[Vol.1]万博「未来の都市」と地域実践
[Vol.2]「パターンランゲージ」から理想の未来を描く

真鶴町が定めた「美の基準」には、8つのテーマと69のキーワードにより、町の理想とする姿が描かれている。
神奈川県真鶴町の「美の基準」
丸山:
市民参加型のまちづくりの発想法としては、1977年にアメリカの建築家クリストファー・アレグザンダーが提唱した「パターン・ランゲージ」が有名です。パターン・ランゲージとは、心地いい街や住まいに共通する要素をキーワードに抽出してまとめていく手法で、パターンを見出すプロセスが住み手や住人に委ねられているのが特徴です。
パターン・ランゲージの国内での活用例として、真鶴町の「真鶴町まちづくり条例 美の基準」がは非常に有名ですよね。
伊藤さん:
1987年に制定されたリゾート法による規制緩和で、真鶴町もリゾート開発の波にさらされていました。町内に大型のリゾートマンションが建設されると即日完売、町役場には開発計画の申し込みが続々と来る状態だったそうで、町内でも賛否が分かれ、町長選の争点になりました。当選したのは開発反対派の町長で、特に争点となっていた水資源の確保問題を解決するためにかなり制限的な側面をもった条例を定めたのですが、これは開発を食い止めるといった限定的な解でしかありませんでした。もう少し根本的に、理想の町について考える必要を感じ、パターン・ランゲージを生かした「美の基準」の制定に至ったと聞いています。弁護士や、建築家、都市計画家、当時の町長を中心に、夜な夜な集まって議論しながら草案をつくったそうです。

真鶴町のユニークな取り組みは全国に知られる。
美の基準をまちづくりにどう生かすか
丸山:
一方で、伊藤さんたちの活動は、個人の動機から生まれた行動が街を活性化していくという考え方がベースになっていますが、街全体の視野からデザインの拠り所を示す「美の基準」のようなものをどのように捉えていますか。
伊藤さん:
「美の基準」に心を動かされて真鶴に移住してきたという方もけっこう多いんですよね。「小さな人だまり」とか「実のなる木」とか、いまある真鶴の空間がすごく詩情豊かな言葉で捉えられていて、建築専門外の方でも読みやすい。真鶴出版からも「美の基準に基づいて設計してほしい」という依頼を受けていました。私たちも喜んで、美の基準をベースにした改修計画を作り出しました。
まず、設計の平面図に、関連する「美の基準」内のキーワードを全部書き出したんです。ところが、一通り書いてみて、いつの間にか「あれ、ここが足りないぞ」という具合に、チェックシートのように捉えてしまっていることに気づきました。先にある理想的な全体像に合わせるために、発想が限定されていくような感覚になってしまった。真鶴出版の二人とも「意外と難しいね」と話した覚えがあります。
改修をやり終えたいま、「美の基準」だけでゼロから新築の建築を作り上げていくのはけっこう難しいのではないかと実感しています。むしろ、いまある場所や環境をどう修復していくかという「修復言語」として捉えると、かなり可能性があると思っています。
たとえば、この建物に新しい玄関をつくるとき、もともとあったブロック塀を撤去して、なおかつ外壁のラインも少し引っ込めたんです。道と敷地の間にスペースが生まれ、道と敷地がつながりつつ異なる空間にも見えるような、面白い形になりました。美の基準でいう「小さな人だまり」ですね。高低差もあるので、道を行く猫とばっちり目があったりもして(笑)。

伊藤さんたちの設計により実現した、真鶴出版の「小さな人だまり」
「美の基準」に照らし合わせながら設計していくうちに、パターン・ランゲージの多くが、街と建築の境界面に関連していることに気づきました。「境界をどう修復していくか」という問いが見えたときに、単に外観の問題としての美ではなく、街と建築がどう連続するかという、自分たちがやるべきこととのつながりも見えてきたんです。
丸山:
「真鶴の良きところを取り戻していくには?」という観点が見えてきたということでしょうか。
伊藤さん:
そうですね。一方で、「普遍的な美や良さというものは存在するのか」という問いは、どうしても生まれてくると思います。パターン・ランゲージにはヨーロッパの中世的な世界への郷愁に基づいた、美のトップダウン的なイメージも見え隠れします。しかし、真鶴の「美の基準」の場合は、いまある地形や地域の環境に、人間サイズの技術で寄り添った結果として生まれる生活空間に、美を見出しているんだと思います。外から何かを持ってくるのではなく、いまある生活と空間の分かちがたい関係を発見して、それを言葉にして、その言葉を自由に解釈してもう一度空間をつくることが求められていると思うんです。
丸山:
美が形状として描かれているのではなくて、そこに関わる人の態度や文化として描かれているんですね。伊藤さんたちは、それをもう一回デコードして、エンコードして、という作業をしていったということですね。
パターン・ランゲージで未来の都市を構想する
丸山:
ここまで真鶴での実践を中心に話してきましたが、私たちが「未来の都市」について考える上でもパターン・ランゲージの手法が活用できるのでは?と考え、KDDIとの共同チームで「未来の都市」のパターン・ランゲージ集をまとめました。

KDDIと共同で開発した「みんなで未来都市をつくる手がかり」
沖田:
今日は印刷から上がったばかりのものを持ってきました(笑)。私たちがつくったのは「みんなで未来都市をつくる手がかり」というパターン集です。未来都市について語り合う時に横に置いて、対話や思考の手がかりになるようなものをめざしました。その根本にあるのはSociety 5.0。サイバーとフィジカルが融合して、生き生きとした生活をみんなが実現できるようになった社会の姿です。「そこにはどんな生活があるのか?」という生活のスタイルや生活者の思考を、14のパターンにまとめました。
少しだけ中身をご紹介しますね。
「健康管理を自然に自分事化する」というカードでは、健康管理を巡る状況や改善策をまとめています。裏面に行くと、解決策をとった場合の価値の広がりや課題がまとめられています。

みんなで未来都市をつくる手がかり③「健康管理を自然に自分事化する」の表面と裏面
解決策から派生する課題や、それを補足するさらなる解決策がさまざまにある中で、「関連する手がかり」として他のパターンとのつながりも意識しています。
冊子としては14個のパターンが順番に並んでいますが、必ずしも一方向に並んでいくようなものだとは捉えていません。議論の中でも、「都市の中で人が大事にしたいものは有機的につながっているはずだ」という意見が出ました。たとえば健康管理に意識が向けば、同時に環境も大事にしたくなって、「自分も地球もヒーリング」というカードにもつながります。あらゆるものが、ツリー状ではなくて、有機的なネットワークを構成しているんだということを、議論の中で感じました。
丸山:
アレグザンダーの「パターン・ランゲージ」の中でも、ネットワークとして捉えることが重要だと書かれていますね。
沖田:
そうなんです。実際にテーブルに並べながらパターンを考える中で、価値観の複雑さや、それぞれの価値の結びつきが見えるようになったと感じています。また、本当にこれは状況としてあり得るんだろうか、これは本当に課題なんだろうか、と改めて自分たちで考えるきっかけもたくさん生まれました。

作成の過程で多くの対話が生まれ、気づきが生まれたと語る沖田
「見立て」で意味を再構築する
伊藤さん:
4つだけ地が青く色分けされていますが、これはどんな意味があるんですか。
沖田:
そこに気づいていただけて嬉しいです(笑)。14のパターンの中でも私たちがコアだと考えているパターンを、青色で示しています。もちろん絶対的なものではないんですが、議論をしていく中で、一つのパターンから派生的に複数のパタンが出てくることや、その複数のパターンの間に有機的なつながりがあることが強く感じられて、それを示したくて色分けしました。
伊藤さん:
「みんなで未来都市をつくる手がかり」は、形態としては冊子ですが、「カード」と説明していますね。「美の基準」も最初は冊子ではなく、バインダー形式で各世帯に配布されたそうです。拡張したり淘汰されて消えていったりする動的なものとして考えられていた。カードとして捉えることで、パターン同士の関係性を探りやすくなることをイメージされているんだろうと感じました。
沖田:
まさにイメージとしては机の上に並べるカードなんです。順番じゃないことが大事で、ぐしゃっと広げた中で「これとこれが近いよね」とか「私はこれが好き」みたいな主観的な発想が出てくることを期待しています。

ツールとしての可能性に思いをはせる二人
伊藤さん:
おそらく、みなさんが想定したまとまりとは異なるまとまりを見出す人もいるはずで、そういう意味では道具的なものですよね。ツールとしてある小さなビジョンを持ちながら、使う人がまた別のビジョンを仮説としてつくっていくことができるのが面白いですね。「美の基準」も、冊子を読むだけでは本領を発揮していないんです。私が使う時はカードにして、バーッて壁に貼って、動かしたりしながら網羅的に眺めていました。 みんなで眺めたり、簡単に動かすことができるビジョンであることが、パターン・ランゲージの良さなんだと思います。
丸山:
ビジョンが向かうべき方向を照らす非常に強い北極星のようなものだとすれば、パターン・ランゲージは星座に近いのかもしれません。自分たちで見立てていくこともできるし、何か違うと感じればあの星もつなげてみよう、と思える。つながり方には自由度がありながらも、一つひとつの星には何か大事なものがある。パターン・ランゲージを通じてなされる対話は、私たちが何を素敵なものとして見るのかということに依存しているのかなと感じますね。そして、それを見立てる力は、私たちの文化や価値観に依拠しているんじゃないかと思います。
伊藤さん:
小さなビジョンに分解していくだけだと、網羅的ではありつつも、人が本当に動く求心力は不足しているのかもしれません。ですから、バラバラにしたものをどう見えるのか見立てていって、求心力のある言葉を再構築していくことがすごく大事なんだと思います。
――パタン・ランゲージや「美の基準」は、まちづくりを市民の手に取り戻す試みでもあります。Vol.3では、街の作り手と市民の関わりをどのように結び、新しい社会を形づくっていけるのかについて、引き続き語り合います。
取材協力/真鶴出版
![画像1: [Vol.2]「パターンランゲージ」から理想の未来を描く│未来は自分で変えられる!市民参加のまちづくり](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/09/13/f1225091ee9966e9f8598bcfef1fa421f7951dff.jpg)
伊藤 孝仁
建築家。AMP/PAM(アンパン)代表
1987年東京生まれ。2012年 横浜国立大学大学院Y-GSA修了。乾久美子建築設計事務所を経て2014年から2020年までトミトアーキテクチャを冨永美保と共同主宰。2020年から2025年までアーバンデザインセンター大宮[UDCO] デザインコーディネーター。2020年より現職。
空き家改修による地域拠点づくり、郊外の駅前広場の設計、ランドスケープの回復など、「社会的資源の創造的修復」を多様な主体とともに考え実践する。主なプロジェクトに『真鶴出版2号店』『氷川神社ゆうすいてらす』『農家住宅の不時着』『群馬総社駅西口駅前広場基本設計』がある。
![画像2: [Vol.2]「パターンランゲージ」から理想の未来を描く│未来は自分で変えられる!市民参加のまちづくり](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/09/13/8e6501b608f4c969223a1ba461350b08d24af5a7.jpg)
丸山 幸伸
株式会社日立製作所研究開発グループDigital Innovation R&D
デザインセンタ 主管デザイン長 兼 未来社会プロジェクト プロジェクトリーダ
武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科教授
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
![画像3: [Vol.2]「パターンランゲージ」から理想の未来を描く│未来は自分で変えられる!市民参加のまちづくり](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/09/13/b9c0a8e1d655a42c72c38bf9961b9635c39e88d6.jpg)
沖田 英樹
日立製作所 研究開発グループ 未来社会プロジェクト
サブリーダ
日立製作所入社後、通信・ネットワーク分野のシステムアーキテクチャおよびシステム運用管理技術の研究開発を担当。日立アメリカ出向中はITシステムの統合運用管理、クラウドサービスを研究。2017年から未来投資本部においてセキュリティ分野の新事業企画に従事。2019年から社会イノベーション協創センタにおいてデジタルスマートシティソリューションの研究に従事。同センタ 価値創出プロジェクト プロジェクトリーダ、同センタ 社会課題協創研究部 部長を経て、現職。
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