第一線でデザインリサーチの普及・啓発に取り組まれているソシオメディア株式会社代表取締役・HCD-Net(特定非営利法人人間中心設計推進機構)理事長 篠原稔和さんと、日立製作所 研究開発グループのデザインリサーチ部門を取りまとめる原有希の対談[Vol.3]では、エスノグラフィ調査という仕事の可能性、そしてこれからのデザインリサーチに求められる倫理の問題について議論が行われました。

[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
[Vol.4]デザインリサーチに注入された、人文社会科学の知
[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
[Vol.8]KPIのない社会課題へのチャレンジ
[Vol.9]ゴールを共有する二人の異なるアプローチ

エスノグラファは現場が第一

篠原さん:
今度は私の方から、原さんの仕事のモチベーションについてお聞きしたいです。

原:
私がこれまでエスノグラフィやユーザーリサーチで調査した人は、おそらく500人を超えると思います。この経験から学んだことは、世の中にはいろいろな人がいて、一人ひとりがInterestingなんだということを常に頭に置いた上で、一生懸命にその人を理解しようとしなければ、理解は深まらないということです。

人をしっかり見て、観察して、そこからその人は何をやっているのか、こういうことではないかということを突き詰めていく技術、そこから生まれる発見の喜びというのは、全部これまでやってきたことの積み重ねから生まれたものです。

この経験が私の仕事のベースラインになっていて、それをモノづくりに生かすことで、少しでも良いものを世に送り出したい。「あの発見があってよかった」と言われる仕事をするというのが、私のモチベーションです。

篠原さん:
エスノグラフィ調査を通じて、解は人間や人間を取り巻く状況にあるということに気づかれたということですね。そんな原さんの経験を、チームのリーダーとしてどう活かされているのでしょう。

原:
研究開発グループのユーザーリサーチャーはそれぞれが自身の専門性を高めてきている人たちなので、一人ひとりやりたいことがやれるように後ろから支えるのが私の役割だと思っています。ただ、ひとつだけメンバー全員と共有してこだわっていることは、「現場の人を大切にする」ということです。

私たちは調査のために現場に入らせていただいて、ご協力いただける現場の方に4日とか5日密着するわけです。彼らにはそれぞれ個性やプライドがありますから、話を聞いても「できない」とは言えなかったり、あるいは熟練した技術を持った方ほど「こうしてほしい」という話をされなかったりします。それをそのまま聞いてしまうと、調査の結果が彼らの思っていることとは違う方向に向いてしまうこともあります。

篠原さん:
現場の熟練者や専門家は、「あなたは何が得意ですか」「どういうポリシーをお持ちですか」なんて聞かれても、そんなに簡単にしゃべるはずはないですからね。

原:
そうなんです。だから最大限それが起きないように、現場の方たちと同じ目線で共感しながらコミュニケ―ションを深め、ビジネス上の制約の中で最良の着地点を見つけるために踏ん張る責任が私たちにはあるのです。私たちは現場の方たちの代弁者だということを、肝に銘じています。「調査に協力してくれた現場の方たちに、顔向けができないことだけは絶対にやってはいけない」と、いつも言っています。

画像: 「現場の方に顔向けできないことは絶対にやってはいけない」原有希

「現場の方に顔向けできないことは絶対にやってはいけない」原有希

今求められている人文社会科学の知見

篠原さん:
原さんがエスノグラフィ調査に最初に取り組まれるようになった頃と比べると、変わったと感じられることはありますか。

原:
私がエスノグラフィに取り組みはじめた2000年代前半は、生産のロスや無駄なコストをどう減らすかという話が大半でした。しかし、最近は経営幹部の方から、「どうすれば社員が自由闊達に働けるようになるのか」とか、「エンゲージメントを高めるにはどうすればいいか」というご相談を直接受けるようになりました。私たちのようなデザインリサーチャーの存在がきちんと認知され、期待されるものが変わってきたという実感はあります。

篠原さん:
以前だとモノやサービスを改善するとか、悪いところを探すような目の前のニーズだったものから、最近は経営層から見たわが社の製品やサービス、あるいは会社の未来のためにデザインリサーチを活用するというレイヤーに変わってきたということですね。私もそこをめざしてHCD-Netの活動に取り組んできましたので、デザインリサーチが日立の中で役割が広がっているというのは、とても希望の持てるお話です。

原:
やっぱり人を理解することを通じて、人視点で物事を変えていきたいと本気で思う人が今の世の中にすごく増えているのでしょう。人間中心設計、人文社会科学的な知見というものがダイレクトに必要とされてきている。だから、エンジニアの多い日立の中で、私たちのチームのような文化人類学や心理学など人文社会科学の専門家が、デザインリサーチの領域で求められているのだと思います。

デジタル社会の倫理

原:
それと最近私たちに声がかかる新しい領域に、「倫理」というものがあります。コロナ禍の中で急速にデジタル化が進み、デジタルサービスが次々に現れて膨大なデータが手に入るようになると、データアナリティクスやAIなどにかかわる倫理が世界的にも問題になってきていて、私たちもそうした議論に参加するようになってきました。

画像: 「倫理」「ダークパターン」、デザインリサーチの領域はさらに拡張する

「倫理」「ダークパターン」、デザインリサーチの領域はさらに拡張する

篠原さん:
よくわかります。先ほどお話したデザインマネジメントの動向を調べるために海外企業のリサーチをしていたとき、2015年ぐらいから海外企業のAIの失敗例がトピックスとして出てくるようになりました。AIがユーザーの会話を学習するうちに、差別的な発言をするようになり開発を中止したとか、人材採用にAIを導入したら偏った結果が出たといったものです。これからのビジネスや社会を考える上で、AIやデジタルサービスの倫理はとても大きな問題だと思います。今、日立では倫理に関してどういう取り組みをされているのですか。

原:
これに関して、今私たちに解があるわけではありませんが、海外の学会や会議に参加しながらいろいろな分野の方たちと話をしています。具体的にはアカデミアの先生にご指導いただきながら、社内のエンジニア向けにガイドラインの第一版を作り、イントラサイトで共有しています。

ただ、先ほどの失敗例もそうなのですが、その開発者たちはそもそも悪いことをしようと思って開発したわけではないと思います。良かれと思って作ったモノが、想像しないトラブルを引き起こしてしまう。これはとても不幸なことなので、人も社会も進化するサイクルの中で将来どういうシナリオでそれが使われていくのかを予測したり、問題を途中で見つけられるような方法論、つまりデジタルサービスのデザインというものを今考えはじめています。それと関連して、篠原さんもご存知のダークパターンに関する研究も始めています。

篠原さん:
ダークパターンというのは、例えばネットワークサービスである仕組みを入れたとき、悪意を持っている人が使うと、退会できなくするとか、どんどん入会させるようにするとか、倫理上悪いことが起きてしまう可能性がある。それがダークパターンであり、そこに陥らないための共通の倫理を考えるということをはじめられているわけですね。

倫理というテーマを世の中に発信していかれるという活動は、まさに皆さんのミッションそのものだと思います。あるデジタルサービスが未来のアプローチにつながるのか、あるいはダークパターンに陥るのかというのは、やっぱりエスノグラフィ調査的なアプローチでしか抽出できないところがありますから。

原:
非常にチャレンジングな試みなのですが、幸いなことにチームのメンバーが強い関心を持って取り組んでいます。

篠原さん:
私たちもHCDの専門家として、今後果たしていくべき職業倫理のようなものをまとめること、UX(ユーザーエクスペリエンス)も含めた納品物やアウトカムにどういった倫理規定を設けるかという取り組みを行っているところなので、この機会にぜひ原さんのチームのメンバーにもお話を伺いたいと思います。

次回からは、篠原さんをモデレーターに、人文社会科学を専門とする日立のエスノグラファたちが日々取り組んでいるデザインリサーチの現場について考察します。

画像: 対談を終えても、対話は終わらず

対談を終えても、対話は終わらず

画像1: [Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域|ソシオメディア代表 篠原稔和さんと考える、人間中心のデザインの現在地

篠原 稔和
ソシオメディア株式会社 代表取締役
NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net) 理事長
国立大学法人 豊橋技術科学大学 客員教授

「Designs for Transformation」を掲げるデザインコンサルティング・ファームであるソシオメディア株式会社の代表取締役。同時に、NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の理事長および総務省のデザインに関わる技術顧問を兼務している。企業や行政におけるデザイン思考やデザインマネジメントに関わるコンサルティング活動、教育活動、啓発活動に従事。また、2021年に豊橋技術科学大学の客員教授に就任し、産官学民の取組や教育活動の中でのHCDの実践に取り組んでいる。最新の監訳書籍である『詳説デザインマネジメント - 組織論とマーケティング論からの探究』(東京電機大学出版局、2020年3月20日)など、現在における「デザインマネジメント」の重要性を多角的に探求するための「デザインマネジメントシリーズ」を展開中。2022年には「HCDのマネジメント」に関わる自著を出版予定。

画像2: [Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域|ソシオメディア代表 篠原稔和さんと考える、人間中心のデザインの現在地

原 有希
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主任研究員(Unit Manager)

1998年、日立製作所入社。デザイン研究所、デザイン本部を経て、東京社会イノベーション協創センタにて現職。ユーザーリサーチを通じたHuman Centered Designによる製品・ソリューション開発や、業務現場のエスノグラフィ調査を通じたCSCW(Computer Supported Cooperative Work)の研究に従事。人的観点でのソリューション創生や業務改革を行っている。

[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
[Vol.4]デザインリサーチに注入された、人文社会科学の知
[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
[Vol.8]KPIのない社会課題へのチャレンジ
[Vol.9]ゴールを共有する二人の異なるアプローチ

This article is a sponsored article by
''.