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AIによる技能伝承では、単なる知識の伝達を超えて、個々の職人のウェルビーイングを考慮したシステムが求められています。南部鉄器職人の田山貴紘さんは、若手職人の育成経験から「待つ」ことの重要性や個人の特性に応じた指導の必要性を見出しました。その知見は、AIによる技能支援にも活かせる可能性があります。若手とベテランの職人どちらのウェルビーイングも高めるために、AIをどのように活用していけばいいのか、日立の研究者たちと田山さんが考えます。

[Vol.1] 熟練職人の頭脳をAIが解き明かす
[Vol.2] AIと人が紡ぐ新しい技能継承のかたち
[Vol.3] AIは職人のウェルビーイングに貢献するか?

「待つ」から生まれる学びの力

秋山:
若手の職人とどうコミュニケーションをとって、どのように育てていくかという観点で、田山さんが気をつけていることはありますか。

田山さん:
心がけているのは、こちらが忍耐をもって「待つ」というか、「言うべきところで言う」ということですね。

鹿志村:
「待つ」というのは、若手の職人に全部を教えてしまうのではなくて、自分で気づくのを待つということですか。

田山さん:
そうですね。実は、自分が教える立場になって最初のころは、積極的に教えていたんですね。なぜかというと、父から「師匠から教えてもらっていたら、もっと早く学べたのに」という言葉を聞いていたからです。教えることによって、技能の習得が早くなり、ウェルビーイングも高まるのだろうと思っていたんです。

でも、それを続けていくと、人は「学ぶ」というよりも「教えられる」という姿勢になってしまうんですね。「師匠の背中を見て学ぶ」という言葉がありますが、おそらく「学ぶ」ためには、自分から興味を持ったり質問したりといった主体的な行動が必要なのではないかと思います。なので、今は「待つ」ことを心がけるようにしています。

秋山:
そうすると、AIアシスタントの場合も、手取り足取り教えるよりも、介入しすぎないほうがいいということでしょうか。

田山さん:
たぶん、人によって違うんだと思います。その人の経験年数や習熟度によっても違いますし、性格によっても違う。そのあたりの情報もAIにインプットして、それによってアウトプットを変えていけたら良さそうですね。

鹿志村:
個人ごとに介入の仕方を変えてあげる、ということですね。

田山さん:
そうですね。自分に自信があって「あまり介入されたくない」という人もいれば、むしろ「世話を焼いてほしい」という人もいます。現場では、人間がそのあたりを感知しながらいろいろな声かけをしているのだと思います。AIにもそういう機能があると、ウェルビーイングの観点で効果的な気がしますね。

画像: 「教える」ことの難しさについて語る田山さん

「教える」ことの難しさについて語る田山さん

「半年の経験」で不具合検証ができた

鹿志村:
そもそも、伝統工芸の育成にAIのシステムを入れることに対しても、人によって反応が違う感じでしょうか。

田山さん:
我々の工房では最初、全員にAIを使ってもらおうと思っていました。でも、年齢による反応の違いがありました。年齢が上の人ほど、こういうツールに慣れていない傾向があり、経験がある分だけ変化しづらくなる側面があります。そこで、もっとも経験が少ない若手の職人からAIを使ってもらうようにしました。彼女が職場に入って半年がすぎたころから、AIを活用した不具合検証をやってもらいました。

鹿志村:
期待していた成果はありましたか。

田山さん:
期待以上でしたね。経験が半年しかないので、ほとんどできないだろうと推測していたんですよ。でも、スッとできてしまった。一年目の職人が「不具合検証をやれ」と言われても、普通はうまくできないはずですが、かなりできているんですよね。嬉しい誤算でした。もしかしたら、現場がAIになじむのは意外と早いのかもしれません。

松本:
将来の理想の状態については、どうイメージしていますか。AIが職人をアシストするのはある程度のところまでと考えて「AIに頼らずに独り立ちできる状態」をめざすべきなのか、それとも「AIがどこまでも寄り添ってアシストする」のがよいのか、どちらが理想といえるのでしょうか。

田山さん:
おそらく職人の習熟度によって、AIに期待することが変わってくると思います。習熟が進むと、より抽象度が高い部分に関心がいくはずです。そうなると、その人の感性が重要になるでしょうが、そういう面までAIがサポートしてくれるのかどうか。それによって、職人がどこまでAIを必要とするか、変わっていく気がします。

松本:
AIにどんどん知識や技能がたまっていくと、一生かけて伴走してくれる「AI師匠」になってくれる可能性もあるということですね。

田山さん:
理想はそうですよね。AIにナレッジがどんどん積み上がっていっていくと、そうなっていくんだろうなと思います。

画像: 田山さんの工房で作られた南部鉄器。若手の職人が全工程にかかわる「あかいりんご」は高い評価を受けている

田山さんの工房で作られた南部鉄器。若手の職人が全工程にかかわる「あかいりんご」は高い評価を受けている

技を「抱え込まない」という選択

松本:
一方で、教える側のウェルビーイングはどうでしょうか。教える側の熟練の職人にとって負担や不利益につながると感じてしまうと、若手の育成も持続しないと思います。そういう面についても、AIがうまくサポートできるのが望ましいのではないかと考えています。

鹿志村:
熟練者のナレッジを残していくために、その観点は重要ですよね。熟練者にナレッジを教えてもらって、それをAIにためていこうとするとき、熟練者の協力が不可欠ですが、気持ちよく協力してもらうためには、どうしたらいいと思いますか。

田山さん:
すごく難しい問題ですね。

鹿志村:
私たちも回答がなくて、ぜひ、アドバイスをいただきたいと思っています。

田山さん:
実は伝統工芸の世界では、熟練者が自分の立ち位置を守っていくために「情報の非対称性」を作っていくのが効果的という面があります。そういう意味で、熟練者が自分の中に技術を抱えこんで外に出さないということも、これまではありました。でも僕の父は、それによって苦労したという原体験があるため、情報の非対称性を作って自分が生き残ることよりも、この業界が斜陽の状態から抜け出すにはどうしたらいいかを考えるようになりました。

父がAIの活用に協力してくれるのも、そういう思想があるからだと思います。つまり、自分よりも上のレイヤーで物事を考えるようになっているわけです。そういう上位のレイヤーで、熟練者と会話ができるといいのかもしれません。

鹿志村:
技能伝承の意義を上位のレイヤーで説明して、そこに共感してもらえるといいということですね。

田山さん:
そうですね。そうすると、同じ言語で、それぞれが抱えている課題を共有できるようになると思います。

画像: 座談会は、岩手県盛岡市内にある田山さんの工房で実施された

座談会は、岩手県盛岡市内にある田山さんの工房で実施された

個性が花開く「一人一工房」時代

鹿志村:
例えば、西陣織では、AIを使って新しいデザインのパターンを作り出すことにチャレンジしています。そういう新しいAIの使い方もあるのかなと思うのですが、田山さんはどうお考えでしょうか。

田山さん:
先日、世界的に有名なニューヨークのアーティストのアトリエに行く機会がありました。アートというと、感性で作っているように感じますが、そのアーティストは、頭脳チームとドローイングチームに分けて、組織的にアートを作っていました。しかも、プロダクションマニュアルという厚いマニュアルがあるんですよ。アーティストの感性や人間性のもとにチームが組織されていて、世の中に向けて幅広くアートを展開しているんですよね。

これからロボティクスやAIが発展していくと、そういうアーティストのもとでいろいろな作業をする人たちはロボットでよくなるのかもしれません。その人の感性や哲学を生かしてもの作りをするけれど、実際にものを作るのはAIとロボット。そうなると、誰でもすばらしい作品を生み出せる仕組みを手に入れられる可能性が広がっていく。

僕の工房で働いている人たちも、それぞれ個性があって、作りたいものがあるはずです。そんな彼らが作りたいものが、ロボットやAIによって実現できるようになる。それは、新しい工芸のあり方として成立するのではないかと思います。

鹿志村:
ロボットやAIの力を借りて「一人一工房」という形で、個性豊かなものが生み出されていく可能性があるということですね。

田山さん:
一人一人の職人の個性が広がっていく社会のほうが豊かだと思いますが、今の環境だとなかなか実現が難しい面があります。AIによって、そのあたりの可能性が開けていったら面白そうだなと思っています。

鹿志村:
これまで伝統工芸の産業はどんどん縮小してきたということですが、これから拡大していく可能性もありますね。一つ一つは小さいかもしれないけれど、個性的な工房がたくさんできて、いろいろな種類の南部鉄器が生まれていったら、すてきですね。

画像: 田山さんの工房兼店舗は、自然豊かな公園の一角にある

田山さんの工房兼店舗は、自然豊かな公園の一角にある

取材協力/kanakeno shop&gallery SUNABA

画像1: [Vol.3] AIは職人のウェルビーイングに貢献するか?|フロントラインワーカーの技能伝承とテクノロジー

田山 貴紘
タヤマスタジオ代表取締役/南部鉄器職人

1983 年生まれ、岩手県盛岡市出身。東日本大震災を機に東京からUターン。2013 年南部鉄器職人として田山和康に師事、同年タヤマスタジオ(株)を設立。2017 年丁寧を育む鉄瓶ブランド「kanakeno」をリリースし、国内外への南部鉄瓶の販売、南部鉄瓶のアップデートに取り組む。同ブランドでは市⺠と学ぶ講座「てつびんの学校」、新しい鉄瓶ショールーム「engawa」、持続可能な若手職人育成の仕組み「あかいりんごプロジェクト」などを実施。

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鹿志村 香
日立製作所 研究開発グループ 技師⻑ 兼ウェルビーイングプロジェクトリーダ

1990 年日立製作所入社、デザイン研究所配属。ユーザーリサーチによる製品・サービスのユーザビリティおよびエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部⻑、東京社会イノベーション協創センタ⻑を経て、2018 年日立アプライアンス(現日立グローバルライフソリューションズ)取締役を務め、2022 年 4 月より現職。

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松本 茂紀
日立製作所 研究開発グループ 先端 AI イノベーションセンタ
データサイエンスラボラトリ リーダ主任研究員

2012年日立製作所入社。入社当時は機械研究所に所属し、冷凍空調機の潤滑に関する研究に従事しモノづくりのDNAを学ぶ。その後、日立化成(現 (株)レゾナック・ホールディングス)に出向し電子部品向け材料を中心にデジタルによる材料設計・開発に従事。更に開発現場の知識やデータとIT技術融合の研究部隊立ち上げを経験。この経験を活かし、2020年設立したLumada Data Science Laboratoryにデータサイエンティストとして着任し、様々な顧客のDX案件に参画。物流業界をはじめとする、現場とデータを繋ぐAI技術の研究開発に携わってきた。

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秋山 高行
日立製作所 研究開発グループ 先端 AI イノベーションセンタ
知能ビジョン研究部 リーダ主任研究員

2008 年、日立製作所入社。入社後、ウェアラブルデバイスを活用した機械学習と AI による作業支援、屋内測位技術、ITS(高度道路交通システム)の研究に携わり、2017-2018 年に日立製作所 公共システム事業部で SE 業務を経験、2021-2023年に日立ヨーロッパ社研究開発センタにてドイツ人工知能研究センタ(DFKI)との共同研究に従事した後、2024年8月より現職、メタバースおよびウェアラブルセンサを活用したAIアシスタントの研究に従事。

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