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創造力を生み出す原動力となる人の「熱中」。人が仕事や遊びに熱中する背景には、どんなものがあるのでしょうか。ものづくりや働き方の未来を考えるうえで欠かせない視点です。遊び心の中で生まれる熱中や創造力について、「∞(むげん)プチプチ」の開発に携わった株式会社ウサギの高橋晋平さんをゲストに、日立製作所 研究開発グループでセンシング技術の研究に取り組む池田直仁、大西義人が語り合いました。Vol.1では、人の快・不快に関わる「触感」にまつわる原体験をたどりながら、その心地よさがどのように私たちの行動や体験を形づくっているのかを紐解きます。
画像: 気泡緩衝材をつぶす感触を無限に楽しめる「∞(むげん)プチプチ」や、枝豆が飛び出し続ける「∞(むげん)エダマメ」の開発に携わった高橋さん

気泡緩衝材をつぶす感触を無限に楽しめる「∞(むげん)プチプチ」や、枝豆が飛び出し続ける「∞(むげん)エダマメ」の開発に携わった高橋さん

感触の記憶をたどる

高橋さん:
子どもの頃から、面白い感触があるものが好きだったんです。たとえばペンをカチカチするのが好きでやめられなかったりとか、ペンの部品を触るのも好きで、触っているうちについに折っちゃうんです。これまでの人生でもう50本ぐらいは折ってるかな(笑)。他にも、気泡緩衝材をプチプチつぶすとか、机に小さな穴を掘る感触が面白くて掘っては埋めて、なんてことをやってばかりいました。

それと、僕は趣味でギターを弾いていたんですけど、それも、演奏がうまくなりたいというより、音を出すこと自体が気持ちよかったんですよね。コードをジャーンと鳴らすだけでいい(笑)。そういう、感触に敏感なところが小さい頃からあったと思います。

池田:
わかります。私も弟とよくプチプチ感を楽しみたくて気泡緩衝材を取り合っていました。真ん中の方の、潰しやすいところが気持ちいいんですよね(笑)。

高橋さん:
そういう感触の記憶ってありますよね。僕は小学校のときに任天堂のゲームボーイを買ってもらったんですけど、使い込んでいるうちに十字キーが効かなくなっちゃって、押しても感触が返ってこないんですよ。その時の「気持ち悪さ」をいまだに覚えてます。動作が悪いというより「感触が壊れた」ってことの気持ち悪さがすごかったですね。

ただ、そうやっていろんな感触で遊んできて思うんですが、結局、感触だけを楽しむものって、いつか飽きるんですよね。

画像: 高橋さんが開発に携わったおもちゃや、懐かしのゲーム機、スマートフォンなどさまざまなものに触りながらの対談となった

高橋さんが開発に携わったおもちゃや、懐かしのゲーム機、スマートフォンなどさまざまなものに触りながらの対談となった

快と不快を分ける「応答性」

高橋さん:
iPhone SE(第3世代)にはホームボタンがついていましたが、押したときの、実際にはへこんでいないのにへこんでいるような感触は、すごく気持ちいいんですよね。

大西:
あれは感圧式のボタンですから、電池が切れると、すぐに反応が返ってこなくなりますよね。

高橋さん:
あのときの気持ち悪さ、すごいですよね…。ボタンを押しても、何も返ってこない。一方で、仮にボタンだけを渡されても、それを毎日愛でることはないわけです。

結局、感触が効くのは物事の導入の部分なんですよね。使いたい気持ちを高めたり、好きなポイントを増やしたり、楽しさを補強するもの。本質的な機能やコンテンツとセットになって、初めて価値を持つんだと思います。

大西:
まさにUI(ユーザーインターフェイス)ですよね。視覚や音だけじゃなくて、応答として返ってくる感触がすごく重要だと思います。

たとえば、手を洗おうとしてタッチレス水栓に手をかざしたとき、水がすぐに出てこないとすごく気持ち悪い。最近タッチレス水栓が増えていますが、応答性のなさをどう克服するかは大きな課題だと感じています。

高橋さん:
よくわかります。カメラもシャッター音が出ないものがあります。これは撮る方も撮られる方も、すごく疲れてしまうんですよね。特に被写体側は、いつ撮られるか分からないのでずっと緊張したままになってしまいます。理屈としては、「カシャ」という音がいつ鳴るのかを予測することはできないので、音が鳴っても鳴らなくても緊張度合いは変わらないはずなんですが、音がないと、ずっと待たされている感じがして休めないんです。それくらい、応答のある・なしって人の感覚や体験に直結しますね。

画像: タッチレス水栓の反応がずれるときの気持ち悪さを語る大西

タッチレス水栓の反応がずれるときの気持ち悪さを語る大西

エンターキーを押すときの快感

池田:
音も、ある意味では疑似触覚の一部ですよね。何かを押したときに変化があることがすごく重要で、反応が返ってくると安心できる。逆に何も反応がないと、放置されているような感覚になってしまいますね。

高橋さん:
そうなんですよね。たとえばスマートフォンでアプリゲームをしていると、敵を倒したときに剣がぶつかる音や爆発音のエフェクトが鳴りますが、なくてもゲームの内容自体は成立します。でも、あれがあるから「気持ちいい」と感じて、またやりたくなるんですよね。もし数字だけで「25ダメージです」と表示されるだけなら、絶対に続かない(笑)。

大西:
(笑)。その爽快感ですよね。撮影音もそうですけど、反応が返ってくることで緊張がほぐれる。高橋さんが開発に携わられた∞プチプチも、プチプチをつぶすときの微細な緊張感が、プチッという音と感触で一気に解放されるという点では同じですね。だからこそストレス解消になるのではないかと思います。

池田:
提供するコンテンツにたどり着いてもらったり、ハマってもらうためには、利用者側の「初めて見た」「めんどうくさい」といったバリアを超える必要がありますよね。そのために音も含めた感触が果たす役割は大きいと思います。

高橋さん:
たとえば、トレーディングカードゲームでも印象に残るのは「カードさばき」です。プロプレイヤーがカードを出すときに、パシッパシッと音が鳴る。将棋も同じで、駒を置くときのパチッという音が魅力になっています。自然発生的に生まれたパフォーマンスであると同時に、戦いのゲームらしい演出でもあります。人はそうした感触に惹かれて「やってみたい」と思うのでしょうね。

大西:
パソコンのエンターキーを押すときもそうですよね。メールやチャットの返信のときにパーン!といい音を出すと、「完了した!」という爽快感があります。

高橋さん:
あれも一種のプレイをしている感覚なんでしょうね。PCを操作しているのに、まるで戦っているファイターか、技を繰り出すアーティストのような気分になる。エンターキーをパーンと叩くと、発射したような感覚があります。

大西:
「仕事が終わったぞ」という合図にも、「これが自分の主張だ」という意思表示にもなっていますね。

画像: 音や感触が、利用者のコンテンツに対する抵抗感を薄める役割を果たしている、と池田

音や感触が、利用者のコンテンツに対する抵抗感を薄める役割を果たしている、と池田

触覚の個人差にどう向き合うか

高橋さん:
一方で、タッチレス水栓や、スマートフォンのアプリなどの疑似触覚的なものって、タップしたタイミングと動きが少しでもずれると本当に気持ち悪いんですよね。物理的なものではなく、疑似触覚だからこそ、完璧なタイミングや反応が求められるんだと思います。ゲーム業界はスーパーマリオブラザーズ(任天堂)の時代から、そこの精度を追求してきていると感じています。

大西:
物理現象として適切な遅延や強さを再現することは、人の五感を疑似的に再現するUIの設計においての重要な課題です。触感をどう表現するか、社会実装まで落とし込むにはまだ課題があると感じています。

池田:
しかも「良い」と感じる感触は人によって違うので、パーソナライズも必要です。

高橋さん:
本当にその通りです。∞プチプチを開発したとき、まず直面したのが「硬さをどうするか」という問題でした。実はその時に僕が腕を故障していまして、硬いスイッチを長時間押すと痛くなることもあって、最初はけっこう柔らかいものを試作したんです。やはり柔らかすぎて物足りないというフィードバックが来ました。いろんな人に見てもらいながら試作品を何度も作って調整したのですが、同じものでも硬いと感じる人もいれば柔らかいと感じる人もいて、「万人が満足する最適値」は最後まで見つかりませんでした。

結局、作り手としてのポリシーは「自分が後悔しないこと」に置くしかないのかなと思っています。仮にデータで多数派が見えているなら採用すべきかもしれないけれど、最終的には自分が「最高だ」と言い続けられるものを選ばないと短命で終わってしまうんですよね。作り手自身が信じ切ることが大事だと思います。

池田:
なるほど。やっぱり意思や自信を込めて世に出すしかないんですね。

高橋さん:
そうです。そしてそれは、瞬間的に「面白い!」と思うだけでは、やはり長く続きません。自分が無意識に癖や本能で触ってしまう形を追求することが大事なんだと思います。

――いま、人の快・不快や行動に大きく関わる「触覚」を社会実装する研究が進んでいます。Vol.2では、人の動きをデジタル化して計測するセンシング技術研究の話題を中心に語り合います。

画像1: [Vol.1]楽しさの秘密は触覚にある?|創造力と熱中を生む仕掛けとは

高橋 晋平
株式会社ウサギ代表取締役

おもちゃ・ゲーム開発者。2004年から株式会社バンダイで10年間、イノベイティブ玩具や新規事業開発などを担当し、量産プロダクトを全国規模で販売するキャリアを歩む。2014年に独立起業。おもちゃ、ゲーム、アイデア製品、エンターテインメント系サービス、遊び系事業などの企画開発に多数関わる。その経験を活かした様々な分野に関するワークショップ講座や授業などを、対面、オンライン、ハイブリッドなどで精力的に行う。近著に『ボードゲームづくり入門』(岩波書店)ラジオアプリVoicyの番組『1日1アイデア』を毎日配信。

画像2: [Vol.1]楽しさの秘密は触覚にある?|創造力と熱中を生む仕掛けとは

池田 直仁
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションセンタ マルチモーダルセンシング研究部 リーダ主任研究員

入社後DVD、Blu-rayディスクドライブや次世代光ディスクドライブの研究開発に従事。2016年に研究者とデザイナで構成された組織である顧客協創プロジェクトに参画。2019年から現職となり、作業者の動作センシングや現場空間の3Dモデル化を通じ、現場作業者を支援するソリューションの研究開発に従事。

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大西 義人
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションセンタ マルチモーダルセンシング研究部 主任研究員

博士(理学)。2015年日立製作所入社。光学式の計測システムおよび画像処理アルゴリズムの開発を中心に、物理計測から計測データの分析処理に至るまで、幅広い技術開発に従事。現在は光学式センシングシステムの研究開発に取り組む。

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