[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
[Vol.4]デザインリサーチに注入された、人文社会科学の知
[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
[Vol.8]KPIのない社会課題へのチャレンジ
[Vol.9]ゴールを共有する二人の異なるアプローチ
ギャップを超えることの面白さ
篠原さん:
すでにお二人ともそれぞれの現場でいろいろな経験をなさっていると思いますが、実際にお仕事の現場で印象に残っていることがあれば具体的に教えてください。私としては大変興味がありますので。
岩木:
昨年度、組織の中でのエンゲージメントに課題意識があるクライアントからの依頼で、エンゲージメントに苦労している組織というのはどこに原因があるのかを特定する、という仕事をやりました。それを受けて、今度は逆にエンゲージメントの高い組織ではどういったインターナルコミュニケーションをやっているのか、ベストプラクティスを探るということを、コロナ禍なのでリモートでのインタビュー調査を通じて行いました。
篠原さん:
いろんなベストプラクティスの情報を集められて、それを分析することでソリューションを提案していくという流れなんですか。
岩木:
そうです。組織的な打ち手としてどうすればいいかを一緒に考え、インプットさせていただく。そういう位置付けです。
篠原さん:
そうすると、このリサーチの部分を完全にビジネスレイヤー、ビジネス戦略に活かしていくためのものとして活用されているわけですね。
岩木:
そうです。おっしゃるとおりです。
篠原さん:
そういった仕事をされて、岩木さんが面白いと感じるところはどこですか。
岩木:
この仕事は直接ビジネス戦略にかかわる部分なのですが、現場の問題意識と経営層の問題意識の両方を調べると、やはりギャップがありました。それを具体的に抽出し、両立させるにはどうすれば良いかを考えるわけですが、私は、ここがこの仕事をやっていて面白いと感じる点です。異なる問題意識を着地させるための打ち手を、チームで調査して考えるということに、醍醐味があると感じています。
自動化だけがソリューションではない
篠原さん:
それでは大堀さんも、印象に残った仕事があれば具体的に教えてください。
大堀:
私にとってB to Bではなく生活者の顔が見えたはじめての仕事は、介護施設でのエスノグラフィ調査でした。介護業務を自動化して、少しでも現場の負荷を減らすためにはどうすればいいかということで、数日にわたり介護士長さんに張り付きました。施設の中を回遊しながら、情報連携はどうなっているのか、日々のタスクがどう処理されているのかを観察させていただきました。
観察していると、介護士さんたちは一日に何回も入居者全員の検温をされていて、私からみると自動化の可能性がある業務だと感じました。しかしじっくりお話を聞いていくと、介護士長は「検温は自動化して欲しくない」とおっしゃるのです。検温というのは、自分の目で相手の顔を見て、声を掛けて状態を知ることのできる触れ合いも兼ね備えた大切な時間で、それは絶対になくしたくない。自動化するなら、見守りの機会を残したまま、測ったデータがそのまま自動で記録されたり、きちんと統計的に処理されたりする方が良いという声を聞きました。
デジタルソリューションで単純に自動化するだけではなく、こういったケアに関わる業務では特に人を中心にアプローチして調査をすることがいかに大事かを教わった仕事でした。
篠原さん:
それはB to Bでは気づきにくいところかもしれません。ケアする人は、ケアされる人のことを常に気かけているから言えることだし、調査する側もそこまで踏み込んで話を聞かないとわからなかったことですから。
信頼でつながる喜び
大堀:
介護士の方たちは、やはり負荷の高い状態で働かれていて、お仕事を拝見する中で、ある方が「自分にとってしんどいことは」と打ち明けながら、ふと涙ぐまれたこともありました。そのときは見えないところに行って二人きりでお話を聞きました。
そのとき、データで取れる情報というのはもちろんたくさんあるのですが、自分という人間が現場にいることが作用して信頼関係が生まれないと、わからないことがたくさんあるということを教わりました。
そして、信じてもらえたということの喜びと責任を感じました。加えて、それ以降現場の皆さんが協力的に応援してくださったときには、本当にこの仕事のやりがいを実感しました。私にとっては、忘れられないエピソードです。
篠原さん:
それは本当に現場の方に寄り添われて、その方の痛みを共有して、共有したからこそ信頼関係が築けて、さらにいろいろな話や真実が見えてきたということですよね。いや、これはすごくいい話を聞かせていただきました。
社会課題という方程式
篠原さん:
今の大堀さんの話もそうなのですが、日立さんの取り組みとしてB to Bだけでなくその先の生活者も視野に入れたB to B to C、大きくとらえると社会課題というものが重要になってきている。そのことについても教えていただけますか。まずは原さんに伺います。
原:
日立では、社会課題にアプローチする方法論を見つけるために、私たちのチームも含めて取り組んでいます。定量的な指標やさまざまなデータを使ってトライしているのですが、社会課題というのは要因がひとつではなくて、さまざまなステークホルダーで構成される複合的なものなので、とても難しいトレードオフが発生する特徴があります。
生活者を支援されている団体の方に話を伺ったり、いくつかのプロジェクトを立ち上げて社会課題という難解な方程式に取り組んでいる。そういう状況です。
岩木:
たとえばB to Bでは、KPI(Key Performance Indicator)が明確なんです。経営のプライオリティのトップには「利益」というものがあって、それに向けて売り上げを上げ、コストを下げる施策を考える。しかし社会課題になるとB to B to C、エンドユーザーが生活者になってくると、生活者の方々は別に事業をやっているわけではないので、何がKPIなのかをとらえること自体が難しいのです。
現時点で私たちがたどり着いた手がかりは、ある程度の固まり感を持ってとらえていくと、もしかしたら共通のKPIや目標を追いかけていく人たちという形でとらえられるのではないか、ということです。
篠原さん:
そうか。B to Bの場合は大きなKPIがある。B to B to Cの場合には、そのKPI自体を見つけ出すことがそもそも難しいので、そこを方法論化しようとされている。それは新しいアプローチであり、チャレンジですね。
大堀:
KPIが一律に定められないというのは、もちろん対生活者調査の特徴的な難しさだと思います。社会課題を解決するための事業を起こしたときに、その利益を受ける人たち、困窮している人たちは対価を払うことが難しいという前提に立つと、どうやってそれを事業化していくか。どうステークホルダーをつないでいって、事業を継続する仕組みをつくっていくかという構想自体が、非常にチャレンジングな部分だと思っています。
いろいろなビジネスモデルがこれまでにもあると思いますが、正解はまだない。そのため事業性を評価できるようなチームや、そういったビジネスモデルをつくることに長けているチームと連携して、何とかパターンだけでも見いだせないかと私たちも試行錯誤しているところです。
――次回はシリーズ最終回。それぞれのデザインリサーチへのアプローチについて、二人のこれからについて、対話は続きます。
篠原 稔和
ソシオメディア株式会社 代表取締役
NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net) 理事長
国立大学法人 豊橋技術科学大学 客員教授
「Designs for Transformation」を掲げるデザインコンサルティング・ファームであるソシオメディア株式会社の代表取締役。同時に、NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の理事長および総務省のデザインに関わる技術顧問を兼務している。企業や行政におけるデザイン思考やデザインマネジメントに関わるコンサルティング活動、教育活動、啓発活動に従事。また、2021年に豊橋技術科学大学の客員教授に就任し、産官学民の取組や教育活動の中でのHCDの実践に取り組んでいる。最新の監訳書籍である『詳説デザインマネジメント - 組織論とマーケティング論からの探究』(東京電機大学出版局、2020年3月20日)など、現在における「デザインマネジメント」の重要性を多角的に探求するための「デザインマネジメントシリーズ」を展開中。2022年には「HCDのマネジメント」に関わる自著を出版予定。
原 有希
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主任研究員(Unit Manager)
1998年、日立製作所入社。デザイン研究所、デザイン本部を経て、東京社会イノベーション協創センタにて現職。ユーザーリサーチを通じたHuman Centered Designによる製品・ソリューション開発や、業務現場のエスノグラフィ調査を通じたCSCW(Computer Supported Cooperative Work)の研究に従事。人的観点でのソリューション創生や業務改革を行っている。
岩木 穣
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 研究員( Senior Researcher)
2013年に日立製作所入社後、デザイン本部を経て現職。業務現場のエスノグラフィ調査などのユーザーリサーチを通じた人的観点でのソリューション創生・業務改革に取り組むとともに、そうした手法の組織的展開に向けた方法論研究に従事。近年は、デジタルソリューションが社会に広く長く受け入れられていくためにあるべき姿を探る研究にも取り組んでいる。
大堀 文
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 兼 基礎研究センタ 日立京大ラボ 研究員(Researcher)
日立製作所入社後、デザイン本部を経て現職。文化人類学のバックグラウンドを活かし、業務現場のエスノグラフィ調査を主とするユーザリサーチを通じた製品・ソリューション開発や、研究・事業のビジョン策定支援に従事。近年は、社会課題の解決をゴールとする生活者起点の協創手法の研究に取り組む。
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