Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
パターン・ランゲージや「美の基準」を手がかりとして、望ましい街のあり方、未来のあり方を描こうとするとき、改めて街は誰がつくるものなのか、建築家や行政といった「作り手」だけでなく、市民自身の関わりはどうあるべきかといった問いが浮かび上がってきます。Vol.3では、作り手と市民がどう関係を結び、新しい社会を形づくっていけるのか、建築家の伊藤孝仁さんと、日立製作所 研究開発グループ 未来社会プロジェクトの丸山幸伸、沖田英樹が引き続き語り合います。

[Vol.1]万博「未来の都市」と地域実践
[Vol.2]「パターンランゲージ」から理想の未来を描く
[Vol.3]市民参加のカギは街への「関わりしろ」

画像: 伊藤さんの大宮での実践に話題が広がる

伊藤さんの大宮での実践に話題が広がる

「手がかかるもの」の周りに新たな関係性が生まれる

丸山:
伊藤さんは、建築家であると同時に、地域のコミュニティマネージャー的な役割も担っていると伺っています。街の作り手と市民の関係性のあり方について、伊藤さんの考えをぜひ聞かせてください。

伊藤さん:
真鶴でもCASACOの横浜でも、一番考えたのは「主客」の問題です。たとえばコンビニエンスストアに行くと、誰が店員さんで誰がお客さんなのかすぐに分かります。服装やレジという空間装置が主客を明確にしています。しかし、真鶴の草柳商店のような場所だと、誰が店員さんか分からないんです。主客の関係性を強化しない空間になっている。これはすごく大事にしたいなと思っていることです。

私は、2020年頃から埼玉県の大宮を拠点に北関東・南東北エリアでの地域拠点づくりに関わってきました。

いま、街の街路樹をみていると、強剪定と言われる、枝をかなり短く切った管理の仕方になっているところが多いんです。見ていて悲しくなる風景ですが、それはなぜ引き起こされているかというと、街路樹を管理している行政はお金も人員も不足している一方で、住民側も「落ち葉がすごいから掃除してくれ」と市役所に電話するだけで、全く自分事にならない。結果、文句が出ないように切ってしまうという現実が、あの風景には反映されています。

それを変えるには、管理のあり方や責任、街路樹の価値を誰が享受するのかということをもう一度見直す必要があると考えて、産官学民連携のプラットフォーム「アーバンデザインセンター大宮」で、ストリートプランツのプロジェクトが始まりました。

ストリートプランツの活動では、開発で広くなった何もない歩道に植木を置いて滞在空間を作り、水やりやメンテナンスなどの維持管理を沿道の店舗や商店街に協力依頼しました。自分のお店の前に休める場所があれば売り上げが上がるかもしれないとった期待感もあり、協力してくださる方が出てきて、街の緑が、街の人たちにとって関心事になったと思います。維持管理から市民が参加できる仕組みをつくることで、結果的に風景が豊かになっていったんです。責任や実行主体を区分する考えではなく、手がかかる植物というものの周りにいろんな人たちの関係性をつくることが、新しい風景につながったんだと思います。

画像: ストリートプランツの取り組みにより、樹木を中心とした新しい関係性が生まれた、と伊藤さん

ストリートプランツの取り組みにより、樹木を中心とした新しい関係性が生まれた、と伊藤さん

役割分担から「ちょっかい」「おせっかい」へ

伊藤さん:
いま、「修理する権利」ということもすごく盛んに言われていますよね。本来は使う人、そこにいる人々が修理できることがもっとも良い関係性ですが、技術によって不当に遠ざけられている。一般の人にタッチさせないテクノロジー技術のあり方ではなく、一種の権利としてあるべきだと言われ始めています。

沖田:
確かに、この数十年で、街なかの水道が特殊な機械がなければ開けられないのは当たり前のことになりました。しかし、もう一回翻って考えてみると、水は街のどこでもみんなで使えた方がいいし、水をまくのを誰がやってもいいんじゃないか、という考え方もあります。もっと共有物をうまく使えるような考え方が必要なんだろうと思います。

丸山:
役割とその責任を固定して割り付けるという考え方では、地域社会に起こる様々な問題はもう解決できないどころか、むしろ問題を増やしているのかもしれません。おそらく、「ちょっかい」や「おせっかい」と呼ばれるものを許すことが大事になっているのではないでしょうか。

ストリートプランツに参加する人は、「水をまく係」だという認識ではなく、 自分が樹木を愛でたり、水をあげたいからあげるといった、主体的な思いがあると思うんです。公共のものに対して「ついやってしまう」ことを許せるようになってくると、人口が減少していく社会の中でも豊かに暮らしていける気がします。

画像: 真鶴で形づくられている人同士の関係性やまちの支え方に学ぶところは大きい

真鶴で形づくられている人同士の関係性やまちの支え方に学ぶところは大きい

伊藤さん:
たとえば真鶴にいると、インフラって何だろう?と考えることがあります。この建物も実は道路幅が基準を満たしていないので、消防車のような緊急車両が入れない。だから法規的には新築は建てられないんです。建て替えをして、車が入れる道路を引いた地域もありますが、そうすると今度は、すれ違いざまに挨拶を交わすような人間的な空間が失われてしまう。

背景には、「全国どこでも同じインフラであるべき」という考え方があります。火事が起きれば消防車が来る、という仕組みですね。でも真鶴では少し違っていて、消防団という仕組みがあります。しかもそれは、地域の祭りともつながりながら、強い人的ネットワークを形成しています。旦那衆のようなまとまりがあって、訓練もすれば飲み会もある、旅行にも行く。そうした仕組みが続いているからこそ、その関係性がいざというときにインフラとして機能するようになっています。

だからこそ、「どこでも同じ消防車、同じやり方が本当に正解なのか」と、真鶴にいると考えさせられます。もちろん飲み会のような付き合いが嫌だという人もいますが、いまは出入りが自由で、柔軟になって参加しやすくなっていると聞きますし、楽しさもある。これはこれで、いわゆる「分担」とは少し違う、人と人との結びつきが支える社会の形のひとつなのではないかと思います。

画像: インフラは全国共通であるべきか?街のあり方をめぐって問いが深まる

インフラは全国共通であるべきか?街のあり方をめぐって問いが深まる

デジタルで「その場にいる」の壁を超える

沖田:
むしろ昔ながらの自治会のような形にもう一度戻すことが大事なのかもしれません。でも、それだけでは足りないような気もして、やはりもうひとつジャンプが必要なのかもしれませんね。

昔ながらのコミュニティというと、かつてはその場所にいることが前提でした。そこにいなければ入れないし、参加できないという制約が強かった。でもいまは、他にも何か可能性がありそうです。「デジタルを使おう」という話に収束してしまうのは単純な話かもしれませんが、デジタルにはやはり、場の制約をほどいていけるような可能性があると思います。たとえば、QRコードでアクセスすれば、その先にブロックチェーン的な仕組みがあって、誰かの貢献がきちんと可視化される。そんな未来像も考えられます。

ただ一方で、「その場にいないと貢献が見えない」という制約は依然として強い。だからこそ、リアルな場に根差しながらも、新しい技術をどう組み合わせるかが問われているのかもしれません。

画像: 真鶴出版のドアの取手は港で不要になった壊れた錨。地元の人が教えてくれて入手したという。

真鶴出版のドアの取手は港で不要になった壊れた錨。地元の人が教えてくれて入手したという。

丸山:
限られた人数がたまたまその場にいて、その人たちだけで物事を運営しようとするとどうしても限界が来ますよね。でも「関わりしろ」をデジタルで広げれば、現場にいるのが少人数だったとしても、外からもっと関わりを差し込める可能性があります。そうやって周りとつながりながら運営していくことができるのかもしれません。

伊藤さんのような存在があって、一方では、私たちのような企業が製品やソリューションを提供するだけでなく、未来の社会に向う大きな変化を考えながら、地域社会と共に、その維持と発展に関わろうととしており、大阪・関西万博「未来の都市」パビリオンではSociety 5.0の解釈として「市民参加型社会」という考え方を示しています。このように市民参加の街づくりに関するキーワードがビジネスの現場でもよく聞かれるようになりましたが、建築家や地域の担い手の立場から見て、どんな可能性を感じられますか。

伊藤さん:
「コモンズ」という考え方は近年注目を浴びています。井戸や共有のインフラのように、地域のみんなで管理する共有地や共有資源のことを指します。私が最近興味を持っているのは、「コモンズ」を名詞として捉えるだけでなく、「コモニング」という動詞として考えるべきだ、という議論です。

つまり本質は、資源そのものにあるのではなく、それをコモンズとして維持しようと人々が思い続けることや、関わり続ける行為にある。絶え間ない手入れや管理、人の関与こそがコモンズの本質だという考え方です。

今日、お話を伺いながら、まさにみなさんが「ものをつくる」ところから「コモニング」に近い方向に向かっているように感じました。未来都市のパターン集も全て動詞で表現されていましたね。

コモニングは手がかかるし、面倒も多い。それでも、そこに誇りや喜びがなければ人は関わり続けられません。どうすれば持続的に手入れし、維持できるのか。そこに建築としてできることはたくさんあると思いますし、「ユーザー」と「作り手」という単純な二分法では語れない、新しいつながりのなかから見えてくることもあると思います。今日の議論を通じて、私自身そこに可能性を強く感じましたし、一緒に考えていけるなら、とても面白いことになるのではないかと思っています。

取材協力/真鶴出版

画像1: [Vol.3]市民参加のカギは街への「関わりしろ」│未来は自分で変えられる!市民主体のまちづくり

伊藤 孝仁
建築家。AMP/PAM(アンパン)代表

1987年東京生まれ。2012年 横浜国立大学大学院Y-GSA修了。乾久美子建築設計事務所を経て2014年から2020年までトミトアーキテクチャを冨永美保と共同主宰。2020年から2025年までアーバンデザインセンター大宮[UDCO] デザインコーディネーター。2020年より現職。

空き家改修による地域拠点づくり、郊外の駅前広場の設計、ランドスケープの回復など、「社会的資源の創造的修復」を多様な主体とともに考え実践する。主なプロジェクトに『真鶴出版2号店』『氷川神社ゆうすいてらす』『農家住宅の不時着』『群馬総社駅西口駅前広場基本設計』がある。

画像2: [Vol.3]市民参加のカギは街への「関わりしろ」│未来は自分で変えられる!市民主体のまちづくり

丸山 幸伸
株式会社日立製作所研究開発グループDigital Innovation R&D
デザインセンタ 主管デザイン長 兼 未来社会プロジェクト プロジェクトリーダ
武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科教授

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。

画像3: [Vol.3]市民参加のカギは街への「関わりしろ」│未来は自分で変えられる!市民主体のまちづくり

沖田 英樹
日立製作所 研究開発グループ 未来社会プロジェクト
サブリーダ

日立製作所入社後、通信・ネットワーク分野のシステムアーキテクチャおよびシステム運用管理技術の研究開発を担当。日立アメリカ出向中はITシステムの統合運用管理、クラウドサービスを研究。2017年から未来投資本部においてセキュリティ分野の新事業企画に従事。2019年から社会イノベーション協創センタにおいてデジタルスマートシティソリューションの研究に従事。同センタ 価値創出プロジェクト プロジェクトリーダ、同センタ 社会課題協創研究部 部長を経て、現職。

[Vol.1]万博「未来の都市」と地域実践
[Vol.2]「パターンランゲージ」から理想の未来を描く
[Vol.3]市民参加のカギは街への「関わりしろ」

This article is a sponsored article by
''.