[Vol.1] Natureが認めた「素材」を探求する仕事
[Vol.2]「見る」「描く」幼少期の情熱が支える挑戦
[Vol.3]「めっちゃオン」と「ライトオン」で生まれる発想
「オンかオフか」ではなく・・・
谷垣:
最近の言葉だと「ワークライフバランス」といいますか、仕事と私生活の切り分けについて、鈴木さんの場合はどうですか。
鈴木さん:
僕の中で、ワークとライフはほとんど一緒になっていますね。家族に気を遣っているつもりですが、家でも仕事をします。ただ、1日のルーティンはほとんど決まっていて、寝る前に必ず柔軟体操をしていますし、ネットで公開している日記も毎日書いています。日記は、2001年から24年間、ずっと続けています。

対談の話題は、プライベートの過ごし方にまで及んだ
谷垣:
すごいですね。そうやって毎日整えて、1日単位でうまくバランスをとっているんでしょうね。僕の場合は、どちらかというと1週間おきに切り替えていく感じです。週末に家族と一緒に、夏はキャンプ、冬はスキーにいくのが、仕事を続けていく上でのルーティンみたいになっています。
鈴木さん:
切り替えといえば、いいアイデアを思いつくための工夫はなにかしていますか。
谷垣:
正直なところ、工夫はできていないですね。ただ、経験上、目の前の問題に集中しているときは、あまりいいアイデアが出ない傾向があります。休憩時間に散歩してるときや電車で移動してるときに、頭にふっとアイデアが浮かんで、モヤモヤしていた問題が解けるというのはありますね。
鈴木さん:
「オンかオフか」という感覚がないんじゃないですか。今は仕事のことを考えるのをやめようというのは、あまりない気がします。
谷垣:
そうですね。「オンかオフか」というよりは、「めっちゃオンか、ライトオンか、みたいな(笑)」。ライトオンのときが、いいアイデアが出ると思います。
鈴木さん:
よくわかります。いいですね、その表現。僕も使わせてください。休日でも、完全には切れていないと思います。僕の場合は、仕事以外のときも、本や資料を読んだり見たりということをずっとやっています。そういうのを継続していく中で、いろいろなことがつながってくるんですよね。

約20年前に自ら会社を立ち上げて、新しいフォントの開発を続けてきた鈴木さん
時代の変化をどう見極めるか
谷垣:
課題は常に目の前にあるんですけど、パーツがある程度、そろってこないと解けないということがあります。我々の場合は、テクノロジーがミートしてくるタイミングがすごく大事ですね。「これとこれがそろえば、いけそうだ」という感じです。
鈴木さん:
タイミングって、重要ですよね。フォントの場合も時代の好みというのがあります。かつては明朝体ばかりだったのが、ゴシック体が出てきて、その後、サンセリフ体という飾りのない書体が人気になりました。その背景には、紙の時代からデジタルの時代、フラットなディスプレーの時代へという変化があります。文字が掲載されるメディアの性質や人の好みが渾然一体となって、求められる書体というのが決まってくるのかなと思います。
谷垣:
そういう時代の好みというのは、どうやって見極めていくんですか。フォントの開発には時間がかかりますよね。今ニーズがあるものを作っても、フォントができるころにはニーズが変わっているリスクもあると思うんですが。
鈴木さん:
今の時代、社会がすごく速く変わっていっているように見えますが、文字というのはスローテンポなんですよ。言葉は変化のテンポが速いですが、文字の変化はそこまで速くないんです。読めない文字がいきなり現れても、誰も喜ばないですから。だから、文字の形というのは、基本的に保守的なんですね。
ただ、文字を見る道具や媒体が変化していく中で、新しい文字の姿、新しい書体も生まれてきます。なので、いろいろな分野の技術がどう変わってきているのか、どこまで社会に受け入れられているのかということについて、アンテナを張るようにしています。そして、10年後の視覚的な環境はこうなっていてほしいという希望もまじえながら、将来のことを考えるようにしています。
谷垣:
鈴木さんは、かなり先を見ているように感じます。
鈴木さん:
先を見るためには、時間の流れを一歩後ろに下がって見ることも重要だと思います。文字の起源から現在まで、どういう動きがあって、どういう方向に進んでいるのか。文字の変化の大きな流れをおさえておくことで、足場がしっかり定まって、自分自身が揺らがなくてもすむわけです。

古民家カフェでの対談はリラックスした雰囲気で行われた
マラソンのような長期戦で重要なのは?
谷垣:
研究テーマの選び方と共通するところもありますね。我々の研究もすぐに成果が出るわけではありません。10年スパンという規模感なので、過去からの流れを意識しながら、将来の世の中はこうなるだろうと考えながら、テーマを決めていきます。
鈴木さん:
短距離走というよりは、マラソンに近いですよね。
谷垣:
マラソンと通じる点という意味では、体力も重要ですね(笑)
鈴木さん:
本当に体力だと思いますよ。ぎっくり腰になって弱気になっているときは「あといくつ文字が作れるかな。やりぬけるかな」って思いますもん。

長期間の研究に取り組む姿勢について語る谷垣
「音を感じる書体」と「夢の量子電子顕微鏡」
谷垣:
鈴木さんの今後の抱負を教えてもらえますか。
鈴木さん:
最近考えているのは、音が聞こえてくるような書体を作りたいということです。文字は本来、視覚的なものですが、その一方で音も聞こえているはずなんです。文字を読むとき、頭の中で音が再生されているでしょう。例えば、しゃりしゃり、ピチャピチャといった擬音語を文字で表現するとき、どんな書体ならば、その音が聞こえてくるのか。
そんな中で注目しているのが、日本の和歌です。和歌が誕生したころに、ひらがなも生まれている。和歌の音の響きを伝える書体があるのではないかと思って、平安時代に戻って、ヒントを探しています。

音が聞こえてくるようなフォント。擬音語の響きによって書体が異なる
谷垣:
新しい世界ですね。
鈴木さん:
谷垣さんはどうですか?
谷垣:
電子顕微鏡の世界では今、原子が並んでいる面(格子面)の磁場がようやく見られるようになったところですが、原子1個1個の磁場はまだしっかり見えていません。今後は、そのあたりの分解能をもっと上げていければと思います。
鈴木さん:
原子が並んで止まっている様子だけでなく、動いている様子も見たいですよね。例えば、動いている生体を観察していくという可能性はあるんですか。
谷垣:
実は顕微鏡分野の仲間たちと話しているんですが、究極の目標は「生きたまま見る」ということです。でも、これが非常に難しいんです。電子顕微鏡では、高いエネルギーを持った電子が試料を通り抜けていくので、試料に大きなダメージを与えます。さらに、電子顕微鏡に画像を映し出すには、100万個ぐらいの電子を試料に打ち込む必要があるので、生体の試料を生きたまま見るというのは、すごく難しいことなんです。
鈴木さん:
それでも、将来の目標のひとつとしてはあるわけですか。
谷垣:
そうですね。まだ研究開発の段階ですが、「見ていないのに見る」という夢みたいなテクノロジーがあるんですよ。量子力学の原理を使って、「こちらに電子がいるのか、あちらに電子がいるのか、あるいは、どちらにもいるのか」という「分身の術」みたいな技術をうまく使うと、見ていないけれど見ることができるのではないか、という量子電子顕微鏡が考えられています。
鈴木さん:
年末にNHKスペシャルで「量子もつれ」の番組を放送していて、面白いなと思いました。それと同じような量子の世界の話ですね。
谷垣:
まさに、そういう量子の技術をうまく使うことができれば、生きて動いている試料もうまく見られるかもしれないということです。
鈴木さん:
そんな顕微鏡がいつか実現するかもしれないと思うと、わくわくしますね。

未知の世界への挑戦はこれからも続いていく
取材協力/松庵文庫
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日立の人:「超ミクロの世界から、社会を変えていく」研究者の挑戦 - 日立
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鈴木功
タイププロジェクト株式会社 代表/タイプディレクター
1967年名古屋生まれ。愛知県立芸術大学デザイン科卒業。1993年から2000年までタイプデザイナーとしてアドビシステムズに勤務。2001年にタイププロジェクトを設立し、2003年にAXISフォントをリリース。その後、AXISフォントのコンデンスシリーズや、コントラストの概念を導入したTP明朝やTPスカイなど、日本語書体の体系を拡張する次世代フォントの開発にあたっている。2009年に都市フォント構想を発表し、2019年に「金シャチフォント 姫」をリリース。そのほか国内外のコーポレートフォントを数多く手がける。AXISフォントは国際科学誌「Nature」日本版にも採用されている。
![画像2: [Vol.3] 「めっちゃオン」と「ライトオン」で生まれる発想|フォントと電子顕微鏡の第一人者が語る「やりぬく力」](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/03/25/a84493d07cadbf59e778bed582fa564d36492aa2.jpg)
谷垣俊明
日立製作所 研究開発グループ
Sustainability Innovation R&D
計測インテグレーションイノベーションセンタ
ナノプロセス研究部 主管研究員(理学博士)
1978年京都市生まれ、小学6年間を滋賀県大津市で過ごす。立命館大学大学院 理工学研究科 フロンティア理工学専攻 一貫性博士課程を修了して、日立ハイテクに入社。理化学研究所勤務などを経て、日立製作所の研究開発グループへ。物質を原子レベルで観察できる世界最高性能の「電子線ホログラフィー電子顕微鏡」で、超ミクロの世界の物質構造の精密解析の研究に携わっている。2017年、世界最高分解能0.67ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)での磁場の観察に成功。2024年7月には、原子が規則的に並んだ「格子面」の磁場観察に関する研究論文が、国際科学誌「Nature」に掲載された。
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