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手を動かして触れられるモノをつくるタンジブルな世界に対し、ビジネスやイノベーションの現場は言語と思考が優位です。そういった現場では、タンジブルの発想をどのように生かしていくことができるのでしょうか。Vol.3に引き続き、『ビジネスで成功する人は芸術を学んでいるーMFA(芸術修士)入門』の著者 朝山絵美さんと、日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部長の花岡誠之が語り合います。ナビゲーターは、研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 主管デザイン長 兼 武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科教授の丸山幸伸です。

※トークセッションの様子は、記事末尾のリンクから動画でもご覧いただけます。文字ではお伝えしきれないライブ感をお楽しみいただけると思いますので、ぜひご視聴ください。

[Vol.1]椅子作りを通して見つけたアイデア深化のキモ
[Vol.2] 五感に触れる言葉と造形でビジョンを語る
[Vol.3] イノベーションをリードする人財、組織のあり方とは
[Vol.4]「手を動かして考える」をみんなのものに

インタンジブルからタンジブルへ

花岡:
今日の講演を聞かせて頂いて、改めて、朝山さんが非常に苦労されながら研究を進めてこられたことが分かったのですが、その中で「タンジブル化」が私たちの研究活動にとっても必要なプロセスなのではないかと思っています。そこで、朝山さんがタンジブル化を進める過程で、苦労された部分があれば聞かせていただきたいのですが。

画像: 研究活動をよりタンジブルなものにするための方法をさぐる花岡

研究活動をよりタンジブルなものにするための方法をさぐる花岡

朝山さん:
ありました。最初に「椅子を作ろう」と決めてからラフスケッチを始めるまでに、実は14ヶ月かかったんです。椅子の歴史を古代ギリシャ時代から調べ、椅子づくりの授業に潜り込んで先生の講評をメモしてマッピングして……と楽しんでいたのですが、そのあいだ手は全く動いていない。つまり、言葉でしかアイデアを揉んでない期間が14ヶ月あったということです。

修士の修了制作展の3ヶ月前になって、先生に「いいから作りたいものを描いてみなさい」と言われてラフスケッチをしたのですが、上手に描けないんです。構造がめちゃくちゃな絵になって、恥ずかしくてスケッチブックを閉じてしまう。そうしているうちに今度は「5分の1スケールでいいから作ってみなさい」と言われて紙粘土で作ってみたものの、作ったものが自立しないんです。立体の作り方も知らないし、作ったものが本当にダサすぎて、やっぱり私はタンジブルをやる人間じゃないんだと思って、本当に恥ずかしかったです。この気持ちから前に出るというのが一番難しかったですね。

花岡:
講演のなかでも、作品が「イケてない」と問いかけてくる、というお話がありましたね。あれがすごく響きました。というのも、わたしも4月の個展で展示されていた扇風機みたいなプロトタイプを拝見したときに、大変申し訳ないのですが確かに「イケてない」って思ったんです(笑)。

ただ、私自身は、朝山さんが、あのイケてなさから出発したところが、本当にすごいことだと思ったんです。研究者はともすれば、プロトタイプどころか、頭の中だけで完結してしまいます。頭の中で描いたものは、ひょっとしてあの扇風機以上に「イケてない」ものなんじゃないか、とハッとしました。

朝山さん:
美の感覚って、理屈じゃなくてダサいものはダサいんですよね。在学して2年目ぐらいになると、講評のとき他の学生の作品が並ぶ中で、一目見るだけで「これはいい」というものが分かってきます。この美の感覚には共通項があるんだなと思ったのと、個性ではなく、やはりいいものはいいんですよね。

画像: 作品を感じるとる感覚には、センスや個性とは違った共通項があることを見つけた朝山さん

作品を感じるとる感覚には、センスや個性とは違った共通項があることを見つけた朝山さん

手を動かして生まれたものは自分の分身

花岡:
私は自分の思いをプレゼン資料という媒体を通じて言語化する機会がよくあるのですが、これはタンジブルとは言えないのでしょうか。抽象的なビジョンを自分なりに解釈して絵や文字にしているので、これも一種のタンジブル化なのかなと思うのですが。

朝山さん:
そうですね。自分の考えを文字や絵にしてプレゼン資料としてまとめることで、話し言葉よりは少し五感に触れる表現に近くなっています。ただ、それと実物とはやはり違うと思うんです。というのも、修士1年目で初めてプロトタイプをつくって講評に出したときの、「ああ、プレゼン資料と自分から生み出すものとは全然違うんだ」という衝撃がすごかったんです。

「次週までに誰かへのギフトを10個作る」という課題だったのですが、それに対する先生のフィードバックの刺さり方が、プレゼン資料のときとはまったく違いました。

プレゼン資料は思考の部分だけを言語化して切り出したものですが、手を動かしてつくったプロトタイプ(タンジブル化したもの)は自分の分身なんですよね。プレゼン資料はフィードバックに対しても、「ああ、ここ直せばいいのね」と自分と切り離してさらっと反応できますが、プロトタイプは分身ですから、自分でもイケてないと思っているからこそ、そのイケてなさを他人から言語化されるとグサっと刺さるんです。

画像: タンジブル化したものは自分の分身と同様だと話す朝山さん

タンジブル化したものは自分の分身と同様だと話す朝山さん

花岡:
たしかに、プレゼン資料では、周りの方々からの指摘やフィードバックに多少へこんだとしても、そこまでショックを受けることはないかもしれませんね。

丸山:
立体物には言葉で説明を載せられませんよね。モノで語れていないのに、口で何を言っても、誰も見てくれない、というのが本当にきついですよね。

朝山さん:
そこに置いた瞬間、自分でもイケてないって分かるんですよね。いろいろ言葉で補足して言い訳をしていても、そこに置いてしまったモノの姿は変わらない、っていう。

丸山:
最近の花岡さんが作るプレゼン資料を見ると、文章の改行位置を整えるために文章表現を選びなおしたり、図のデフォルメ、図のレイアウト、使用する色合いなどにかなり気を使って工夫していたりして、相手に届けるある種の作品としてつくろうとする意思を持っているように感じるんです。ただ、あれだとまだ痛みが足りませんね(笑)。

背景や説明で逃げ切るのではなく、出したものが相手にどういう印象を与えるのか、そこに「もろ身をさらす」ことが問われているんですね。

役割を超えて、手を動かしてみよう

朝山さん:
何度かイベント登壇するうちに、「デジタルプロダクトであっても、椅子の制作と同じように手を動かすことにより創造力が高まるのか」というご質問をいただくようになって、自分でも経験してみようと思い、ポートフォリオのWEBサイトを企画してデザインから制作まで自分でやってみたんです。その結果、やはりデジタルプロダクトでも自分で手を動かして作ってみるということが本当に大事だと気づきました。

私はこれまでに、デジタルサービスのコンサルティングやそういう制作の現場の方々とご一緒する機会が多かったのですが、自分の手でWEBサイトをつくってみたことで、アイデアをきちんと伝えないままデザイナーやエンジニアにお任せしていた部分が多かったことがわかって、少し強引なリーダーシップをとってしまっていたんだなと気づいたんです。

こんなふうに、マネージャーレベルの方でも手を動かして作ってみたり、アイデアとモノのギャップがあるということを認知して、そのギャップを埋めていくための努力ができると組織も活性化するのではないかと、この経験を通じて感じました。

画像: 「デジタルプロダクトでも、手を動かすことで気づきを得ることができる」と朝山さん

「デジタルプロダクトでも、手を動かすことで気づきを得ることができる」と朝山さん

花岡:
今回私はリーダーという立場でこのイベントに参加させて頂き、リーダーとして多くの示唆をいただけたと感じていますが、組織全体でビッグピクチャーをしっかり具体化していくために、現場の研究者やデザイナーのような実担当者がリーダーとうまくコラボレーションするために心がけるアイデアのようなものがあれば教えてください。

朝山さん:
職種にもよりますが、リサーチャーのような人たちは担当者自らが現場の一次調査をすることが多いので、リーダーにもそこに立ち会ってもらうよう働きかけ、現場の生のデータや一次情報を一緒に見て、そこから二次情報にまとめてゆく、というようなやり方があるように思います。

また、造形の専門職であるデザイナーやエンジニアには、もっと自分の中の美意識を言語化して語ってほしいと思います。あえてそこにトライすることで、チームメンバーやリーダーの記憶のなかに美の感覚を蓄えていってもらう手助けになるので、より組織が活性化するのではないでしょうか。

画像: 朝山さんの本を読んだ花岡は、70か所以上に付箋をつけていた

朝山さんの本を読んだ花岡は、70か所以上に付箋をつけていた

丸山:
工学とデザインが二律背反のように語られる時代は過ぎ、経営とも密接なかかわりを持ちながらいろいろなものを越境して話さなければならない状況の中で、今回の武蔵野美術大学と日立との共催イベントは、そういった会話の場を持つ機会として開催に至りました。今日のような場を、今後も繰り返しもっていくことで、機運を盛り上げていきたいですね。クロージングに向けてお二人から一言ずつお願いします。

朝山さん:
4月の展覧会で展示を一生懸命見てくださっている人がいると思ってお声がけしたのが花岡さんとの最初の出会いだったのですが、このような機会をいただけたことにまず感謝申し上げます。私自身、機械よりも人間と対話するほうが好きなので、こういった対話の場を大事にしていますし、今日もこの場で皆さんと時間を共有できてよかったと思いました。今日お話ししたような考え方が社会全体に広がっていって、社会の価値観が変わるというのが私のゴールなので、ぜひ皆さんにそのパートナーとなっていただければと思っております。

花岡:
4月に朝山さんにお会いしてから、このテーマは非常に魅力的でどんどん掘り下げてゆきたいという思いからスタートして、著書を拝読し、講演会を拝聴し、今日に至りました。今回のイベントでお話を伺って、また新たな刺激をたくさん受けましたので、次回は今回の気づきを実際に実践してみた結果について、改めて会話させていただく機会を作れたら良いなと思っています。参加してくださった皆さんにとっても、今日の講演と対談が少しでも何かのヒントになれば幸いですし、この場自身も参加者の皆さんの新たなコラボレーションを生む機会になれば幸いです

画像: 役割を超えて、手を動かしてみよう

動画:トークセッション「研究をリードする人材とその組織の在り方」

画像: トークセッション「研究をリードする人材とその組織の在り方」(武蔵野美術大学・日立製作所 共催イベント) www.youtube.com

トークセッション「研究をリードする人材とその組織の在り方」(武蔵野美術大学・日立製作所 共催イベント)

www.youtube.com
画像1: [Vol.4]「手を動かして考える」をみんなのものに│ “タンジブル化”が問いを磨く ~不確実性の高い環境での研究開発や組織のあり方~

朝山 絵美
Creative leadership coach /Human centric strategist

外資系コンサルティングファームにおいてマネジング・ディレクターを務め、人間中心の経営戦略を専門とする。同志社大学大学院工学研究科知識工学専攻(現:理工学研究科インテリジェント情報工学専攻)の修士課程を修了。カナダ バンクーバーにてCo-ActiveⓇ Training Institute(CTI)主催のコーアクティブ・コーチングのコアコースを通じてコーチングを修学。その後、外資系コンサルティングファームに入社し、現在に至る。公益社団法人、一般社団法人の理事や相談役を歴任、経営者を対象としたエグゼクティブコーチングの実績も多数ある。武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースの修士課程を2021年3月に修了。その後、同大学院博士後期課程において、ビジネスパーソンが人間らしくイキイキとイノベーションを創出するための研究と椅子の制作を中心としたアートワークを行い、2024年3月に学位を取得。

工学修士(Master of Engineering)、造形構想学修士・博士(Ph.D. of Creative Thinking for Social Innovation)

画像2: [Vol.4]「手を動かして考える」をみんなのものに│ “タンジブル化”が問いを磨く ~不確実性の高い環境での研究開発や組織のあり方~

花岡 誠之
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 統括本部長

1996年 大阪大学大学院 工学研究科 通信工学専攻 修士課程修了後、日立製作所 中央研究所 入社。次世代無線通信システム(3G、4G、5G、コグニティブ無線)の研究開発及び、3GPP、IEEE802等の国際標準化活動に従事した後、ネットワークシステム、コネクティビティ、ITプラットフォーム分野における研究開発及びそのマネジメントに従事。2018~2019年、本社 戦略企画本部 経営企画室 部長、2020年より研究開発グループ デジタルテクノロジーイノベーションセンタ長、2021年より同デジタルプラットフォームイノベーションセンタ長を経て、現職。

IEEE、電子情報通信学会(シニア) (IEICE)、情報処理学会(IPSJ)、各会員。博士 (工学)

画像3: [Vol.4]「手を動かして考える」をみんなのものに│ “タンジブル化”が問いを磨く ~不確実性の高い環境での研究開発や組織のあり方~

丸山 幸伸
株式会社日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 主管デザイン長
武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科教授

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。

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