[Vol.1]世界の課題に挑戦する「スタートアップ」
[Vol.2]スタートアップと事業会社の相乗効果について
[Vol.3]社会課題を肌で感じているか
意外と難しいWIN-WINな関係づくり
丸山:
今回はスタートアップと事業会社の結びつきについてお伺いします。これまでスタートアップと事業会社は、受発注の関係であることが多かったと思いますが、現状はどうなのでしょう。
伊地知さん:
スタートアップと事業会社が良い関係を築くためには、両者の役割が明確にわかれていて、双方にとってWin-Winになる仕組みが大事です。スタートアップには、自分たちが実現したいサービスやビジネスモデルがあります。その延長線上に事業会社との協業が無いと、彼らにとっては遠回りしていることになってしまいます。最短ルートで自分たちが実現したいことを推進するために、資金調達をして次のステージに行く、というのが王道ですが、スタートアップのKPIは必ずしも売り上げではないケースもあります。例えば、ステージによって、資金調達よりも顧客獲得や販路拡大が大切になるタイミングもあります。売り上げが立つからといって遠回りをしてしまうのは、逆効果になります。
丸山:
事業会社側が、スタートアップとの協業をミスリード(mislead)しないためのポイントはありますか?
伊地知さん:
スタートアップは、自分たちがなにを実現したいのかを明確に理解して伝える必要がありますし、事業会社もそれを理解していただくことが大切です。その上で、双方とも無理をせずお互いにしっくりくる協業の仕方や方向性を模索することが大事です。
丸山:
「お互いのことをよく知り、共に実現したい方向性が定まっていない中で一緒に仕事をしても、円滑に進めることができない」ということですね。スタートアップと一緒に仕事をする企業として、船木さんはどのように思われますか。
船木:
ご指摘の通り、事業会社側が自分達の考えだけで進めようとしてもうまくいきません。最もやってはいけないことは、スタートアップに対して優越的な立場で接したり経験値の違いで物事を決め付けたりすることです。また、スタートアップは少人数で頑張っていることが多く、大企業のように何十人規模の水準を求めてもいけません。「同じ課題を解く仲間」としてパートナーシップを大切にしなければ、話を円滑に進めることは困難です。
丸山:
スタートアップの特性を課題解決に活かすための留意点はありますか。
船木:
理屈も大事ですが、共感が大事です。さらに言えば、出会いやタイミングが大切です。私どもがお付き合いさせていただいているスタートアップでは、1年前に注力していたことが、翌年にはガラリと変わっていることがあります。時代や環境変化を読み、すぐに自らの土俵を変えることができるスピード感がスタートアップの強みです。その機をとらえてタイミング良く一緒に課題解決できれば、良い結果に結びつくと思います。
ピボットの判断は起業家のセンスが問われる
丸山:
スタートアップ自体が企業の意向に合わせてピボット(方向転換や路線変更)する考え方もあると思いますが、その点はいかがですか。
伊地知さん:
私たちのプログラムに参加したスタートアップで、事業会社のリクエストに応えてピボットした結果、たった3人だった従業員が翌年は100人以上になるなど急成長したケースもあります。仕事に対するポリシーが変わらないことを前提にしたうえで、これまで担当したことがない案件を打診された時にピボットするかどうかの判断は、起業家のセンスにゆだねられると思います。
丸山:
時代の風を読みながらピボットを成功させる起業家もいるのですね。
伊地知さん:
そうだと思います。ただし、ピボットしているスタートアップを見ると、新しい案件にシフトしているようでありながら、それまでと同様の課題を解こうとしているケースを多く見受けます。起業した時のモチベーションが保てるのであれば、方法論にこだわる必要はないのかもしれません。
ビジネスの基本はコミュニケーションを重視すること
丸山:
事業会社の提案があったとき、すでに良好なコミュニケーションが構築できているからこそ、ビジョンが共有できるのでしょう。船木さんが日立評論で語った「ビジョンをスタートアップのみなさんと共有して、新しいエコシステムを作る仲間になる」というお話も、伊地知さんと共通する認識ですよね。
船木:
事業会社側は、ともすれば何ページにも及ぶようなNDAや契約書を準備してから物事を進めたいと考えがちです。しかし、価値観の共有や進め方の認識を合わせるためには、最初に十分なコミュニケーションをとることが必須です。もちろん節目ごとに契約は必要ですが、先に綿密な契約を交わして、それに従わせようとするのは感心しません。
丸山:
「契約の前にビジョン共有が必要だ」という話は、よく言われています。
伊地知さん:
そうです。もっとも私自身は「事業会社がスタートアップに合わせるべきだ」とは考えておらず、スタートアップ側も事業会社のしくみを理解するなど、歩み寄りが必要だと思っています。
これからは築き上げた信頼関係を継続できるシステムが必要
丸山:
双方の関係性を築き、同じ方向性を持ちながら提案に繋げていくことが大事だと思いますが、その点でのご見識があればお聞かせください。
伊地知さん:
確かにスタートアップと事業会社が共通認識を持つことで、協業の前からベストフレンドと呼びたくなるほど親しくなることもあります。業務提携や資本提携の話まで飛び出すと「同じ船に乗った仲間」という熱意が伝わってきます。しかし大手の事業会社は定期的に人事異動があるので、担当者が変わるごとにゼロから関係を構築しなくてはなりません。担当者が新しくなってもスムーズに話が進むようになれば、両社にとって有益だと思います。
丸山:
必ずしも新しい担当者が、前任者と同じベクトルや熱量を持っているとは限りませんからね。
船木:
人が変わることで関係が切れてしまうのを防ぐには、前任者がやってきたことをなぞるだけではなく、そもそもの目的に照らして両者に必要な業務を完遂するという一段上の目的意識が必要です。
伊地知さん:
担当者によっては、しっかりと引き継いでくれることがありますし、違う部署に移っても、後任者に進捗を確認してくれることもありますが、個人単位だけでは解決できない問題です。そのためにはスタートアップとの関係が引き継がれるような仕組みを組織の中で作っていくことが必要です。これまで築き上げた良い関係が継続できればスムーズに協業できるので、時間や金銭、労力など、あらゆる面で双方のメリットは大きいでしょう。
――次回は実際の社会課題と取り組みについてお聞きします。現状としてどのような社会課題があり、それに対してスタートアップと事業会社は、どのようなコミュニケーションのもと、合意形成し、課題解決にあたっているのでしょうか。実践的な取り組みをお伺いします。
伊地知 天
Creww株式会社 代表取締役 CEO
高校、大学を米国で過ごす。カリフォルニア州立大学在学中に起業したことをきっかけに、これまで国内外で合計4社の企業を設立した実績を有す。現在は、スタートアップ・エコシステムの構築やオープンイノベーションに関わる多くの組織やプロジェクトに参画している。
【加盟組織・プロジェクト】
・ (社)新経済連盟 幹事
・ (社)情報社会デザイン協会 理事
・ J-Startup 推薦委員(経産省 x JETRO x NEDO)
船木 謙一
日立製作所 コーポレートベンチャリング室 副室長(Deputy General Manager)
工場設計、生産システム、サプライチェーンマネジメントシステム、サービスデザインの研究を経て、協創を通じたオープンイノベーション戦略の策定実行に従事。これまでにコンピュータ機器向け生産管理システムや、半導体、機械保守部品、アパレル品向けSCMシステムなどを開発・適用。2019年より現職。
丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
[Vol.1]世界の課題に挑戦する「スタートアップ」
[Vol.2]スタートアップと事業会社の相乗効果について
[Vol.3]社会課題を肌で感じているか