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AIとロボットの進化は、人間の仕事や学びにどんな影響を与えるのか?「人間拡張」研究の第一人者である東京大学教授の暦本純一さんと、日立製作所 研究開発グループのロボティクス研究者とデザイナーが議論する座談会。今回は、Efficacy(効能感)とEfficiency(効率性)という2つの軸から、人間拡張と自動化の関係を考察するとともに、現場視点のロボット開発やヒューマノイドの進化について、深掘りしました。

[Vol.1]「人間拡張」が変える現場の働き方
[Vol.2] AIが進化すると人間の「効能感」が高まる?

効能感と効率性の2つの軸で考える

塚田:
さまざまな現場作業が、ロボットやAIによってだんだん自動化されるようになっていった場合、暦本さんが研究している「人間拡張」と自動化の関係はどう考えればいいでしょうか。人間拡張と自動化は対立する概念のようにも見えますが、「人間拡張の先にある自動化」という考え方をすると、対立ではなく人間中心の自動化ということでしょうか。

暦本さん:
その点については、Efficacy(効能感)とEfficiency(効率性)という2つの軸で考えるとわかりやすいでしょう。Efficacyは「自分でできる」という自己効能感、自己達成感です。

例えば、ピアノを練習する人は自分で弾けるようになれば、Efficacyを感じられるけど、自動ピアノが演奏してくれても喜びません。何かを学ぶときのようにEfficacyが求められる場面では、自動化しても意味がないこともあります。その場合は、ロボットやAIの役割を人間中心に考える必要があるということでしょう。

一方で、現場の単純作業の場合は、Efficiency、すなわち効率性が上がれば十分なので、Efficacyはあまり関係ないということになります。

Efficacyは人間中心の考え方と言えますが、それだけを追求すると、Efficiencyが損なわれてしまいます。例えば、工場が自動化されていったときに「ロボットは常に人間の命令を受けて動け!」と人間中心のシステムにすると、工場全体の効率性が落ちてしまう。だから、Efficiencyが重要な場合は「人間中心の自動化」と言いすぎないほうがいいと思います。

塚田:
確かに、EfficacyとEfficiencyの2つの軸で考えたほうがよさそうですね。

暦本さん:
必ずしもどちらか一つだけというわけではなくて、両方とも満たされる場合もあります。例えば、眼鏡や義足がテクノロジーで高機能になっていけば、作業の効率性が上がりつつ、自分の効能感も高まるでしょう。でも、掃除ロボットは効率的に掃除できれば十分なので、「人間中心の掃除ロボット」はいらないのではないかということです。

画像: 人間拡張と自動化の関係について語る暦本さん

人間拡張と自動化の関係について語る暦本さん

「人間拡張されたフロントラインワーカー」が最強

橋爪:
人間拡張の観点では「AIがその人のやりたいことを伸ばしていく」ということですが、それを追求していくと個別最適化が進んで、世の中が安定しなくなるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

暦本さん:
まず、僕は世の中が安定しないほうが面白いです。みんなが同じことをしていたら面白くない。

橋爪:
その通りですね(笑)

暦本さん:
例えば、産業革命のときは、みんなが工場のラインで同じ作業をしていたから、多様性はほとんどなかったでしょう。そのときは、1分間に何個を生産できるかという効率性だけが求められていたともいえます。一方、最近は、工場のセル生産方式(一人または少人数の作業チームで製品の組立の完成まで行なう方式)のように、それぞれ作業者の個性を認める方式が広がってきました。

そして、AIやロボットで自動化が進んでいくと、誰もができるような作業は自動化されていくので、1000人の人間が一斉に同じ作業をするという形態は少なくなっていくのだと思います。そうなると、人間は自分の個性を発揮しながら、クリエイティブな作業に注力していけるというのが、ポジティブなシナリオですね。

山田:
AIやロボットで効率が上がると余裕ができて、人間の効能感を高める方向に進んでいくというイメージでしょうか。

暦本さん:
楽観的に考えるとそうなのですが、産業革命との比較でいうと、今回のAIの進化はちょっと速すぎますよね。産業革命のときは数十年ぐらいで変化が起きたので、人間がついていったり、あるいは次の世代の人が対応したりすることができましたが、AIは数年でガラッと変わってしまうので、人間がついていけるかどうか。

塚田:
本当にそうですよね。AIやロボットによって、その人のやりたいことが実現できるようになるのはいいことですが、人によっては、自分のやりたい仕事とAIが得意な作業が重なってしまうかもしれません。そうなると悲劇ですよね。

暦本さん:
変化が速いので、対応が難しいですね。例えば、翻訳家になりたい人がいても、今後はAIの翻訳で十分となるかもしれませんし、プログラマーやコンサルタントにも影響があるといわれています。

一方で、フィジカルな作業については、まだ簡単に自動化されないという面があります。最近は、工業高校や高専の求人がすごく多いという話も聞きますね。これからは、フィジカルな作業とコンピューターの操作の両方ができる人材は重要といえるかもしれません。

山田:
私は高専出身で、授業で旋盤やボール盤の訓練もしたのですが、そういう技能が今のロボット研究に生きているかもしれないと思います。ものづくりのプロセスを体験したことが、ロボットやAIの研究にもつながっているのではないか、と。

暦本さん:
そういう意味では「人間拡張されたフロントラインワーカー」こそが最強だという感じがしますね。

ロボット開発に欠かせない「現場の視点」

橋爪:
私は、医療機関の検査室などの現場で、人間の作業を少しずつ自動化していく研究をしていますが、そういう現場では「AIやロボットがまだ遠い存在だな」と感じることがあります。今後、AIを使える・使えない現場や人によって、格差が広がらないように技術面で支える必要があるかなと考えています。

画像: 「ロボットの導入で、現場で働く人間のウェルビーイングにどんな影響があるのか」に関心があるという橋爪滋郎

「ロボットの導入で、現場で働く人間のウェルビーイングにどんな影響があるのか」に関心があるという橋爪滋郎

暦本さん:
ロボットのように物理的なものについては、現場のことをよくわかっている人が「こういう機能がほしい」と望んだときに、それに応じたものがすぐ作れるかどうかというのが大事ですね。ロボティクスの研究者が「こういうのが必要だろう」と自分だけで考えるのではなくて、現場の人と丁寧にコミュニケーションをとりながら、実際に現場で使えるものを一緒にカスタマイズして作ることができるというのもポイントかもしれません。

あと、ロボット開発の観点としては、人間的なヒューマノイドがいいのか、人間とは全く違う形のロボットがいいのかという問題がありますが、アメリカのベンチャー企業が開発した農地の雑草を駆除するロボットは、発想が斬新で面白かったです。

橋爪:
どんなロボットですか。

暦本さん:
普通は「雑草を駆除するロボット」というと、人間のように、雑草を1つずつ抜いていくことを考えるでしょう。でも、そのロボットは雑草を抜くのではなく、レーザーで焼くんです。ロボットには農地の作物と雑草を見分けるカメラがついていて、ババババッとすごい速さで雑草だけ焼いてしまう。

ヒューマノイドの研究者だったら、雑草を抜くという動作の開発を進めていて、レーザーで焼くなんて思いもよらないかもしれませんが、現場の人からすると雑草が消えることが重要なので、人間のように雑草を抜かなくてもいいわけです。だから、あまり縦割り主義で考えるのではなく、いいアイデアがあったらパッと使うというダイナミックさがあると、いろいろな領域でもっとイノベーションが起きるのではないでしょうか。

山田:
実際には、現場をよく知っている人たちと、AIやロボットを作っている人たちは、持っている知識や使っている言葉が違うので、深くコミュニケーションをするのが難しい面があります。でも、両者の「通訳」として生成AIをうまく使いながら、現場の課題について議論していければ、いろいろな気づきがありそうです。

暦本さん:
AIに相談しながらソリューションを考えていくのもあるでしょうね。

ヒューマノイドが急激に進化した背景とは?

塚田:
人間が考えると、どうしても「人間がやっている作業を自動化する」という発想から抜け出せないように思いますが、そういうときにAIを活用できるといいということですね。

画像: ヒューマンコンピュータインタラクションの研究に取り組んだ経験から「人間拡張」にも大きな関心を持っている塚田有人

ヒューマンコンピュータインタラクションの研究に取り組んだ経験から「人間拡張」にも大きな関心を持っている塚田有人

暦本さん:
人間的なヒューマノイドの開発も重要ですが、一方で、人間とは違う原理で動くロボットやソリューションを柔軟に考えられるといいでしょう。

塚田:
ヒューマノイド型のロボットといえば、最近は飛躍的に進化しているように感じますが、暦本さんはどう見ていますか。

暦本さん:
僕はこれまで、基本的にヒューマノイド派ではなかったんです。ロボットが二足歩行をするのは大変だし、むしろそうではないほうが効率がいいと思っていました。でも、今年のCES(※)などを見ているとロボットが平気で歩いていますし、立ち居振る舞いも人間並みに滑らかになっています。だから今は「ヒューマノイドはありだな」と感じています。ヒューマノイドが現実化していくと、人間社会のインフラをそのまま使える強みもあるので、一気に普及する可能性がありますよね。

※ CES…毎年1月に米国のラスベガスで開催される世界最大級のテクノロジーの展示会。世界各国のテクノロジー企業が最新のプロダクトやサービスを紹介する場として知られている。

塚田:
そうですよね。レトロフィットするというか、既存の環境やシステムを活用できそうです。

暦本さん:
おそらくヒューマノイドが急激に進化している背景には、ロボットとバーチャルリアリティ(VR)の融合があるのだと思います。コンピューターの世界で、ロボットに転び方や避け方などの動きを教えて、ロボットの強化学習をどんどん進めている。VRでリアルワールドを再現して、その中でロボットにさまざまな動きを学習させられるようになったのが大きいでしょうね。

VRというと、人間がヘッドセットを被るイメージが強いかもしれませんが、実は大きな使い道は、現場と同じような環境をバーチャルな3次元空間に構築して、ロボットやAIがその中で学習する状況を効率的に作れる点にあるのだろうと思います。産業的には、ロボットやAIを仮想世界で訓練させることのインパクトのほうが大きいかもしれません。

画像: AIとロボットの未来に関する暦本さんの説明を聴く日立の研究者たち

AIとロボットの未来に関する暦本さんの説明を聴く日立の研究者たち

――次回は、AIが私たちの知能やコミュニケーションに与える影響について掘り下げます。AIに頼ることで、人間の知能は低下してしまうのか? それとも、より創造的な思考を促すのか? デジタルデバイド(情報格差)の問題にも触れながら、AIと人間が一緒に働く未来のあり方を探ります。

画像1: [Vol.2] AIが進化すると人間の「効能感」が高まる?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

暦本 純一
情報科学者。東京大学大学院情報学環 教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長・SonyCSL Kyotoディレクター

ヒューマンコンピュータインタラクション、拡張現実感、テクノロジーによる人間の拡張、人間とAIの融合に興味を持つ。世界初のモバイルARシステムNaviCam、世界初のマーカー型ARシステムCyberCode、マルチタッチシステムSmartSkinの発明者。人間の能力がネットワークを介し結合し拡張していく未来ビジョン、IoA(Internet of Abilities)を提唱。

画像2: [Vol.2] AIが進化すると人間の「効能感」が高まる?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

橋爪 滋郎
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ ロボティクス研究部 リーダ主任研究員

2006年に日立製作所に入社。入社後、光ディスク装置などのオプトロニクス製品における精密機構およびセンシング技術の開発に従事。その後、2017年から日立アメリカ社のR&D部門にて、スタンフォード大学とのロボット精密把持システムの共同研究に従事した後、2019年4月より、ロボットの自律移動技術、工場などの現場で人‐ロボが連携する自動化システムの研究開発に従事。

画像3: [Vol.2] AIが進化すると人間の「効能感」が高まる?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

山田 弘幸
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ ロボティクス研究部 リーダ主任研究員

2008年日立製作所入社。建設機械の遠隔操作や自律制御技術の開発、自動車の自動運転技術の開発等に従事。2024年から先端ロボティクス技術の研究開発ユニットリーダとしてロボットの汎用化に取り組む。

画像4: [Vol.2] AIが進化すると人間の「効能感」が高まる?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

塚田 有人
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D 企画室 主任デザイナー 兼 デザインセンタ デザインプロモーション 室長

1999年日立製作所入社。鉄道の券売機や運行管理システムなどのユーザインタフェースデザインを担当するとともに、疑似触力覚や協調活動支援などのヒューマンコンピュータインタラクション研究に取り組む。2013年から、広報、研究戦略、事業企画におけるデザイン支援業務に従事。

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