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「不安」は人を結束させ、「不満」は組織を壊す──。極限の閉鎖空間では、物理的な過酷さよりも人間の心理が大きな脅威となります。Vol.1で「想像の壁」について語り合った極地建築家 村上祐資さんと、日立製作所 研究開発グループでAIを活用したロボットの研究に取り組む木村宣隆。Vol.2では、極地における人間関係の機微と、そこに介在するロボットの役割について掘り下げます。「不満」を持たないロボットは、人間にとって信頼できるパートナーとなりうるのでしょうか。

[Vol.1]人間の想像が及ばない極地のリアリティ
[Vol.2]極限環境に求められるロボットの役割

画像: さまざまなメディアで「極地」の体験を語ってきた村上さん。ヒマラヤ登山中にラジオに出演したこともあるという

さまざまなメディアで「極地」の体験を語ってきた村上さん。ヒマラヤ登山中にラジオに出演したこともあるという

「アルパインスタイル」と「極地法」

村上さん:
木村さんは、登山がお好きですか?

木村:
いえ、登山については、あまり詳しくないですね…。

村上さん:
登山には大きく分けて、2つのスタイルがあります。「アルパインスタイル」と「極地法」です。アルパインスタイルは、自分の荷物はすべて自分で背負い、酸素ボンベを極力使わず、一気に頂上をめざす。おそらくみなさんが「冒険」と聞いてイメージするもので、個人の能力に依拠したスタイルです。一方で「極地法」というのは、いわば人海戦術です。前線基地を設け、大量の物資と人員を投入して、山を攻略する方法です。

木村:
なるほど、個人の力で突破するか、組織とシステムで挑むかの違いですね。

村上さん:
いまの宇宙開発を見ていると、多くの開発者が「アルパインスタイル」志向なのではないかと感じます。宇宙が「自分の開発した技術で、こんなことが達成できる」という「腕試し」の場になっている。でも、挑戦という響きに躍らされ、猛進しているような危うさがあります。

木村:
リアリティのある指摘ですね。ロボットの開発でも、ひたすら性能を高めることだけを考えるのではなく、極地で起こりうる事態を幅広く想定した上で、なにが最適解なのかを探っていくべきだと改めて思いました。

村上さん:
もともと、そういう「最適解」を探すという考え方をしているんですか?

木村:
実は、極地や未踏圏のロボットを開発するにあたって、人間の想像力に限界があるというのは考えていました。そこで、AIを活用して、極地の環境におけるロボットの動きと形の組み合わせを網羅的に試して、最適な組み合わせを探ろうとしています。それによって、人間が想像できなかったロボットの動きや形が導き出せるかもしれないと期待しています。

画像: 極地で求められるロボットについて、異なる視点の意見が交換された

極地で求められるロボットについて、異なる視点の意見が交換された

「不安」は結束を生み、「不満」は組織を壊す

村上さん:
面白い発想ですね。ただ、ひとつ要望するとしたら、そのAIが導き出す「最適解」を固定的に捉えないでほしいです。極地では想定通りにいかないのが常で、最適解がダメになることが日常茶飯事です。

木村:
確かに、ひとつの解に固執するのは危険ですね。

村上さん:
チームの心理面でも、唯一の解というのは危険です。仮にリーダーに絶対的な最適解があったとしても、それだけを示すとメンバーの顔がこわばります。「失敗したら終わりだ」と。でも、「これがベストだけど、プランBやプランCもある」と提示すると、チームは安心して動けるんです。ロボットにも、最適解(プランA)以外のプランBやプランCが必要なのかなと思います。

木村:
その通りですね。だからこそ、私たちは特定の作業しかできないロボットではなく、環境に合わせて自ら体を変形させながら極地でサバイバルしていける「柔軟なロボット」を作っていきたいと考えています。

村上さん:
そのロボットと人間が、極地で一緒に活動することもあると思います。そのとき、人間の側で問題になるのが「不安」と「不満」です。

木村:
不安と不満、ですか。

村上さん:
人間というのは不思議な生き物で、「不安」と「不満」を同時に抱えられないんですよね。例えば、明日生きられるかわからないようなサバイバル状態のとき、人は強烈な「不安」を感じますが、そこに「不満」はありません。映画になるようなドラマチックなシーンが生まれ、みんなで生き残ろうと結束します。

木村:
なるほど。生存本能が優先されるわけですね。

村上さん:
でも、生活が安定してくると「不安」が消える一方で、「不満」が顔を出します。「なんであの人だけ楽をしているんだ?」「食事の量が違うんじゃないか!」と。この「不満」こそ、人間関係を悪化させる元凶です。そして、極地では逃げ場がなく、リセットが難しい。一度生まれた不満は、解消されずに増幅していきます。

木村:
不安は物理的な事象から発生するもので、不満は状況から発生するものなんですね。そして、不満からは目をそらせなくなってしまう。

村上さん:
一番怖いのは、不安を感じる人と不満を感じている人が中途半端に混ざりあったときです。チームの雰囲気がカオスになってしまいます。そんな空間に、もしロボットがいたらどうなるのか。そこが気になりますね。ロボットは「不満」をもたないはずだから、人間にとって信用できる存在になるのかどうか。

木村:
ロボットが人間と一緒に存在することで、良い方向にいくということですか?

村上さん:
良い方向にいくか、悪い方向にいくかはわかりません。ロボットが加わることで、想像の壁の向こうでは、どんなことが起きるのでしょうね。

木村:
ロボットの研究者からすると、人間の「不満」を減らす方向にロボットを活用できるといいなと思います。人と人の間の「調整役」になれるロボットを作ることをめざしてもいいかもしれません。

画像: 木村は日立に入社して以来、主に物流倉庫向けのロボットを研究してきた

木村は日立に入社して以来、主に物流倉庫向けのロボットを研究してきた

ロボットは「背中」を見せてほしい

村上さん:
人間の不満を解消してくれる存在といえば、最近はAIに頼る人が増えていますよね。僕の母親もAIに悩みを相談して「あなたよりもAIのほうが信用できる」と言ったりしています(笑)

木村:
村上さんが極地で求めるのも、そういった「共感型」のロボットでしょうか?

村上さん:
いえ、逆ですね。僕はロボットにこっち(人間)を見てほしくないんです。人間に共感したり、おもねったりするのではなく、「背中」を見せて、粛々と与えられた役目を果たしてほしい。「一歩先の杖」の役割を果たすような、大きな背中をしたロボットがほしいと思います。

木村:
「背中を見せるロボットがほしい」というのは、極地で何度も経験を積んだ村上さんならではの言葉だと感じますね。

村上さん:
もう一つ、極地でのロボットを考える上で重要なポイントとして、電力の問題がありますよね。

木村:
まさに、ロボットにとって電力は「食料」にあたるので、電力を確保できるかどうかは死活問題です。ロボットが極地でまず取るべき行動は、太陽光などの自然エネルギーを使った発電施設を作ることかもしれません。いわば「自給自足」できる状況があって初めて、ロボットが本格的に活動できるようになるわけですね。

村上さん:
それは、目的を達成するために、どこに拠点を置き、どうエネルギーを確保するかという話で、極地法の考え方に近いですね。研究室でロボットの性能を追求しているだけなのかと思っていた木村さんが、極地に向かう者と同じような視点で語っているのが、すごく不思議だなと感じました。

──極地で人とロボットがともに動くとき、問われるのは個々の性能以上に「チームとしてのあり方」です。次回は、未知の世界に挑むチームを支える言語やマインドセットについて考えます。

画像: 村上さんは現在、日本国内で宇宙空間に関するプロジェクトに取り組んでいる

村上さんは現在、日本国内で宇宙空間に関するプロジェクトに取り組んでいる

取材協力/Studio ART SCHOOL U

画像1: [Vol.2]極限環境に求められるロボットの役割|極限環境で問われるAI×ロボットの可能性

村上 祐資
極地建築家/NPO法人 FIELD assistant 代表

宇宙や南極、ヒマラヤなど、厳しい環境のなかの暮らし方を研究するため、さまざまな極地の生活を踏査してきた。2008年に第50次日本南極地域観測隊越冬隊員として地球物理観測に従事した後、模擬火星居住実験や模擬宇宙船生活実験に参加。習慣を奪われる場所での生活のあり方を、実際の体験を通じて検証している。

画像2: [Vol.2]極限環境に求められるロボットの役割|極限環境で問われるAI×ロボットの可能性

木村 宣隆
日立製作所 研究開発グループ Next Research ロボティクスプロジェクト リーダ主任研究員

2005年の入社以来、主に物流倉庫内のロボットの研究に取り組んできた。現在は、今後のエネルギーや食料のニーズ増大の可能性を踏まえ、極地・未踏圏を開拓できる作業リソース基盤の確立に向けて、AIを活用しながら、過酷な環境でも作業できるロボットを開発しようとしている。博士(工学)

[Vol.1]人間の想像が及ばない極地のリアリティ
[Vol.2]極限環境に求められるロボットの役割

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