[Vol.1] 酒蔵から始まるバイオとデジタルの融合
[Vol.2] 「作るAI」と「売るAI」でひらく新市場
[Vol.3]「ワクワクする方向」へ科学を使う

鈴木さんは酒造会社の経営と並行して、ミドリムシの研究を続けている
未知の領域が広がる微生物の世界
伊藤:
今後の「微生物×AI」の可能性について、鈴木さんはどう考えていますか。
鈴木さん:
酒造りという観点でいうと、複数の微生物(麹と酵母)を同時に扱う日本酒よりも、酵母だけを使って発酵させるワインやビールのほうが製造プロセスが単純なので、AIを活用した醸造が簡単にできるのではないかと思います。そして、微生物の多くは単細胞生物ですが、その代謝の仕組みが再現できるようになったら、いよいよ次は多細胞生物へと期待が広がります。最終的には、人間の細胞や、あるいは池の水全体、森林全体といった「環境」そのものを再現できるようになるはずです。
伊藤:
私の場合、そこまで壮大な話ではないのですが、もっと微生物が身近なものになればいいなと思っています。例えば、日本酒が麹と酵母の連携で作られていることも、意外と知らない人が多いような気がします。私自身もバイオ領域に携わるようになったのはここ数年ですが、微生物がもつさまざまな可能性を、もっと多くの人が活用できるようにならないかと思います。生物学というと一見難しそうですが、AIが専門的な知識を翻訳してくれて、いまよりも多くの人たちを微生物の世界とつなげてくれると楽しそうですよね。
鈴木さん:
微生物の世界は、まだ未解明のことが多いですからね。細胞1個のレベルから、それが多数集まった場合に、細胞同士がどのように相互に影響を与え合うのかなど、わからないことがたくさんあります。
伊藤:
私も、微生物の領域は確かめられていないことが多いからこそ、研究のやりがいを感じています。未解明のことがサイエンスとしてどんどん明らかになり、それがテクノロジーによって産業に落とし込まれる、そうしたことが同時並行で進んでいく世界なんだと。
鈴木さん:
研究といえば、私はミドリムシの研究を20年以上やっていますが、昨年、PNAS(米国科学アカデミー発行の学術誌)に、共同研究者として関わった論文が採択されました※。ミドリムシのスプライシング(細胞核内で起きる遺伝情報の整理工程)のパターンが、他の生物とかなり違うということが明らかになったというものです。
伊藤:
興味深い研究成果ですね。
鈴木さん:
この研究成果を産業にどう活かすかというのは、すぐに答えが見つかるわけではないのですが、このようなサイエンスの領域での貢献があると、アカデミアからの協力も得られやすいんですよね。自然界の真理を追究するような研究も、酒蔵の経営と並行して続けていければと考えています。
伊藤:
二足のわらじとして、経営と研究を続けていくのは大変なことだと推察します。一方、私は研究者としてはテクノロジー側の人間ですが、バイオという未解明の部分が多い分野の産業化を考えるには、いまのテクノロジーだけでは全然足りなくて、そこを切り開くための土台となるサイエンスが必要だ、と改めて感じています。

日本酒は何段階ものプロセスを経て造られる
酒粕からダイヤモンドを作る?
鈴木さん:
サイエンスの力を生かせる未来に向けて、私が意識しているのは「サイエンス・ナラティブ」です。日本語でいうと「科学の物語」あるいは「科学的な語り」。酒蔵の魅力を科学的なストーリーにして伝えられないか、と考えています。
伊藤:
具体的には、どんなストーリーでしょう?
鈴木さん:
例えば、いま「酒粕からダイヤモンドを作る」というプロジェクトを進めています。
伊藤:
ダイヤモンドですか!?
鈴木さん:
酒粕を電気炉で焼いて炭素の塊にして、そこから人工ダイヤモンドを作る。ご存じのように、ダイヤモンドは炭素でできているので、酒粕からダイヤモンドを作ることは可能です。別に酒粕から作る必然性はないんですが、「酒の搾りかすが宝石になる」というストーリーがあると、興味を持つ人は多いでしょう。普段は廃棄されるものから高付加価値のものが再生産されるという意味で、もっとバイオケミカルの価値に興味をもってくれる人が増えるのではないか、と。
伊藤:
技術的には炭素があればできる話ですが、単なる再利用ではなく高付加価値化されるという文脈が加わると、全く違う魅力が生まれますね。
鈴木さん:
ほかにも、酒粕をスキャフォールド(細胞培養のため足場)にして培養肉を作ることも検討しています。もし実現すれば「ご当地培養肉」ができるかもしれない。津南の米と水で酒を造り、その過程で生まれた酒粕を使って培養肉を育てる。そうやって地域の中で資源が循環し、高付加価値なものが生まれる「新しいバイオ産業」のモデルを作りたいんです。
伊藤:
多くの人は「そんなことできるの?」と驚くかもしれませんが、どれもバイオのポテンシャルとして原理的に可能な話ですね。鈴木さんの発想を通じて、AIやバイオ技術の使い道は、まさに人間の想像力しだいで無限に広がる可能性があると改めて感じます。私が所属する研究開発グループのNext Researchという部署では、「未来の社会はこうなるだろう」というビジョンを描き、それをもとにバックキャスティング(逆算思考)の手法を活用して研究テーマに取り組んでいます。この考え方や発想は、私たちの研究にも多くのヒントや着想をあたえてくれそうだと感じました。

蒸した米に麹菌の胞子(種麹)をふりかけ、菌を繁殖させるための特別な部屋「麹室(こうじむろ)」
「2040年、月面酒蔵」という目標
鈴木さん:
私の個人的なロードマップを紹介すると、2040年には「月面に酒蔵を作る」という目標を立てています。ISS(国際宇宙ステーション)などの実験を経て、将来は月で酒を造れるようにしたいな、と。
伊藤:
月面ですか。物理的には酒蔵を造ることが可能だと思いますが、味はどうなんでしょう?
鈴木さん:
たぶん、おいしくない酒ができると思います(笑)。地球よりも重力が小さいので対流が起こりづらく、酵母への酸素の供給がしにくい可能性があります。相当しっかりかき混ぜないと地球と同じ味にはならないでしょう。でも、「月で造った」というだけで、味なんて関係なく飲みたくなるじゃないですか。そういう「ワクワクする未来」を提示することが、サイエンス・ナラティブなのではないかと思います。
伊藤:
その通りですね。私もワクワクする好奇心を起点にして、新しいバイオの研究を進めていきたいと思っています。「社会がいまよりも良くなる」というワクワク感がある方向にテクノロジーを使いたい。その先導役として、サイエンスが新しい世界を切り拓いてくれるのではないかと期待しています。

二人の対談は、日本酒造りが繁忙期を迎える冬季に実施され
取材協力/津南醸造株式会社
![画像1: [Vol.3]「ワクワクする方向」へ科学を使う|微生物×AIの現在地と可能性](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/05/19/500468febb47ccb3f5ab498a815824314ca7e22c.jpg)
鈴木 健吾
津南醸造株式会社代表取締役
東京⼤学農学部の修⼠課程在籍中に株式会社ユーグレナを共同創業し、微細藻類ユーグレナ(ミドリムシ)の⾷⽤屋外⼤量培養に世界で初めて成功。同社の研究開発担当役員の傍ら、理化学研究所 微細藻類⽣産制御技術研究チームのチームリーダーや複数の⼤学の客員教授を兼任。2023年12⽉、新潟県の津南醸造の代表取締役に就任。「⽣成AIを⽤いたスマート醸造」を掲げ、伝統的な発酵産業に最新のデジタル技術を導⼊する挑戦をしている。博士(農学、医学)
![画像2: [Vol.3]「ワクワクする方向」へ科学を使う|微生物×AIの現在地と可能性](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/05/19/7b3cf59115d925c904e2a9bc8d01a479f5b83cc2.jpg)
伊藤 潔人
⽇⽴製作所 研究開発グループ Next Research 合成バイオプロジェクト リーダ主任研究員
東京⼤学⼤学院 新領域創成科学研究科の博⼠課程で脳型コンピュータを研究後、2007年に⽇⽴製作所に⼊社。同社研究部⾨で、組込みコンピューティングや知能化ロボット、⼈⼯知能などに関する研究開発に従事。近年は合成バイオ技術への応用に取り組んでおり、AI/デジタル技術を駆使した多領域融合型の研究を展開している。博⼠(科学)
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