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社会イノベーションの実現に向け、さまざまな視点で社会を見つめるデザイナーや研究者たち。彼らがアートの視点をもつことで、何が見えてくるのでしょうか?アートの視点からの未来洞察をテーマとした社内教育プログラムにご協力くださった武蔵野美術大学准教授の石川卓磨さん、美術作家の渡辺泰子さん、小説家の古谷田奈月さんと、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタの伴真秀、小西正太、下林秀輝が語り合います。
画像: アーティスト、小説家という立場から他者の視点で世界を見ることの重要性を語る

アーティスト、小説家という立場から他者の視点で世界を見ることの重要性を語る

スペキュラティブデザインとSFプロトタイピング

伴:
社会イノベーション事業に携わる私たちは、社会を見るためにさまざまな視点をもっています。しかし社会がこれだけ大きく変わる中、想定外の事象に耐えながら己の中に新たな世界観を持ち、未来を語れる力をもつことが必要なのではないか。そう考えて、私たちはアートのもつ力に注目し、社内教育プログラムとして導入しました。プログラムの内容は、まずアート視点による社会の読み解き方を学び、そのあと実際にアート作品を作ることで、自ら捉えなおした社会の未来の姿を表現するところまで3日間で一気に行うというもので、毎年実施しています。昨年は、石川さん、渡辺さん、古谷田さんをお迎えしました。

石川さん:
私が皆さんとご一緒したプログラムは、未来について議論を行うためのスペキュラティブデザインの手法と、SFプロトタイピングという小説を用いた未来洞察の手法のコラボレーションによるものでした。

伴:
石川さんと渡辺さんがアーティスト、古谷田さんが小説家というお三方だからこそ実現した内容でしたね。初日はアート視点で社会を捉えなおす、ということについて講義を頂きました。

石川さん:
このプログラムは「他者を一人称として捉えたときに何が見えてくるのか」、「生活の実感とはどんなものなのか」といった問いがベースになっています。今回、小説の要素が入ったことで、視点を切り替えるだけでなく、内面を掘り下げるような要素も入れることができたと感じています。

画像: 昨年行われた社内教育プログラムを振り返る石川さん

昨年行われた社内教育プログラムを振り返る石川さん

カラスの目で世界を見てみよう

石川さん:
アートが社会に与える影響として一番大きいのは、人の視点を変え得る力なのではないかと思っています。たとえば、ダニが感じている世界と私たち人間が感じている世界が実はまったく違うという、「環世界」という考え方があります。客観的な環境として世界が存在するのではなく、それぞれの生物が一人称的に独自の世界を構築している、と考えているわけです。

私は以前から、アートで大事なことのひとつは「カラスのような他者になってみること」だと考えていました。都市というひとつの空間で、人間とカラスは共存しています。人間はカラスのことなんかほとんど考えずに生活していますが、カラスもカラスでまったく別の世界観をもって同じ空間にいます。例えば同じ人の動きや車の流れ、建物の様子などについても、人間とは異なる用途で見ています。例えばカラスが交差点にクルミを置き、車がそれを轢いた後に中身を食べる、という現象があります。人にとって車は移動手段ですが、カラスにとってはくるみ割り機として見えているわけです。

印象派の画家たちも、通常の生活者や消費者が気に留めないような新しい観点で都市を観察していました。それは「よそ者」の視点だと思うんです。

伴:
なるほど。「よそ者」というのは大事なポイントかもしれませんね。

石川さん:
答えのない時代には、よそから来た観察者の視点で社会を見る必要があります。通過点でしかない通勤路も、注意を向けてみるといろいろなものが見えてくるはずです。アートや小説の力で、そのいろいろを引き出していくわけです。「よそ者」というのは、目的を外して物事を見ることができる存在です。ビジネスパーソンがよそ者の視点をもつと何が起きるのか。「カラスの目で世界を見る」とはそういうことだと思います。

画像: 想定外に耐えながら己の中に新たな世界観を持ち、未来を語れるようになるために、アートのもつ力に注目した伴

想定外に耐えながら己の中に新たな世界観を持ち、未来を語れるようになるために、アートのもつ力に注目した伴

五感で観察する

伴:
カラスの視点で見るというお話は、かなり衝撃的でした。日頃私たちが社会を見るときにも、「よそ者」としてコミュニティに入っていくことはあります。しかしそれはあくまでも、人間の社会に人間のよそ者として入っていくということです。ですから、「カラスとして入ったときにどうなるのか」という問いは新鮮でした。デザイナーとしてこのプログラムに参加した小西さんは、どんなことを感じましたか。

小西:
私たちのオフィスがある協創の森には、夕方になると大量のカラスが飛来してくるのですが、あるカラスは草地の上にいたり、また別のカラスは建物の屋上の縁にいたりと、当然ながら、人間が作った建築の導線とは全く関係ない動き方をしているんですね。そのときに、カラスからしたら、オフィスの建屋=人工物と自然物の間に何か違いがあるのだろうか?とか、彼ら一羽一羽はなぜそれぞれ違う場所にいるんだろう?足の裏の触感?それともカラスにも、他者との距離感、コンフォートゾーンのようなものがあるのだろうか?……などといろいろな疑問が湧いてきまして。そのときに、「カラス(他者)としての自分を、その場の身体感覚(実感)を伴って想像する」ことのヒントが掴めたような気がするんです。決してカラスを擬人化するわけではなく、またカラスという種類全体で捉えるのではなく、協創棟の屋根に止まっている、あのカラスの五感は何を感じているのか想像する、というか……まだ全然できないんですけど。考えてみれば、彼らは別に社会を観察しているわけではなく、身体を使ってサバイブしているんですよね。講義のときに石川さんが話してくださったスケートボードの話を思い出しました。

石川さん:
駅の南口と北口をスケートボードで走るとそれぞれの路面のコンディションが違う、という話でしたよね。南口は道路を綺麗にしているけれど、北口はあまり管理されていない。スケートボードに乗ることで、そういったことに気づくわけです。観察というと視覚的なものに限定しがちですが、身体で感じることも観察だと思いますよ。

画像: カラスの身体感覚に思いをはせた体験を語る小西

カラスの身体感覚に思いをはせた体験を語る小西

周縁化された存在にスポットを当てる

小西:
他にも、あのカラスはなぜああいう飛び方をしているのだろう、といったことも考えました。例えば、エアコンの室外機から出る空気は、人間には暑くて不快、としか意識できませんが、カラスには何か別の影響もあるんだろうか、熱風が上昇気流になって利用できるのかも、とか。もちろん、これまで30年以上付き合ってきた自分自身の身体感覚から完全に抜け出ることは出来ないのですが、五感(身体感覚)を伴って他者の見る世界に思いを馳せることが重要なのかなと思いました。

石川さん:
カラスの視点から考える室外機の問題と、人間の視点から考える室外機の問題とは全然違うんですよね。そんなふうに、動物や植物の身になってみると見えてくるものが全然違ってくるのは面白いですね。

伴:
古谷田さんには小説家としてこのプログラムの講師の一人を務めて頂いておりますが、小説を書くときの「視点の切り替え」に対し、どうお考えですか。

古谷田さん:
社会について語るときに、その文脈に乗れない人や注目されにくい人を「周縁化された人」という言い方で表現することがあります。小説は、そういう周縁化された存在にスポットを当てる役割を持っていると思うんです。また、社会の一員として立派に生きているような人たちにも表現されていない内面があって、小説は、そうした内面を言語化する役割ももっています。小説を書くということ自体が、その人の視点で社会を描くことであり、その人の人生を生きるということなんです。

画像: 小説を書くことはその人の視点で社会を描くこと、と語る古谷田さん

小説を書くことはその人の視点で社会を描くこと、と語る古谷田さん

自分と異なる他者の視点に立つために、アートはどのような役割を果たすのでしょうか。そして、未来を洞察する上で、その手法をどのように役立てることができるのでしょうか。次回も引き続き語り合います。

画像1: [Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く│創作活動が育む未来へのまなざし

石川卓磨
武蔵野美術大学准教授

近現代のアートを専門領域とし、作家、批評、キュレーション、編集、映像制作など。「αMプロジェクト2023-2024|開発の再開発」ゲストキュレーター。芸術・文化の批評、教育、製作などを行う研究組織である「蜘蛛と箒」を主宰。絵画、写真、映像などの複数のメディアの関係性を捉え直す作品を制作。デザインや現代思想などの接点を重視し、近代の前衛芸術からスペキュラティブ・デザイン、ソーシャリー・エンゲイジド・アートなどをリサーチ対象にしている。

画像2: [Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く│創作活動が育む未来へのまなざし

渡辺泰子
美術作家
東京造形大学造形学部絵画専攻領域非常勤講師

武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油画コース修了。旅と地図をテーマに、他世界や他者との接触、その境界の解明を目的とし制作を行う。作品における宇宙的・社会的視座の背景には、SF小説や天文学の一分野である地球外知的生命体探査(SETI)からの影響、また人類の移動や越境の歴史における想像力と開拓への関心が挙げられる。

個人での活動の他、演劇とのコラボレーションや、女性アーティストコレクティブであるSabbatical Company ( 2015- ) や、年表制作を目的としたTimeline Project ( 2019 - ) の設立、運営に携わる。活動の複数性は、美術の枠組みにおける境界の解明としても展開されており、作品のコンセプトと目的を同じくして行われている。

画像3: [Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く│創作活動が育む未来へのまなざし

古谷田奈月
小説家

2013年、『今年の贈り物』で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞、同作を『星の民のクリスマス』と改題しデビューした。2017年、『リリース』で第30回三島由紀夫賞候補、第34回織田作之助賞を受賞。2018年、「無限の玄」で第31回三島由紀夫賞を受賞、「風下の朱」で第159回芥川龍之介賞候補となる。『望むのは』で第17回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞、『無限の玄/風下の朱』で第40回野間文芸新人賞候補となった。2019年、『神前酔狂宴』で第41回野間文芸新人賞を受賞。2023年、『フィールダー』で第8回渡辺淳一文学賞を受賞。

画像4: [Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く│創作活動が育む未来へのまなざし

伴真秀
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
リーダ主任デザイナー

日立製作所入社後、コーポレートWEBブランディング、建設機械・IT運用管理システムのインタラクションデザインを担当。2011年より北米デザインラボを経て2015年より家電、ロボット・AI領域の将来ビジョンや地域活性に関するサービスデザインを担当。企画部門を経て、現在サーキュラーエコノミーに関するサービスデザイン研究に従事。

画像5: [Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く│創作活動が育む未来へのまなざし

小西正太
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ UXデザイン部
デザイナー

リテール分野におけるプロダクトデザイン、HR分野におけるUIUXデザイン経験を経て、2021年株式会社日立製作所に入社。家電領域における新規事業創出に取り組んだ後、現在はEV・グリーンモビリティに関するUIUX/プロダクトデザインや、参加型社会を実現するためのデザインアプローチに関する研究に従事。

画像6: [Vol.1] アートの視点で世界を観る、描く│創作活動が育む未来へのまなざし

下林秀輝
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 社会課題協創研究部

2021年、株式会社日立製作所に入社。次世代情報通信基盤に関する国際標準化活動への参画を経て、現在はスマートシティ領域における社会課題解決型事業の創出に取り組む。学生時代に培ったXRやロボットに関する幅広い知見を活かしながら、新事業創出のためのプロトタイピング手法の研究開発を推進。

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