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日立製作所 研究開発グループでは、未来を描くための「問い」として、人々の変化のきざしを捉え、「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方や行動をとるようになるかもしれない」という観点でまとめています。(※)現在勃興している次世代の分散型インターネット「Web3」のエコシステムのなかでは、これまでのサービス提供者と受益者という関係とは異なるつながりが生まれているようです。今回は、Web3の社会実装に取り組むAstar Network Founder/Startale Labs CEOの渡辺創太氏とともに、これからのサービスのあり方を考えます。

※詳しくは「きざしを捉える」を参照

画像1: サービスは「みんなでつくる」に。Web3がもたらすのは当事者意識の変化|きざしを捉える

渡辺創太氏
Astar Network Founder、Startale Labs CEO

日本発のパブリックブロックチェーンAstar Networkファウンダー。Startale Labs CEO。Next Web Capital、博報堂KEY3ファウンダー。日本ブロックチェーン協会理事や丸井グループ、GMO Web3、電通 web3 Clubなどのアドバイザーを務める。2022年、Forbes誌の選出するテクノロジー部門アジアの30歳以下の30人に選出。

かつてはサービスの差別化をめざして、付加価値を高める動きが流行した一方、ユーザーの要求が高度化したことで、ときには過剰とも思われるクレームを受けることも増加しています。そんななかWebの世界に目を向けると、ブロックチェーンなどWeb3と呼ばれる分散型のネットワークによってつながるコミュニティのなかでは、これまでのサービス提供者と受益者という関係とは異なる新たなつながり方が生まれているようです。

Web3が社会に実装され、広まっていくと「サービス」のあり方はどのように変わるのでしょうか。パブリックブロックチェーン(※)である「Astar Network」を運営し、グローバルなビジネス展開に挑戦している渡辺創太氏に聞きました。

※誰でも参加できて、取引内容がネットワークで合意される、すべて公開されることが特徴のブロックチェーン・ネットワーク。ブロックチェーンとは、ネットワーク上にある端末同士を直接接続して、暗号技術を用いて取引を分散的に処理・記録するデータベースの一種。

めざすのは「グローバルで勝って、日本に戻す」

――渡辺さんはシンガポールで起業され、グローバルなビジネスに挑戦されています。その立場から、日本におけるWeb3ビジネスの現状をどう捉えられていますか。

はい。インターネット(Web2)の世界で日本企業が世界に負けたのは、誰もが認めるところだと思います。いまや多くの日本人がGoogleを使い、Twitterでつぶやき、Amazonで買い物をし、仕事ではMicrosoft OfficeやZoomを当たり前のように使っている。シンガポールを拠点に活動していても、日本のプレゼンス低下をひしひしと感じています。

画像: Astarの開発会社であるStartale Labsは2023年6月末ソニーネットワークコミュニケーションズとの資本提携を発表した(画像提供:Startale Labs)

Astarの開発会社であるStartale Labsは2023年6月末ソニーネットワークコミュニケーションズとの資本提携を発表した(画像提供:Startale Labs)

――Web3の世界における日本の立ち位置の変化については、どう感じられていますか。

2022年にいくつかの暗号資産の大暴落があり、海外のブロックチェーン市場はかなり冷え込みましたが、日本はもともと暗号資産への規制が厳しかったため相対的に見たモメンタム(相場の勢い)が世界的に上がっています。

完全に“棚からぼたもち”状態ではありますが、これをチャンスと捉えて動けるかどうかがポイントです。政府もWeb3を国策における重要領域と位置づけ税制改革にも前向きなアクションをとってくれています。今日本が動けばグローバル市場も一目を置く存在になれるかも知れません。

――Web3の文脈でグローバルに通用する強みとしてよく言われているのは日本の「コンテンツの豊富さ」です。それ以外にも渡辺さんが考える強みはありますか。

個人的に注目しているのは「改善」の素養ですね。ブロックチェーン上はデータがすべてパブリックで、アクティビティも可視化された状態です。それらを拾った膨大な分析から戦略を立ててPDCAサイクルを回しながら改善していきます。プロジェクトの戦略立案・マネジメントみたいな部分は日本人が得意としている領域だと感じますし、国際的に見てもかなり上位だと考えます。

ただWeb3の世界は “グローバルがデフォルト”なので、それに付帯する語学力や国際的なマネジメント力は不可欠です。もし、そういった力を発揮できるのであれば、結構なチャンスがあるでしょう。日本がもう一度世界の最先端に立つチャンスがギリギリ残されていると私は考えています。

――渡辺さんは、どんなことをめざして活動されているのでしょうか。

われわれのようなプレイヤーが結果を出して、その成果をフィードバックしていく、「グローバルで勝って、日本に戻す」をめざしたいところです。

例えばこれまで自社保有の仮想通貨・トークンが課税対象となっていて、それがネックで私はシンガポールで起業することになったのですが、これまで国や省庁と議論してきた甲斐もあり、2023年度から課税対象外になることが閣議決定されました。

これからも制度を変えていけるだけの実績をグローバルで出したいですし、Startale Labsとしては日本企業とともに世界をリードできるポジションを掴みたいと思っています。

Web3の本質は“データに関する個人の選択肢が増えること”

――あらためて、Web3として提唱される概念が世の中にもたらす変化について、渡辺さんのお考えを教えてください。

まず、Web3の本質は人間に対して選択肢が増えることにより、人間中心のWebができるようになるということです。そして、ここで重要なのは「ユーザー側に選択肢がある」ということでしょう。

――現在広く利用されているインターネット(Web2)のサービスにさほど不満を感じていないユーザーは淘汰されていくのでしょうか。

そんなことはないと思います。そもそも論ですが、Web3が語られるときには必要以上に「非中央集権型」「分散型」という文脈が強調されすぎているのではないでしょうか。それらは状態に過ぎず本質ではありません。肝心なのは、人々は何を喜び、何ができるようになるのかという点ではないでしょうか。

例えば、アイドルやアニメの推し活のような既存のコミュニティ活動ではコンテンツ制作者とファンがいますよね。これがWeb3ではリーダーとフォロワーという関係に置き換わります。ブロックチェーンは一種のコミュニティであり、そこではトークン(暗号資産)を持っている人同士がストーリー自体を一緒につくり、原資もみんなで出し合い、さらには収益として得たトークンをみんなで分け合う。そうした世界を選ぶのか否か、という選択をユーザー側がしていくことになるでしょう。

おそらく、全員がWeb3でデータ管理をするということにはならないと思います。従来のプラットフォーマー(Web2)に依存していたほうが楽だよね、という考えは決して間違いではなく、選択できる状態にあることが本当に大きなポイントです。Web2/Web3は競争関係にはないし置き換わるわけでもない。共存してミックスされていくでしょう。

個人的な理想は、今のWeb2に匹敵するWeb3プラットフォームが構築され、人がWeb2/Web3の相互を自由に行き来できる状態です。「Web2のSNSだとプラットフォーマーにデータを取られるのが嫌だから、Web3サービスを使おう」といった選択が個人で可能になる。そうなってしまうと、好みの問題になってくるので、もはやWeb2/Web3の区分けすら不要になっているかもしれません。

――いずれ「個人でデータを持てるようになる」「データを『共有するか・共有しないか』を個人の意思で選べるようになる」とすれば、人々のデータに対する価値観も変わっていくのでしょうか。

そうですね。今のSNSでは一部データが公開されているとはいえ、ユーザーのデータを見られるのはプラットフォーマーだけ。そのデータをどのように使うのかもプラットフォーマー側が決めていました。しかしWeb3ではマジョリティの視点が加わり、これまで予想もしなかったデータの活用が起こるかもしれません。

画像: Web3の本質は“データに関する個人の選択肢が増えること”

――Web3的な環境では、どのように活動が行われていくのでしょう。変化を想像するためにも具体例を教えていただけますか。

では、われわれの組織運営を例にお話ししますね。Astar Networkでは22カ国にいるメンバーが数十人で日夜開発しているので、当然、国籍も価値観もバックボーンも異なります。日本人だと暗黙の了解で話が通じることも、海外の人にはまったく通じません。

だからこそ、成果だけを見て細かいルールはつくらず、すべての多様性を許容しています。また、会社の重要なデータはブロックチェーン上でつながっていて誰でも直接見られるようになっているため個々人には自律的な判断が求められ、結果として当事者意識が育まれているのではないでしょうか。また、メンバーに対してはストックオプションとしてトークンを配布しているため、組織の価値を高めようというモチベーションもあがっていきます。

おのおのがリーダーとして自発的に動ける環境をつくることがWeb3的といえるのかもしれません。もちろん、組織運営のすべてがWeb3的であるべきとは思っておらず、バランスが重要なのではないでしょうか。

トークンを保有すると“サービスを一緒につくる仲間”になれる

――これまでの商慣習やWeb2に慣れ親しんだ生活者の間では、サービスの“提供者”と“受益者”という関係性が当たり前になっています。その帰結として「サービス提供者による過剰なおもてなし」や「受益者のモンスタークレーマー化」が起こっているように感じられるのですが、Web3のコミュニティでは状況が異なるのでしょうか。

私たちもAstar(ASTR)というトークンを発行していますが、特定のブロックチェーンでトークンを持つようになると、ユーザーがコミュニティに対して“自分ゴト化”しやすくなるように感じます。そのブロックチェーンコミュニティを応援したくなるような関係性になっていくんです。

私の父親もWeb3への関心が高く、ちょうどこの前やりとりがあったのですが、「トークンを保有するようになると“サービスを一緒につくる仲間”のような感覚になれた」と言っていました。これは結構本質を突いていると思います。

画像: Astarでは博報堂KEY3、トヨタ自動車株式会社と共同で「企業内プロジェクト向けDAO支援ツールの開発」のハッカソンを開催するなど、Web3は広がりをみせている

Astarでは博報堂KEY3、トヨタ自動車株式会社と共同で「企業内プロジェクト向けDAO支援ツールの開発」のハッカソンを開催するなど、Web3は広がりをみせている

――証券や株式投資のような仕組みも「トークンを持つ」ことに近いのでしょうか。

近い部分もありますが、一般の人たちが企業の株を手に入れるのは東京証券取引所やナスダックに上場したあと、つまりある程度“育ったあと”ですよね。しかも初期から応援してくれている人と、あとから応援してくれるようになった人にもたらされる便益はまったく同じ。でもWeb3ではサービスが生まれた瞬間から誰でも自由にトークンを持てて、そのネットワークが育つに従って金銭的なインセンティブも得られる。投資機会の平等性を担保できる点が大きな違いだと思います。トークンを発行することを既存の仕組みでたとえるなら、通貨を発行する権利が民主化されたようなものだと言えます。

ただ言っておかないといけないのは、基本的にトークンプロジェクトの9割は失敗に終わります。お金儲けだけがしたい詐欺的プロジェクトが過去にあったのも事実です。最たる問題は、ユーザーがベンチャーキャピタルのような目利きをできないため大損する人もいるということ。その意味で、目利きできるような仕組みや法規制もある程度必要だと思います。これは、既存の株式投資とも近い部分ですね。

――仮想通貨に関しては、金銭的なインセンティブを期待し、ブロックチェーンに参加するユーザーも多かったように思います。

例えば現状のテレビゲームには、現実世界の金銭的インセンティブが発生しません。それでもユーザーが熱狂し、時間と情熱をかけるのはなぜなのか。それは“楽しさ”を享受できるからに他なりません。これをWeb3の世界に置き換えると、ゲームに注いだ時間・情熱の分だけトークンを得ることができるようになります。そうすれば、いちユーザーとしてサービスの運営に貢献しながら“メシを食う”のも可能になるわけで、金銭的なインセンティブを得ることそれ自体が悪いことだとは、私は思いません。

ただ現時点では、トークンエコノミクスの設計やメカニズムの部分での実証が足りておらず成功事例も生まれていない。さまざまな技術上の制約があってできないこともたくさんあります。そのあたりの問題が解消されれば、ブロックチェーン上でインセンティブを得ることに対する印象も変わるのではないでしょうか。

いずれにせよ、極端なプロジェクトの存在や技術が追いついていないことを理由に「全部だめ」にしてしまうのはよくないというのが私の意見です。

――「2022年はWeb3元年」なんて言われることもありました。しかし、多くの人々はおそらくWeb3の可能性をまだ肌で感じてはいません。渡辺さんの実感はどうですか。

そうですね。正直、現時点のWeb3ではそれほどのことができません。ただ技術進化は長いスパンで見ると常に直線的で、それらの技術に対する人の期待には“波”があるものです。インターネットにしてもAIにしてもそうですが、一時は「すごい!」なんてもてはやされたと思ったら、「やっぱだめだね……」とがっかりされてしまう。でも、それを何度か繰り返すうちに技術が期待に追いつき、最終的にはマッチングしていきます。

数年前に日本でも「ビットコインブーム」があったと思いますが、それが徐々に下火となり、2021年末くらいから再び「Web3」として注目されるようになりました。今はまだ技術が期待に追いついていないため、実感を得られない方が多いでしょうが、数年のうちには必ず技術が追いついてくるでしょう。

社会的影響力の強いテクノロジーはある日を境に爆上がりする、いわゆる“指数関数的”な伸びを示すことがあります。そうしたことも予見しながら今から備えておく必要があるのではないでしょうか。

編集後記

サービスの提供者と受益者の関係性が、ファン同士のコミュニティへ変化し、コミュニティが価値を協創していくという可能性に大きな期待を感じました。また、そうしたときに日本のコンテンツなどのポップカルチャーだけでなく、改善の素養が世界で活躍するようになるというのは興味深い観点だと感じます。

さまざまな情報がブロックチェーンで管理されるようになることで、何が私たちの嬉しさになるか、新たにどのような課題が生まれるのかという問いには未知な部分が多いものです。そのため、多様なステークホルダーと対話し、きたる日のブレイクスルーに備える必要があると思います。是非、この記事をきっかけにした議論をさせてください。

コメントピックアップ

画像2: サービスは「みんなでつくる」に。Web3がもたらすのは当事者意識の変化|きざしを捉える

「Web2がWeb3に置き換わるわけではない」という示唆について、これから注意深く考えていくべきだと感じました。Web3を受容できる人だけが高度なサービスを受けて、Web2の世界観を継続する人が搾取されてしまう社会は望ましくありません。サービスを望む人が、適切な品質で価値を受け取れる社会にどう移行できるのか。人と企業をつなぐデータの在り方はどうあるべきなのか。今後も継続して考えていきたいと思いました。

画像3: サービスは「みんなでつくる」に。Web3がもたらすのは当事者意識の変化|きざしを捉える

「サービス」は無料、よくも悪くも「お客さまは神様です」といった考え方もある日本で、提供者と受益者の二項対立ではない世界がどう定着しうるのか、とても興味があります。渡辺さんの話からは、企業内の業務システムから新たな世界が広がる可能性を感じました。改善の素養を積み上げていく組織内のプラットフォームが、日本のサービスを変えるきっかけになるのかもしれません。以前、哲学者の方との対談で示された「企業が自らに管理社会批判を実装することは可能か?」という問いに答えるヒントを得られました。

画像4: サービスは「みんなでつくる」に。Web3がもたらすのは当事者意識の変化|きざしを捉える

Web3やNFTを技術面の進化として議論しがちでしたが、「ユーザー側に選択肢を増やす」という変化や、「トークンを保有するようになると“サービスを一緒につくる仲間”のような感覚になれた」という渡辺さんのお父さんの具体的なエピソードを伺って、Web3を取り入れることによる、人の変化の可能性を頭の中で想像しながら、お話を伺うことができました。単なるサービス提供者と受益者でない関係が生まれるときの、双方の意識の違いなどを改めてじっくり考えてみたいですね!

画像5: サービスは「みんなでつくる」に。Web3がもたらすのは当事者意識の変化|きざしを捉える

Web3サービス利用者として、Web2企業による暗号資産やNFT発行などに限定された、表面的なWeb3の取り組みに対して違和感を覚えていました。しかし、「Web3とWeb2は共存するもの」という考えを伺い、Web2企業は「Web2とWeb3の橋渡しの役割を担い始めた」、あるいは「新たな選択をユーザーに提供し始めた」と視点を変えると腑に落ちました。企業が目的を達成する手段が1つ増えたと考え、Web3の技術面に囚われることなく、われわれがWeb3を活用して何を実現できるのかを考えていきたいと思います。

関連リンク

「25のきざし」Sign:Hospitality Crisis

きざしを捉える

「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方をして、こんな行動をとるようになるかもしれない」。

さまざまな分野の有識者の方に、人々の変化のきざしについてお話を伺い、起こるかもしれないオルタナティブの未来を探るインタビュー連載です。

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