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2012年に上場したバイオ系スタートアップ「ユーグレナ」の共同創業者で、微細藻類ミドリムシ(学名ユーグレナ)の研究者でもある鈴木健吾さん。いまは、新潟県の豪雪地帯にある酒蔵・津南醸造の経営も担っています。「スマート醸造」を掲げ、伝統的な酒造りの現場にAIを導入した鈴木さんと、日立製作所 研究開発グループでバイオとデジタルの融合に挑む研究者、伊藤潔人が「微生物×AI」の現在地と可能性について語り合います。
画像: 津南醸造の代表取締役を務める鈴木健吾さん

津南醸造の代表取締役を務める鈴木健吾さん

なぜ「ミドリムシ博士」が酒蔵へ?

伊藤:
鈴木さんといえば、「ミドリムシ博士」の異名をもち、ミドリムシに関する研究者兼起業家というイメージが強いのですが、なぜ酒造会社の経営をしているのでしょうか。

鈴木さん:
もともとユーグレナ(2005年創業、2012年上場)でミドリムシの大量培養の研究をしているとき、その使い道を探していたんですが、ミドリムシのエキスを加えると乳酸菌がよく育つという文献があり、それならば、麹(こうじ)や酵母でもいけるんじゃないか、と考えたんです。

伊藤:
麹も酵母も日本酒の製造にかかわる微生物ですね。

鈴木さん:
実験してみると良い結果が出たので、ユーグレナの中で「お酒もやってみたら」という話になりました。ただ、社内で酒造事業をやるのは大変なので、独自にやろうと。そんなとき、資本や後継者を探していた津南醸造と出会い、経営を引き継ぐことになったのが6年前のことです。

伊藤:
なるほど。では、津南醸造の日本酒にはミドリムシが使われているんですか?

鈴木さん:
実は使っています。酒母(日本酒の発酵の土台となる液体)を元気にするための「エキス」として活用しています。酵母の代謝が活性化して、酸味を抑えつつ香りを高めることができるんです。ミドリムシを活用して造った日本酒を赤ワインの樽で貯蔵してピンク色の風味をつけて、バレンタインに向けてリリースしました。

画像: ミドリムシのエキスを活用して香りを高めた日本酒。赤ワインの樽で貯蔵したため、ピンク色に染まっている

ミドリムシのエキスを活用して香りを高めた日本酒。赤ワインの樽で貯蔵したため、ピンク色に染まっている

伊藤:
きれいな色ですね。「ミドリムシ=栄養価が高い」というイメージはありましたが、酒造りに必要な微生物を活性化させるという使い方は驚きです。

鈴木さん:
もう一つ付け加えると、こちらは地元の魚沼産コシヒカリを原料にしています。山田錦などの酒米ではなく、食事用の飯米を使っているのも特徴の一つです。自分の持っているテクノロジーをすべて詰め込むとどうなるか、という実験ともいえますね。

酒造りにAIを生かす「スマート醸造」

伊藤:
私は、これまで人工知能やロボットに関する研究開発を行ってきました。いまはバイオ研究の領域にAIなどデジタル技術を応用することで、環境課題に貢献するバイオものづくりを産業化するための研究に取り組んでいます。津南醸造でも「スマート醸造」を掲げて、酒造りにAIを活用していますよね。ぜひ、このあたりのお話を聞かせてください。

鈴木さん:
きっかけはChatGPTの登場でした。インターネット上の膨大な知識と、自分たちが持っているデータを掛け合わせれば、研究開発が劇的に加速すると直感したんです。具体的には、生成AIを自分用にカスタムできる「GPTs」という機能を使って、醸造に関する論文や蔵のデータをAIに読み込ませています。

例えば「今の酒蔵の環境はこうなっている」と入力すると、AIが最適な対応を提案してくる。昔ならエクセルで複雑な計算式を組んでいたような検証も、AIに聞けば一発で返ってきます。これは使えるなと感じました。

画像: 日立製作所 研究開発グループで、AIを活用した合成バイオの研究開発に取り組む伊藤潔人

日立製作所 研究開発グループで、AIを活用した合成バイオの研究開発に取り組む伊藤潔人

伊藤:
鈴木さんはAIをすごく使いこなしていると思いますが、現場の杜氏(とうじ)や蔵人(くらびと)のみなさんは、AIをどう受け入れているのでしょうか。

鈴木さん:
完成した日本酒の酸度やアミノ酸度といった酒質のデータをAIに入れると、味を予想することもできます。逆に、日本酒の味の感想を入れることで、なぜそういう味になったのかという原因を推測することもできる。そういう形で、お酒を客観的に分析するツールとして使ってもらっています。

伊藤:
AIに完全に任せてしまうわけではないんですね?

鈴木さん:
そこは「ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間が判断のループに入ること)」を重視しています。AIが出した仮説を人間が確認して、最終的に調整して実行する。現場にはパソコンが苦手な職人もいるので、AIのアウトプットを紙に印刷して見せることもあります。現時点では、AIと人間が一緒に考えながら酒造りをしていくのが望ましいと思っています。

伊藤:
非常に面白いですね。バイオの世界は、普通の工業製品のように最適化の世界ではなく、何を試すか、試さないか、といった話になるので、人とAIが互いに発想しながら試していく、そんな進め方が重要だと考えています。

「おいしい」はデータ化できるか

伊藤:
さきほど「日本酒のデータをAIに入れていく」という話がありましたが、これまで人間の感覚で評価してきた味や香りといった要素は、AIでどのように扱っているのでしょうか。

鈴木さん:
私は、酒造りに関わっている年数が少ないこともあり、自分の舌をあまり信用していません(笑)。その代わり、徹底的にデータを取って、客観化するように努めています。例えば、ガスクロマトグラフ(成分分析装置)を使って日本酒の成分を解析したり、「プロファイルプリント」という分光分析器を使って、光の波長の変化から味を予測する試みをしたりしています。

伊藤:
そういう分析装置を活用することで、杜氏の「勘と経験」がだんだん定量化されていくわけですね。

鈴木さん:
実は昨年、新潟県の酒造技術選手権で、津南醸造が1位になったんです。創業から30年あまりの歴史の浅い蔵ですが、長い伝統のある蔵と競い合う中でも優勝できました。もちろん人の技によるところが大きいと思いますが、伝統を尊重しつつ、サイエンスの力で再現性を高めていった結果、コンテストでも勝てる水準に達したのではないかと考えています。

伊藤:
酒造りとサイエンスが見事につながっていて、すごく興味深いです。風味など官能的なものって、真面目に考えすぎるとデジタル化が難しそうですが、AIがある意味無理やりつなげて解釈してくれると、意外とうまくいくのかなと感じました。

鈴木さん:
ただ、データやサイエンスの活用をどんどん推し進めていくと、悲しくなる人もいるかもしれません。酒造りは神秘的なままのほうがいいと考える人もいるでしょうから。

伊藤:
日本酒は、伝統と勘と経験によって作られるべきだ、という考え方ですね。

鈴木さん:
同じように伝統を重んじる世界として、将棋がありますが、AIの影響で若い棋士が台頭するなど、大きな変化がありました。日本酒の場合、将棋のように勝敗が客観的に決まるわけではなく、最終的な評価は人間の主観による世界なので、すぐに革新が起きるわけではないでしょう。でも、サイエンスやテクノロジーの力を借りたほうが、人が心の底で望んでいるものを提供しやすいのではないかと思います。

──ミドリムシ博士が挑む「スマート醸造」は、杜氏の勘と経験をデータに置き換え、AIを使って酒を醸すという新しい実践でした。では、酒造りの現場だけでなく、バイオものづくりや市場づくりの世界で、AIはどこまで力を発揮できるのでしょうか。次回は「作るAI」と「売るAI」をテーマに、実験室のシミュレーションからマーケティング戦略まで広がる二人の議論を紹介します。

画像: 津南醸造の酒蔵に並ぶ巨大な日本酒の貯蔵タンク

津南醸造の酒蔵に並ぶ巨大な日本酒の貯蔵タンク

取材協力/津南醸造株式会社

画像1: [Vol.1] 酒蔵から始まるバイオとデジタルの融合|微生物×AIの現在地と可能性

鈴木 健吾
津南醸造株式会社代表取締役

東京⼤学農学部の修⼠課程在籍中に株式会社ユーグレナを共同創業し、微細藻類ユーグレナ(ミドリムシ)の⾷⽤屋外⼤量培養に世界で初めて成功。同社の研究開発担当役員の傍ら、理化学研究所 微細藻類⽣産制御技術研究チームのチームリーダーや複数の⼤学の客員教授を兼任。2023年12⽉、新潟県の津南醸造の代表取締役に就任。「⽣成AIを⽤いたスマート醸造」を掲げ、伝統的な発酵産業に最新のデジタル技術を導⼊する挑戦をしている。博士(農学、医学)

画像2: [Vol.1] 酒蔵から始まるバイオとデジタルの融合|微生物×AIの現在地と可能性

伊藤 潔人
⽇⽴製作所 研究開発グループ Next Research 合成バイオプロジェクト リーダ主任研究員

東京⼤学⼤学院 新領域創成科学研究科の博⼠課程で脳型コンピュータを研究後、2007年に⽇⽴製作所に⼊社。同社研究部⾨で、組込みコンピューティングや知能化ロボット、⼈⼯知能などに関する研究開発に従事。近年は合成バイオ技術への応用に取り組んでおり、AI/デジタル技術を駆使した多領域融合型の研究を展開している。博⼠(科学)

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