Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
日立製作所研究開発グループが実施するオンラインイベントシリーズ「協創の森ウェビナー」、第13回のテーマは「将来の社会を支える、モビリティの新たな役割」です。プログラム3では、日産自動車が「ビジョン駆動型ストーリーラインワークショップ」に取り組んだ経緯と結果、そしてそこで得られた気づきについて、日産自動車株式会社 総合研究所 研究企画部 主管 諸星勝己さんと、日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主任デザイナー 白澤貴司がパネルディスカッションを行いました。聞き手は社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長 丸山幸伸です。

プログラム1「変化するモビリティの役割を捉える」
プログラム2「社会システムとしてのモビリティ」
プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」

思想を組み合わせて新たな未来を想像する

丸山:
まずはお二人が取り組んでいることについて聞かせてください。

白澤:
わたしは社会イノベーション協創センタで、さまざまな分野でビジョンデザインを実践しているチームのDesign Leadをしています。日立では約10年後の生活者の価値観の変化を捉えて、社会の暮らしや望ましい姿のビジョンを描くというデザイン手法を2010年頃から行っています。いま取り組んでいる「ビジョン駆動型ストーリーラインワークショップ」は、これからの社会における人々の考え方や行動について起こりうる変化とそれを起こす環境要因を示しながら、バックキャスティングしてストーリーを書いていくもので、大きく3つのステップがあります。

まず一つ目は調査のスコープの設定で、社会課題と経験のマトリックスを活用して、私たちが描きたいビジョンをどの範囲で考えていくかを決めます。二つ目は、調査と議論による新しい価値観の発想です。先ほど決めた範囲の中で情報を集めて議論し、今後生まれてくるであろう新しい価値観を発想していきます。三つ目は、実現したい価値観をゴールに設定して、そこに向けて時間軸と外部要因をマトリックスとして整理しながら、ストーリーを検討していきます。

画像: 日産と日立が共に取り組んだ、あるべき未来の実現に向けて筋書きを描いていく「ビジョン駆動型ストーリーラインワークショップ」の概要を伝える白澤(写真右)

日産と日立が共に取り組んだ、あるべき未来の実現に向けて筋書きを描いていく「ビジョン駆動型ストーリーラインワークショップ」の概要を伝える白澤(写真右)

諸星さん:
私のいる日産自動車の総合研究所(日産総研)では、次の時代の電気自動車や自動運転がどうなるかといった10〜20年先の研究をしています。通常こうした技術や研究のテーマは、技術がどう進展するか、あるいは自動車社会がどういう変化を遂げるかを予測しながら作っていきます。その一方で、自動車は従来の移動体としての価値に加えて、社会課題を解決することも期待されていると感じています。そこで日立さんの手法に着目し、社会課題の予測や洞察を考えてみることになりました。

実際にワークショップを行った結果、「サーキュラーエモーション」という未来社会の洞察が生まれました。これは2040年には、モノの作り手と使い手の間に「愛着経済」という新しい価値が芽生えるという考えに基づいたもので、リサイクルによる物の伝承に加えて、使ってきた思い出も、価値あるものとして伝承していくという新しい考え方です。

今回はこうした未来像を七つ作りました。そこにはカーボンニュートラルのような自動車会社の王道テーマもあれば、住居や暮らしといったこれまで私たちが不得手にしてきた部分も含まれています。

丸山:
日立の研究部門が開発した方法論を、日産自動車に適用してみて、気づいた点や思ったことを教えてもらえますか?

諸星さん:
感じたことが二つあります。一つは、複数の考え方を組み合わせることで新しい未来が想像できることです。先ほどの「サーキュラーエモーション」は、ブロックチェーン技術、修理する権利、無駄をなくす文化、そういったものを組み合わせて得られた未来の洞察結果です。もう一つは、適切なリードによって、それほど長い時間をかけなくても想像力が膨らむということです。私たちが一つの未来を考えるのに使った時間は、調査や議論を含めて大体30時間です。こうした活動がうまくいくためには、どんな情報を集めてどんな発想をするか、そしてどんな物語を作るかといったテンプレートが必要です。今回はそのテンプレートが非常によくできていて、物語を効率的に作ることができたと感じています。

画像: ワークショップを終え、社内で未来を考える際の主語がより大きくなったと振り返る諸星さん(写真右)

ワークショップを終え、社内で未来を考える際の主語がより大きくなったと振り返る諸星さん(写真右)

発想の主語が「車」から「社会」へ

丸山:
自治体システムやインフラを扱っている日立と、自動車を扱う日産の研究所の皆さまと、実際に二社で協創してみて感じたことをお聞かせいただけますか?

諸星さん:
この活動をするまで、私たちが未来を考えるときの主語は「車」だったんです。でも日立さんとの活動を通して、発想の主語が「社会」や「人々の暮らし」に変わっていくのを感じました。

白澤:
いまおっしゃった主語の変化はとても興味深いですね。一方の私たちは、日産総研さんのシンクタンクならではの情報量や分析の深さに驚いたりもしました。これまでも「社会を捉える」ことをされてきたと思うのですが、主語が「社会」になったときにどんな気づきがあったのか詳しく教えていただけますか?

諸星さん:
一つの例は、教育です。これまで自動車会社が教育について考えることはほとんどありませんでしたが、幼稚園や小学校、塾には新たな社会課題があって、それを解決するために自動車ができることもある。そこから、教育という新たな視点が生まれたと感じています。

丸山:
個人所有の自動車であれば、主語と移動体は一致の関係にあると思うのですが、例えばライドシェアのような、仕事にも自分の移動にも使う自動車は、領域が既に「溶け出している」感覚がありますね。

諸星さん:
これまで車といえば、個人が移動するものという捉え方が支配的でしたよね。それが今では仕事と個人の使い方の境界もなくなってきて、新たなチャンスが出てきている。そういった意味では、これまでの「車は移動体である、車は物や人を運ぶためにある」という考えではなく、もっと広く、社会とどう関わるかということを考える必要があるのかなと思います。

丸山:
白澤さんのチームでは、移動が関わる様々な分野のビジョンを考えてこられましたよね。そこでの知識が蓄積されて役立ってくるのではと思うのですが、実際いかがですか?

白澤:
そうですね。たとえば、電車で考えると、移動しないときに沿線の地域に「染み出す」電車の役割とは何かを考えたり、さらにその先の地域の生活者の暮らしにまで考えを広げていく。チームではこれまでもそういった発想をしてきていると思います。それは、一つのところに収まらずにさまざまな可能性を考えることに役立っているのではないでしょうか。

画像: ビジョンを描くためには内にとどまらず外部との積極的な関わりが必要と話す3人

ビジョンを描くためには内にとどまらず外部との積極的な関わりが必要と話す3人

未来洞察をわかりやすく伝える

丸山:
未来洞察をどうやって社内の人に共有したり、社外に伝えたりしていくのか。もともと日産総研さんでされていたことも含めて、工夫があれば教えてください。

諸星さん:
社内外へのアピールのためにウェブで発信していますが、今回の活動を通じてさらにそれを強化しました。その際、頭の中にあることをイラストなどわかりやすい形で共有するようにしています。そうすることで、社内の他の部門から問い合わせが来たり、一緒に将来を考えたいといったオファーがあったりと、かなり良い方向に動き出したと感じます。今まで社内で「将来の車がどうなるか」を考えることはありましたが、「人々の生活がどうなるか」を考えることはほとんどありませんでした。でもそれを一緒に考えたい、その先にどんな自動車社会があるかを一緒に考えたい、という反応が非常に多くなりました。

丸山:
なるほど。プログラム1で出た「コミュニティの思いから見ていかないと、そこにおける移動体の目的が出せない」という土井さんの発言も、そういうところから来ているということですね。白澤さんは日立で10年ほど未来洞察をされていますが、そこでの発信はどのようにされてきましたか?

白澤:
発信する私たちは作ったものに対する思いが強くても、読み手の方はそこまで深い思いに入っていくことが難しいのかなとは感じています。ですから、もっと伝える努力をしていかないといけないと思っています。日立のグループ会社では、それを社内のイントラネットで紹介し、理解を深めるために外部の方にインタビューをしながら、営業や設計の方が同じような示唆を持てるような工夫をしていたりします。そういった取り組みは私たちも続けていくべきだと思っています。私たちも、これまで作ってきた「きざし」を、自分たちも含めて、理解を深めるために、外部の方と「きざし」をテーマとした議論を行い、発信する「きざしを捉える」という取り組みを行っています。

丸山:
社外でステークホルダーを刺激するのと同時に、社内ではその知識の使い手として気運を作っていく。これも大事ですね。

諸星さん:
日産自動車でも、社外の方から全社に向けて講演してもらうことがあります。

丸山:
先日私もお招きいただいたのですが、幹部の方に取り組みを理解いただくことと、活動する主体の方々にこの枠組みを浸透させていくこと、どちらも大事ですね。今回両社で描いているのは、「社会はこうあっていくべきだ、こうあってほしい」という希求に基づく社会のビジョンだと思います。ですが実際は、移動体という点だけでなく、もう少し外側にも染み出していくような、新しい事業ビジョンにまでリーチしていく必要があるのかなと思います。その辺りで思っていることがあればそれぞれお聞かせください。

諸星さん:
車を移動体と考えると、それだけで完結します。ただ、社会問題を解決する手段と考えると、インフラに関わってくることがあります。例えば電気自動車であれば、充電という新しいインフラになります。そうすると自社だけでは解決できないので、インフラの技術に長けている企業と一緒に取り組んでいく必要があると感じます。

白澤:
社会ビジョンを考えることは大きな取り組みだと思っているのですが、社外の方から「日立さんはトップダウンの大きな組織で作っているんだろう」と言われることがあります。ですが実際は、驚くほど少人数のチームで考えているんです。ですから私たちだけで閉じるのではなく、例えば日産の皆さんのような社外の方と一緒に考えながら作り上げる、という形を取っています。

丸山:
未来の社会を少数の専門家が描くのではなく、その地域の皆さんと共に描く枠組みを作り上げていく。そういう活動そのものがまさにビジョンなのかなと思います。

画像1: ワークショップから導くモビリティの未来|協創の森ウェビナー第13回 「将来の社会を支える、モビリティの新たな役割」プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」

諸星勝己
日産自動車株式会社 総合研究所 研究企画部 主管

1995年、東京工業大学大学院有機材料工学専攻を修了し、日産自動車株式会社に入社。主に外板部品の軽量化に従事。先行車両開発部主担、先端材料・プロセス研究所主管研究員などを経て、2020年より現職。

画像2: ワークショップから導くモビリティの未来|協創の森ウェビナー第13回 「将来の社会を支える、モビリティの新たな役割」プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」

白澤 貴司
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ 主任デザイナー

日立製作所に入社後、日立グループ報告書のエディトリアルやコミュニケーションデザイン、コーポレートブランディングを担当し、2016年より研究開発グループ、東京社会イノベーション協創センタの企画戦略ユニットにて研究戦略立案の推進やラディカルイノベーションプロセス検討に参画。2019年より現職。様々な分野や地域でビジョンデザインを実践するユニットリーダ。

画像3: ワークショップから導くモビリティの未来|協創の森ウェビナー第13回 「将来の社会を支える、モビリティの新たな役割」プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」

丸山 幸伸
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

プログラム1「変化するモビリティの役割を捉える」
プログラム2「社会システムとしてのモビリティ」
プログラム3「将来に向けたモビリティの役割の探索」

This article is a sponsored article by
''.