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社会イノベーション実現のためには、顕在化していない社会課題を捉える良質な問いの力が必要です。社会にインパクトを与える作品を生み出すアーティストは、どのようにして良質な問いにたどりつくのでしょうか。全国各地でのワークショップや執筆などを通してアートと社会をつなぐ活動を行っている末永幸歩さんと、日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本長の花岡誠之が、社会イノベーションとアートに共通する問いの立て方について、末永さんの母校でもある武蔵野美術大学の美術館・図書館で語り合います。

[Vol.1]アート鑑賞から学ぶ、新しいものの見方
[Vol.2]社会イノベーションとアート
[Vol.3]ものごとの価値はどこから来るのか

画像: 400点を超える名作椅子のコレクション。プロダクトデザインを学ぶ学生は、椅子を通じて人と環境の関係について学ぶ

400点を超える名作椅子のコレクション。プロダクトデザインを学ぶ学生は、椅子を通じて人と環境の関係について学ぶ

小さな「やってみたい」から始める

花岡:
研究開発の立場から社会イノベーション事業に携わる私たちには、「社会をどのように見ていけばいいのか」という大きな問いがあります。アーティストには、自分の感性だけでなく、社会の動向や歴史をふまえて作品を生み出す人も多いように思うのですが、どうでしょうか。

末永さん:
そうですね。たとえば、マティス(Henri Matisse)がやったことをピカソ(Pablo Picasso)が乗り越えて、次は……というように、アートの動きは一本のストーリーとして語られがちですね。ただ、それは結果的に言えることでしかないと最近思っているんです。

画像: 社会イノベーションをめざす研究者として、アート思考をどのように取り入れていくべきか

社会イノベーションをめざす研究者として、アート思考をどのように取り入れていくべきか

花岡:
そうなんですか?

末永さん:
マティスは1911年に「赤いアトリエ」という抽象画に近い作品を描いています。いまとなっては具象画から抽象画へと連なるアートの歴史の中に位置づけられていますが、描いた当時はまったく評価されていませんでした。また、マティス自身も、ジャーナリストの質問に対し、 「自分でもこの絵(「赤いアトリエ」)のことが分からないんだ。何故このように描いたのか、自分がこの絵で何をしたのかが分からないんだ」と答えているんです。結果的に偉業を成し遂げたアーティストの多くも、最初から確固たる問いや「こんなアートを実現したい」というようなビジョンがあったわけではないのだと思います。

画像: 「何をしようとしていたのか分からない」。マティスの言葉から気づきを得たという末永さん

「何をしようとしていたのか分からない」。マティスの言葉から気づきを得たという末永さん

花岡:
だとすると、その偉業を成し遂げた原動力は何でしょうか。

末永さん:
おそらく、最初はごく小さな衝動だったのではないでしょうか。マティスは「赤いアトリエ」の直前に、具象画に近い「ピンクのアトリエ」を描いています。まずその体験があって、次の絵を描くときに「ここを赤で塗りつぶしてみたい」といった小さな衝動が何かのきっかけで生まれ、やってみた、ということではないかと思うのです。私はその小さな衝動を「興味のタネ」と呼んでいます。

雪だるまのように興味の種を転がす

花岡:
最初から追求しがいのある良質な問いがあったわけではない、ということですね。

末永さん:
はい。それよりは、興味のタネに応じて行動していく過程の中で何かが生まれ、「今度はこうしたい」と雪だるまのように転がっていって、最終的に問いが生まれるのかもしれないし、それを社会に投げかける形になるのかもしれません。

中高生を対象としたワークショップの中で、「斬新な授業の受け方を考える」というワークをやってみたことがあるんです。たとえば寝転がりながら受ける、お菓子を食べながら受ける、授業中に寝る、など、学生からいろいろなアイディアが出てきて、いくつか実際にやってみました。

画像: 末永さんは、「まずやってみる」「やってみてから思いを掘り下げる」ことを重視している

末永さんは、「まずやってみる」「やってみてから思いを掘り下げる」ことを重視している

みんなで大笑いしながら一通りやってみたあとで、「実際やってみてどうだった?」と聞いてみたんです。最初はだいたい「楽しかった」と言うんですが、さらに聞いていくと「好きな姿勢で、と言われたけれど、そこまで大きく姿勢を変えている人はいなかったのはなぜだろう」、「末永さんが『集中できる姿勢ならどんなでもいいよ』と言っていたけれど、そもそも集中する必要はあったのかな?」といった疑問が出てきたんです。

実はこれ、衝動と体験を重視したマティスの制作過程と同じようなことをやってみたいと思って取り組んだものなんです。どんな効果があるかを考えたり議論したあとで実行するのではなく、ノリで笑いながらやってみてから考える、というプロセスを踏んだことで、子どもたちの中に新たな疑問が出てきました。それが次の問いや「やってみたい」という興味のタネに結びついて、また次の行動へつながる。それを繰り返すうちに、最終的に良質な問いが生まれてくるのではないかと思っています。

点と点は最後につながる

花岡:
そう考えると、私たち研究者は最初から良質な問いを狙いすぎているのかもしれません。効率的ではありますが、新しいものが生まれにくくなってしまう可能性がありますね。

末永さん:
それは、学校教育の現場でも起きていることです。いま、高校では「総合的な探究の時間」が導入されていますが、そこではたとえばSDGsのゴールの一つを選んで探究してみよう、というような問いの立て方が一般的です。でも、最初のきっかけって、そんなに社会背景を踏まえた大きなものでなくてもいいのでは?とも思います。もっと個人的な「やってみたい」という思いや、小さな疑問から始めてもいいと思うんです。

画像: 問いの種から生まれる試行錯誤を大切にしたい、と花岡

問いの種から生まれる試行錯誤を大切にしたい、と花岡

花岡:
自分にとって質の良い、本当の興味のタネを見つけることは大変なことだなと思っています。良質な問いを見つけようと、自分の原点に立ち戻ったりしているのですが、自分の真ん中にあるものが何なのか、そんなにすぐに分かることではありませんね。まずはやってみて、それがどんな気づきやインパクトにつながるのかを確かめながら、「これは違ったかな」「こっちの方向だったな」と試行錯誤するのが大切なのだと感じました。

末永さん:
13歳からのアート思考』の最後に引用したスティーブ・ジョブズのスピーチの中に、「Connecting the dots.(点と点をつなげる)」という言葉があります。自分の興味に従ってやってきたことは、関係ないように見えてもいつかつながっていく、だから興味に従ってやってみよう、という内容なのですが、スティーブ・ジョブズは「点と点を先につなげることはできない」と強調しています。「寝転がって授業を受けたい」という何の役にも立たなさそうなことが、次の疑問を生み出していく。その繰り返しを後から振り返るとすべてつながっている、ということなんだと思います。マティスもピカソも、始まりは取るに足らないような個人的な疑問だったはずです。

画像: 個人的な小さな問いを社会変革につなげるには?対話は続く

個人的な小さな問いを社会変革につなげるには?対話は続く

花岡:
なるほど、そういうことなんですね。理解が深まりました。

末永さん:
誰でも社会の中で生きているので、たとえ自分の個人的な興味や疑問から始めたとしても、どこかで社会とのつながりは生まれてくるでしょう。社会課題に対して意思表示するようなコンセプチュアルなアートも増えていますが、アートと社会の関わりはそれだけではないと思います。

次回予告

「探究はごく個人的な衝動から始まる」と語る末永さん。個人の探究の結果が社会に受け入れられるものになるには、何が必要なのでしょうか。アートをはじめとする「ものごとの価値」について、末永さんと花岡がさらに対話を重ねます。

取材協力/武蔵野美術大学 美術館・図書館

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画像1: [Vol.2]社会イノベーションとアート│末永幸歩さんと考える、アート思考と問いの力

末永 幸歩(すえなが ゆきほ)
アート教育者・アーティスト

武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科 卒業。東京学芸大学 大学院 教育学研究科(美術教育)修了。東京都の中学校の美術教諭を経て、2020年にアート教育者として独立。現在、東京学芸大学 個人研究員。「制作の技術指導」「美術史の知識伝達」などに偏重した美術教育の実態に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方の可能性を広げ、自分だけの答えを探究する」ことに力点を置いた授業を行う。現在は、各地の教育機関や企業で講演やワークショップを実施する他、メディアでの提言、執筆活動などを通して、生きることや学ぶことの基盤となるアートの考え方を伝えている。

著書に、20万部超のベストセラー『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)がある。プライベートでは一児の母。「こどもはみんなアーティスト」というピカソの言葉を座右の銘に、日々子どもから新しい世界の見方を教わっている。
末永幸歩 公式ウェブサイト  https://yukiho-suenaga.com/

画像2: [Vol.2]社会イノベーションとアート│末永幸歩さんと考える、アート思考と問いの力

花岡 誠之
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 統括本部長

1996年 大阪大学大学院 工学研究科 通信工学専攻 修士課程修了後、日立製作所 中央研究所 入社。次世代無線通信システム(3G、4G、5G、コグニティブ無線)の研究開発及び、3GPP、IEEE802等の国際標準化活動に従事した後、ネットワークシステム、コネクティビティ、ITプラットフォーム分野における研究開発及びそのマネジメントに従事。2018~2019年、本社 戦略企画本部 経営企画室 部長、2020年より研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ長、2021年より同デジタルプラットフォームイノベーションセンタ長を経て、現職。

IEEE、電子情報通信学会(シニア) (IEICE)、情報処理学会(IPSJ)、各会員。博士 (工学)

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