[Vol.1]「お客さまに向き合うこと」
[Vol.2]一歩進んで地域に入り、お客さまに寄り添って見つける社会課題
[Vol.3]「その人にとってのスマートシティ」とは何か
社外の風を取り入れ、社内起業を育てていく
丸山:
「フューチャー・デザイン・ラボ」では、イントレプレナー事業とオープンイノベーションのプラットフォーム、そしてビジョンの創生の三つに取り組んでいるそうですね。ビジョンから新しい事業の種を産み、さらにそれらを連続的に育てていくプラットフォームを作り、生態系を広げていくときに、現場で事業を実現していくことと仕組みづくりを併走させることの難しさを感じています。
東浦さん:
「フューチャー・デザイン・ラボ」では、「東急アクセラレートプログラム」から「東急アライアンスプラットフォーム」へリブランディングした、ベンチャーとの共創プログラムとイントレプレナーを支援する「社内起業家育成制度」、「世界が憧れる街づくり」に向かって組織変革を推進していく「東急2050プロジェクト」を擁しています。
ベンチャーとの共創プログラムは、一般的には経営に近い部署がはじめるものだと思いますが、弊社では私が開発の部署にいたときに部下と二人でスタートしました。そして、別部署で生まれた社内起業家育成制度と一緒に、より戦略的に進めた方がいいのではないかとなり、現在の形になりました。変化の激しい不確実な時代で、いくら優秀な人でも自分たちのリソースだけで新しいことを興すのは難しいと思います。
ビジョンメイキングのプロジェクトは、弊社の髙橋社長が想いをもって、社長直属プロジェクトとして立ち上げた経緯がありました。コロナ禍もあって、過去からのトレンドを追って左脳的に経営計画を作ることが行き詰まっていますので、未来志向で推進していくことを中心にやっています。
「フューチャー・デザイン・ラボ」はこんな流れから生まれたので、最初から三つのミッションがきちっと整理されていたわけではなかったんです。
丸山:
東浦さんがいらっしゃるからこその三つのミッションという感じがして、すごく調和がとれているようにお見受けします。
東浦さん:
新しいことに取り組むときに、「根拠はなんだ?」「数字を見せろ」「どのくらいスケールするんだ?」といった視点ももちろん必要なんですが、そんな環境だとなかなか社内起業家支援が生きてきません。まだ、この世にない市場の話をするのと、会社のために数字を整えることは、大きく違います。
そして今、全てがうまくいってるわけでもないんです。若手・中堅の人たちは、志があったり、熱いものをもっているんですが、やっぱり経験が足りない。他流試合を経験をしていないんです。彼らの提案を聞くと、ツッコミどころが満載です。それは経営企画的なツッコミではなくて、「お客さまをちゃんと見ていない」のです。今は、「一緒にやろうよ」と、意見を出し合いながら進めています。
「お客さまを見る」の本質とは? 沿線を支えてきたからできるMaaSの可能性
森:
不思議と「純粋にお客さまを見る」活動は続かなくなることが多くなりがちです。一回見て終わりだったり、数字を見ることにすり替わっていたり、単なるマーケット調査だったり。お話を聞いて、お客さまファーストを愚直にやり続けるしかないんだと感じています。
東浦さん:
弊社はグループ会社を含めていろんな事業を展開して、各社で顧客名簿を持っています。でも、本質的な「お客さまを見る」ことができていないと感じています。
例えば、Aさんというお客さまは、電車に乗り、百貨店やスーパーで買い物して、週末はスポーツクラブに行っていると。そして、お子さんは保育園に預けている。でも、その一人のAさんという人格の行動履歴やパーソナリティーはわかっていないんです。個人情報の問題をクリアすれば難しい話ではないのですが、まだできていません。
森:
部門をまたぐとなかなかうまくすり合わせられないのは、弊社も同じです。ある部署ではあまり有効ではないと考えられているデータも、別部署では非常に有効なことがあります。
東浦さん:
今、世間のMaaSの社会実験はほとんどうまくいっていないと思います。コミュニティは作れるし、アプリも作れるけれども、マネタイズが見えてこない。それで、補助金が枯渇すると社会実験は終わってしまう。
弊社もMaaSの専門部署がありますが、思うようには進んでいないのが実情です。個人の意見ですが、顧客をきちっと見ていれば、モビリティだけでマネタイズする必要はないと思うんです。そのお客さまがどれだけ我々のサービスを使ってくれているかのデータが取れていれば、そのロイヤリティに応じてMaaSの利用を無料で開放すればいいと思っているんです。
車の免許を返納しても、安心して気兼ねなく沿線の中を移動することができること、ラストワンマイルまで保証されていることを顧客に提示すればいいのではないでしょうか。そうすれば、東急沿線で暮らすことのメリットを感じ続けていただけると思うんです。これはMaaS専業の企業には取れないポジショニングです。お客さまのニーズをロイヤリティの状況に合わせてきちっとサービスで返していくことで、選んでいただける事業体になれると思います。その点では、現在はまだ、お客さまの実態をしっかり把握しきれていないというのが私のイメージです。
待っていないで出ていくための制度設計
東浦さん:
まだできていないのですが、地域の課題を見出す時間をもつ制度を社内に提案したいと思っているんです。勤務時間の何割かの時間を、課題発見したり地域に寄り添うために使っていいよ、という制度です。
開発部門ではこういったことをやることもありますが、交通事業や、一般管理などの部門ではやっていないんですよね。沿線でビジネスをさせていただいている会社なのだから、テーマやエリアは自分で選んでいいので全ての社員がこういったことをやるべきだと思っています。
地域住民からすると、東急の◯◯さんが、自分の空いた時間を使ってこの地域の課題解決に寄り添ってくれると感じてもらえるのではないでしょうか。必ずしも仕事につながらないかもしれませんが、社員、ひいては会社に対する信頼度が上がるし、地域でこんな課題があったんだと知ることができます。
事業子会社ができるのはいいのですが、最前線のお客さまに向き合ってる人の割合が少なくなってしまいます。とくに本社部門にいるとどうしても現場が遠くなります。社員でも、住んでいる沿線ではワーカーの顔から生活者の顔に戻るわけですが、生活者の時間を少し増やして地域に入り、それを会社にレポートしたらいいんじゃないかと思っております。
森:
本で調べたとか、ニュースに載っていたから「課題」として認識するのではなく、実際に研究者が現場に行って「困っている人がいたんです。だからこうしたいんです」という話だと、明らかに後者の方がいいですよね。
一言で「社会課題」といっても、具体的に何のことかわかりません。ちゃんと目で見て、耳で聞いて、肌で感じ、関心をもってお客さまを見つめることが大事なんですよね。
――次回は既成市街地でのスマート化に必要なこと、一市民にとってのスマートシティ、次の100年への取り組みに鍵となる第3の社会システムの可能性などについてお聞きします。
東浦 亮典
東急株式会社 沿線生活創造事業ユニット フューチャー・デザイン・ラボ管掌 執行役員
1985年 東京急行電鉄株式会社(現 東急株式会社)入社。自由が丘駅員、大井町線車掌研修を経て都市開発部門に配属。一時東急総合研究所出向を経て、復職後戦略事業部長、運営事業部長、渋谷開発事業部長などを歴任。現在は沿線生活創造事業ユニットおよびフューチャー・デザイン・ラボを管掌。著書「私鉄3.0」(ワニブックスPLUS新書)など。
森 正勝
研究開発グループ
社会イノベーション協創統括本部 統括本部長(General Manager,Global Center for Social Innovation)
1994年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事。 2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取り纏めた後、2018年に日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンター長に就任。
2020年より現職。
博士(情報工学)
丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
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