[Vol.1]社外だけでなく、社内に向かうブランディング
[Vol.2]「自分自身」が反映された発信が共感を生む
[Vol.3]強度のある設定で枠組みをデザインする
「アクションする姿勢」がブランドになる
丸山:
今日は永井さんに、企業におけるイノベーションのブランディングをテーマにお話を伺いたいと思っています。企業がブランディングをする意味や、最近の世の中は企業ブランディングをどう捉えているのかなど、詳しくお聞きしたいです。
永井さん:
ブランドという概念は、1990年中盤ぐらいから日本に入ってきました。当時、デビッド・アーカーなどの研究者のブランド・エクイティという本が話題になったのですが、シンボルやロゴなどに紐付いた非財務的な価値をどう定義し、どうマネージメントするか。これがブランディングの最初のステージでした。
もちろん、ブランドという概念が広がる以前にも、企業を象徴する「シンボルマーク」の重要性は社会に浸透していたと思います。70〜80年代はコーポレート・アイデンティティ(CI)など、一つに決めたコンセプトからシンボルやロゴを作り、展開も含めてプラットフォームとして集約していくことが重要視された時代でした。ただ、一時期、とりあえずどこもかしこもロゴマークだけを作ればいいといった表層的なブームになり、そこからは何も進展はなく、当時のブームは一気に収束していきました。
2000年代に入ると、セグメントされた対象にどんな価値を約束するかというアウター重視から、インナーでどんな価値を共有するか、どのようにして社内にブランドを浸透させるかが重要になりました。リーマンショックなどもあり、組織という土壌づくりをしっかりする必要があったことも関係あると思います。
そして、ここ10年くらいは、ブランドの価値を規定するだけでなく企業のあり方そのものや振る舞い、つまりアクションが重視されるようになりました。ソーシャルメディアなどの発達により、あらゆることが瞬時に世の中に共有される環境になったことも大きいと思います。周到にブランディングを行っても、企業の悪いニュースが出てしまうと、ブランド価値は下がってしまいます。つまり、言葉やイメージだけでの約束ではなく、具体的にどのようにアクションするかが問われるようになってきました。
またデジタルの世界ではサービスの質自体を向上させて、エンゲージメントを高めること自体がブランディングになってきています。直近では、パーパスなど企業の存在理由をはっきりさせるなど、組織文化の重要性も再び注目を集めています。「らしさ」を生み出すという本質は変わらなくても、フォーカスされる部分は少しずつ変化しています。
丸山:
企業としての「らしさ」を差別化し、印象をコントロールしてお客さまに伝えることの限界に達した後、お客さまとの関係の結び方、つまりアティチュードがポイントになるという考え方は、現在我々が取り組んでいるイノベーション研究の進め方に近いです。
森:
伝えることも大事ですが、伝わった結果、次のアクションとして何ができるのか、何をするのか。具体的なアクションを発信しないと何も先に進まないと、我々も感じていました。
社内に向けたブランディング。社外と社内の「際(きわ)」が解けていく
森:
外に向かうブランディングだけでなく、中に向かうブランディングに注目が集まっているというお話は、大変共感するところです。実は、日立製作所研究開発グループが開催している「協創の森ウェビナー」は、社内の人にもぜひ見てもらいたいという想いがあります。ウェビナーに参加した社内の人で「かみしめる会」という振り返りもやっているんです。外に向かって「こういうことをやります」と発信しても、中の人が「知らなかった」となったら意味がないですし、かと言って社内で全てコンセンサスをとってから外に向かうのでは、時間がかかり過ぎます。
永井さん:
どう伝えるかも大事ですが、何を伝えるかが大事だと思います。それぞれの活動は、最初は世の中に対する「問い」からはじまり、「私達はこう考えている。」「こういう世界をつくりたい」というところから始まりますよね。そこに共感する人は、社内の人かもしれないし、社外にもいるかもしれないわけです。今後の会社のあり方やプロジェクトなども、オープンにしていくことで社内や社外といった「際(きわ)」がどんどん解けていくのではないでしょうか。日立のような大企業の中ではきっとさまざまな制約もあって、ご苦労もされていると思いますが、「協創の森ウェビナー」は、とても意欲的な試みだと思います。
森:
大企業の場合、何かを発信するとき、どうしてもその会社を代表する立場になりがちです。ですが、もう少し個人を出してもいいのではないかと感じはじめています。個人の視点から世の中をどう捉えるか、それを伝えることにも大切な意味があるのではないかと考えています。
コロナ禍の「見つめ直し」。生活の中に仕事が入ってきた
永井さん:
「強い思いが乗せられるか」が伝わっていく上では重要です。意思のないこと、意味のないことをいくら発信しても、誰も関心を持ってくれません。その時に抽象的な第三者ではなく、個人が意思を持って発信することも有効な方法だと思います。それと同時に組織全体がどこに向かっていくかを示すことも大事です。個々人がやりたいことが会社や組織の向かっていく方向性と同じベクトルにあることが、全体を伝える時には大切になります。コミュニケーションの視点の話ではありますが、組織文化という点でも当然重要です。特に、コロナ禍はさまざまなことを変えました。リモートワークなどで余白の時間ができて、「そもそも何のために仕事をしているのか」という課題にみんなが直面したと思います。そのときにどれだけ会社のパーパスや組織の目的と自分のやりたいことが擦り合っているかはとても今日的な課題です。
丸山:
以前、「働く仕組みと空間をつくるマガジン[ワークサイト]」編集長の山下さんにLinking Societyでお話を伺った際に、「オフィスでのフィジカルな接点が少なくなり、働く時間のほとんどがパソコンのディスプレイに向かう状況になったとき、パソコンから見聞きするものが全てになってしまう。その環境でパーパスが語れていなければ、人は会社から離れていく」といったことをおっしゃっていたんです。コロナ禍の働き方の変化、インパクトは非常に強いですよね。
永井さん:
組織の求心力の問題が出てきましたね。今まで物理的な空間と“通う”という行動の習慣があったから、なんとなく「共同幻想としての会社」がありましたが、今はパソコンの前に座っているだけですからさまざまなことが変わっていくと思います。
丸山:
多くの人財が流れ始めたのは、在宅勤務の期間に自分を見つめ直す時間が増えたからだと聞いたことがあります。もちろん、プラスの面もあると思います。改めて自分がやっていることの意味を考えたとき、会社にその拠り所がなければ、そこを離れるのはある意味当然ですよね。
永井さん:
これまでは、疑似家族的な「会社」の「働く」が真ん中にあって、サブで「プライベート」や「生活」があるというスタンスでしたよね。でも、コロナ禍では、生活の中に仕事が入ってきました。これまでと逆転したスタンスを経験したことのインパクトは、人の深層に入って、ゆっくりと地殻変動を起こしていくのではと思っています。
丸山:
今まで日本で起こり得なかった逆転現象が、コロナ禍によって起きたということですよね。
永井さん:
それによって、「組織文化」と「具体的なアクション」、つまり「インナーブランディング」と「アウターブランディング」の両方が重要になってきています。
個人の意思や個性の表明が「名刺」代わりになる
丸山:
博報堂では「センタードット」というWebメディアをもたれていますね。
永井さん:
博報堂の仕事もBtoBビジネスであり、普通は個人はあまり表には出ないです。もちろん一部のクリエイターがメディアから取材される場合もあるのですが、数えるほどでしかありません。そこで、個人にフォーカスして、その方法論や取り組みを少しでも世の中に出していこうというのが「センタードット」で行っていることです。
丸山:
やはり、社内の一人ひとりの考えを外に出すのが目的だったんですね。
永井さん:
一つの記事が名刺代わりになって、お客さんに「このWebページを見てください」と言えますし、お客さんから「この記事が面白かったから、この人の話が聞きたい」と連絡をいただくこともあるそうです。オープンイノベーションというほどの大きなことではないのですが、社員一人ひとりの考えをきちんと表に出すことは、この時代にとても大切なことだと思います。
丸山:
単にWebサイトのコンテンツとして成立しているものだと思っていたら、個人の態度表明という意味もあるのですね。
永井さん:
さまざまな専門性をもった人たちがいるので、それを外に発信することで、弊社のナレッジや技術も見せることができます。あまり表に出ることのなかった社員たちのモチベーションアップにもつながっていると聞いています。
丸山:
博報堂さんはメディアコミュニケーションを事業にされている企業としては珍しく、研究部門である「博報堂生活総合研究所」がありますよね。研究的な態度で仕事をされている方がたくさんいらっしゃるので、我々も読んでいてとても面白いです。個人の視点、その人の専門性から語っているからこそ、伝えられるものがあるのだと思います。
――次回はブランディング2.0としてのデザイン経営や関係性の大きな輪をつなぐために必要な共感について、また、コミュニケーション視点の事業開発について伺います。
永井 一史
アートディレクター/クリエイティブディレクター
株式会社HAKUHODO DESIGN代表取締役社長
多摩美術大学教授
TCL(Tama Art University Creative Leadership Program)エグゼクティブスーパーバイザー
1985年多摩美術大学美術学部卒業後、博報堂に入社。2003年、デザインによるブランディングの会社HAKUHODO DESIGNを設立。様々な企業・行政の経営改革支援や、事業、商品・サービスのブランディング、VIデザイン、プロジェクトデザインを手掛けている。
2015年から東京都「東京ブランド」クリエイティブディレクター、2015年から2017年までグッドデザイン賞審査委員長を務める。経済産業省・特許庁「産業競争力とデザインを考える研究会」委員も努めた。
クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリ、毎日デザイン賞など国内外受賞歴多数。著書・共著書に『幸せに向かうデザイン』、『エネルギー問題に効くデザイン』、『経営はデザインそのものである』、『博報堂デザインのブランディング』『これからのデザイン経営』など。
森 正勝
研究開発グループ
社会イノベーション協創統括本部 統括本部長(General Manager,Global Center for Social Innovation)
1994年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事。 2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取り纏めた後、2018年に日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンター長に就任。2020年より現職。
丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、イノベーション人財の教育にも従事。2020年より現職。
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