
楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立し、さまざまなチームを支援してきた仲山さん
情報のフレーミングはリアルで会うに限る
矢野:
仲山さんとはコロナ禍にオンラインイベントでご一緒させていただいて以来ですね。コロナ禍でリモートワークが一気に進みましたが、いまは再びリアルへ回帰している感があります。コロナを経て、仲山さんの働き方にはどんな変化がありましたか。
仲山さん:
会議やイベントの際にオンラインという選択肢が増えたのは大きいですね。ただ、もともと活動の中心だったチームビルディング講座は、体を動かす協働アクティビティから学びを得る形式なので、すっかりリアル回帰しています。矢野さんはいかがですか?
矢野:
先日、数年ぶりにボストンとシリコンバレーへ出張したのですが、やはりリアルならではの出来事がたくさんありました。
シリコンバレーではベンチャーキャピタル(VC)の方とお会いしました。いま、VCの投資先はほとんどが生成AI関連事業です。私はSaaSの事業者が同じ手法で生成AIを手がけていると思い込んでいたのですが、彼らの議論を聞いていると、SaaSと生成AIはどうやら根本的に違う。たとえば生成AIには原価がかかるので、背後で動いている人やモノ、構造もSaaSとは全く異なります。たしかに言われてみればそうなんだけれども、これまでそういう見方をしてこなかったので、新鮮な驚きがありました。
知識は単なる素材であって、重要なのはそれをいかにフレーミングするか。フレーミングの知見は情報ネットワークの中に流れています。人と直接会うことで、新しい情報ネットワークの中に身を置けることの良さを感じました。
会社の中だけで会話していると、情報もフレーミングの仕方も偏ります。多様性が乏しい状況をどう解いていくか。これは、経済学者ピーター・ドラッカーの言う「ナレッジエコノミー※」の中でも非常に本質的な課題です。
※ナレッジエコノミー…知識や情報、経験、技術、ノウハウなどを活用して行う経済活動のこと

フレーミングは多様な人との関わりでこそ起きる、と語る矢野
生成AIで変わる仕事のしかた
矢野:
生成AIが急速に広まっていますが、仲山さんはどんなふうに活用していらっしゃいますか。
仲山さん:
最近だと、書籍などの原稿を書くときに使っています。生成AIを使うようになって、何をどう書き出そうか迷ってなかなか進まないということがなくなりました。とりあえず書きたいことを生成AIに伝えて叩き台を出してもらえば、そこから一緒に考えていくことができます。著者モードではなく編集者モードになれるんですよね。私は編集者モードの方が動きやすいので、そんな使い方が合っていると感じています。
ただ最近、生成AIのマイナスの影響を感じることもあります。私がやっているオンラインのチームビルディングプログラムでは、「チームの成長ステージ」のフレームワークを使って、自分の過去の体験をあてはめてもらうということをやるんです。
ところが先日、若手向けの研修で出てきた回答を見たら、問いの文章を生成AIに入れて、出てきた文章をそのまま送ってきたんだろうと思えるものがちらほら見受けられたんですよね。文章はとても上手なんですが(笑)、フレームワークのポイントが全然押さえられていないんです。過渡期のいまはとくに、人間の側がポイントを理解していないために生成AIのアウトプットを評価できないということが起きているなと感じます。
矢野:
生成AIの普及が進むにつれ、今後はいわゆるドメインの専門知識も価値をなくしていくでしょう。医師にしてもさまざまな士業にしても、知識量だけでいったらLLMのほうが遥かに上です。医師資格がないと処方箋の発行ができないというような法令の規定が変わらなければ、専門職の仕事も残るかもしれませんが、今後はそれだけではやりがいも感じられなくなるでしょうし、サスティナブルではありません。そんなことが、さまざまな分野で起きるようになるでしょう。
仲山さん:
専門家マウントが取れなくなりますね(笑)。
矢野:
知識はもう、誰でも手に入りますから、知識をもっているだけでは価値になりません。知識をいかにして生産活動に生かし、経済の価値に転換するかが問題です。「組織とは生産に変換する装置だ」とドラッカーも言っていますが、それが生成AIによってよりシステマチックに実現するのではないかと考えています。

著書『予測不能の時代』において、幸せな企業や社会のあり方を説いた矢野
幸せな組織には三角形のつながりがある
仲山さん:
矢野さんの『予測不能の時代』に会社の組織不全のことが書かれていましたが、とても共感しました。私は、組織が分業化されすぎていることと、分業のパーツ自体が大きくなりすぎて、一気通貫で全体を考えられる人がいなくなっていることが問題だと感じています。分業が前提になっている従来通りの仕事をしているときはいいけれども、その前提にない「新たなお題」が降ってきた瞬間に、機能しなくなってしまう。そこで、会社自体をコミュニティと捉え、どれだけ豊かなつながりを作れるかがとても大事だと思っているんです。
矢野:
たとえば1人のマネージャーに対して2人の部下がいたときに、上司と部下のみならず部下同士の間にも関係性が生まれることを、私は「三角形のつながり」と呼んでいます。生産性の高い幸せな組織を作るためには、これが非常に重要です。三角形のユニットやコミュニティがあちこちにあって、相互に有機的なつながりをもっていたり、一人が複数の三角形に所属していたりするような状態を、ネットワーク理論では「スモールワールドネットワーク」と呼んでいます。
ところが現在は、SNSやインターネットの影響もあり、強力なリーダーにみんながくっついていくV字型のつながりが非常に多くなってしまっています。
仲山さん:
豊かなつながりの基本形が、その三角形だと思うのですが、三角形を作るために生成AIの力をどんなふうに生かしていったらよいとお考えですか?
矢野:
そこがまさに、いまホットなトピックです。自律的で自己完結な組織を作るためには、三角形のチームが外のネットワークとも密につながっていく必要があります。
ところが実際のところ、会社の中でプロジェクトや部課の単位ではうまく三角形を作れたとしても、そこから外へつながる力が弱いんです。たとえば、株式会社ならば自社のキャッシュフローや株主の意向は社員の誰にとっても大切なトピックのはずですが、実際に意識できている社員は非常に少ない。
私は、生成AIが、会社内のチームと外の世界とをダイレクトにつなぐ存在になれると思っています。具体的には、生成AIがスーパーCEO、スーパーアクティビストになって、外の世界がその会社に求めていることを、代わりに言ってくれるようになるということです。 分業された部分を担当していると、会社全体に関わる情報を共有されても自分ごととして耳に入らないんですよね。社長はそういうことと日々向き合っているわけですが、社員に「社長のように考えろ」と言っても難しいですよね。そこに生成AIが入って、「今日あなたがやろうとしていることはこんな意味があるんだよ」と教えてくれるようになる。
仲山さん:
なるほど。社員であっても社長の視座を感じやすくなるということですね。
――チームが力を発揮し、目標を達成するためには、従来型の「手取り足取り教え込む」以外のアプローチが有効だと仲山さん。次回は仲山さんの著書『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方』の話題も交えながら、チームが力を伸ばす方法について考えます。
![画像1: [Vol.1]「三角形のつながり」で、変化する時代を生きる|仲山進也×矢野和男 AI時代の幸せなチームの作り方](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/07/11/33c071bba0052f760a73ca6ce74da15bf26a936e_large.jpg#lz:orig)
仲山進也
楽天グループ株式会社 楽天大学学長
仲山考材株式会社 代表取締役
シャープを経て、創業期の楽天(現楽天グループ)に入社。2000年に楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立、人にフォーカスした本質的・普遍的な商売のフレームワークを伝えつつ、出店者コミュニティの醸成を手がける。2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員(兼業自由・勤怠自由の正社員)となり、2008年には自らの会社である仲山考材を設立、考える材料(考材)をつくってファシリテーションつきで提供している。2016年には「横浜F・マリノス」とプロ契約、コーチ向け・ジュニアユース向けの育成プログラムを実施。「子どもが憧れる、夢中で仕事する大人を増やす」ことがミッション。著書多数。
4月23日に新著 『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方: 自律的に学ぶ個と組織を育む「お題設計アプローチ」とは』(小学館)を上梓。
![画像2: [Vol.1]「三角形のつながり」で、変化する時代を生きる|仲山進也×矢野和男 AI時代の幸せなチームの作り方](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/07/11/2e237cba8545d58c185975a1d65a4566aaf4a261_large.jpg#lz:orig)
矢野和男
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO
1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。
7月8日に新著 『トリニティ組織:人が幸せになり、生産性が上がる「三角形の法則」』(草思社)を上梓。