[Vol.1]事業の目線を身につける
[Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力
複雑化する商流を泳いでいくために
竹上:
僕は昨年、一橋大学大学院経営管理研究科を修了しMBAを取得しました。研究者には自分が取り組んでいる研究を事業につなげるというミッションがあります。研究開発部門と事業部門には、「研究所が開発したものを受け取って事業化してください」というある種の緊張関係があるんですよ。経営学を学ぶまでは、事業部門側が何をもって事業化すると判断するかというメカニズムの理解が不足していたことで、セクション間の隔たりを感じていました。経営学を学んだことで、そのメカニズムが少しわかるようになり、研究やデザインの成果を事業部門にうまく伝えられるようになりました。

MBAを取得した自身の経験を語る、システムイノベーションセンタ リーダ主任研究員の竹上
坂東:
私は現在、一橋大学大学院経営管理研究科に在学中で、2026年3月に修了予定です。デザインと経営は、本質的には似たようなことを言っているのに、違う言葉を使っていることが多いと感じていました。たとえば、カスタマージャーニーやサービスブループリント、業務フローなどです。それぞれ、ユーザーの経験なのかバックオフィスの仕組みなのか、何を具体に描き出すかの目的が少しずつ異なりますが、サービス創生の目線で見ると地続きの検討です。デザイナーだからエンドユーザーのことだけを記述すればよい、というものではなく、目的に応じて、伝える相手の目線を意識して、言葉を使い分けて記述をする必要があります。ですので、経営学を通じてデザイナーが使う言葉の経営の言葉への言い換えを学んだことで、誰に対して価値や効果を伝えるのかという点に具体的に意識が向くようになり、よりよくデザインの仕事を取りまわせるようになった感触があります。

デザインセンタ 主任デザイナーの坂東。一橋大学では上原さんや西野さんの講義を受講した
西野さん:
言葉が指す範囲は、人それぞれで違うものなんですよね。特にそれが事業の方と研究開発やデザインの方になると、同じ言葉を使っていても見えているものが違うと思います。まずは事業部門がこの言葉を使う、こういった表現をするときは何を指していて、どういう状況なのかを把握することが必要ですよね。
竹上:
こういう状況になった要因のひとつには、商材の複雑性が増していることがあると思っています。以前はわかりやすい技術、たとえば半導体や洗濯機で、それぞれをいいものを出すみたいなことが事業開発の主軸だったわけです。もちろん、それは今でも日立の強みになっていますが、昨今は家電や産業機器もソフトウェアを活用して機能を拡張したり、外部と連携させたりすることが標準化されつつあります。その結果、事業部門側も研究部門側もいろいろな人が複雑に絡み合ってくるようになってきました。その状況をどうモデル化したり、整理したりするのかという視点が常に頭の中にないと、事業化に進めるまでの道筋がはっきりせず、霧がかかったような感じになってつまずいてしまうんですよね。
でも一橋大学でMBAを取得したことで、経営的な仕掛けと技術的な仕掛けの両方を見られるようになったと思います。最近の研究者には、技術的なアプローチだけでなく経営的なアプローチも含めて、いくつもの視点を持つような頭の使い方ができるようになることが、従来よりも求められているのかなと感じています。
西野さん:
技術経営のトレンドで考えると、明らかにインターネットの登場前後で議論の質が変わってきています。イノベーションマネジメントの観点では、技術の相互依存性がトピックになります。何かのレベルが相対的に低いと、そこでボトルネックが生じて、システムも低いレベルにとどまってしまう。低いレベルの技術がポンとイノベーションで持ち上がったときに、さらなる相互依存の関係ができあがって、新しいシステムになっていく。
そういうものが、インターネットによって頻繁に現れるようになりました。それに伴って、周辺の技術力が上がっていくスピードもものすごく速くなったことが、2000年以降のシステムとして考えなければいけない幅の広さと難しさを生み出しているのだと思います。ハードウェア技術、通信技術、ストレージ技術、そういう全然違う技術を持った人たちが、それぞれ違うものをつくっている、違う研究をしているけれど、実はシステム上はつながっているわけです。
多くの場合、社内の組織体は昔の部品単位やモノ単位で考えがちですけれど、システムで考えると実は組織間をまたがなければいけない。だから難しいのでしょうね。
助口:
以前は、デザイナーは製品に実装されるユーザーインターフェースを一生懸命デザインしてきました。昨今はそれらがインターネットにつながり、アプリからも使えるようになってきてデザインの方法がまったく変わってきています。また、今まで製品に組み込みで使っていたものが、IoT家電になったらどういうふうにビジネスが広がるのかという観点も問われますが、最適な解決策がなかなか見つからないと感じています。IoT家電と言われるようになってもうだいぶ経ちますが、キラーコンテンツと言えるほどのものはまだ世の中にも出てきてはいないのではないでしょうか。
日立のデザインセンタの特徴は、ハードウェアのデザインやUI (User Interface)のデザインをするメンバーだけでなく、アプリのユースケースやサービスアイデアを考えるメンバーや、世の中に実装されたときのビジョンを描くメンバーなど、さまざまなケイパビリティを持つ人財が一体のチームとして活動していることなんです。だから、ユースケースは描けるし、サービスのアイデアも出せるんですが、ビジネスとして自分たちにどう返ってくるかというところがなかなか描き切れてない部分があって、そこで苦戦している気がします。その苦戦している部分に経営学やマーケティングの知識が役立つということでしょうか。

「デザインセンタには各分野のスペシャリストが揃っている」と助口
上原さん:
マーケティングの分野でよく言われるのは、「お客さんはエアコンがほしいのではなくて、快適な空間がほしいんだ」という話ですよね。家電なんかはもう全部コネクティッドでつなげて、まとめて管理できるようになっているけれども、買う人が全部まとめて買ってくれる状況ではない。だとすると、売り方を変えるっていうことがひとつ大事になってきますよね。
いまだに自分で「エアコンはこれ、壁の色はこれ」と個々に選んでいくわけですが、その売り方をしている限りは、空間や価値を売るという形にはならない。ただ、ひとまとめでハードで売るとなると、今度はお客さま側が支払えない。そうすると「じゃあスペースの使用権を売りましょう」というサービス化の話につながっていきますよね。
助口:
そうなんですよね。従来にはなかったけれど意識しないといけなくなってきている点は、商流が違うという点なんだろうなとは思っています。小売店で販売するというビジネスモデルではなく、たとえば賃貸業の人と組んで、最初からプリインストールされている状態で、家賃に乗せてもらってペイするモデルみたいなものですよね。一応、デザイナーなりに考えて提案はするけれど、やはり経営の知識がないと、踏み込んだ提案になっていかないというのが、自分たちの課題感ですね。
専門分野を越えた共通言語を獲得する意味
竹上:
BtoB (Business to Business)の事業では、サービスのユーザーと導入意思の決定者が異なりますよね。研究者やデザイナーからすると、ユーザーのことは考えやすい。けれど、導入意思決定者の思考となると、ユーザーにとっての利便性だけでなく、経営側にとっての経済的な価値評価などの知見が必要になります。その辺りにBtoC(Business to Consumer)の知見とのギャップがあって、難しいと感じますね。
助口:
私たちがデザインしているアイテムのなかで、購入者が直接ユーザーになるのは家電製品ぐらいで、そのほかのアイテムは利用する人と購入を決定する人は違う人です。一般の鉄道利用者が鉄道車両を購入することはありません。もちろん、最終的には乗り降りするお客さまに喜んでもらえるものや、公共的な価値を高めるデザインをしますが、車両を購入してくれる人、あるいはメンテナンスする人にとって何が嬉しいのかということも考えなければならない。そのために、できるだけ現場を見て、経営者とも会話をしてデザインや仕様に落とし込んでいこうとしていますが、そういうときに経営の視点や言葉がわかっているとよりいいんだろうと、坂東さんの話を聞いて思います。
坂東:
私は今、プロダクトの最終形態よりもひとつ手前の、戦略や仕組みをつくっていく部分を担うことが増えています。「ユーザーがこう動いているから、業務をこう変えないとうまくいかない」みたいなことを調査をしたり発案をして、その状態の体感をつくる途中段階のUI・UX (User Experience)をつくりながら、同時に経営へのインパクトを考えるようなことをやっています。
たとえばBtoBの製品で、工場で働く人が使うシステムを考えるときには、その工場の設備管理担当者とディスカッションをします。UIやUXをつくり、現場の当事者には価値を感じていただけても、購入の決定権を持つ方々には価値を感じてもらいにくいということが往々にして発生してしまうんです。
それを回避するために、事業部門のメンバーと一緒に、「現場でこれが使えると、経営者目線でのこのKPIにつながる」という提案をセットにして提案書のなかに入れ込む作業をすることが増えてきています。

購入決定者に価値を感じてもらうことについて話すメンバー
谷:
会社の内外にいろいろな価値観というか、判断基準を持っている人たちがいて、その方に合わせていかに話ができるかということなのだと思います。
経営を学ぶというのは、財務的に頭を使うことも学ぶし、技術者の視点も一部学ぶかもしれないし、あるいはマーケティングはお客さまの立場から考えることだよねとか。そうやっていろいろな視点を頭のなかに持って、会社に関係している人たちがどう考えているかを想像できる力を高めていく作業なのかなと思っています。それがかなうと、さまざまな部署とコミュニケーションしたり、意思決定者の立場になって考えることができるようになる。それが経営を学ぶ価値のひとつだと思っています。
西野さん:
おっしゃる通りだと思います。社会人が経営学を学ぶメリットは大きくふたつあり、ひとつは視点の多面化です。これは技術の素養のある人が、営業を担当してお客さまの声を聞くと、より解釈の精度が上がるのと同じです。技術の知識を持っている方が経営理論を学ぶと、お客さまのニーズや情報を聞いたときに、自社での取り組みや提案に結びつけやすい。日々の仕事があるからこそ、気づきやすく、実践的な経営の感覚が身についていきます。
もうひとつはものごとを俯瞰できるようになるということですね。人ひとりの“やる気”のような個別具体的なところから、大きな社会システムといったレベルまで、寄ったり引いたりしながら眺め考察する能力が高まります。

社会人が経営学を学ぶメリットを語る西野さん
助口:
坂東さんは、学んだことが業務に活きている感覚はありますか?
坂東:
講座で学んだことが「あ、こういうことを言ってたんだ!」とシナプスがつながるようなことはけっこうあって、仕事の仕方が変わってきたかなという実感はあります。
過去にデザイナーと研究者が一緒にサービスを創生する部署で、将来の社会像やビジョンのデザインから新しいサービスを創生する取り組みがありました。デザイナーは将来像を具体に描きワクワクをつくることは得意なのですが、最後の事業化のところで悩みました。事業部門やそのなかの部署の役割や機能、さらには行動原理などの仕組みをしっかりと理解していなかったことから、描いたビジョンを事業として実現する際に、どの部署に何をお願いすべきなのか、というビジネスシステムの構想がうまくできなかったのです。それが今は経営学を勉強して、どんな仕組みで経営を成り立たせているのかの想像が働くようになり、「あの部署はこれをやっていて、KPIがこれだから、その部署だったらこういう事業上の役割を担ってくれるだろう」と見当がつくようになりました。
――次回は、複雑になっていく社会と事業領域について、さらに語り合います。
![画像1: [Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力|研究者やデザイナーが経営学を学ぶ価値](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/03/06/a6e4cb5511fc8a3fea5779766a3b6eddfe70a23e.jpg)
西野 和美
一橋大学大学院 経営管理研究科 (一橋ビジネススクール) 経営管理専攻 教授
化学メーカー勤務を経て、2001年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得退学。2002年一橋大学博士(商学)。東京理科大学講師、准教授を経て、2017年より現職。技術を軸とした経営のあり方に関心をもち、現場に足を運び、関係者から聞き取りを重ねて作成する事例研究を中心に、定性的な調査研究を行っている。
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上原 渉
一橋大学大学院 経営管理研究科 (一橋ビジネススクール) 経営管理専攻 教授
2008年 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。武蔵野大学政治経済学部専任講師を経て、2011年より現職。日本企業のマーケティング組織や海外市場におけるマーケティング戦略、消費者行動の国際比較などの研究を行っている。
![画像3: [Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力|研究者やデザイナーが経営学を学ぶ価値](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/03/06/e9c1ac8581b41befd44fc40ef55f3bb93de49c4b.jpg)
谷 繁幸
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D システムイノベーションセンタ センタ長
1996年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科修士課程修了。同年(株)日立製作所システム開発研究所に入社。2014年大阪大学大学院 情報科学研究科学位取得(情報科学)。IT投資リスク管理や機器提供サービスリスク管理に関する研究に従事し、2023年より現職。
![画像4: [Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力|研究者やデザイナーが経営学を学ぶ価値](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/03/06/03619c87bbead2a86ca5ac0855e7f3a701e81f51.jpg)
助口 聡
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ センタ長
食品パッケージ業界、オーディオ業界でのキャリアを経て、2008年に日立製作所に入社。情報機器や家電製品のプロダクトデザインを担当後、2016年から3年間、英国にて高速鉄道車両のコンセプトデザイン開発に従事。帰国後は生活家電のデザイン開発をとりまとめた後、プロダクトデザイン部部長を経て、2025年10月より現職。
![画像5: [Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力|研究者やデザイナーが経営学を学ぶ価値](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/03/06/3169deca594e8bd09e09da35ceb323182aa59110.jpg)
竹上 栄三郎
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D システムイノベーションセンタ ビジネスアーキテクチャ研究部 リーダ主任研究員
日立製作所に入社後、公共分野のITシステム開発、金融分野・電力分野・ITプラットフォーム分野ソリューションの人間中心設計・デザイン思考の実践研究などを担当。現在は産業デジタル分野におけるビジネスアーキテクチャの研究、0→1フェーズのプロダクトマネジメントに従事。2022年3月に一橋大学大学院 経営管理研究科(一橋ビジネススクール)経営管理専攻 経営管理プログラムを修了し、MBAを取得。
![画像6: [Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力|研究者やデザイナーが経営学を学ぶ価値](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/03/06/e5d99c3dfbc2589b75039f910f70280614a63a3a.jpg)
坂東 淳子
日立製作所 研究開発グループ
Digital Innovation R&D デザインセンタ ストラテジックデザイン部 主任デザイナー
学生時代に建築・都市分野を学び、日立製作所に入社。モビリティ、エネルギー等の分野でのUI/UXデザインや、顧客協創方法論研究に従事。研究者や社外関係者との協創を通し、建築、デザイン、情報のハブ役としてモビリティやスマートシティ分野でのデジタルサービス創出に向けた活動を推進するなかで、経営的な視点の必要性を痛感。2026年3月に一橋大学大学院 経営管理研究科(一橋ビジネススクール)経営管理専攻 経営管理プログラムを修了し、MBAを取得。
[Vol.1]事業の目線を身につける
[Vol.2]さまざまな視点の考え方を想像する力


