プログラム1「変化するモビリティの役割を捉える」
プログラム2「社会システムとしてのモビリティ」
プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」

左からナビゲーターの日立の丸山幸伸、日産自動車の土井三浩さん、日立の谷崎正明
自動車の研究開発が見据える15年先
丸山:
本日は、「変化するモビリティの役割を捉える」というテーマで対談をお届けします。ゲストは、日産自動車株式会社にて総合研究所の所長を務めていらっしゃる土井三浩(どいかずひろ)さん。お相手させていただくのは、日立の研究開発グループで社会イノベーション協創センタのセンタ長を務める谷崎正明です。両社が進めている地域コミュニティにまつわる取り組みの紹介を交えながら、だれもがいきいきと動ける未来のまちづくりに向けた協創の必要性を問うていきたいと思います。
土井さん:
日産自動車 総合研究所の土井三浩と申します。自動車の技術は、市場に出るまでにかなりのタイムラグがあります。当研究所では、10年~15年先の自動車のあり方、あるいは社会における移動のあり方を探索しています。例えば、カーボンニュートラルの実現に寄与するEV搭載用の全固体電池(※)や自動運転といった技術の開発はもちろん、自動車を「所有する」から「使用する」時代にシフトしつつある中で、社会にどのようなシステムを整備すべきかといったテーマについても日々研究しています。
※ 電解質が固体で構成されている電池。現在EV搭載用として普及している液体リチウムイオン電池に対して、温度変化による影響を受けにくく、劣化しにくいとされている。
谷崎:
日立製作所の谷崎正明と申します。わたしも研究開発グループに所属し、1つのセンタをまとめているのですが、技術そのものの開発というよりは、技術を用いていかに世の中に貢献していくかを探ったり、技術によって社会がどう変化していくかを見極めたりといった視点で研究に取り組んでいます。いわゆる研究職というより社外との協創活動を進める研究者や、社会のあるべき将来像やビジネスそのもののデザインを手掛けるデザイナーが同じセンタに属しており、日々ともに活動しています。
「移動」を取り巻く3つの潮流
丸山:
それではディスカッションに入っていきます。1つ目のテーマは「モビリティ」。モビリティと聞くと乗用車をはじめとする移動体をイメージされる方が多いと思いますが、ここではモビリティ=「移動」という行為を取り巻く社会がどう変化していくかという視点で語っていただきます。まずは土井さん、いかがでしょうか。
土井さん:
移動は、それ単体で変化していくことはありません。背景にある社会が変わっていくから、移動も必然的に変わらざるを得ないのが実態です。近年、移動を取り巻く3つの大きな流れがあります。

日産自動車 土井三浩さん
1つ目は都市化です。都市に人口がどんどん集中し、大都市が増えていく。これは日本に限らず世界的に言えることです。一方で、その真逆の過疎化という現象も同時に起きています。過疎の地域におけるモビリティの利便性の確保が非常に大きな問題となっています。
2つ目は、カーボンニュートラルを実現するために地球環境と経済成長をどう両立させるかという課題です。これは自動車産業に限らず全人類が抱えている課題でもあります。
3つ目は高齢化です。日本は高齢化の先進国ですが、いずれどの国にも起きる現象です。社会が高齢化すると、当然ながら移動に困難をきたす人が増えてきます。だれもが必要としている「自由な移動」を、社会やインフラがどう支えていくべきかが大きな課題となっています。
丸山:
確かに、高齢化にしても都市化にしても今や世界中で起きつつありますし、環境問題に至っては我々が10年前に予期していた程度よりもさらに進行しています。「環境負荷ゼロ」へ向けた取り組みが、これほど産業にとって痛みを伴うものなのかと、近年特に痛感しています。
土井さん:
我々自動車会社からすると、自動車の燃費改善が環境負荷の低減につながるので、環境問題への取り組みは決して真新しいものではありませんでした。とはいえ、「低減」と「ゼロ」では次元がまったく違います。技術開発における考え方を根本から変える必要に迫られています。
「The Right to Mobility」の時代へ
谷崎:
家族旅行に代表されるように、移動には人々に喜びや楽しみをもたらす面があります。かつてはそこに主眼を置いたインフラ整備が進められてきましたが、昨今はどちらかと言うと、日々の生活を成り立たせるための移動をしっかりサポートしていく役割がインフラに求められていると感じます。また、かつては国や自治体が全面的にインフラを支えてきましたが、大規模な自然災害が増える一方でさらなる高齢化が進んでいる近年、公共によるサポートだけでは簡単に成り立たない社会になってきました。

日立製作所 研究開発グループ 谷崎正明
丸山:
近年、自動車業界を中心に「移動インフラ」という表現が使われていますが、土井さんはインフラという言葉をどう捉えていますか。
土井さん:
一言で言うと生活基盤です。と言っても、道路だけ整備されていてもインフラとは呼べません。電車と線路がセットで運用されて初めて鉄道が機能するように、自動車と道路がセットで整備されて初めて生活基盤と言えます。
丸山:
移動そのものについてはどんな変化が見られるでしょうか。おそらく、住まいが都市なのか地方なのかによっても、生活者が移動に対して求めていることが異なるのではと推察するのですが。
谷崎:
以前、日立の研究開発グループにおいて、社会システムが有するべき要件を生活者の視点で捉え直し、あるべき社会像の仮説を描き出して「25のきざし」としてまとめるという取り組みをしました。その中で当社のデザイナーから挙がった仮説の1つに、「The Right to Mobility」というものがありました。つまり、移動も1つの権利として認められるべきなのではないかという発想です。
移動の目的は、単に日々の生活を営むだけではありません。つねに社会と接点を持って生きていくためにも、移動は欠かせない行為です。ただ、身体的な理由や過疎化をはじめとする環境要因により、移動の自由が阻害されているケースが増えつつあります。例えば、高齢者に対してはシニアカートやバス、タクシーなどの交通インフラを整備するといったように、人々が移動の権利を維持し続けるためのサポートが必要になる。そんな社会の到来を見据えています。
日産自動車が過疎地で挑むMaaS
土井さん:
先ほど谷崎さんから「The Right to Mobility」というお話がありました。自動車を運転する生活者の側から移動という行為を捉えると、谷崎さんのおっしゃるRight(権利)をWill(意思)に置き換えるとしっくり来ます。やはり、だれしも「移動したい」と思っているからです。そのためのツールとしてどの移動体を使うべきかについては議論の余地がありますが、1つ言えるのは、東京や大阪といった大都市のように多くの人が暮らし、日々移動しているエリアでは、移動のためのインフラがすでに充実していることです。
中には「もっと速く移動したい」「待ち時間を短くしたい」といったさらなる効率化を求める声も、まだまだあるでしょう。そういう課題を解決する手段としてMaaS(※)があります。
※ Mobility as a Service:利用者一人ひとりの移動ニーズに対応し、複数の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などを一括で行うサービス。
ただ、MaaSもビジネスですから、東京や大阪のように利用者が多く、収益化できるエリアだからこそ提供できるものであり、過疎の集落ではなかなか成り立ちにくいのが実態です。しかし当然ながら、過疎の集落に暮らす人々も「移動したい」と思っているはずです。このジレンマを解くために当社が取り組んでいるのが、2021年2月から福島県の浪江町(なみえまち)で実証実験を行っているオンデマンド配車サービス「なみえスマートモビリティ」です。
当社が住友商事株式会社との共同出資で設立した、EV用の中古電池を再利用・再資源化するフォーアールエナジー株式会社という企業があります。その工場を2018年に浪江町に誘致いただいたというご縁もあり、取り組みがスタートしました。

成功した世界的プロジェクトには、大・中・小の目的がある
土井さん:
なみえスマートモビリティは、要するにオンデマンドの乗り合いタクシーサービスです(※)。町内どこからでも徒歩1分以内の場所に停留所があり、利用者がスマートフォンや一部の停留所に設置されたサイネージ上で配車と行き先を予約すると、その都度車両が運行されるしくみとなっています。
※ 従来の路線バスのように複数の利用者を一度に運べると同時に、タクシーのように利用者一人ひとりの要望に応じた柔軟な運行を提供する移動サービス。デマンド交通、オンデマンド交通とも呼ばれる。
丸山:
どんな地域課題の解決をめざして始まった取り組みなのでしょうか。
土井さん:
浪江町にはかつて約2万人が暮らしていたのですが、2011年の東日本大震災後に全域避難指示が出され、全町民が転住を強いられました。2017年に一部地域の避難指示が解除され、今では約2,000人が浪江町に戻って生活されています。しかし、地震や津波の被害が甚大だったこともあり震災前ほどの公共交通網は整備できておらず、特に自家用車の利用が難しい高齢者の移動手段の確保が問題となっていました。
もともと住まわれていた方々が町に戻れるようにするためにも、これは早急に解決すべき課題です。さらに、町への来訪者の足を確保する必要もあります。浪江町までは鉄道で行くことができても、駅に着いた後に町内をスムーズに移動できないままでは非常に不便だからです。浪江町のように過疎や人口減少に悩む地域に対し、新しい移動のあり方を提示できないか。そんな思いから、当社が少しお手伝いをさせていただいています。

プロジェクトはまだ手探りの段階ですが、やればやるほど、移動の目的とセットで配車サービスをデザインすることの重要性を痛感させられます。最近はいわゆるまちづくりの領域にも踏み込みつつあります。住民の皆さんのQuality of Lifeの向上にどれだけ貢献できるか。そこに、この取り組みの意義があります。
地場の交通を支える「ゆるぎない意志」
丸山:
「移動」がその人の「望み」をかなえる1つのアクティビティだとすると、一人ひとりの「望み」そのものと向き合うことが公共交通において大切だと。一方で谷崎さんは地方の交通に関するプロジェクトにも携わっていますが、地域の移動を支える事業者の方々と接する中でどんなことを感じていますか。
谷崎:
土井さんからのお話にもあったように、MaaSは大都市では成り立つものの、地方都市ではなかなかそうはいきません。ですが、わたしがプロジェクトでお付き合いしてきた地域の交通事業者の方々は、「地元住民の生活基盤を自分たちが支えている」という誇りを持って会社を経営されています。バスや鉄道が止まってしまうと本当に地域の方々の生活が成り立たなくなってしまうので、簡単に辞めることなどできない。地場の交通を支えていくというゆるぎない意志を強く感じます。

丸山:
もともと地域のインフラを担ってこられた方々が、事業者として存在している。そこに我々がお手伝いに入るとしても、地元の交通事業者の方々が苦労してつくりあげてきたものをないがしろにして何か新しいしくみをつくれるわけではない。そこは充分に留意しなくてはいけないところですね。
土井さん:
おっしゃるとおりです。浪江町で行っている実証実験では当社のEVを運行車両としてお使いいただいていますが、運行そのものは地元の運行事業者にお願いしています。
谷崎:
地域の方々自らプロジェクトにしっかりと携わることが、よりよいまちづくりには不可欠です。
非常時に発揮される、行政と企業の結束力
丸山:
社会が変化していく中で、地域住民の方々が移動に対して抱く期待や価値観も変化しつつあると考えられます。同時に、モビリティの役割にも変化が起きているのではないでしょうか。谷崎さんは行政が関わるプロジェクトにも携わっていますが、モビリティの役割の変化をどう見ていますか。
谷崎:
日立は2018年に東京都の国分寺市と「イノベーション創生による地域活性化に向けた包括連携協定」を締結し、地域社会の持続的な発展を支える未来の社会システムのあり方を探索するプロジェクトを進めています。その中で、普段の生活だけではなく、非常時における防災あるいはレジリエンスという考え方に基づいた取り組みも進めています。
冒頭にも触れたように、かつてインフラは公共が支えるものでしたが、それだけでは不充分になってきました。災害のような非常時こそ、地域の企業や住民の方々が協力しあうことでインフラを維持していかなくてはなりません。
例えば、災害で電力供給が途絶えてしまったときに非常用電源として役立つのがEVのバッテリーです。国分寺市との取り組みでは、行政が実施する防災訓練のプログラムにEVのバッテリーを活用するための訓練を組み込むことで、いかに災害時でもレジリエンスを高めていくかという試みを行っています。

土井さん:
自分が住んでいる町がもし停電になった場合、停電していない近隣の市町村からEVをどんな段取りで確保するかなど、いざEVのバッテリーを使うとなったときのための連携体制をどう整えるかが重要です。やはり、事が起きてからではなかなか敏速に動けません。前もって周辺自治体や企業との連携協定を結んでおけば、おっしゃるようなEVの活用がスムーズにできるようになります。
2019年9月に台風15号の影響で千葉県が大規模停電になったときには、当社が現地の避難所や福祉施設に駆け付けてEVのバッテリーを提供し、主に携帯電話の充電や熱中症対策用の扇風機の電源としてご活用いただきました。EVをモビリティとしてだけではなく非常用電源としても活用する。そのために自治体単独ではなく企業とも協力し合う。このような取り組みが全国各地で増えてきています。
非常時に協力しあえる、コミュニティのサイズ感
丸山:
要するに、災害が起きたときにEVのバッテリーを使いましょうという社会の合意形成と、マイクログリッド(※)に代表される技術をつなげることで、非常時の生活を支えるという考え方ですね。ここで重要になるのが、行政や企業を含めた、社会を構成する一人ひとりの価値観の変化ではないでしょうか。土井さんのお話に出てきたEVのように、みんなが私財を拠出しあうことで支えあう貢献の意識が、今後ますます大きな意義を持つと感じます。
※ 大規模発電所の電力供給に頼らず、コミュニティ内にエネルギー供給源と消費施設を持ち地産地消をめざす、小規模なエネルギーネットワーク。
谷崎:
大規模な自然災害が増えている近年だからこそ、互いに助け合うという意識を持たなくてはいけないと思います。さらに大切なのは、実際に非常時に直面したときにそれができるかどうかです。先ほどご紹介した国分寺市とのプロジェクトにおいても、「実際にいざ災害が起きたとき、コミュニティへの貢献についてあなたはどう考えますか?」と住民の方に問うという試みを織り交ぜています。
土井さん:
今のお話を伺って思ったのですが、住民同士が助け合おうとするコミュニティのサイズには限度があるような気がしました。例えば、東京のような大都会の中心で何か非常事態が起きた場合、日常のつながりが薄く、かつ、大人数の住民の間でどのような助け合いが発生するのか。あるサイズ以上の大規模なコミュニティとなると、実際の防災現場では各人が経験したことがない、難しい課題が出るように思います。逆に言うと、地方の小さな市町村こそ、その規模の小ささを強みにして非常時にも密接に連携できる。

谷崎:
いわば、顔が見える距離感ですね。
土井さん:
そうです。おそらく、コミュニティ内で協力し合えるちょうどいい距離感があると思うのです。
谷崎:
まったく交流のない人に対して自分の私財を投げ打つのと、普段から顔見知りで言葉を交わせる仲の人を助けるのとでは、ハードルがまったく異なりますからね。
住民の関わり合いの上に成り立つ「移動」
丸山:
日立は国分寺市のほか、以前の対談でも紹介した神奈川県の三浦市などで、フューチャー・リビング・ラボ(※)という活動をしています。実はそれが、地域住民同士の支え合いや関わり合いの練習になっているかもしれません。
※ 地域で多くの人が利用するインフラなどの社会のしくみが、将来に向けて新たにどのようなことを担うべきか、地域の人たちとともに考える活動。
谷崎:
確かにそういった面もあります。三浦海岸という地域にいかに人を集めるかを考えるという趣旨で、2021年9月に1カ月かけて「みんなでつくる三浦海岸の地図」という取り組みをしました。地域の方々が「そもそも自分たちにとって公共的なものとは何か」を考えるきっかけにしていただくため、京急三浦海岸駅前に町の地図を掲示し、住民や来訪者の方々に「わたしのお気に入りの場所」を書き込んだり貼ったりしていただくという試みです。

フタを開けてみると、想定していた以上にたくさんの方々が「わたしのお気に入りの場所」を貼ってくださり、地図はすぐに埋まってしまいました。住民や来訪者の方々が駅前を通るときにその地図を目にして、地域の魅力――いわば隠れた公共財にあらためて気づく。そんな発見の場を提供することができました。
土井さん:
移動にも、助け合いの側面は見逃せません。近年、小規模のコミュニティを運行するモビリティをリタイアされた地域の方が運転し、さらに高齢の方の移動を支えるという動きが全国的に起きています。これはまさに、助け合いで成り立っているものです。
交通弱者という言葉がありますが、移動が難しいのは高齢者だけではなく、小さな子どもにも当てはまります。地方ですと一軒一軒の間隔が離れていることも多いので、子どもだけで友達の家に移動するのが危険な場合もあります。だからと言って、その都度親御さんが車を出して送り迎えをするとなると、家庭への負担が大きくなります。そういった、日常のちょっとした移動も地域で支えることが今後ますます必要になってくると思います。
依然として大きい「モノのデザイン」が持つ力
丸山:
先ほどお二人が交わされた議論は、広義のサービスデザインと言われる領域に当たると思います。子どもの移動を地域が助けることで社会をより元気にする。災害時にみんなが私財を差し出しあって協力しあえるように、日頃からみんなが関わり合う訓練をする。そういった、社会の構成員全員がもっと地域に貢献しようとする行動変容を促すためのしくみづくりも、サービスデザインの領域なのではと思います。
一方で、土井さんにご紹介いただいた「なみえスマートモビリティ」の取り組みは2022年度のグッドデザイン賞を受賞しグッドフォーカス賞[防災・復興デザイン]にも選出されているのですが、サービスデザインだけではなく、トラディショナルな意味でのデザイン――つまり「モノ」のデザインも受賞理由の1つとして評価されたと伺っています。
土井さん:
当社はこれまで自動車でグッドデザイン賞を受賞してきました。昨今デザインの対象が従来のモノからコトへと変化している潮流もあり、移動という行為そのもののデザインに注力した浪江町での取り組みが評価されるのではという思いから応募しました。
ですが、ご指摘いただいたようにモノのデザインにも注力しました。運行車両には「浪江」の浪と海をイメージしたブルーを基調に、町の花であるコスモスのピンクをあしらったラッピングを施しています。また、停留所に設置したサイネージには震災前の懐かしい思い出や復興後の町のイメージをイラストで表現し、利用者が親しみやすいビジュアルとしました。

人目を引くデザインの車両が町中を走っていると、遠くからでも視認できますし、住民のみなさんがちょっとウキウキされているのを感じます。面白いのは、車両を見かけたお子さんが「あれに乗りたい!」と言って、親御さんと一緒に利用してくださることです。住民の方々が「なみえスマートモビリティ」の車両の存在に注目し、利用者が増える。そんな好循環を生んでいるという面からも、従来からのモノのデザインが持つ力が依然として大きいことをあらためて感じています。
谷崎:
単にモノがあるというだけではなく、結果として住民の方々の移動が活発になり、町がどんどん活性化していくと。
土井さん:
そうです。町の中を人が歩いているという事実が、何よりも町を活性化させていると感じます。地方の町に行くと、みなさん自家用車を利用されているので、町中を歩くと人通りが少なく、寂しく感じてしまうことが多い。ですが、そこに公共の乗り物が走っていると、その中には何人か乗客がいて、停留所で降りて目的地まで歩くという光景が必ず生まれる。もちろん自動車会社としては多くの人に自家用車を利用してほしいという思いはありますが、町を活気付けるインフラとして公共交通の意義は大きいと思います。

丸山:
町が活性化していることを示すアイコンとしてバスや乗り合いタクシーが走り回っていると、「自分たちの町が戻ってきたんだ」という実感を住民の方が持てるのでしょうね。しかもそれが子どもにも伝わるわかりやすいデザインであれば、なおさら高い効果が期待できそうです。
公害の都市から変貌を遂げた、ビルバオ
丸山:
移動そのものや自動車をはじめとする移動体をデザインするには、町という集合体をどうデザインしていくかから考えていかなくてはいけない時代になっていると思います。つまり、モビリティに携わるならまちづくりから地域に関わる必要が出てきたというのが現在の潮流だと思います。そう考えたときに何か参考になる先行事例はあるのでしょうか。
土井さん:
町にもいろいろな生い立ちがあります。その地域の歴史を知ることがまずは大事になると思います。当社は浪江町で“まちづくり”と呼べるほどの取り組みはできていませんが、その経験をきっかけに海外のまちづくりにも関心を持ち、現地を見に行くようになりました。
スペインのバスク地方にビルバオという都市があります。かつては製鉄で栄えた土地なのですが、1980年代に入ると公害などの問題が起きて一気に衰退した上、洪水で大打撃を受けました。そこから復興を果たし、今や芸術と観光の都市としてすっかり生まれ変わっています。

ビルバオにある巨大なクモの彫刻
わたしが感銘を受けたのは、それが地域としてデザインされている点です。近隣にはサン・セバスティアンというリゾート地があり、ヨーロッパ中から毎年たくさんの観光客が訪れます。そこからちょっと足を延ばすとビルバオがあり、1997年に開館した近現代美術のビルバオ・グッゲンハイム美術館をはじめとする観光スポットが市内に点在しています。と言ってもビルバオは完全な観光都市ではなく、金融やエネルギー関連の大企業が本社を置くビジネスの街として成り立っています。サン・セバスティアンと競合せず共存する地域デザインが絶妙ですし、市内のインフラをいかにスマート化するかといった面でも工夫が見られます。
ビルバオのインフラで特徴的なのは、人々の水平移動だけでなく垂直移動を支えている点です。市内の至るところにエレベーターが整備され、歩行者が縦・横にスムーズに移動できるよう町全体がデザインされています。

東京都内における移動と北海道内における移動の性格がまったく異なるように、移動とはとてもローカルな行為です。繰り返しになりますが、どんな歴史の上にその町が成り立っているのかを充分に理解する必要があると思います。
都会で消費されるモノを生産しているのは、ほかでもない地方です。地方と都会の両方がないと、人々の生活は成り立ちません。にもかかわらず、都会には人がたくさんいるのでどんどん進化していく。反対に地方は取り残される――このパターンを避けるためにも、それぞれの地域に合った移動を考慮する視点が非常に大切になっていくと思います。
谷崎:
その土地の生い立ちをまずは理解する――日立が取り組んでいる社会のデザインにも欠かせない視点です。企業の人間だけでなく、住民の方々を中心に丁寧なコミュニケーションを重ねることで地域を理解し、地域の魅力を引き出していく。そういった取り組みを積み重ねることで、移動を含めた社会のあり方をデザインし、だれもがいきいきと動ける未来のまちづくりを探索していきたいと思います。
丸山:
お二人とも、本日はどうもありがとうございました。
協創の森ウェビナー:第13回 対談「変化するモビリティの役割を捉える」- 日立
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土井 三浩
日産自動車株式会社 常務執行役員 総合研究所 所長
1985年、日産自動車株式会社入社。ペンシルバニア州立大学客員研究員、日産自動車総合研究所車両交通研究所主任研究員を経て、2005年、日産自動車技術企画部部長に就任。その後、商品企画室セグメント・チーフ・プロダクトスペシャリストやルノー社出向管理職などを経験し、2014年より現職。2020年より、常務執行役員とアライアンスグローバルVPを兼務している。

谷崎 正明
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ センタ長
1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。

丸山 幸伸
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
プログラム1「変化するモビリティの役割を捉える」
プログラム2「社会システムとしてのモビリティ」
プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」



