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視覚や聴覚の情報と比べ、捉えにくい「触覚」。私たちが何かを触ったときの心地よさや気持ち悪さは、いったいどこからきているのでしょうか。∞(むげん)プチプチの開発に携わった株式会社ウサギの高橋晋平さんをゲストに迎え、センシング技術の研究に取り組む日立製作所 研究開発グループの池田直仁、大西義人が語り合いました。Vol.2では、人によって異なる触覚の背景について、また、センシング技術研究のいまについて、引き続き語り合います。

[Vol.1]楽しさの秘密は触覚にある?
[Vol.2]「心地よさ」から始まる、触覚の社会実装

画像: 触覚はどこから来るのか?どう計測するか?――活発なやりとりが続いた

触覚はどこから来るのか?どう計測するか?――活発なやりとりが続いた

触覚は文化によっても左右される

高橋さん:
触感そのものから少し話を広げると、触感は、脳内補完されている部分もあるんだと思います。たとえばテレビのリモコンの赤いボタンを見ると、ここを押せば電源が切れたり入ったりする気がする。これは脳内補完の効果ですよね。その予想が当たったときの小さな嬉しさみたいなものも、けっこう重要なんだと思います。

池田:
逆に思っていたのと違う感触だと、すごく気持ち悪いですものね。

大西:
その感覚が、人類の進化の中で培ってきた先天的なものなのか、あるいは個人の成長の過程で獲得する文化的なものなのかがすごく気になっています。
2歳の息子を見ていると、いちいち教えなくても自然とボタンを押しているんです。それを見ていると、遺伝子レベルで身体に刷り込まれている部分も大きいのかもしれないと思ったりします。

先天的なものなのか、それとも文化や成長の過程で身につくものかというのは、ユニバーサルデザインを考える上でも、すごく重要なテーマだと思いますし、そこが明確になれば、人の感覚を客観的にセンシングし、知覚情報を製品・サービスとして社会実装していく際の根拠づけにもなるかもしれません。知覚に関する研究がもっと体系化されると面白いですよね。

高橋さん:
触覚の応答情報の分析というのは、いまどの程度進んでいるんでしょうか。

大西:
そうですね。触覚については、まだあまり分析が進んでいないように思います。というのもやはり個人差が大きいんですよね。

高橋さん:
確かに、冷蔵庫に貼るマグネットひとつとってみても、「めちゃめちゃ強くくっつく方が嬉しい」という人もいれば「強く引っ張られることがストレスになってしまう」という人もいます。ただ、そこをデータで取っていく方法はあると思うんですよね。これ以上、磁力が弱いまたは強いとストレスを感じる人が多くなる、といった中間値を取る方法は考えられるんじゃないでしょうか。感触は無限なので、それらをすべてデータ化していくことができれば、それは面白いデータになるんじゃないかなと思っています。

また、大西さんのおっしゃるように、人間の体感には文化も関わっていると思います。たとえば感圧式のiPhoneのホームボタンにはすでに慣れ親しんでいる人も多いですが、その機能が出現する前にはなかった種類の心地よさだと思います。文化によっても時代によっても「心地よさ」の基準は一気に変わります。触覚に関する研究の余地は、まだまだ大きいと思いますね。

画像: 「2歳のわが子が自然にボタンを押す」。生活の中での気づきを語る大西

「2歳のわが子が自然にボタンを押す」。生活の中での気づきを語る大西

触覚をどう計測し、理解するか

池田:
ここで少し私たちの取り組みを紹介させてください。私たちは「センシング」、つまり計測を専門に研究しています。カメラや各種センサーを用いて、人の動きや作業をデジタル化し、数値として扱えるようにしているんです。

いま、工場などの製造現場では高齢化に伴い、熟練者が減少しているという社会課題があります。熟練者の知見をどのように継承し、現場の作業を支援するかをデジタルの力で支えるのが私たちのミッションです。

具体的には、映像を解析すれば人の動きを定量的に取り扱うことが可能になります。さらにARやVRを通じて視覚や聴覚の情報を再現することは進んでいるのですが、「触感」になるとまだ難しい。指先の繊細さのような部分をどう伝えるかはまだ研究の途上です。

高橋さん:
それって、かなり途方もないチャレンジになるのでしょうか。それとも、時間とお金をかけていけば到達できるものなんですか。

池田:
そうですね。実装するとすれば、おそらく初めはごく簡単なところから始めることになると思います。まずは安価で身近なものから取り入れて、「支援が入ったときと入らなかったときを比較したら、入ったときのほうが良い成果が出る」といったデータを積み重ねていくことが必要なのだと思います。

高橋さん:
もう少し詳しく聞きたいんですが、先ほどおっしゃった、「ARやVRを使って熟練者の触感を再現する」というのは、たとえば作業現場で「石をつかむ」動作をロボットアームで再現するとき、握った感触がこちらにもフィードバックされるようなものですか?

池田:
そうですね、一つにはそういう方向性があります。あるいは「拭く」という動作について、強く拭いた方がいいのか、優しく拭いた方がいいのか。拭くときのスピードはどの程度がいいのかなど、定性的に語られていることを、定量的に言えるようにするような研究をしています。

画像: 池田の語る研究内容に聞き入る高橋さん

池田の語る研究内容に聞き入る高橋さん

触覚は「マルチモーダル」なもの

高橋さん:
話しているうちに「触覚」というのが何を指すのかだんだん曖昧になってきました…。たとえば、手の触覚というのは、手に何かの刺激や圧力が加わる感覚という理解であっていますか?

大西:
そうですよね。触覚を表現するのは実は難しくて、物体の硬さや重さの感覚、滑る感覚、圧力、近接感覚、温度――それらの複合的な要素が統合されて、はじめて「触覚」になるという、マルチモーダルな感覚なんです。

高橋さん:
確かに。それなら、眉間に指が近づいただけでくすぐったく感じるというのも、触覚に入りますね(笑)。

大西:
まさにそうです(笑)。さらに個人差も大きいです。人は過去の体験をもとに「こうしたらこう返ってくる」と学習していて、それが快感にも不快感にもつながっていると考えられます。マルチモーダルに組み合わされた刺激に、過去の経験が加わってその人にとっての「心地よさ」が形づくられるわけです。

高橋さん:
面白いですね。たとえば機械のボタンを「ここまでしか押すな」と制限されると、ものすごくモヤッとするんだと思うんです。それは「押したら変化が起きる」ということをこれまでの経験で知っているからこそ。経験が絡んでいるんですね。

大西:
しかも触覚は一箇所だけではありません。全身に点在するセンサーからの情報が複合的に処理されています。その膨大な情報をどう統合し、知識や判断に変えていくのか。そこが触覚研究における大きな課題だと思います。

――触覚研究の現在地や可能性について語り合ったVol.2に続き、Vol.3では、研究の先に見えてくる人々の生活や働き方についても話題を広げ、語り合います。

画像1: [Vol.2]「心地よさ」から始まる、触覚の社会実装|創造力と熱中を生む仕掛け

高橋 晋平
株式会社ウサギ代表取締役

おもちゃ・ゲーム開発者。2004年から株式会社バンダイで10年間、イノベイティブ玩具や新規事業開発などを担当し、量産プロダクトを全国規模で販売するキャリアを歩む。2014年に独立起業。おもちゃ、ゲーム、アイデア製品、エンターテインメント系サービス、遊び系事業などの企画開発に多数関わる。その経験を活かした様々な分野に関するワークショップ講座や授業などを、対面、オンライン、ハイブリッドなどで精力的に行う。近著に『ボードゲームづくり入門』(岩波書店)ラジオアプリVoicyの番組『1日1アイデア』を毎日配信。

画像2: [Vol.2]「心地よさ」から始まる、触覚の社会実装|創造力と熱中を生む仕掛け

池田 直仁
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションセンタ マルチモーダルセンシング研究部 リーダ主任研究員

入社後DVD、Blu-rayディスクドライブや次世代光ディスクドライブの研究開発に従事。2016年に研究者とデザイナで構成された組織である顧客協創プロジェクトに参画。2019年から現職となり、作業者の動作センシングや現場空間の3Dモデル化を通じ、現場作業者を支援するソリューションの研究開発に従事。

画像3: [Vol.2]「心地よさ」から始まる、触覚の社会実装|創造力と熱中を生む仕掛け

大西 義人
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションセンタ マルチモーダルセンシング研究部 主任研究員

博士(理学)。2015年日立製作所入社。光学式の計測システムおよび画像処理アルゴリズムの開発を中心に、物理計測から計測データの分析処理に至るまで、幅広い技術開発に従事。現在は光学式センシングシステムの研究開発に取り組む。

[Vol.1]楽しさの秘密は触覚にある?
[Vol.2]「心地よさ」から始まる、触覚の社会実装

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