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次の大きな技術革新として注目されているVRやメタバース。触覚を含め、「本物にそっくり」のリアルさは今後も追求され続けていくのか。また、私たちは技術革新の先にどのような幸せの形を描くことができるのでしょうか。Vol.3では、VR活用やセンシング技術の現状や今後の可能性を出発点に、未来の生き方、働き方について、株式会社ウサギの高橋晋平さんと日立製作所 研究開発グループの池田直仁、大西義人が議論を深めます。

[Vol.1]楽しさの秘密は触覚にある?
[Vol.2]「心地よさ」から始まる、触覚の社会実装
[Vol.3]「スマホの次」に来る世界を考える

画像: 「完璧なキャッチボールができるようになった後は?」研究の本質的な意図を問う高橋さん

「完璧なキャッチボールができるようになった後は?」研究の本質的な意図を問う高橋さん

VRは人を幸せにできるのか

高橋さん:
ところで、センシングの研究が進んで、たとえばVRでボールを拾って完璧にキャッチボールができるぐらいのレベルにまでなったとき、皆さんが本当にやりたいことって何なんですか。

池田:
私たちが考えているのは、熟練者の技能をどう伝承するかです。製造現場では熟練作業員が減っていて、品質にも差が出てしまうといった問題を抱えています。「この人がいないと仕事が回らない」という状況がある。もしVRやセンシング技術で熟練作業員の動作のメカニズムを解明できれば、技術が未熟な人でも同じように作業ができるかもしれない。そうなれば、みんなが働いて社会に貢献できる環境が整うんではないかと思っているんです。作業や工芸の「匠の技」を、触覚も含めて伝えることができれば、技能を社会に広げることができるのではないかと考えています。

高橋さん:
伝承する動作要素の一つに触覚を入れていきたい、ということですね。なるほど。

大西:
もちろん、全てを触覚で再現すべきかは検討が必要だと思っています。たとえば、熟練者が感触で判断していることを、本当に触覚で伝えるべきなのか。それとも画像や音で代替できるのか。ネジを締めるときの力加減など、目で見ても分からない部分をどう抽出して再現するか。そこが触覚に関する研究のポイントと考えています。

高橋さん:
……実は僕自身は、VRは現状の状態ではブレイクしないのではないかという気がしています。理由はシンプルで、ゴーグルをつけたくないから。視界が覆われるのは怖いことだと思うんです。

それともう一つ、たとえば「外国にいる人とキャッチボールができるよ」と言われたら、それは面白そうだから一度は体験してみたい。でも、毎日続けたい!とはならないんじゃないでしょうか。

「これはVRだ」と認識した時点で、本当のリアルには勝てないと思うんです。脳科学者の茂木健一郎さんの研究でいうところの「クオリア(※)」、つまり得られる質感は、結局リアルの体験に及ばない、ということになりそうです。

※クオリア……人間が意識的に感じたり経験したりする感覚の質のこと。「リンゴの赤さ」「持ったときの冷たさ」といった五感への刺激を、人間は生き生きとした質感(クオリア)として感じている、という考え方に基づく。

池田:
たしかにVRが「現実のマネごと」に留まってしまうと、「現実でやった方がいいよね」で終わってしまう可能性がありますね。VRはむしろ、「現実にはできないこと」を実現する方向に進むことで、初めて価値が生まれ、長続きするものになっていくのかもしれません。

画像: 「熟練者の技術を伝承したい」研究の意図を語る池田

「熟練者の技術を伝承したい」研究の意図を語る池田

「快適さ」で現実との差を埋める

高橋さん:
僕の仮説なんですが、一番売れるとしたら、スマートフォンやタブレットの画面に感触フィードバックを持たせることだと思うんです。たとえば遠隔でロボットアームを操作する時、映像にタイムラグがあるとすごく肩が凝ります。それを完全に追従させるだけでも感触として心地いいし、さらに画面越しに触り心地を感じられたら、めちゃくちゃ売れるはずです。
スマートフォンはもう体の一部になっているんですよね。破壊的イノベーションとして人間の感覚を変えてしまった。だからこそ、この延長線上で触覚を取り込むことができれば大きな価値になると思います。逆にVRはまだ体の一部になっていない。メタバースも同じで、結局スマートフォンやPC画面の快適さには勝てない気がするんです。

池田:
楽しさや快適さが自然に受け入れられることは、すごく大事ですよね。

高橋さん:
それは本当にそう思います。たとえば、PC作業をコックピット体験のように楽しんでいる人も多いです。昔アニメで憧れた「テレビ電話」や「コックピット」が、現実化してきた。その延長でPCの作業に快感を覚える習慣が新しく根付いてきたんではないかと思っています。
だから、VRのように突然「非日常」を持ち込むとフィットしない気がするんです。スマートフォンやPCは電話やテレビといった日常体験の延長線上にあったからこそ、人の体に馴染んだのではないでしょうか。ですから、もしそこに触覚が統合されて、熟練者の技能も遠隔で再現できるようになれば、それはすごいことだと思います。

大西:
確かにVRは「現実から切り離された別世界」に急に飛び込むような違和感がありますね。没入感はあっても、インタラクションの不自然さやコンテンツ感がどうしても残ります。

高橋さん:
その点、PCは反応速度が速くて、サクサク動くのが気持ちいい。これも感触ですよね。逆にタイムラグがあると一気に不快になるわけです。結局のところ「まず気持ちよくなること」が一番大事だと思います。

画像: 熟練者の感じている感触をどのように抽出し、再現するかが課題、と大西

熟練者の感じている感触をどのように抽出し、再現するかが課題、と大西

遊ぶように働き、生きる

高橋さん:
任天堂のゲーム「マリオカート」が面白くなったのは、ゲームプロデューサーの宮本茂さんと開発チームが、遊びの操作感の改善を重ねたからだと聞いたことがあります。その結果、現実のカートをリアルに再現したわけではないけど、世界一売れるゲームになった。

つまりリアルである必要はないんです。仕事も同じで、リアルな作業をそのまま再現する必要はなく、「快適さ」「心地よさ」を与えることが大事だと思います。面倒なことをサクサク快適に、気持ちよくできる仕掛けをつくる。それが産業活用における大きな意義だと思います。

池田:
全く同感です。教育や労働においても、大変なことを大変なままやる時代ではないと思っています。高齢者をはじめ、多様な人々が平等に参加するためには、辛さを楽しさに変えていくことが必要です。そこに、センシング情報を活用する余地があるのかもしれません。最初のハードルを下げ、長くやり続けてもらうことができれば、産業側の人財確保という面でも、個人の自己実現の面でもプラスに働くのではないでしょうか。

高橋さん:
僕は人と話すことが好きなんですが、それもゲーム感覚でやっているようなところがあります。発言するときに、エンターキーを押すみたいに「発射」する感覚がありますし、相手から反応が返ってくるとキャッチボールのようで楽しいんですよね。

だから、話すのが上手になりたいという思いがすごく強いんですが、話す力は本で読むだけでは身につきません。やはり、実際に自分が話して、それに対する聞き手の反応があるから話すのが好きになるんだと思います。感触というのは手触りだけでなく、反応や経験を含むものだと今日改めて思いました。

大西:
私が改めて感じているのは、業務活用ではリアルをそのまま提示するだけでは十分ではないということです。その人の成長レベルに応じて、提示する情報やUI(ユーザーインターフェース)を調整する必要がある。段階的に進めていく必要がありそうです。最初は敷居を下げ、感触や視覚などで楽しさを与えた上で、段階的にレベルを上げていくことが重要なんでしょうね。

高橋さん:
そうですね。ゲームも最初は「簡単にできるじゃん!」と思わせる設計が重要です。たとえば寿司を握る技術も、「やってみたら意外とできた!」という快感から出発して、もっとやりたいと思わせること。そういう入り口設計が大事だと思います。

画像: より人々が幸せになるために何が必要か。探究は続く

より人々が幸せになるために何が必要か。探究は続く

ネクストスマートフォンを考えよう

高橋さん:
言ってしまえば、今後どんなものを作っていくにせよ、「ネクストスマートフォン」を考え続けることがすごく大事だと思っています。スマートフォンはもう完全に体の一部になっていて、なくなったら何かを欠損したと感じるくらいの存在になっています。ここまで人間の感覚を変えてしまった道具は、まさに破壊的なイノベーションだったと思うんです。

一方で、スマートフォンにも「依存」や「歩きスマホ」といった課題がありますし、そもそも人類史上、何十年も未来永劫残り続けた道具はありません。だからこそ「スマートフォンがどうなったらより人々を幸せにできるか」という問いを持ち続けることは、どの領域でも有効なんだと思います。

最近はホログラムや「触らないボタン」も出てきていますが、タッチパネルと比べてまだ気持ち悪さを感じることが多いです。つまり、タッチパネルですら最初は「指が疲れる」と思っていたけれど、今ではあの感覚に気持ちよさを覚えているということです。その変化を考えると、感触やUIは時代とともにアップデートされるものなんでしょうね。

大西:
確かにそうですね。最近はもう、ディスプレイをみたらタッチパネルだと思ってしまうことがよくあります。子どもなんかはテレビすらタッチしようとしますよね。

高橋さん:
うちの子どももテレビを触ります。そういう経験からどんどんアップデートされているんですよね。

そう考えると、「VRの新技術をいかに活用するか」とか「遠隔で触れるようにするにはどうしたらいいか」と技術的な面から考えるよりも、「どうすれば仕事が楽しくなるか」を根本的に問い直していくことの方が大切なのかもしれません。

そのときに鍵となるのが「やりたくなる」ような心地よさの追求です。それは「便利さ」の追求とはまた異なる新しい価値をもたらしてくれるのではないでしょうか。

画像1: [Vol.3]「スマホの次」に来る世界を考える|創造力と熱中を生む仕掛けとは

高橋 晋平
株式会社ウサギ代表取締役

おもちゃ・ゲーム開発者。2004年から株式会社バンダイで10年間、イノベイティブ玩具や新規事業開発などを担当し、量産プロダクトを全国規模で販売するキャリアを歩む。2014年に独立起業。おもちゃ、ゲーム、アイデア製品、エンターテインメント系サービス、遊び系事業などの企画開発に多数関わる。その経験を活かした様々な分野に関するワークショップ講座や授業などを、対面、オンライン、ハイブリッドなどで精力的に行う。近著に『ボードゲームづくり入門』(岩波書店)ラジオアプリVoicyの番組『1日1アイデア』を毎日配信。

画像2: [Vol.3]「スマホの次」に来る世界を考える|創造力と熱中を生む仕掛けとは

池田 直仁
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションセンタ マルチモーダルセンシング研究部 リーダ主任研究員

入社後DVD、Blu-rayディスクドライブや次世代光ディスクドライブの研究開発に従事。2016年に研究者とデザイナで構成された組織である顧客協創プロジェクトに参画。2019年から現職となり、作業者の動作センシングや現場空間の3Dモデル化を通じ、現場作業者を支援するソリューションの研究開発に従事。

画像3: [Vol.3]「スマホの次」に来る世界を考える|創造力と熱中を生む仕掛けとは

大西 義人
日立製作所 研究開発グループ Sustainability Innovation R&D 計測インテグレーションセンタ マルチモーダルセンシング研究部 主任研究員

博士(理学)。2015年日立製作所入社。光学式の計測システムおよび画像処理アルゴリズムの開発を中心に、物理計測から計測データの分析処理に至るまで、幅広い技術開発に従事。現在は光学式センシングシステムの研究開発に取り組む。

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