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京都大学医生物学研究所の河本宏教授は以前から、イラスト制作やバンド活動など、さまざまな研究外活動を積極的に発信しておられ、「そうした活動には共感してもらえる喜びがある」と話しています。そんな幅広い趣味をお持ちの河本教授と共に、日立神戸ラボで再生医療向け細胞自動培養装置の社会実装に取り組む武田志津と半澤宏子が、科学コミュニケーションについて語り合いました。

[Vol.1]細胞の不思議と生きるヒント
[Vol.2]共感の喜びと科学コミュニケーション

画像: 細胞のキャラクターは、本来難しいものをわかりやすく伝えたいという気持ちから生まれた

細胞のキャラクターは、本来難しいものをわかりやすく伝えたいという気持ちから生まれた

共感の喜びと科学者の義務

半澤:
河本先生はテレビ出演はもちろん、YouTubeの医生物学研究所のチャンネルにも積極的にご出演されていますが、これにはどういった思いがあるのでしょうか。

河本さん:
YouTubeで医生物学研究所の裏チャンネルをつくり、「メタ爺」というキャラでちょっとコスプレして出ています。東大の先生に「うちだったら絶対無理です」なんて言われたんですが、僕も画期的だったと思っています。昔からああいう、これまでになかったようなものをつくるのが好きなんですよ。漫画や絵を描いたりバンドもやったりしてます。そういう創作活動には、細胞を培養して、この遺伝子を入れたらこういう性質の細胞ができるなと考えるのと同じような感覚がある。どっちも区別なく、できたものが役に立つと喜んでもらえたらうれしいですね。

画像: 自身が描いた学会ポスターやイラストを紹介する河本さん

自身が描いた学会ポスターやイラストを紹介する河本さん

「よくそんな暇がありますね」と言われるけど、土日に「ポスターの絵を頼まれたから描こう」っていう感じで、実質的にはあまり時間は使っていないですね。動画配信については、もちろん平日に一定の時間を割いていましたが、研究活動や研究所の運営業務などとは特に区別なく、同じような感覚でやっていました。

半澤:
河本先生は伝えなきゃいけないという気持ちを強く持っている印象を受けています。

河本さん:
伝えたことをおもしろいと喜んでくれたら、それがうれしいんです。共感を得ることの喜びというか。独りで見るよりも、誰かと一緒に見たり、話したりしたほうが、うれしく楽しいという感覚があります。そういうのが僕の原動力になっています。

武田:
共感を得られたことで、人が求めるものを提供できているんだと感じるときがありますよね。

画像: 自作の模型で免疫の仕組みを説明する河本さん。向かって左は樹状細胞、右はT細胞の模型。この二つの細胞が結合することにより、樹状細胞が貪食によって得た病原体の情報が、T細胞に伝えられる。

自作の模型で免疫の仕組みを説明する河本さん。向かって左は樹状細胞、右はT細胞の模型。この二つの細胞が結合することにより、樹状細胞が貪食によって得た病原体の情報が、T細胞に伝えられる。

河本さん:
そうですね。ただ、科学コミュニケーションは科学者にとって義務なんですよね。それは科学者が単に一般の人へ教えてあげるということではない。再生医療では、いろいろと問題になるような研究もありますよね。たとえば、大脳の組織をディッシュのなかで育てるとか。可能性としては、大きな脳になって、意識を持ってしゃべり出すことも考えられる。だから場合によっては、社会から「いや、それはちょっとあかんのちゃう」と言ってもらわないといけない。

つまり、科学者は社会に対して「自分はここまでやろうとしています」と説明する義務があって、社会はそれを監視する義務がある。後から「そんな勝手なことしたらあかん」と言ってもだめ。そういう意味で、社会の合意も得ながら研究を進めていくための科学コミュニケーションという役割があると思います。

半澤:
一方向ではなく双方向のコミュニケーションなんですね。

武田:
いま、科学でいろんなことができるようになったからこそ、この双方向コミュニケーションがますます重要です。こんな素晴らしいことができるという研究成果のベネフィット。でも、そこにリスクもあるでしょうと提示すること。そのバランスをどう取るか。正しく理解して、みんなで考えるのが大切なんですよね。

河本さん:
30~40年前は人の細胞をマウスのフィーダー細胞上で飼うだけで、「人間の尊厳が冒される」と言う人もいました。いまは世界中で、豚やヤギの体の中に、ヒトのiPSとかES細胞とかを入れて、ヒトの膵臓をつくるブラストシストキメラという研究が行われている。こういう研究は気をつけないといけないですよね。たとえば、ねらった臓器以外のところにもヒトの組織ができてしまうかもしれません。でも、社会からはあまり大きな反対意見は出てきていません。おそらく、一般社会の理解が、科学の進歩についていくことができていないのではないかと思います。

半澤:
以前、武田さんは大学の講義で、学生さんから反応がなかったって、ちょっとがっかりされていましたよね。

画像: 大学での講義時の反応を話す武田

大学での講義時の反応を話す武田

武田:
最近の講義では割と反応がありました。「再生医療で人の体の一部をつくれるようになってきた。それに対してどう思いますか」と問いかけたんですね。もしかしたら将来、動物の体内で人の臓器ができて、それを移植できたら命が助かる人がいますよと。でも、生命倫理として、こういうことを本当にやっていいのか。あなたなら、リスクとベネフィットをどう見ますかという質問を投げたら、一生懸命考えてくれました。

河本さん:
どこまで試験管のなかでできるかっていうと、人の場合でも、受精卵からかなりのところまで培養できるんです。いまは“14日ルール”として、臓器などのもとになる構造ができ始めるまでということで厳しくやっています。だけど、科学者はもっと先まで行きたいし、全部できるとこまで見たい。

だから、自分たちでその基準を緩めていくとか、不妊治療とかにも役立つんだからとかベネフィットだけを前面に出すようなことになりかねません。リスクはもしかしたらないのかもしれないけれど、人としての尊厳のようなもの、一体どこからが命なんだっていう、根本的な問いかけは残りますよね。

武田:
これまでは試験管の中の話だったのが、いまはもう人間や動物の体でっていう話になってステージが変わった感じがありますよね。皆が正しく理解したうえで、リスクとベネフィットを考えなくてはなりませんね。そうしないと、議論が変になってしまったり、どちらかにすごく偏ったりするので。

河本さん:
規制ばかりかけていたら、国際的な競争に負けるという問題もあります。もうマウスでは受精卵の時点でゲノム編集して特定の遺伝性疾患を治せる。技術的に言うたら、人でも先天性の遺伝子の疾患を治すことができるわけなんです。でも、それはやっちゃいかんと。違う遺伝子も壊してしまったら、なにか事故があったらどうするんやと。子どもたちはその遺伝子を継いでいく。それは人類全体の負の遺産になるよねと。けど、ゲノム編集をした赤ちゃんをつくるようなことをするところは絶対に出てくるでしょうね。

画像: 細胞の研究をする上での倫理観について語る河本さん

細胞の研究をする上での倫理観について語る河本さん

武田:
ペット業界ではもうビジネスになっていて、自分の大事にしていたペットが死んだときに、クローンをつくってくれるというサービスがあります。1匹500万円で姿かたちが同じペットが蘇る。ペットならいい、でもヒトは?っていうような議論はすでに行われていますね。ヒトは絶対ダメですっていう人がほとんどだと思います。

インタラクティブな科学コミュニケーションのあり方とは

河本さん:
深刻な問題はたくさんあるので、わかりやすく説明して、それに意見を言ってもらう場もあったと提示することが大事だなと。そうしないと「発言させてもらえんかった」と、世の中の人が思ったらあかんわけですからね。

半澤:
この30年で急激にいろいろなことができるようになって、議論が追いついてないのが現状ですね。研究者の立場として伝えることに重きを置いていますが、フィードバックをいただいて、インタラクティブに議論してくところまでがコミュニケーションだとすると、まだまだ足りていない。いまのやり方を変えていく必要がありますよね。それって、机で向かい合って議論するような固いものじゃない気がするんですよ。全くどうやったらいいかはわからないですけど、この場のように気軽に話すような場があったらいいのかな。

河本さん:
こうして同じところに座って、コミュニケーションを取るというのは比較的安全に議論が交わせますよね。実際のところ、サイエンスカフェや講演会でも、意識的に質問の時間を長くとるようにしています。

ただ、SNSなど匿名でコメントが返ってくるような場だと荒れるんですよね。裏医生研チャンネルでも最初はコメントがほしいと思ったのですが、荒れそうだというおそれから、諦めてコメント機能をオフにしたんですよ。プロの科学コミュニケーターの方に訊いても、ネットの世界で双方向にするのはいまはまだ危険だと言われました。なかにはちゃんとした視点で意見を言う人もいるだろうし、ネガティブな意見の全てがあかんというわけではないんですが。なんとかならないですかね。

画像: 「まだ本やテレビの影響力は大きい」と言う半澤

「まだ本やテレビの影響力は大きい」と言う半澤

半澤:
クラシックだけれども、河本先生が出演されたようなテレビや本は、伝えるという意味でじわっと効いてくる気はします。ただ、受け取った側の意見とかアクションをどう取るかというところに課題が残るんですよね。

SNS自体も新しいコミュニケーションツールなので、形や反響もだんだん変わってきていて、SNS離れのような流れも出てきているから、また新しいコミュニケーションのやり方を試していくのかもしれません。

武田:
サイエンスの世界だけじゃないですね。声の大きい人、書き込みをたくさんする人の意見が大半の意見みたいになって、偏った意見だっていうのもわからないまま、同調することも起きている。

未来から見ると、いまの時代って新しい情報共有の時代の幕開けで、初期の混乱期だと思うんです。だから、多分だんだんよくなって落ち着いてくるんだろうと期待はしていて、私が生きているあいだにそうなってくれるといいなと思うんですけれど。そういう混乱期に私たちは生きていて、そんななかで、どういうふうにしてコミュニケーションを取っていくかは大切な課題ですよね。

画像: 一般の人の意見をどう集めたらいいだろうと考える3人

一般の人の意見をどう集めたらいいだろうと考える3人

河本さん:
YouTubeとかで、再生医療の問題を科学者と一般の人がディベートするようなことをやっていったらいいのかもしれませんね。こちらの番組に視聴者が書き込むんじゃなくて、両方の意見を発信するような。

半澤:
しっかりお互いが準備したうえで、意見を交換するようなコンテンツはやってみてもいいかもしれないですね。

――次回はこれからのイノベーションに必要なことについて、さらに伺っていきます。

画像1: [Vol.2]共感の喜びと科学コミュニケーション|細胞社会から人間社会を学ぶ

河本宏
京都大学 教授・医生物学研究所 所長

1986年、京都大学医学部を卒業。研修医などを経て、1994年より京都大学胸部疾患研究所にて、血液細胞の系列決定過程およびT細胞初期分化についての研究。2002年3月より理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センターチームリーダーなどを経て、2012年より京都大学再生医科学研究所教授、2022年より京都大学医生物学研究所所長。

画像2: [Vol.2]共感の喜びと科学コミュニケーション|細胞社会から人間社会を学ぶ

武田志津
日立製作所 研究開発グループ
技師長 兼 Next Research プロジェクトリーダ(デザイン細胞プロジェクト担当)

2001年日立製作所 入社。プロテオーム解析、ゲノムネットワークプロジェクトを経て、2009年から再生医療分野での研究開発に従事。2017年に日立神戸ラボを立ち上げ、ラボ長に就任。2025年4月より現職。

画像3: [Vol.2]共感の喜びと科学コミュニケーション|細胞社会から人間社会を学ぶ

半澤宏子
日立製作所 研究開発グループ
Next Research
主管研究員(デザイン細胞プロジェクト担当)

1991年日立製作所 入社。微生物による物質生産、植物の光受容体の機能解析や疾患バイオマーカー探索など多様な研究テーマに取り組み、2015年から再生医療分野での研究開発に従事。2017年の立上げに伴い、日立神戸ラボに所属。2025年4月より現職。

関連リンク

[Vol.1]細胞の不思議と生きるヒント
[Vol.2]共感の喜びと科学コミュニケーション

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