未来洞察のために示した将来のきざし
的場:
私たちは、未来を描くためのデザイン活動のひとつとして「きざしを捉える」という活動を進めています。2010年に作成した25のきざしでは、「15年後の2025年に人々はどんな価値観をもって、どのように行動しているのか」という観点から、将来考えられる人々の変化を 25のきざし として多元的に示すことで、将来に向けた議論を深めてもらおうという狙いがあります。
篠原さん:
25のきざし には、具体的にどんなものがあるのですか。
的場:
例えば、都市型公共施設の運用の変化や消費行動の変化、結婚観・家族観の多様化など、さまざまなテーマがあります。
その中でも今回は、環境に関連するきざし「Beyond Green:環境に対する価値観の多様化」「Micro Eco:エコ分解能の向上」「Community Education:地域力向上のための教育の促進」という3つにフォーカスして、みなさんと議論したいと考えています。

環境に関連する3つのきざし
薗田さん:
私は1995年から、大手企業向けに環境に関するコンサルティングに取り組んでいますが、この3つのきざしは相互に関係しているのではないかと感じています。人々の行動が変わるためには、その価値観が変わらなければいけません。では、人々の価値観を変えるためにはどうすればいいのか、といった点が問題になってきそうですね。

多くの企業のサステナビリティ経営を支援してきた薗田綾子さん
環境ネイティブの若者の声が拡大
的場:
1つ目のきざし「Beyond Green」ですが、環境に対する価値観がだんだん多様化していくという兆候を捉えて、このように表現しました。例えば、2025年の生活者の中には「環境対策に正義なんてないことにもう気づいてる」と冷めた見方をしている人たちもいるだろう、と指摘しています。
特に、2001年以降に生まれた「環境ネイティブ世代」は、幼少期に東日本大震災と大規模な節電を経験し、学校で環境教育も受けています。そんな若者たちは、サービスやプロダクトを利用する際に、環境負荷に関する情報が適切に開示されているかという点を気にするようになりましたが、まさにこのきざしでは、環境施策に正義と透明性を求めるだろうという未来像を推測して描いていました。
鍾:
環境に対する価値観の変化に合わせて、日立でも数年前から環境関連のプロジェクトなどが目立つようになりましたよね。私自身も昨年から日立の環境ビジョンの発信などを推進しているプラネタリーバウンダリープロジェクトのメンバとして活動しています。25のきざしが考案されてから、15年になりますが、みなさんは環境に関する価値観の変化をどうみていますか。
的場:
環境に対する価値観の多様化が想定よりも早く加速していった印象です。象徴的なのは、2018年にスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが気候変動問題への本格的な対策を求めて、毎週金曜に国会前で座り込みを行なう活動を始め、それが世界中の若者に広がっていったことです。いわゆる「フライデー・フォー・フューチャー」ですね。
薗田さん:
2019年に国連のSDGsサミットに参加するためにニューヨークに行ったんですが、同じころに国連気候行動サミットも開かれました。グレタさんがヨットで大西洋を横断してアメリカに上陸し、国連で演説するというので、ニューヨークにたくさんの若者が集まっていました。10代の子どもたちが気候変動問題について堂々と話しているのを見て、すごいパワーだと感心しました。
的場:
気候変動の問題に関しては、若者の主張や行動が上の世代に与える影響がかなりあると言えるでしょうね。
環境のイメージは「我慢」から「クール」へ
篠原さん:
この「Bryond Green」というきざしが作られた2010年よりも前の状況を思い返してみると、環境やエコというテーマは「節約」や「我慢」という方向で捉えられていたのではないかと感じます。「ちょっと面倒だな」「苦しいな」といった感覚です。
でも、今はそうではなくて、環境を考え行動することが「クール・かっこいい」だったり、「社会的意義がある」だったりと、イメージが大きく変わりました。むしろ、環境問題に関心を持っていることをどんどんアピールしていこうという人が増えている印象です。

品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」の展示のプランニングを担当した篠原宏一さん
的場:
篠原さんは、今回の座談会の会場となっている品川区の環境学習交流施設「エコルとごし」の展示のプランニングを担当したんですよね。
篠原さん:
私はふだん博物館をはじめとした文化施設の展示のプランニングをしていますが、「エコルとごし」では、環境の課題をテーマにした展示や体験のプランニングを担当しました。主に子どもとその親が、環境の問題を自分ごととして感じてもらえるように、体験を通して楽しく学べる展示を設けています。
鍾:
環境に関する価値観は、世代によって差があるようにも思われますが、エコルとごしの来場者はどうですか。
篠原さん:
エコルとごしは区立公園の一角にあることもあり、来場者はさまざまな世代にわたっています。そして、展示スペースで体験してみようというのは、環境問題に対する意識を持っているか、興味・関心が高い人たちです。そこに限っていえば、世代による差よりも、意識の差のほうが大きいと感じます。
鍾:
年代が関係ないのだとすると、意識の差って、どこで生まれるんでしょう。
薗田さん:
私は、教育が重要なのではないかと思います。日本の学校で環境教育が本格的に始まったのは、環境教育推進法(現:環境教育促進法)が施行された2004年ごろといえます。現在の大学生くらいの世代は、環境教育をしっかり受けているので、それが地球環境への意識にも反映されています。
鍾:
その影響なのか、国際的に活躍している環境活動家もユースが注目されています。若い世代では、環境に関心のある人、知識のある人が確実に増えているという印象があります。

日立のサステナビリティ関連部門で、環境ビジョンの発信に関わる鍾イン
価値観の多様化の先にあるものは?
篠原さん:
もうひとつ、環境に対する価値観が変化した背景としては、「SDGs」という言葉そのものが社会に浸透して、「環境について考えることがビジネスになる」という認識が広がったのも大きかったのではないかと思います。環境問題に積極的に取り組むことが企業価値の向上につながるというのは、特にビジネスパーソンの意識を変える要素として大きかったでしょう。
鍾:
ただ、環境に関する重要な情報に触れたとしても、自分ごととして興味を持てない人は、まだまだ多いのではないでしょうか。そうなると、伝え方がすごく大切になりますね。
環境に関する行動は「我慢すること」なのか、それとも「楽しむこと」なのか。それは、特に次世代にとって重要だと思います。地球環境を守るために生活の一部が制限されることがありますが、その制限を逆手に取って楽しむ考え方を伝えていかないといけないなと感じています。
的場:
「きざしを捉える」という観点からは、2025年よりもだいぶ早い時期に「環境に対する価値観の多様化」という動きが明確になったので、さらにその先はどう変わっていくのか、2035年にはどうなっているのか、という点をしっかり捉えていかないといけないなと思っています。

将来の社会課題を探索するビジョンデザインに取り組む的場浩介
――次回は「私が納得、実感できるエコ」をテーマに、人々の環境意識や行動の変化を探ります。法規制やコミュニティの取り組みは、どのようにエコ活動を日常化していったのか? ストーリーや体験型の仕掛けは、エコ意識を高める鍵となるのか? 多様化する「エコの動機」との向き合い方を考えます。
取材協力/品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」
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篠原 宏一
株式会社丹青社 プランナー
2007年、静岡大学大学院教育学研究科修了。主にミュージアムなどの文化施設、文化催事などの展示において、情報・体験・コミュニケーション全般の企画を担当。近年は自然や環境、サステナビリティに関するテーマ、マンガを始めとするジャパンカルチャーに関するテーマなど、国内外で社会的潮流となっているテーマの空間づくりに積極的に取り組む。2022年5月に新設された品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」の展示のプランニングを担当。静岡大学非常勤講師。
![画像2: [Vol.1] 環境に対する価値観は15年間にどう変化したか|未来洞察シナリオから考える将来の社会](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/04/14/12bd4e780f86d0bae4330103721f6572c24f3fea.jpg)
薗田 綾子
サステナビリティコンサルタント
1988年、株式会社クレアンを設立。これまでに、多数の企業のサステナビリティ経営コンサルティングやサステナビリティ・統合報告書の企画制作を支援。公益財団法人みらいRITA代表理事、NPO法人サステナビリティ日本フォーラム理事、三菱地所株式会社 社外取締役、株式会社ロッテ 社外取締役、一般社団法人ALLIANCE FOR THE BLUE理事、内閣府 地方創生SDGs官民連携プラットフォーム 幹事、また次世代への教育活動として、大学院大学至善館 特任教授などを務める。
![画像3: [Vol.1] 環境に対する価値観は15年間にどう変化したか|未来洞察シナリオから考える将来の社会](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/04/14/5c751a68b111ece86f474133be8057f30b95ca19.jpg)
鍾 イン
日立製作所 研究開発グループ Next Research プラネタリーバウンダリープロジェクト デザイナー
日立製作所入社後、ロボット・AI の新事業創成プロジェクトでエクスペリエンスデザインを担当。2019 年~2021 年にスマートシティ分野で豪州、中国など海外顧客企業との協創案件、2022 年から国内の地域案件を中心に、サーキュラ―エコノミーなど社会課題にかかわるビジョンデザイン、サービスデザインに従事。2024 年からプラネタリーバウンダリープロジェクトに所属。
![画像4: [Vol.1] 環境に対する価値観は15年間にどう変化したか|未来洞察シナリオから考える将来の社会](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/04/14/ef86ce98207d8783991439543bfe36f278decc87.jpg)
的場 浩介
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ ストラテジックデザイン部 デザイナー
2009年日立製作所入社。鉄道車輛や計測・分析装置のプロダクトデザイン、UI/UXデザインを担当した後、2016年より将来の社会課題を探索するビジョンデザインに従事。人視点の未来洞察「経済エコシステムのきざし」、家電・ロボットのビジョンシナリオ、神奈川県三浦半島でのフューチャー・リビング・ラボの研究を担当した。