プログラム1「ウェルビーイングを捉え直す」
プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」
プログラム3「生涯QoL向上に向けた協創の最先端」
情報集約により介護予防効果を測定
塚田:
最初に皆さんが取り組まれている活動についてお聞きします。まずは佐藤さんからこのプロジェクトを紹介してください。
佐藤:
府中市の平澤さん、エーテンラボの長坂さんと取り組んでいる「令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業」に採択されたプロジェクト「成果連動型予防事業を駆動するEvidence-based Policy Making(以下:EBPM)ビジネスプラットフォームの創成」を紹介します。
本プロジェクトでは、セキュアなデータ活用とビジネスモデルの革新により、高齢者の生涯QoL向上に貢献することをめざしています。2022年現在の社会では、誰がどのような介護予防サービスを使ったかという民間のデータと、予防した結果が記録された行政のデータがバラバラに存在しています。その結果、自治体では介護予防事業の効果を把握できず、民間企業にとってはサービスの適正な市場価格の形成を難しくなっているという課題があります。
そこで私たちは、個人情報を秘匿したままバラバラになっているデータを集約して、予防活動とその結果の関係をAIで解析することで、介護予防の効果を測定できる手法を構築しようとしています。これによりエビデンス(データ)に基づいた介護予防が日常生活に普及していく。そういった社会にしていきたいと考えています。
このプロジェクトでは、大きく二つの取り組みを行っています。一つがITプラットフォームとしての、EBPMビジネスプラットフォームの創成です。府中市さん、八王子市さんと一緒に、国保データベース(KDB)※と、両自治体がそれぞれ導入済の介護予防PHR(Personal Health Record)サービスのデータを合わせて解析し、実際に予防した方の要介護認定率や介護費にどれくらい効果があるのかなど、データを集めて測定するプラットフォームの検証を行っています。
※ 国保データベース(KDB)……個人の健康・医療・介護に関するデータのこと。データを自らが一括で管理し、自己の健康状態に合った優良なサービスの提供を受けるために活用できるようにする仕組み。
もう一つが、エーテンラボさんをはじめとするウェルネス企業の協力による、新しい成果連動型の介護予防サービスの創成です。
このプロジェクトには中長期目標が二つあります。一つが「社会課題解決への貢献」です。生活習慣病などに比べて介護予防には大きな期待がよせられています。裏を返すと、それだけまだ予防活動の余地があって予防が普及していないということです。このプロジェクトで、エビデンスに基づく介護予防を通じて皆さんの健康を維持することで、社会保障費の抑制に貢献することが大きな目標の一つです。
二つ目は、持続的に介護予防サービスを生み出すためのエコシステム自体の創成です。自治体とウェルネス企業が連携をして良質な介護予防サービスを中長期かつ持続的に続けていく必要があります。データ解析による科学的な介護予防を実現していくことで、市民に良質な介護予防サービスを提供する。日立はエコシステムを下支えする存在として、皆さんと一緒にこのような社会の実現をめざしています。
自主的な介護予防グループを模索
塚田:
府中市がプロジェクトに関わるに至った経緯や、プロジェクトにかける想いを平澤さんからご説明いただけますか。
平澤さん:
府中市では、エーテンラボさんが提供する習慣化アプリケーション「みんチャレ」を活用したフレイル※予防事業に取り組んでいます。そこまでに至る経緯ですが、平成18年に全国に先駆けて介護予防推進センターを設立しました。住民同士で自主的な介護予防グループを作り、活動するのが大事なのですが、これはなかなかめざすのが難しいんですね。介護予防推進センターや地域包括支援センターの職員が介護予防教室を開いて、その教室の卒業生が中心となって自主グループ化していくことをめざしましたが、やはりなかなか進みませんでした。さらにコロナ禍に突入し、通いの場に高齢者が集まれない状態になってしまいました。
※フレイル……加齢に伴い心身の活力が低下した状態
そのようなとき、経済産業省関東経済産業局のガバメントピッチ※のイベントへ参加することになり、府中市がこの課題を発表したところ、市民同士が繋がって介護予防が実現できる「みんチャレ」を活用した提案をエーテンラボさんから受け、それを選定して現在に至ります。
※ガバメントピッチ……自治体から地域課題やニーズを提示し、企業からの解決策を募る発表会
「みんチャレ」は、市民同士がつながって介護予防できることが特徴です。
府中市では地域包括支援センターなどが介護予防講座を開講しており、そこで「みんチャレ講座」を実施しています。高齢者が介護予防のためにウォーキングしたり、オンラインでコミュニケーションをとることが継続できる内容となっています。
初年度はエーテンラボさんに講師を担当いただいておりましたが、現在は「自分たちで運営できるようにしよう」と話し合い、地域包括支援センターの職員達で研修を行い、ノウハウを学ぶなど積極的に事業を推進しています。また、令和4年度東京都次世代ウェルネスソリューション構築支援事業も採択され、「みんチャレ事業をやることで、介護予防効果がどのくらいあるのか」について行政が持っている医療費や介護費のデータを活用した検証を進めています。
「みんチャレ」は、続けることをサポートするアプリケーション
塚田:
習慣化アプリケーション「みんチャレ」や、フレイル予防にかける思いについて教えていただけますか。
長坂さん:
エーテンラボは、人が何かを始め、続ける行動変容にコミットしていく会社です。「みんチャレ」は、みんなが続けることをサポートし、誰でもダウンロードして使えるスマートフォンアプリケーションです。自治体や企業向けには、介護予防のフレイル予防に使っていただくためのソリューションや、禁煙など健康増進のために使っていただくサービスも展開しています。
「みんチャレ」は、5人1組で励まし合いながら楽しく続け、習慣化できる仕組みを持っています。ダイエット、運動、勉強など、同じような目標を持つ人たち同士が匿名のチームをつくり、チャットで毎日報告し合うことで励まし合い、習慣化できる体験を提供しています。
これまで、生活習慣を変えたり、生活習慣を改善したりすることは何かを我慢しなくてはならないイメージがありましたが、ユーザーさんから「みんチャレを使うことで楽しい体験に変わった」、「人生が変わった」などのお声もいただいています。今回の東京都に採択されたプロジェクトへの期待として、「みんチャレ」を使ったフレイル予防、シニアのみなさんの外出や社会参加の機会を増やし、最終的には介護移行率が減ったり、医療の重症化が改善されたというアウトカムを得て、「市民同士が励まし合うという仕組みが社会的なインパクトを起こせる」ということを一緒に証明していきたいと考えています。
塚田:
我慢するのではなく、楽しく生活習慣を変えられるというところが、私もすごくいいなと思っています。
主体的かつ能動的に取り組むことがフレイル予防につながる
塚田:
エビデンスに基づく介護予防が社会に実現した場合、「生活者ひとりのウェルビーイング」という観点から見たときに、どういった将来像を描くことができますか。
佐藤:
東京都のプロジェクトで紹介したような事業効果を測定する場合、国保データベース(KDB)などの大きなデータベースの他に、「誰がみんチャレに参加したか」というようなパーソナルなデータも使ってAIにより効果を測定します。同じAIを使うことで、一人ひとりの介護リスクにどのような変化があったのか、またその因子も説明できます。
たとえば、ある方がフレイルチェックや健診のときに「たくあんが噛みにくい」と仰っていた記録があったとします。それをほかのKDBデータと突き合わせることで、口腔フレイルの変化や、要介護認定リスク上昇の理由が分かるなど、一人ひとりの体の状態や変化を把握することができます。そうした情報を、自治体の職員や医療職に伝えることで健康指導に役立てることができますし、必要な介護サービスの提供を示唆したり、口腔フレイルを気にする人たちのグループに入って励まし合うなど、一人ひとりの方に寄り添った使い方で貢献できると考えています。
平澤さん:
介護予防というと「何かを変えなくてはならない」、「何かをやらされる」というイメージが強いので、そこからいかに主体的かつ能動的に取り組む形を作れるかが大事だと思っています。AIが提案してくれたメニューを「やりたい」と思えるためには、支援者や高齢者自身の仲間など、一緒に取り組んでくれる人がいることがとても重要になります。現在導入されている「みんチャレ」は仲間同士で励ましあって楽しく実施できるので、とても効果的だと感じています。
塚田:
「みんチャレ」は、フレイル予防という結果だけでなくその過程自体がウェルビーイングにつながっているのではないかと思いますが、長坂さんはどう思われますか。
長坂さん:
介護予防やフレイル予防行動には、主体性を持たせることとともに、日々の生活を送ることが重要です。フレイル予防だと意識せずに、自然に楽しく活動していたら、ずっと元気だった、という状況が望ましい。「みんチャレ」は、アプリケーションでシニアの方たち同士の交流を促すことで、外出の機会を増やしたり、食事に気をつけたりといった変化を自然に生み出します。シニア同士でサポートができると、持続可能で、各地で展開できるようなモデルになるのではないかと思っています。
塚田:
仲間がいる、ということがとても大切なんですね。
フォーマルなサービスだけでなく、身近なものを社会資源に活用する
塚田:
介護予防を考えた時に、複数の選択肢の中から自分に合った活動内容を選べるとよいと思いますが、それについて平澤さんは、どのように考えていますか。
平澤さん:
さまざまなメニューの中から自己選択すること自体が、自分らしさを獲得するということでもあると思うので、その方の幸せにつながると思います。ただ、自治体が用意するフォーマルなサービスだけではやはり限りがあります。本人の周りにはインフォーマルな社会資源がありますが、あまりそれに気づかれていません。これからはご本人の周りにある社会資源に気づいてもらえるようなアプローチが必要なのではないかと思います。
たとえば近くに山があったとします。ただあるだけでは社会資源と呼べませんが、人が山を上り下りして運動するようになれば、社会資源になりうるわけです。このように、身近な社会資源に気づいて活用方法を一人ひとりが見つけ出せるようになれば、選択肢は広がってくると思います。そこを一緒に見つけるような関わり方が自治体でもできてくると、また変わってくるのかなと考えています。
長坂さん:
行動変容に自己決定はとても重要であり、「自分で選んだからこそ続けよう」という気持ちが湧いてきます。今回の取り組みが進むと、効果を証明できるものが出てくると思いますが、エビデンスがあり、効果も期待できる活動の中から自分が好きなものを選ぶことは、介護予防や、行動を始める、続けることに対して大いにプラスになると思います。
塚田:
最後に、フレイル予防プロジェクトをリードしている平澤さんから、民間企業への期待をお話いただいて、長坂さんと佐藤さんにそれに答えていただければと思います。
平澤さん:
各企業には得意な分野があると思うので、それを市民の皆さんに分かりやすくPRしてもらうことが、選びやすさにつながると思います。そうした期待を寄せています。
長坂さん:
新しいサービスやソリューションは、体験してみないと分からないものですが、新しい事業を分かりやすく、市民の皆さんに伝えていきたいです。また、保健事業に参加してもらうということが民間企業だけでは難しいので、「始める」行動変容のモデルを作らせていただきながら、行政の皆さんと一緒に「どうやったら参加しやすくなるか」を考えていきたいと思います。
佐藤:
日立は直接市民の方々に波及するサービスよりも、むしろ自治体や企業の下支えをすることが得意な会社だと思っています。人の目で高齢者の方一人ひとりをつぶさに見ていくことは難しいですが、データとAIを使って、府中市さんとエーテンラボさんが効果的な介護予防サービスを提供できるようにする。このような立場で、府中市モデルを世の中に広めていくことに貢献したいと考えています。
塚田:
一人ひとりの生活者が自分らしさを発揮し、やりがいを感じられる活動を支援していくためには、自治体と民間企業が役割分担し、協力して進めていくことが大事なのだと改めて感じました。そして、仲間同士で励まし合うような場を作ったり、人が安心して行動を選択するためのエビデンスを作っていく部分では、技術が役に立てるということなのだと思いました。こういった技術の使い方は、ウェルビーイングを考えていくうえで介護予防以外の分野でも非常に参考になりそうです。
平澤章子
府中市 福祉保健部高齢者支援課 介護予防生活支援担当主査
府中市入庁後、障害福祉部門、子育て支援部門に従事。現在は、介護予防・日常生活支援総合事業に関わる。
長坂剛
エーテンラボ株式会社代表取締役CEO
2006年ソニー株式会社入社。B2Bソリューション営業やデジタルシネマビジネスの立ち上げを経て戦略部門マネージャー。2011年、(株)ソニー・コンピュータエンタテインメントにてプレイステーションネットワークのサービス立ち上げに従事、ゲーミフィケーションによる行動変容について学ぶ。2015年、ソニー(株)新規事業創出部 A10 Project 統括課長として「みんチャレ」を開発。2017年エーテンラボ株式会社(A10 Lab Inc.)を設立
佐藤嘉則
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 ウェルビーイングプロジェクト サブリーダ 兼 社会イノベ―ション協創センタ 社会課題協創研究部 プロジェクトマネージャ
日立製作所に入社後、研究開発グループにて機械学習、匿名化・暗号化技術の研究開発に従事。近年はウェルネス分野の顧客協創取り纏めとして自治体、製薬、医療機関、アカデミアとのデータ利活用に関するPJに関わる。
塚田有人
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 ウェルビーイングプロジェクト 主任デザイナー(Design Lead)
1999年日立製作所入社。鉄道の券売機や運行管理システムなどのユーザインタフェースデザインを担当するとともに、疑似触力覚や協調活動支援などのヒューマンコンピュータインタラクション研究に取り組む。2013年から、広報、研究戦略、事業企画におけるデザイン支援業務に従事。
プログラム1「ウェルビーイングを捉え直す」
プログラム2「テクノロジー×ウェルビーイングから描く未来」
プログラム3「生涯QoL向上に向けた協創の最先端」