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AIはいま、膨大なデータと計算資源を投じて、ひたすら巨大化する道を進んでいます。でも、私たちの脳は、それほど大がかりなつくりをしていません。Vol.2のテーマは、AIの進化を考える中で、賢さとは違うもう一つの問い——「AIをどう育てるか」です。脳と情報通信の融合をテーマとした研究を率いる北澤茂さん、赤ちゃんの知能発達の過程からロボットやAI研究を進める長井志江さん、人間理解を軸にしたBrain-inspired AIの研究に取り組む日立製作所の小幡亜希子が語り合いました。

[Vol.1] AIに足りない「腹が立つ」感覚
[Vol.2] AIの「育て方」が心をつくる

画像: 人間の脳とAIの両方に関心を持って、研究してきた北澤さん

人間の脳とAIの両方に関心を持って、研究してきた北澤さん

巨大化しないAIという選択

小幡:
フィジカルAIのその先、次のAIをどうつくるかは、いま世界中の研究者が考えているところだと思います。私が少し前、文部科学省に出向していたときも、科学技術の目標として「人間性を理解する」「人間中心で考える」という言葉なども出ていました。そういう点に日本ならではの強みが出せそうな気もするのですが、いかがでしょうか。

北澤さん:
正直にいうと、そこは日本にこだわらなくていいと思っています。欧米にも中国にも、優秀な若い人はたくさんいます。国籍を気にせず、力のある人が世界に貢献できることがいいと考えています。

ただ一方で、若い人が高性能なコンピュータを気軽に使える環境が十分に整っているかといえば、日本にはまだ課題があるのかもしれません。

長井さん:
私が研究しているロボットについては、日本のお家芸というイメージがありますから、それを守らなければという思いが少なからずあります。なかでも、人間を理解するためのロボット研究は、まだ日本の強みがあるのではないかと思います。ヨーロッパでは予算の方針が変わり、工場で正確に動くロボットに重点が移りました。

北澤さん:
AIの学習という点では、巨大IT企業のように、膨大な計算資源に物を言わせてコンピュータで力任せに学習させるやり方に太刀打ちするのは難しいでしょう。そこで発想を変えて、脳の情報処理は何層になっているのかを数えてみたんです。

小幡:
何層だったのでしょうか。

北澤さん:
12層です。たった12層で、私たちはこうして話をして、心をもち、生きている。日本は昔から、ものを小さくまとめるのが得意でしょう。ならば、心も含めて12層に全部詰め込む。そう決めれば、巨大なコンピュータはいりません。

小幡:
人を超えることは、あえてめざさないのですね。人らしいAIをつくろうとすると、結局は「人とは何か」という問いに向き合わざるを得ないのだと思います。人の内面や感情、身体との関わり、そして心を生み出す脳の仕組みが分からなければ、本当の意味で人に寄り添うAIは生まれない。その意味で、AI開発と脳科学を結びつける象徴的な取り組みだと言えそうですね。

北澤さん:
そうです。いまのAIは何を聞いても答えてくれますが、そんな“生き字引”のような人は実際にはいません。だから、人並みに間違えるし、人程度のことしかできないけれど、人と同じ心はちゃんと持っている。そういうAIをつくるというのが、私たちCiNetの進む道ではないかと思っています。

画像: AIの「育て方」をめぐって、意見が交わされた

AIの「育て方」をめぐって、意見が交わされた

AIの育ち方は、人とどう違うのか

長井さん:
いまの「人並み」という話に関連して、生成AIの大規模言語モデル(LLM)を分析した研究で、新しいバージョンになるほど、多くの人の言葉づかいから離れていくという報告があります。少し前のバージョンの方が、むしろ一般的な言葉の使い方に近いという結果も出ている。

北澤さん:
そうだと思いますね。人間も、どこかで詰め込み教育を経験しますが、生まれてから幼稚園に入るくらいまでは、比較的のびのびと育つ。AIとは違う育ち方です。

小幡:
人の場合は、生まれる前から成長が始まっていますよね。

北澤さん:
そうなんです。お腹の中にいるときから音は聞こえているし、自分の身体や周囲に触れる感覚もある。手足も動かしている。外から刺激を受け取り、自分からも働きかける。生まれる前から、そうしたやりとりがあります。

AIにも、こうしたデータを全部入れていけば、かなり人に近づくはずです。ところが、いまのAIは生まれた直後から、大量の穴埋め問題を毎日ひたすら解かされている。あれは、なかなか過酷だと思いますよ。

長井さん:
かなりAIに寄り添って考えていますね(笑)

北澤さん:
100万枚の写真を見せられて、正解が出るまで寝かせてもらえない。気の毒です。

小幡:
育て方を変えれば、違うAIになるということでしょうか。

北澤さん:
そこは、実際に試してみたことがあります。

画像: 人間の味覚と感情に関する研究を通して、脳と身体の関係を考えたことがあるという小幡

人間の味覚と感情に関する研究を通して、脳と身体の関係を考えたことがあるという小幡

正解を教えない方が、人に近づいた

北澤さん:
人の脳と層の数が同じくらいの12層のAIで、実験をしたことがあります。片方は、正解をつけた100万枚の写真で、答えを当てるように訓練したもの。もう片方は、正解を一切教えず、ただたくさんの写真を見せて、自分で情報を拾わせたものです。

小幡:
詰め込み型と、のびのび型ですね。結果はどうでしたか。

北澤さん:
同じ映像を見せて、人の目の動きと、AIが注目した場所を調べました。すると、のびのび型の方は、顔という情報など一度も教えていないのに、ちゃんと主人公の顔に注目しました。一般的な大人の視線の動きと、ほとんど見分けがつかないほどでした。

小幡:
教えていないのに、人と同じところを見たということですね。

北澤さん:
一方、詰め込み型は、まわりのどうでもいいところに注目してしまう。多くの人間とは違う見方をするようになるんですね。

長井さん:
のびのび型は、写真とやりとりをしているわけではないですよね。それなのに人の顔を見るというのが、とても興味深いです。

北澤さん:
たくさん見せたからだと思います。学習に使った写真は人が撮ったものなので、半分くらいには顔が写っている。顔が隅にあって壁が真ん中、なんて撮り方はしませんよね。人が世界をどう切り取るかが、写真そのものに染み込んでいる。だから、正解を教えなくても、人らしい見方になるわけです。

長井さん:
AIも人のように育つ、ということですね。

画像: 長井さんは、人間と同じように設計されたロボットを通じて、乳幼児が認知機能をどう発達させていくのかを研究している

長井さんは、人間と同じように設計されたロボットを通じて、乳幼児が認知機能をどう発達させていくのかを研究している

ぼやけた視界が「学び」を助ける

小幡:
学習するデータという観点では、人の育ち方はどのように捉えられるでしょうか。

長井さん:
人間の赤ちゃんは最初、ベッドに寝ていて、天井と照明しか見えません。でも、ときどきお父さんやお母さんが顔をのぞかせて、世界に変化が生まれます。つまり、まわりの環境が学習データを生み出しているといえます。

北澤さん:
赤ちゃんはそのうちハイハイできるようになって、動きながら世界がどうなっているのかを学習していくんですよね。

小幡:
そういう育て方を、AIでも試しているのでしょうか。

長井さん:
私の博士論文が、まさにそこから始まっています。生まれたばかりの赤ちゃんは、視界がぼやけています。その状態から少しずつはっきり見えるようになると、学習がどう変わるかを調べました。

小幡:
ぼやけている状態から、学習が始まるんですね。

長井さん:
視界がぼやけていると、大事なところしか見えない。顔の細かな違いもわからないので、まず「これは顔だ」という一番大事なことを覚えられる。はっきり見えるようになってから、細かいことを覚えていくんです。

小幡:
制約が、かえって助けになる、と。

長井さん:
ロボットでも同じです。見えるものが限られていて、選択肢が少なければ、学ぶのは簡単ですよね。最初は、運動機能や感覚機能にあえて制限を設けた方が、学習はうまく進む。私が研究している「認知発達ロボティクス」の分野では、昔から使われてきた考え方です。

小幡:
たくさん与えることが、必ずしも正解ではないんですね。育つ順番と、そのときに何を与えるか。そこにAIの心の芽があるとしたら、いま私たちが使っているAIは、どのように育てられてきたのかが気になります。

──育て方しだいで、AIは人に近づいていく。ならば、いま私たちが使っているAIは、どのように育てられたのでしょうか。次回は「人への寄り添い方の設計」という課題を考えます。

画像: 脳科学とロボット工学が交わる領域で「次世代のAI」の姿を考えた

脳科学とロボット工学が交わる領域で「次世代のAI」の姿を考えた

取材協力/KAIDO books & coffee

画像1: [Vol.2] AIの「育て方」が心をつくる|人に寄り添うAIはどう生まれるか

北澤 茂
脳情報通信融合研究センター(CiNet)研究センター長/大阪大学教授

専門は神経科学、認知神経科学。大阪大学大学院生命機能研究科および医学系研究科で教授を務めるかたわら、CiNetのセンター長として、「見て、聞いて、感じて、思いやることができる心」を持ったAIの実現を目標に掲げ、脳と情報通信を融合させた研究を率いる。人の脳の仕組みに学び、大規模な計算資源に頼らない知能のあり方を探究している。博士(医学)

画像2: [Vol.2] AIの「育て方」が心をつくる|人に寄り添うAIはどう生まれるか

長井 志江
東京大学 ニューロインテリジェンス国際研究機構 特任教授

専門は認知発達ロボティクス。赤ちゃんが世界を認識し、知能を発達させていく過程をロボットやAIの上で再現することで、その仕組みを理解する研究に取り組む。近年は、心拍や呼吸といった身体の内側の感覚が、感情や他者との共感をどう立ち上げるかに注目。発達障害の当事者と協働し、一人ひとり異なる認知のあり方を計算モデルで再現する研究も進めている。博士(工学)

画像3: [Vol.2] AIの「育て方」が心をつくる|人に寄り添うAIはどう生まれるか

小幡 亜希子
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D システムイノベーションセンタ ビジネスアーキテクチャ研究部 主任研究員

脳・生体計測技術の研究開発を経て、ヘルスケア分野の研究に従事。2023年5月から2025年6月まで文部科学省研究振興局に出向し、科学技術の動向分析にもとづく事業の設計に携わる。現在は日立製作所で、人間理解を軸にした「Brain-inspired AI」の研究構想を推進している。博士(医学)

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