[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
[Vol.4]デザインリサーチに注入された、人文社会科学の知
[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
[Vol.8]KPIのない社会課題へのチャレンジ
[Vol.9]ゴールを共有する二人の異なるアプローチ
篠原稔和氏の八面六臂
原:
私は、篠原さんの翻訳された著書である『ユーザビリティエンジニアリング原論』などをバイブルのように読んできた人間なので、今日お話しできるのを楽しみにしてきました。まず、篠原さんが現在どういう活動をされているのかを改めて教えてください。
篠原さん:
今は2つの組織を見ていまして、ひとつは自分で起業したソシオメディア株式会社です。もうひとつは、NPOの人間中心設計推進機構「HCD-Net」の理事長としての活動です。まず、2001年に創業したソシオメディアには2つのテーマがありまして、ひとつは「デザインコンサルティング」で、この領域を切り拓こうと2001年の創業以来22年間取り組んでいます。
ここでは、UI(ユーザーインターフェース)こそが重要だということをずっと貫いてやってきました。現場に即したデジタルデザインをするためにはどうすればいいか、というメソッド開発などを営々とやってきて、その成果を2年前に『オブジェクト指向UIデザイン(Object Oriented User Interface)』という書籍にし、好評をいただいています。
そしてもうひとつが「デザインマネジメント」です。原さんがやっておられるデザインリサーチ、リサーチした課題をどう解決していくかというデザイニング、それを確認し分析するという往復運動を私も現場でやってきましたが、今ではそれをマネジメントに活かせないかということに関心が高まっています。そこで私たちは、デザインマネジメントという領域を開拓していまして、こちらも翻訳でシリーズの著書を出しています。
HCD-Netについては後ほどお話しすることになると思いますが、ソシオメディア以外の活動でいうと、総務省の技術顧問を5年間ほど担当させていただいています。これは、総務省の職員の方にHCD(人間中心デザイン)のマインドセットを醸成し、定着させたいということで続けています。
また、2021年の7月から豊橋技術科学大学の客員教授として、工学部のなかの5つある専門分野を横断するミッションや、産官学民の連携した活動などを通じて生きたHCDを学生に教えていこうとしています。これまでの工学的なアプローチだけでは、世の中のニーズにこたえられないという危機感に端を発した、新しい試みです。
180件を超えるフィールド調査から得たもの
篠原さん:
今度は私が原さんについてお聞きします。まず、原さんが日立で現在何をされているのか、これまで何をされてきたのかを教えてください。
原:
私は今、日立の研究開発グループの東京社会イノベーション協創センタで、主に業務現場を観察し、実際に行われている仕事の流れや、その背景にある文脈やニーズ、潜在課題を解き明かすという研究、いわゆるユーザーリサーチを文化人類学や心理学など多様なバックグラウンドを持ったメンバーと一緒に実施しています。現在はこのチームのリーダーをまかされていますが、これまで私はB to Bの業務現場におけるエスノグラフィ(文化人類学に基づく調査手法)を中心にした仕事をしてきました。
2003年頃に、これからはエスノグラフィ調査にチャレンジしていこうということになりました。最初は、特定のユーザーの行動を観察しながらインタビューを行う北米のホルツ・ブラット氏が提唱した“Contextual Inquiry”という利用状況調査が中心でしたが、日々のトライ&エラーの中から次第に文化人類学のアカデミアの方とも連携するようになり、一緒に研究することで方法論をつくりながら実際にいろいろな現場に入ってきました。
チーム全体でいうとこれまでに180件程度のエスノグラフィ調査の案件を手掛けてきていて、その分野もさまざまです。例えば、エネルギー分野ですと発電所などの建設現場や、その中の保守オペレーション、医療分野ですと病院内の業務、金融分野ではコールセンターやバックオフィス業務、そのほかにも日立のイギリス高速鉄道の車両保守工場やマイニング現場における建設機械の保守など、幅広い分野でエスノグラフィ調査を実施してきました。
篠原さん:
その現場には、当然さまざまなステークホルダーがいますよね。例えば医療であれば患者さんには高齢者もいれば、お子さんもいたり、看護師さんや技師の方、お医者さんや経営者など、多様な人たちが関わっています。最初に現場に入っていくときには、まず人の関係性を理解する、ステークホルダーマップを作るということからはじめるのですか。
原:
はい。現場には作業をする人から管理職、経営者までさまざまな役割の人がいます。そういうダイナミクスの中で仕事が成り立っていて、その中で何らかの問題を抱えている。それが人によるものであるように見受けられる場合もありますが、多くは広義のシステムの中で起きている問題なので、やはり最初にその現場を取り巻く世界全体を理解することが大事だと考えています。
篠原さん:
同感です。私も全ては現場に埋め込まれていると思って仕事をしています。日立の現場へのアプローチとして、観察はもちろんインタビュー、個別のディスカッションなどいろいろあると思うのですが、何か典型的なアプローチがあれば教えてください。
原:
私たちは、最初は予見なしで入るようにしています。ただ、全く業務を知らないとなかなか本質的なところにはたどり着けないので、現場に入る前に基本的なレクチャーを受けます。それは業務に関すること、ステークホルダーのこと、その中でどういうパワーダイナミクスがあるのか。そういったことをお聞きします。例えば企業によっては、合併などが要因で起きているセンシティブな問題もあったりしますから。
篠原さん:
なるほど。現場で起きていることを見る前に、その現場や組織の歴史、背景などを基本情報としてインプットしておくわけですね。そして、現場に入られる。
原:
はい。現場に入ると、基本的には実際に行われている仕事の流れ、そこで使っている機器やツール、コミュニケーションについて観察することになるのですが、そこで事前にレクチャーしていただいたことと、目の前で行われている仕事の流れや現象がつながって理解できることが多いです。
例えば同じ保守でも組織や現場でコンテクストが違うので、そこを理解しないで入ると、あとで現場の皆さんに迷惑が掛かるようなソリューション提案をしてしまうリスクがあります。しかし、正しく背景を理解していれば、最初は少しやりにくいかもしれないけれども将来的には役に立つ提案をすることもできます。
また、短期的に見ると業務が効率化されて現場の方にも良いという提案が考えられたとして、一方で仕事にプライドを持って取り組んでいる現場の人たちの意見を取りこぼしてしまうリスクがあるときに、私たちは何を見つけることで良い提案につなげられるのか。そこが常に厳しい戦いであり、面白さでもあります。
――そしてVol.2では、人間中心のデザインリサーチの社会的意義へと、二人の対話が展開していきます。
篠原 稔和
ソシオメディア株式会社 代表取締役
NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net) 理事長
国立大学法人 豊橋技術科学大学 客員教授
「Designs for Transformation」を掲げるデザインコンサルティング・ファームであるソシオメディア株式会社の代表取締役。同時に、NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の理事長および総務省のデザインに関わる技術顧問を兼務している。企業や行政におけるデザイン思考やデザインマネジメントに関わるコンサルティング活動、教育活動、啓発活動に従事。また、2021年に豊橋技術科学大学の客員教授に就任し、産官学民の取組や教育活動の中でのHCDの実践に取り組んでいる。最新の監訳書籍である『詳説デザインマネジメント - 組織論とマーケティング論からの探究』(東京電機大学出版局、2020年3月20日)など、現在における「デザインマネジメント」の重要性を多角的に探求するための「デザインマネジメントシリーズ」を展開中。2022年には「HCDのマネジメント」に関わる自著を出版予定。
原 有希
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主任研究員(Unit Manager)
1998年、日立製作所入社。デザイン研究所、デザイン本部を経て、東京社会イノベーション協創センタにて現職。ユーザーリサーチを通じたHuman Centered Designによる製品・ソリューション開発や、業務現場のエスノグラフィ調査を通じたCSCW(Computer Supported Cooperative Work)の研究に従事。人的観点でのソリューション創生や業務改革を行っている。
[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
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[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
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