[Vol.1]気候危機に立ち向かうために、アカデミアとビジネスはどう連携する?
[Vol.2]気候変動を自分ゴト化するための、SFプロトタイピングと未来シナリオの可能性
[Vol.3]トップダウンとボトムアップの連携が、気候変動対策のカギを握る?
脱炭素社会を実現するための鍵は「人財育成」
2050年の脱炭素社会の実現に向けて、私たちには何ができるのでしょうか。国際的合意、各国の法制度、社会インフラの構築などの国や政府によるトップダウンでの取り組みや、市民や地域内での実践や取り組みといったボトムアップの動き、行政や企業、大学、生活者などそれぞれの立場で環境問題との関わり方は異なりますが、課題解決のためには、そのすべてが必要不可欠です。
神戸大学に所属される島村さんとIGESフェローの前田さんは、神戸大学にて2020年度から「脱炭素社会の地域づくり」をテーマに講義を持たれています。地方自治体、民間企業、市民団体などのさまざまな実践者を講義へと招きながら、脱炭素社会実現に向け、大学などの教育機関や大学生が何をすべきかを探る取り組みです。その授業と連動するかたちで、日立製作所研究開発グループではSFプロトタイピングの手法を用いたワークショップを実施。神戸大学の学生とともに、脱炭素社会の実現へのロードマップを探りました。
──島村さんと前田さんは、神戸大学にて「脱炭素社会の地域づくり」という講義を担当されていると思います。まず、どのような経緯で講義は始まったのでしょう?
前田さん:
課題意識としては、脱炭素社会の実現を社会・経済・環境といった包括的な視点から議論できる人財が不足していると感じたことにあります。この講義を立ち上げようと考えたのは2019年ですが、当時は国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)で2020年以降の温室効果ガス排出削減などのための新たな国際枠組みとして「パリ協定」が採択された後で、気候変動への危機感が高まっていました。それに比べて日本国内の取り組みは一歩遅れていると感じており、環境問題を多面的に議論できる人財を育成する必要性を感じていたんです。そんな課題感を神戸大学エコノリーガルスタディーズ(ELS)の先生方に相談したときに、みなさん深く共感してくれ、島村さんと一緒に講義を進めることになりました。
島村さん:
私自身は神戸大学で環境法の研究に取り組んできました。環境法とは環境政策に枠組みを与えるとともに、国や地方自治体、民間企業、市民などの環境保全に関する役割を定めるものなのですが、日本ではあまり認知されていない法学の一分野です。2011年の福島第一原子力発電所事故、その後のパリ協定発効というエネルギー・環境政策の転換点にいるのに、全国の大学の法学部などでは、重要なことが語られていないと考えていました。前田さんの話を聞いたとき、ぜひとも講義として環境問題や環境法を取り巻く現状を紹介したいと感じました。
環境問題を「地域」という単位から捉え直す
──今回の講義のテーマは「脱炭素社会の地域づくり」だと思います。環境問題について包括的に議論できる人財を育成する際、なぜ「地域づくり」という切り口を設定したのでしょうか?
前田さん:
講義を始めた1年目は座学のスタイルで、COPの取り組みの話から日本の環境法やカーボンプライシングの現状までを包括的に教えるカリキュラムを設定していたんです。ただ、このカリキュラムだと生活との距離感がありすぎて、学生のみなさんに環境問題を自分ごととして捉えてもらうことが難しかった。知識はついても、結局どんなアクションをすればいいのかを想像できないという状況です。なので2年目以降は、自身が環境問題の解決に必須のアクターの一員だと実感してもらえる講義設計を模索しました。そのときにキーワードになったのが「地域」なんです。
島村さん:
講義は第1回〜第5回の「基礎知識編」、第6回〜第12回の「地域での実践例紹介編」、第13回〜第15回の「自分ごと化編」で構成されています。まずは環境問題に対する包括的な知識を学ぶことで全球的な眼差しを獲得し、その後に各実践者の取り組みを知ることで日本国内におけるリアルな課題感を知る。最後に学んだ知識を活かして自分ができるアクションとは何かを考える──。このような魅力的な授業の設計をしてくれたのが前田さんです。
肝になっているのは、地域の事業者の方々をゲスト講師としてお招きする「地域での実践例紹介編」です。学生たちは事業者の方々の取り組みへの熱量や直面しているリアルな課題感を知ることで、自分の生活の延長に環境問題を捉えることができたはずです。
産業構造全体の転換を考える
──自分の住む地域で気候変動に対してどのようなアクションが実践されているのかを知ることは重要ですし、地域自治体単位の法整備の課題について知ることで環境問題への理解度が大きく上がると感じました。森木さんは博士課程の学生として、この講義を受講されていたのですよね?
森木:
そうですね。実は日立製作所に勤めながら、博士の学生として神戸大学にお世話になっています。
島村さん:
講義を受けた感想が気になるところです。
森木:
私はもともと工学部を卒業して日立製作所に入社したのですが、そうするとハードウェアの視点が気になりがちなんですよね。脱炭素社会の実現に向けては、とにかく発電所の性能を向上させるための技術革新が大切だという世界観です。それに対して、今回の講義では環境問題の解決のためにはテクノロジー以外の視点も重要だということを身に沁みて実感することができたのが、すごく良い経験でした。
島村さん:
嬉しい感想ですね。脱炭素社会の実現に向けて企業が再生エネルギーなどを導入するとなっても、そう簡単に立地が進むとはかぎりません。産業構造全体を転換する取り組みなので、地方自治体、民間企業、市民団体などの多様なステークホルダーの合意形成が必須です。
森木:
はい。そんな学びを生かして、日立製作所では、再生エネルギーやEV(電気自動車)といったソリューションによって、どのように地域の暮らしを豊かにできるのかを考えるところから構想するプロジェクトを実施中です。具体的には、EVを移動する蓄電池として捉え、災害時のソリューションとして活用できないかと検討を進めています。各家庭や事業者が所有しているEVを災害時に避難所へと結集させるようなエコシステムを地域全体でつくっていくことで、災害時に安定した電力源を確保しようという取り組みです。
前田さん:
アカデミアの役割のひとつは、日立製作所のような大企業と連携しつつ、気候危機の時代に合わせて業界構造を変革することにあるのではないかと思っています。経済的な視座だけでは取りこぼしてしまうこともある環境法の視点であったり、生活者視点を提供したりする。森木さんに話を聞いていて、今回の取り組みはアカデミアとビジネスの理想的な関わり方のひとつだなと感じました。
次回は、神戸大学と日立製作所が共同で実施したワークショップの取り組みを振り返ることで、脱炭素社会の実現や環境問題の解決を私たち一人ひとりが自分ごと化するためのアプローチを探っていきます
島村 健
神戸大学 大学院法学研究科 教授
2001年、東京大学法学政治学研究科博士課程単位取得退学。2004年まで日本学術振興会特別研究員(PD)。2004年、神戸大学大学院法学研究科助教授。2012年より現職。2023年4月から、東京大学ビジネスロー・比較法政研究センター・客員教授も務める。
前田 利蔵
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)
関西研究センター フェロー
専門は都市環境管理や都市環境政策。青年海外協力隊(ガーナ国)、建設技研インターナショナル株式会社、UNDPマレーシア事務所を経て現職。北海道大学工学部衛生工学科卒、サセックス大学大学院環境・開発政策修了。
森木 俊臣
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 社会課題協創研究部 リーダ主任研究員 (Unit Manager)
1999年、九州大学大学院システム情報科学研究科知能システム学専攻修了。同年株式会社日立製作所入社、企業向けストレージの管理ソフトウェア研究開発等を経て、社会課題解決型の新事業創生活動に従事。
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