プログラム1「なぜ私たちは問いからはじめるのか?」
プログラム2「目的工学の観点から社会イノベーションを紐解く」
プログラム3「サステナビリティのための問い」
サステナビリティの実現に向け、「問い」からアプローチする
はじめまして。日立製作所研究開発グループの鈴木朋子です。
日立製作所研究開発グループは、2020年に環境プロジェクトを新設しました。コンセプトは「サステナブルな未来への、公正で多元的なトランジション 」です。誰も取り残さない、公正なソサエタルイノベーションをめざしています。
社会システムの移行を実現するために、私たちはまず「問い」を重要なアプローチと考えています。
たとえば、サステナブルな社会とは具体的にどのようなものでしょうか? 将来の人々の価値観や生活様式は、どのように変化していくのでしょうか? そして、社会システムの移行はどのように行われるべきなのでしょうか? 少し考えただけで、さまざまな問いが生まれてきます。
問いから社会ビジョンを描き、バックキャスティングでイノベーションを協創する
このように、サステナブルな未来を実現するための問いがあり、また、日立が独自にまとめている、生活者の価値観変化に関するリサーチがあります。こうした対話やリサーチから大前提となる新たな問いを立て、それに応えるような社会ビジョンを具体化していこうと考えています。
そして、具体化した社会ビジョンからバックキャストしながら、築きたい社会と現在の社会システムとの間にあるバリアを乗り越え得るイノベーションを、社内外のステークホルダーと協創していこうとしています。
これが、問いからはじめるバックキャスティングのアプローチです。このアプローチの要となる「生活者の価値観変化のきざし」と「サステナブルな未来を実現するための問い」について、もう少し詳しく見ていきましょう。
生活者の価値観変化のきざしから問いを立てる
日立には、2010年から行っている未来洞察に関する研究があります。
例えば、2010年の「Beyond Green」。私たちは、環境教育を受けた環境ネイティブの台頭による社会の変化をきざしとして捉えました。このきざしからは、近年のグレタ・トゥーンベリ氏による「Friday for Future」を想起することができます。
また、同じく2010年の「DIY Society」では、社会インフラの開発や運用に対し、市民自身が部分的に参加するようになる、と洞察しています。こちらも、千葉市で実践している市民主導の不具合レポーティングシステムや、欧米における地域交通への市民参加を想起することができます。
社会システムは、生活者の価値観や生活様式を前提としています。未来の生活者の価値観や生活様式を想像することで、その時に求められるであろう社会システムの前提を問うことができるのです。
さて、世界が脱炭素化をめざす2050年に、人々の価値観はどのように変化しているでしょうか。起こり得る価値観変化の可能性を問いとして挙げてみます。
もしも
- 人々が日常生活における炭素排出ですら、まるで有毒ガスのように嫌がる人が多くなったら?
- 経済価値よりも環境価値を重んじる人が多くなったら?
- 定住ではなく非定住で暮らす人が多くなったら?
- 温帯地域が熱帯地域のように不安定な気候になることで、温帯で暮らしていた人々が熱帯のような暮らしをするようになったら?
人々の価値観や行動様式がこのように変わったら、どんな社会システムが求められるようになるでしょうか。
これらは一つの可能性に過ぎませんが、このように、私たち自身の前提を取り払ってみることが、今後のVUCA時代には大事になっていくのではないでしょうか。
サステナブルな未来に向けた9つのトランジション
次に、サステナブルな未来を実現するための問いについて具体的な取り組みをご紹介します。デザインファームTakramのメンバーとともに行った活動です。
この活動では、NPOや国際研究機関、社会インフラに関わる著名な企業など、国際的な先駆的組織の有識者や個人との対話を通じ、サステナブルな未来へのトランジションのビジョンを模索しました。
9つのトランジションを示したwebサイトには、それぞれのトランジションを象徴するダイヤグラムを示しています。
こちらのダイアグラムには、築くべき社会システムに移行する際に想定されるバリアと、それを回避するためのパスウェイの一部が示されています。今後はこのような国際的なリサーチ結果を活用しながら、多様なステークホルダーとともに、課題解決に向けた活動に生かしていきたいと考えています。
ここからは、Takramの牛込陽介さんにバトンタッチし、サステナビリティに関するトランジションに向けた問いのあり方について、日立との実践事例を中心にご紹介します。
Takramの「振り子の思想」で、問いと解を行き来する
Takramの牛込陽介です。
Takramはいろいろな組織や人々のパートナーとして、面白いプロダクトやサービス、ブランド、アイディアをつくっています。異なる分野のさまざまなプロジェクトを行き来する中で大切にしている、「振り子の思想」というマインドセットがあります。
複雑な課題を考える場合、異なる考え方や分野の知見をどう扱うかという問題があります。私たちは、別々のものを統合してひとつにするのではなく、違うものの間を常に揺れ動くアプローチを取っています。まさに振り子のような動きをするわけです。未来のビジョンやトランジションを考える時も、こういった振り子のようなものが存在していて、「答えを与えること」と「問いを立てること」の間を行ったり来たりしているのだと思います。
2020年、未来のために問いを立てる取り組みを、日立さんと行いました。「Hitachi New Ecologies Research|Takram(新しい環境観に関するリサーチ)」プロジェクトです。
いま、何をするにも気候や環境問題のことを考えずにはいられません。環境危機は、時代を包み込む空気感になりつつあります。
世の中には、そういう空気感に敏感な人たちがいます。クリエイターやアーティスト、デザイナー、エンジニアと呼ばれる人たちです。そこで、彼らの環境観が活動にどんな影響を与えているのかをリサーチしました。
まず始めに私たちは大きな問いをふたつ立てました。ひとつは「2020年代における環境思想が、クリエイション、アプローチ、プロセスにどんな影響を与えるのか」。もうひとつは、「そこから導き出される日立のクリエイティビティはどういうものか」。このリサーチ結果によって見えてきたクリエイターたちの新たな環境観について、ご紹介します。
いくつもの「いま」から未来を描く
ひとつめは、「多元的な未来」に対する意識です。
未来の洞察についてのアクティビティで使われる図のひとつに、「Futures cone」があります。
まず、時間を横軸で取ります。左端が「今」、右が「未来」です。コーンの中心から外側に向かって、「Probable」「Plausible」「Possible」の3つの未来像が配置されています。そこにさまざまなシナリオを投げかけ、議論を重ねていくことで、「Preferable(望ましい)な未来」のあり方を見つけ出すフレームワークです。従来よく使われてきたものですが、これではむしろ未来へのシナリオを制限してしまうのではないかとの問題意識が、いま、多くのクリエイターから発せられています。
それは、2020年のCOVID-19パンデミックにおいて、人々の置かれた状況によって体験が大きく異なるという事実を目の当たりにしたからだと考えられます。
たとえば、ある人は緊急事態宣言によって増えた余暇の時間を楽しんでいました。その一方で、フロントラインで働きながら、人の死を悼む時間すら持てない人もいました。ある人の夢や理想が、別の人の悪夢になる可能性がある。そのことが、はっきり理解されるようになりました。
Futures coneの図の左端には、「今日」を示すひとつの点があります。「その狭いひとつの点に全員が立っているという前提で、未来をキャストしてしまっていいのだろうか?」。いま、そんな問いが浮かんできているのです。
そこで私たちが新たにつくったフレームワークが、Many worlds futures coneです。
これまで「Now」「Today」と一点で描かれていたものが、地域や文化に根ざした多くの「いま」として、図の真ん中に描かれています。そして、それぞれの「いま」から照らされる未来が、ところどころで重なり合いながら共存していきます。過去についても同様です。それぞれの文化やロケーションを元にした過去が、その文化の中で創造できる未来を決めていく。そんな可能性が見えてきます。
New Ecologies Researchでは、こういった新しく観測されたアプローチを記述するとともに、それを日立や他のイノベーションプロジェクトでどう役立てることができるか、という問いを立てました。
- いま携わっているプロジェクトに関して、まったく違う世界像を描くとしたら?
- どんな世界像を描くことで「より好ましい」未来が明らかになるだろうか?
- 自分は、ステークホルダーの未来の選択肢を広げる/狭めることにどう貢献しているだろうか?
- いま携わっているプロジェクトは、ほかの地域のコミュニティの視点ではどう見えるだろうか?
今後はこのような問いを立てることが重要になると考えています。
現場に対する理解とコミットを重視する
次に「Staying with the site (現場に寄り添う)」意識です。
多くのクリエイターたちが、プロジェクトの舞台になる土地やコミュニティに対し、より深い理解とコミットを重視するようになっています。中でも重要なのは、「プロジェクトはまず過去を知ることから始まる」という指摘です。プロジェクトのスタート地点が、過去に伸びていくわけです。
さらに、「始まり」と同様、「完了」に対する意識や考え方も変わる必要があると指摘されています。
たとえば、プロダクトのCO2排出量について考えてみましょう。プロダクトの製造や輸送ではなく、使用フェーズにおける排出量が全体の80%を占めると言われています。作って終わりではなく、その先も見ていく必要があるのです。
プロジェクトのスタートは過去に伸びていき、プロジェクトの完了も未来に伸びていく。そのグラデーションを認識しながら現場に寄り添うことが重要だと、レポートでは指摘しています。
そこから、このような問いが導き出されるでしょう。
- 本当の意味で土地を理解するためには、どんな知識が必要だろう?
- プロジェクトが行われた土地の共同体の歴史について、これまでに調べたことがあるだろうか?
- プロジェクトが完成したあとの進展(または衰退)を見守り続けるためには、どんな計画が必要だろうか?
- 長期的な変化を起こすためには、コミュニティの人々にはどんなビジョンが必要だろうか?
人間社会の先へと視点を伸ばす
最後に、「”非”人間中心」、人間中心の考え方からの脱却についてご紹介します。
人間は地球に暮らす存在の一部です。私たちは、動物や植物とともにひとつの星の上に住んでいることを思い出さなくてはいけません。それは、“非”人間の存在に思いを馳せることでもあります。
人間の視点から一歩外に出て、コミュニティや街、国の視点、更には人間社会以外の視点とにまで視点を伸ばしていく。そこまで行って始めて、「どういった人工物をつくるべきか」ということが議論できます。人間がすべての中心ではないという発想は、東洋や日本の思想の中には既に存在しています。従来の西洋的な考え方からの大きなシフトが起きているとも言えるでしょう。
そこから導き出される問いは、たとえばこのようなものになるはずです。
- プロジェクトにおける「人間以外のステークホルダー」は誰だろう?
- 遠くの視点と近くの視点を行ったり来たりするために、プロジェクトにおいてどんなプロセスを取り入れるべきだろうか?
- 日本企業だからこそ世界に提供できる視点や価値はなんだろう?
「New Ecologies Research」から見えた、3つの新しい環境観をご紹介しました。今後、日立さんのイニシアティブがどんどん発展し、実際のプロジェクトにおいて今回ご紹介した内容が生かされていくことが楽しみです。
牛込陽介
Takram Londonディレクター、クリエイティヴ・テクノロジスト
新しいテクノロジーのもつ意味や可能性への理解を助け、未来についてより確かな意思決定を行っていくためのデザイン活動を行っている。テクノロジー・人・地球環境との間で起こる出来事に焦点を当てたプロジェクトに数多く携わりながら、リサーチや未来コンセプトの構築、プロトタイプを通したビジョンの表現、インタラクションデザインなどに取り組んでいる。2013年Royal College of Art (MA Design Interactions) 修了。
鈴木 朋子
日立製作所 研究開発グループ 技師長(Corporate Chief Researcher) / 環境プロジェクトリーダー(Project Leader, Environment Project PJ)
1992年日立研究所入社。入社以来、水素製造システム、廃棄物発電システム、バラスト水浄化システム等、一貫して脱炭素・高度循環・自然共生社会の実現に向けたシステム開発に従事。2018年からは、顧客課題を起点とした協創型事業開発において事業拡大シナリオを描くビジネスエンジニアリング領域を立ち上げ、現在は、社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業化を推進する環境プロジェクトをリードする。
プログラム1「なぜ私たちは問いからはじめるのか?」
プログラム2「目的工学の観点から社会イノベーションを紐解く」
プログラム3「サステナビリティのための問い」
協創の森ウェビナーとは
日立製作所研究開発グループによるオンラインイベントシリーズ。日立の研究者やデザイナーとの対話を通じて、新しい協創スタイルの輪郭を内外の視点から浮き上がらせることで、みなさまを「問いからはじめるイノベーション」の世界へいざないます。