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量子力学が誕生して100年。量子の不思議な性質を利用したコンピュータの開発競争が熱を帯びています。しかし量子コンピュータの世界は難解で、その仕組みをどう説明するか、専門家は頭を悩ませています。その一つの解が、東京・お台場の日本科学未来館に設けられた「量子コンピュータ・ディスコ」です。斬新な展示を担当した科学ディレクターの小澤淳さんと、日立製作所で量子コンピュータの研究開発に取り組む土屋龍太が「科学コミュニケーション」の原点を語り合いました。

量子コンピュータの世界を伝えるのは難しい

土屋:
量子コンピュータの開発をしていて感じるのは、技術的な難しさと同時に、「理解してもらうこと」の難しさです。ある分野について量子コンピュータは古典コンピュータよりも非常に速く解析ができると説明したとき、「なんとなくだまされているような気がする」とよく言われます。

小澤さん:
その点は、僕らのような博物館も同じです。量子コンピュータや量子力学の展示についてリサーチしてみたら、世界にいくつかあるほとんどが一般的なパネル展示でした。でも、パネルに表示された説明文を読むだけでは、ほとんどの人は理解できないだろうと思いました。

土屋:
専門家でも理解するのが難しいですからね。一般の人はなおさらでしょう。

小澤さん:
そもそも量子コンピュータとは何かとか、量子コンピュータはどういう仕組みで動いているかと、いきなり説明しても、頭が働かない人が多いですよね。だから、未来館で量子コンピュータの新しい展示を企画したとき、最初の入り口で量子のことを説明するのはやめたほうがいいなと考えたんですよね。

土屋:
その結果、生まれたのが「量子コンピュータ・ディスコ」というわけですね。

画像: 日本科学未来館の「量子コンピュータ・ディスコ」のコーナーで、量子計算の話に花が咲いた

日本科学未来館の「量子コンピュータ・ディスコ」のコーナーで、量子計算の話に花が咲いた

苦手克服のために選んだ「理系の道」

土屋:
小澤さんは博物館の展示を通して「科学の面白さ」を伝える仕事をしているということですが、小さなころから科学が好きだったのでしょうか。

小澤さん:
僕はもともと、文系脳なんですよ。歴史や小説が好きな少年だったんですが、それは学校で勉強しなくてもわかると思って、大学は理系の学部に進みました。どちらかというと数学や物理が苦手だったので、むしろそれを大学で学んだほうがいいかなと思ったんですね。

画像: 日本科学未来館の科学ディレクターを務める小澤淳さん

日本科学未来館の科学ディレクターを務める小澤淳さん

土屋:
ユニークな考え方ですね。でも、そういう文理をまたいだ発想が、科学コミュニケーションには生きてくるのかもしれません。

小澤さん:
僕が大学にいたのは1980年前後ですが、自分でコンピュータを作るのが好きで、卒業後、カスタマイズしたコンピュータを作るベンチャー企業に就職しました。その後、シンクタンクに勤務し、未来予測のリサーチャーを経験した後、創設されたばかりの日本科学未来館に入りました。2001年のことです。

土屋:
そして、最近ご担当されたのが「量子コンピュータ・ディスコ」の展示ですね。

小澤さん:
そうですね。今年4月に公開されたこの量子コンピュータの展示を作り上げるうえでの苦労は追々語っていければと思いますが、さまざまな有識者の方に協力してもらいながら2年くらいかけて作り上げました。

それから、すぐ隣のエリアに「計算機と自然、計算機の自然」という展示があります。こちらは科学技術とアートの融合が大きなテーマになっています。計算機、すなわちコンピュータが進化していくなかで、私たちの自然観や世界観がどう変わっていくのかを考えるきっかけになるように、という思いで作り上げました。

土屋:
どちらも最先端の科学技術の世界を直感的に味わえるのが、面白いですね。どの展示も、関連する技術そのものをよくご存じない方でも、楽しく体験できるような工夫がされていることに感心しました。

画像: 日本科学未来館の「計算機と自然」をテーマにした展示を見ながら、科学技術の可能性を考えた

日本科学未来館の「計算機と自然」をテーマにした展示を見ながら、科学技術の可能性を考えた

大学で超伝導型コンピュータ研究

小澤さん:
土屋さんが科学に興味を持ったのはいつごろですか。

土屋:
私は小さいころから工作や実験が好きで、自分でも理系人間だと思っていました。その流れで理工系の大学に行って、研究室では酸化物を使った超伝導体の研究をしました。2025年のノーベル物理学賞で注目された「ジョセフソン接合」という量子効果を利用した新しいスイッチング素子を開発しようとしていたんです。

小澤さん:
超伝導に興味を持ったきっかけは、何かありますか。

土屋:
私の学生時代は超伝導ブームが起きていて、臨界温度が比較的高い「高温超伝導体」が注目されていました。そこで、それをエレクトロニクスに応用しようとする研究室に入って、学部・修士・博士の6年間、ジョセフソン接合を使ったコンピュータの研究に取り組みました。高温超電導では、まだ実現できていなくて、それを最初に実現しようと日々取り組んでいました。

小澤さん:
それは現在、日立で取り組んでいるシリコン量子コンピュータとは別のものでしょうか。

土屋:
そうですね。ジョセフソン接合というのは、超伝導体と絶縁体を組み合わせた特殊なデバイスなんですが、そのスイッチング特性を使った超高速なコンピュータを作ろうとしていたんです。そのときは、自分で仮説を立てて、いろいろな実験で検証していくのがすごく楽しいと感じていました。そんなことを続けていけたらいいなという思いが、現在の研究につながっています。

画像: 日立製作所で量子コンピュータの研究開発に取り組む土屋龍太

日立製作所で量子コンピュータの研究開発に取り組む土屋龍太

「量子コンピュータの研究はしない」と思っていた

小澤さん:
日立に入社してからもやはり、超伝導の研究をしてきたんでしょうか。

土屋:
いえ、そうではないんです。日立のような民間企業への就職を選択したのは、実際に社会の役に立つものを作りたいと考えたからです。そこで、入社してからはずっと、シリコン、つまり半導体を使ったトランジスタの研究開発に取り組んできました。いわゆる古典コンピュータ向けの研究です。

小澤さん:
最初から量子コンピュータの開発をしていたわけではないんですね。

土屋:
入社したときは、量子コンピュータのような時間のかかる研究には関わらないだろうと思っていました。ところが、2013年に日立のケンブリッジラボに赴任したとき、量子コンピュータと接点ができて、日本に戻ってきてから本格的に量子コンピュータの研究開発に従事し始めました。

小澤さん:
面白い展開ですね。

土屋:
小澤さんは、私と同じような理系の大学の出身ですが、研究者になろうとは考えなかったんですか?

小澤さん:
僕は土屋さんと違って、早く社会に出て働きたいと思っていました。特にコンピュータを作りたかったので、さきほど話したように、オーダーメイドでコンピュータを作る会社にまず就職しました。

専門家も半信半疑だった量子コンピュータの実現性

土屋:
小澤さんがコンピュータを作っていたのは、いつごろですか。

小澤さん:
1990年前後ぐらいですね。

画像: 小澤さんは大学卒業後、コンピュータメーカーとシンクタンクを経て、日本科学未来館に勤務するようになった

小澤さんは大学卒業後、コンピュータメーカーとシンクタンクを経て、日本科学未来館に勤務するようになった

土屋:
私が大学を出たのは1998年ですが、ちょうどその1年後に、超伝導の量子ビットが発明されたんですよね。そのころから、量子コンピュータの研究開発が活発になっていきましたね。

小澤さん:
僕は1990年代に未来予測系のシンクタンクにいたんですが、そこで「ある科学技術が何年先に実現するのか」という予測調査をしていました。専門家にヒアリングして、量子コンピュータの開発予測もしましたが、量子コンピュータが実現するのは45年先とか50年先という予測だったんですよ。つまり、すぐには実現しないということです。2000年以前は、専門家の人たちも量子コンピュータができると思っていなかったわけです。

土屋:
ただ、21世紀に入ってから、思いのほか速いスピードで、開発が進んでいるという印象があります。ここ1~2年、その傾向が顕著になってきているように思います。

小澤さん:
今回の展示のために、いろいろな専門家に話を聞きましたが、量子コンピュータの開発に向けた熱気を感じました。今後はさらに開発が加速していくかもしれませんね。

土屋:
量子コンピュータの最終ゴールは非常に高い目標で、いまはそこに向けて、下のほうから少しずつ登っている状況です。最近は、量子コンピュータの計算中に発生するエラーを検出して訂正する「誤り訂正」の技術が実験で検証できるようになるなど、ポジティブな成果も増えています。ここ数年、開発がかなり進んでいる感じがするので、10年後にどうなっているのか楽しみです。私たちも後れをとらないように、研究開発をがんばっていきたいと思っています。

――日本科学未来館に新設された常設展示「量子コンピュータ・ディスコ」は、DJ体験を通して量子アルゴリズムの世界を楽しんでもらおうという斬新な展示です。その発想はどこから生まれたのでしょうか。次回は、難しいテーマに興味を持ってもらうための「伝え方の発明」について考えます。

取材協力/日本科学未来館

関連リンク

画像1: [Vol.1]「科学を伝える力」はどこから生まれる?|科学コミュニケーションを考える

小澤 淳
日本科学未来館 科学ディレクター

コンピュータメーカー、未来予測系シンクタンクを経て現職。専門は情報工学。これまでに手がけた展示は、「計算機と自然、計算機の自然」(落合陽一氏監修)、「未来逆算思考」(大垣眞一郎氏監修)など。2025年春に公開された展示「量子コンピュータ・ディスコ」の科学ディレクションを担当。

画像2: [Vol.1]「科学を伝える力」はどこから生まれる?|科学コミュニケーションを考える

土屋 龍太
日立製作所 研究開発グループ Next Research 主管研究員 兼 量子コンピューティングプロジェクト

1998年東京工業大学総合理工学研究科博士課程修了(工学)。同年日立製作所中央研究所入社。2013年~16年日立ケンブリッジ研究所副ラボ長。2020年よりムーンショット型研究開発事業「大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発」に参加。

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