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南部鉄器の職人・田山貴紘さんの工房では、AIを活用した革新的な技能伝承に取り組んでいます。「ブレインモデル」と呼ばれるAIシステムは、熟練職人の思考プロセスを言葉で可視化し、若手職人が鋳造の不具合を検証したり新しい作品を構想したりするのをサポートしています。Vol.2では、この「AI師匠」の具体的な活用法と成果を掘り下げるとともに、日立製作所が開発中のメタバースを活用したフロントラインワーカー支援システムとの共通点や、AI活用による技能伝承の未来像について議論を展開します。

[Vol.1] 熟練職人の頭脳をAIが解き明かす
[Vol.2] AIと人が紡ぐ新しい技能継承のかたち
[Vol.3] AIは職人のウェルビーイングに貢献するか?

熟練者の思考を可視化するAI

鹿志村:
田山さんの工房では、若手職人の育成のためにAIを活用しているということですが、その内容を具体的に教えていただけますか。

田山さん:
我々が使っているAIは、茨城県つくば市のLIGHTzという会社が作ったシステムです。熟練者の思考をモデル化して、AIによって誰でもその知見を共有できるようにした「ブレインモデル」と呼ばれるものです。これまでに有田焼や友禅染といった伝統工芸の職人や一流のスポーツ選手の思考をモデル化して、そこから情報を引き出すAIを作っています。

具体的には、南部鉄器の技能に関するさまざまな言葉が線でつながっていて、それぞれの言葉がどれくらい重要なのかという重みづけもされています。さらに、個々の言葉をクリックすると、そこを中心にして他の言葉とどう関係しているのかがわかり、熟練者の思考をのぞき見ることができるようになっています。

鹿志村:
実際には、どのように活用するのですか。

田山さん:
タブレットで操作して、ブレインモデルの言葉のつながりを見たり、それぞれの言葉に関連するドキュメントや学術的な知見を確認したりできます。例えば、「鋳型(いがた)に鉄を流して鉄瓶を作ったけれど穴があいてしまった」という不具合があったとき、「異物混入」や「砂噛み」といった不具合に関連する言葉をたどっていくことで、熟練者のように原因を検証できるんです。

画像: 田山さんの工房で活用しているAI「ブレインモデル」の画面

田山さんの工房で活用しているAI「ブレインモデル」の画面

松本:
言葉をクリックしながら、不具合の原因を探っていくわけですね。

田山さん:
そうですね。これまでは現場で不具合が見つかると、熟練者の話を聞いて原因を学んでいましたが、それと同じようなことですね。さらに、岩手大学との共同研究をふまえた工学的な知見も組み込まれているので、それも確認できるようになっています。

鹿志村:
このブレインモデルは、どのようにして作られたのでしょうか。

田山さん:
ベースとなっているのは、熟練者へのヒアリングです。このシステムについては、僕の父に対して、1回あたり1、2時間、計6回のヒアリングが実施されました。南部鉄器の製作に関するさまざまな領域について質問が重ねられ、全体として100個ぐらいの言葉が抽出されました。ブレインモデルでは、その言葉が網の目のようにつながっています。

進化する「AI師匠」の可能性

鹿志村:
伝統工芸の世界では普通、こういう「AI師匠」とでも呼べるようなシステムはないですよね。

田山さん:
ないですね。伝統工芸の職人の場合、「理屈はわからないけれど、こうなんだ」という理解にとどまっていて、不具合のメカニズムについて正確に言語化できていないことも多いですね。

松本:
そうすると、このシステムを活用することで、熟練の職人が「実はこういうメカニズムだったんだ」と学べることもあるのでしょうか。

田山さん:
僕自身、このブレインモデルのおかげで、不具合の原因を理解できたことがありました。

松本:
「理屈がわかって、技術も身について」という職人が生まれていく可能性があるわけですね。

田山さん:
僕が父のもとで修行しながら学んでいったことが、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)ではなく、「Off JT」でも学べるということです。それによって学ぶツールが増えるので、職人の育成に有効だろうと思います。

画像: 南部鉄器職人の父のもとで修行した後、自分の工房を構えた田山さん

南部鉄器職人の父のもとで修行した後、自分の工房を構えた田山さん

鹿志村:
私は、AIの仕事支援というと「AIが手順を説明してくれる」というイメージが強かったのですが、何かトラブルがあったときに、AIに支援してもらって原因を調べたり、対策を見つけ出していくという使い方もできるということですね。

田山さん:
鋳造欠陥などの不具合の検証に関しては、そういう使い方が多いと思います。もう一つ、自分の作品を新たに作りたいときに、どんな点に気を付けたらいいかをAIに聞きながら、プランを検討していくという使い方もできますね。

メタバースで描く技能支援の未来

秋山:
私のチームでは、フロントラインワーカーを支援するAIアシスタントの研究をしています。リアルな現場の状況を仮想空間に再現する「メタバース」という技術を使って、現場にあるさまざまな情報を一元的に管理して、直感的に利用できるようにするプラットフォームを開発しています。

そして、生成AIなどを活用して、メタバースに蓄積されたデータからナレッジを抽出して、フロントラインワーカーを支援していくことを考えています。例えば、工場の設備を点検する作業で、現場の人にウェアラブルカメラを装着してもらい、その映像を介してAIがいろいろなことをアシストしていくというイメージです。

画像: リモート参加の秋山は、フロントラインワーカーを支援するAIについて説明した

リモート参加の秋山は、フロントラインワーカーを支援するAIについて説明した

田山さん:
どんな使い方が考えられるのでしょうか。

秋山:
一つは、経験が少ない作業者にAIが作業手順を教えてあげるという使い方があります。もし間違った手順で作業した場合は、AIが指摘してくれるので、即座に修正できます。もう一つ、ポンプなどの音のデータをAIが解析して、異常を検知し、原因も推測してあげることも考えられます。

このようにAIアシスタントと一緒に作業することで、若い人でも熟練者に近い作業ができるようになることをめざしています。さらに、AIアシスタントと仕事をするのが当たり前になると、一日の作業の最後にAIに改善点を指摘してもらうことで、生産性をもっと上げていけるのではないかと考えています。

田山さん:
すごくワクワクするAIの活用法ですね。我々のAIと共通する点もあると思いますが、言語だけでなく、映像や画像も活用することで、より高い精度の解析ができそうです。また、道具の持ち方といった動作についても、映像を通して、AIが熟練者との違いを確認することもできそうで、面白いですね。

鹿志村:
ただ、懸念点もあります。AIが自分の動作をずっと見ていて、いちいちダメ出しをしていくと「うるさいな」と感じる人もいそうです。AIと人間の作業者の関係はどうあるのが理想だと思いますか。

田山さん:
従来型の伝統工芸の育成方法は、まさにそういう感じでしたね。少しでも違う動きをすると「違うよ」と指摘するんです。これまではその教え方で成立していましたが、働く環境が変化して、だんだん難しくなっていると感じます。いまは働く人によって、教え方を変えていく必要がある。AIの場合も、その点は同じなのではないでしょうか。

画像: 南部鉄器の制作で重要なカギを握る「鋳型(いがた)」について説明する田山さん

南部鉄器の制作で重要なカギを握る「鋳型(いがた)」について説明する田山さん

――次回は、AIによる技能伝承が職人の「ウェルビーイング」にもたらす影響について考えます。若手と熟練者のどちらもウェルビーイングになれるAIの活用法とは? AIのサポートによって実現する新しい働き方が、職人たちの幸せな未来にどうつながっていくのか、展望します。

取材協力/kanakeno shop&gallery SUNABA

画像1: [Vol.2] AIと人が紡ぐ新しい技能継承のかたち|フロントラインワーカーの技能伝承とテクノロジー

田山 貴紘
タヤマスタジオ代表取締役/南部鉄器職人

1983 年生まれ、岩手県盛岡市出身。東日本大震災を機に東京からUターン。2013 年南部鉄器職人として田山和康に師事、同年タヤマスタジオ(株)を設立。2017 年丁寧を育む鉄瓶ブランド「kanakeno」をリリースし、国内外への南部鉄瓶の販売、南部鉄瓶のアップデートに取り組む。同ブランドでは市⺠と学ぶ講座「てつびんの学校」、新しい鉄瓶ショールーム「engawa」、持続可能な若手職人育成の仕組み「あかいりんごプロジェクト」などを実施。

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鹿志村 香
日立製作所 研究開発グループ 技師⻑ 兼ウェルビーイングプロジェクトリーダ

1990 年日立製作所入社、デザイン研究所配属。ユーザーリサーチによる製品・サービスのユーザビリティおよびエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部⻑、東京社会イノベーション協創センタ⻑を経て、2018 年日立アプライアンス(現日立グローバルライフソリューションズ)取締役を務め、2022 年 4 月より現職。

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松本 茂紀
日立製作所 研究開発グループ 先端 AI イノベーションセンタ
データサイエンスラボラトリ リーダ主任研究員

2012年日立製作所入社。入社当時は機械研究所に所属し、冷凍空調機の潤滑に関する研究に従事しモノづくりのDNAを学ぶ。その後、日立化成(現 (株)レゾナック・ホールディングス)に出向し電子部品向け材料を中心にデジタルによる材料設計・開発に従事。更に開発現場の知識やデータとIT技術融合の研究部隊立ち上げを経験。この経験を活かし、2020年設立したLumada Data Science Laboratoryにデータサイエンティストとして着任し、様々な顧客のDX案件に参画。物流業界をはじめとする、現場とデータを繋ぐAI技術の研究開発に携わってきた。

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秋山 高行
日立製作所 研究開発グループ 先端 AI イノベーションセンタ
知能ビジョン研究部 リーダ主任研究員

2008 年、日立製作所入社。入社後、ウェアラブルデバイスを活用した機械学習と AI による作業支援、屋内測位技術、ITS(高度道路交通システム)の研究に携わり、2017-2018 年に日立製作所 公共システム事業部で SE 業務を経験、2021-2023年に日立ヨーロッパ社研究開発センタにてドイツ人工知能研究センタ(DFKI)との共同研究に従事した後、2024年8月より現職、メタバースおよびウェアラブルセンサを活用したAIアシスタントの研究に従事。

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