハッと気づかされました。

石川さん:
植物は動けないので、他者を媒介する必要があるんですよね。そこがけっこう大事なポイントなんです。デザインは作って終わりではなく、作った後に誰にどのような影響を与えるのかというところまで見ていく必要があります。そこが見えてくるといいなと思っていたので、そう言っていただけると嬉しいですね。

下林:
デザインだけではなく、研究にも通ずるところがありますね。私がこれまで接してきた研究者には、テクノロジーそのものの深化を考えることが得意な方が多かったです。一方で、イノベーションはテクノロジーによって変化した人が起こしているものだ、とも捉えられます。そうなると、日立がめざす社会イノベーションを実現するためには、テクノロジーの進展だけでなく、それが与える社会の変化や、社会の変化がもたらす人々の変化まで、研究者の視野を広げる必要がありそうです。植物の視点に立つというワークは、テクノロジーによる社会や人々への影響を考える上で、とてもいい練習になりました。

画像: イノベーションもまた、テクノロジーによって変化した人が起こしている、と下林

イノベーションもまた、テクノロジーによって変化した人が起こしている、と下林

SFプロトタイピングで人のリアルに迫る

古谷田さん:
ワーク中、皆さんが植物になりきり、具体的なアート作品を作り上げる一連の取り組みを見ていて、小説を書く作業そのものではないかと感じました。小説を書いていると、最初から終わりまで書いた後で一部分を変えようとしても、絶対にそこだけでは済まなくなるんです。必ず他の部分に影響が出て、根本的な書き換えが必要になります。今回のワークでいうと、未来の植物を考えたとき、ただ植物について構想しただけでは済まない、ということと同じです。その周辺にどういう環境があるのか、どんな人がどんな感情をもって生きているのかということが必ずつながってくるんです。

小西:
そこがとても難しくて、かつ楽しかったところでもあります。私はSF小説という表現手段を選択しましたが、初めはひとりの主人公を設定して書いていても、「こういうことを訴えるために、新たにこういう役割の人を登場させよう」と思うと、「じゃあその人は何を考えているんだろう」という具合に、考えなければいけないことがどんどん膨らんでいきました。主人公の名前一つとっても、例えばその社会ではどのような言葉が話され、どのような言葉が流行しているのか、主人公の親はどのような願いを託してその名前を付けたかを考えることに繋がります。私たちはこれまで、「社会がこのように変化したら、そこに生きる人はどのように感じるのだろう」と社会の変化を起点に人の価値観変化を洞察することに挑戦してきましたが、物語を作るうえでは、個々のディテールの解像度を上げていくことが、社会全体を描写することに繋がったと感じています。

画像: 小西の作成したSF小説「怒れるタンポポ」(SF小説の挿絵には、Adobe社による生成AI「Adobe Fire Fly」を一部使用しています)

小西の作成したSF小説「怒れるタンポポ」(SF小説の挿絵には、Adobe社による生成AI「Adobe Fire Fly」を一部使用しています)

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古谷田さん:
ひとりふたりのことだけでは済まないのが、この世界の真実ですよね。だからそうやってどんどん膨らんでいくのは自然だと思います。そして、そのひとつひとつに真摯に向き合っていただいた、ということでもありますね。

画像: SFプロトタイピングで主体の周りの環境について考え抜くことと、小説を書くこととの類似について語る古谷田さん

SFプロトタイピングで主体の周りの環境について考え抜くことと、小説を書くこととの類似について語る古谷田さん

私たちに新たな気づきを与えてくれるアートの視点はますます注目されています。最終回は、ビジネスにアートの視点を生かそうとするとき生じるさまざまな問題について語り合います。

画像1: [Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う│創作活動が育む未来へのまなざし

石川卓磨
武蔵野美術大学准教授

近現代のアートを専門領域とし、作家、批評、キュレーション、編集、映像制作など。「αMプロジェクト2023-2024|開発の再開発」ゲストキュレーター。芸術・文化の批評、教育、製作などを行う研究組織である「蜘蛛と箒」を主宰。絵画、写真、映像などの複数のメディアの関係性を捉え直す作品を制作。デザインや現代思想などの接点を重視し、近代の前衛芸術からスペキュラティブ・デザイン、ソーシャリー・エンゲイジド・アートなどをリサーチ対象にしている。

画像2: [Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う│創作活動が育む未来へのまなざし

渡辺泰子
美術作家
東京造形大学造形学部絵画専攻領域非常勤講師

武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油画コース修了。旅と地図をテーマに、他世界や他者との接触、その境界の解明を目的とし制作を行う。作品における宇宙的・社会的視座の背景には、SF小説や天文学の一分野である地球外知的生命体探査(SETI)からの影響、また人類の移動や越境の歴史における想像力と開拓への関心が挙げられる。

個人での活動の他、演劇とのコラボレーションや、女性アーティストコレクティブであるSabbatical Company ( 2015- ) や、年表制作を目的としたTimeline Project ( 2019 - ) の設立、運営に携わる。活動の複数性は、美術の枠組みにおける境界の解明としても展開されており、作品のコンセプトと目的を同じくして行われている。

画像3: [Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う│創作活動が育む未来へのまなざし

古谷田奈月
小説家

2013年、『今年の贈り物』で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、同作を『星の民のクリスマス』と改題しデビューした。2017年、『リリース』で第30回三島由紀夫賞候補、第34回織田作之助賞を受賞。2018年、「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞を受賞、「風下の朱」で第159回芥川龍之介賞候補となる。『望むのは』で第17回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞、『無限の玄/風下の朱』で第40回野間文芸新人賞候補となった。2019年、『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞を受賞。2023年、『フィールダー』で第8回渡辺淳一文学賞を受賞。

画像4: [Vol.2] 表現を通じて「他者」と出会う│創作活動が育む未来へのまなざし

伴真秀
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
リーダ主任デザイナー

日立製作所入社後、コーポレートWEBブランディング、建設機械・IT運用管理システムのインタラクションデザインを担当。2011年より北米デザインラボを経て2015年より家電、ロボット・AI領域の将来ビジョンや地域活性に関するサービスデザインを担当。企画部門を経て、現在サーキュラーエコノミーに関するサービスデザイン研究に従事。

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小西正太
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
デザイナー

リテール分野におけるプロダクトデザイン、HR分野におけるUIUXデザイン経験を経て、2021年株式会社日立製作所に入社。家電領域における新規事業創出に取り組んだ後、現在はEV・グリーンモビリティに関するUIUX/プロダクトデザインや、参加型社会を実現するためのデザインアプローチに関する研究に従事。

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下林秀輝
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 社会課題協創研究部

2021年、株式会社日立製作所に入社。次世代情報通信基盤に関する国際標準化活動への参画を経て、現在はスマートシティ領域における社会課題解決型事業の創出に取り組む。学生時代に培ったXRやロボットに関する幅広い知見を活かしながら、新事業創出のためのプロトタイピング手法の研究開発を推進。

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