[Vol.1] 環境に対する価値観は15年間にどう変化したか
[Vol.2]「私が納得できるエコ」を求めて
[Vol.3] 多世代が学びあえる場の「強さ」とは
地域でゆるく学べる新しい場
的場:
今回の座談会の最後に取り上げるきざしは「Community Education」です。「地域力向上のための教育の推進」を表現していますが、別の言葉で言い換えると「学びあい、助け合える心強さこそが、この街の強さ」となります。
このきざしは、パソコンやタブレットを使った教育が小学校で広がる一方で、高齢世代のデジタルデバイドを解消するために、高齢者向けのIT教育も始まるだろうという社会の状況を仮定して描かれています。
また、少子化で不要になった校舎を地域交流の場として活用したり、高齢者施設と学校の複合施設に統合したりといった動きが広がる中で、多世代の人々が集まって一緒に学べる場が求められるようになっていく、という見方が示されています。
篠原さん:
まさに、エコルとごし(品川区立環境学習交流施設)は「多世代の人々が集まって一緒に学べる場」をめざして、2022年にオープンしました。午前7時から午後9時半まで開いているので、時間帯によって小さな子どもから高齢者までさまざまな来場者が訪れます。週末にはいろいろなイベントが開催され、そこに集まる人々の「多世代交流」が実現しています。
環境に関する意識を変えるためには、きっかけが必要です。そのきっかけをどう作っていくかという点を考えたのが、この施設です。この空間を通じて、「ゆるやかな学び」「楽しむ学び」ができるといいなと期待しています。

エコルとごしのインタラクティブな展示。壁にタッチすると、自然をイメージしたアニメーションが動き出す
鍾:
エコルとごしの事例をみると、この「Community Education」も他のきざしと同じく、早くも変化が身近に表れているのかなと思いますが、どうですか。
的場:
正直なところ、そこはよくわからないです。2010年の段階で「地域力向上のための教育の推進」という社会課題が顕在化していて、それがずっと続いているというイメージかもしれません。
多様な世代が気軽につながるサードプレイス
篠原さん:
2000年よりも前の状況を思い返すと、子どもが学ぶ場といえば、学校か塾か家ぐらいしか選択肢がなかったのではないかと思います。でも、最近は多世代型の学習交流施設が増えてきて、地域の中の「学ぶ場」の種類が多様化している印象です。
「サードプレイス」という言葉が適切かどうかわかりませんが、先生と生徒のような「縦の関係」ではなく、いろいろな世代の人たちが「横の関係」でつながり、自然と交流できる場が新たに生まれている。そういう意味では、従来にはなかったタイプの学習施設が増えてきている状況といえるかもしれません。

多世代が楽しめる学習施設の意義を語る篠原さん
的場:
そういうサードプレイス的な場があって、そこでいろいろな世代の人たちが自由に会話できる接点があるというのが、とても大事なことかなと思います。多様な人々が、さまざま目的で訪れることのできる場所があるのは、地域にとって大きな力になりそうです。
薗田さん:
企業との関連でいうと、環境に関する問題は、企業だけでは解決できないことがたくさんあります。このような空間を活用しながら、地域全体としてコレクティブアクション(協働)で取り組んでいこうという姿勢が重要でしょう。
的場:
地域全体の取り組みといえば、神奈川県の鎌倉市では、生活者や消費者ではなく「循環者」という新しい言葉を作って、「循環者になろう」と、市民に呼びかけています。今後の社会は、資源を社会の中で循環させるサーキュラーエコノミー(循環型経済)へ移行していくという想定のもと、「循環者としてのあり方を一緒に考えていきましょう」と発信しています。
確かに「循環者」と言われると、ごみを捨てるときにも「資源として、どう地域に回していこうか」という発想が出てくるので、興味深い取り組みとして注目しています。
「Education」よりも「Communication」
鍾:
資源の循環については、地域の多様性も重要だと思います。ある地域で不要なものが、他の地域では必要ということがあるからです。その点では、不用品を売買するフリマアプリのサービスは参考になるのではないでしょうか。みんなのニーズが違うから循環が成り立つという世界です。
その場合の「循環」のイメージは、前の使用者からモノを引き継いで、しばらくしたら次の人にパスするという感じです。そのときに大事なのは、コミュニケーション。コミュニティのみんなでそれぞれのことを知ろうとしながら、一緒に学んでいくイメージですね。

鍾は、多様な人々が相互にコミュニケーションすることが大切だと指摘する
的場:
社会全体でみると、企業も「循環者」に含まれるといえますが、薗田さんからみて、サステナビリティに関するコミュニケーションで重要なのは、どんな点でしょうか。
薗田さん:
もっとも大きいのは、生活者が変わることですね。例えば、SDGsに後ろ向きな企業の商品は買いたくないと生活者がはっきり望むようになれば、企業は対応せざるを得ません。もう一つは、投資家の要望です。企業が長期的なビジョンを持って、環境対策に取り組んでいるのかを重視する投資家が増えています。企業はそういう投資家や生活者などステークホルダーの目も意識しながら、環境に対する行動を決めていますね。
鍾:
企業と消費者・投資家の関係もそうですが、環境について学びあったり、助けあったりする関係は「Education」というよりは「Communication」と呼ぶべきだろうと思います。
的場:
2010年にきざしを考えたときは「Community Education」という表現で良かったのでしょうが、今日の議論からすると、今は「Education」ではなく「Communication」と表現したほうがよいのかもしれません。
特に、環境問題のように正解がはっきりとわからない問題について学びあう場合には、いろいろな立場の人たちがいろいろな視点から考えて、お互いにコミュニケーションを重ねながら、「どの方向に進んでいくべきか」という点を探っていくのが大事なのでしょうね。
正解の見えない時代だからこそ考え続ける
鍾:
現在はインターネットのおかげで、多種多様な情報に簡単にアクセスできるようになりましたが、その結果、何が正解なのか、わかりにくい時代になったともいえます。そんな時代を生きていく私たちは、何をよりどころにしていけばいいのでしょう。
薗田さん:
そのヒントになるかもしれない事例として、日本財団が実施した「陸上養殖体験プロジェクト」を紹介したいと思います。これは、小学校で数カ月かけてヒラメの養殖を体験してもらい、最後にそのヒラメを食べるかどうか、児童たちがディスカッションするというプロジェクトです。
「海に逃がしたほうがいい」という子もいれば、「おいしく食べたほうがいい」という子もいます。どちらが正解とも決まっていない中で、子どもたちが自分たちで考えて、オルタナティブな解決策も探っていく。そうやって、みんなで真剣に考えることが重要なのではないかなと思います。

実際の体験を通して環境問題を身近に感じ、自分の頭で考えることが重要だ、という薗田さん
鍾:
正解は、誰も教えてくれないわけですよね。
薗田さん:
どんな行動が正解なのかは、そのときどきで変わることが多いでしょう。だから、考え続けることがとても大事なのだろうと思います。
鍾:
「考え続けること」という言葉を聞いて、はっとさせられました。環境をめぐる問題は、今後さらに複雑になっていくと思うので、本当に何が大事なのか、自分の中で更新し続けないといけないのでしょうね。そのためには、違う地域に住んでいる人や年齢層が違う人、文化背景が違う人など、多種多様な人々と対話していく必要があるのだと思います。
薗田さん:
考え続けるという意味では、環境問題とウェルビーイングの関係にまで考えをめぐらせていくことも大切でしょうね。
篠原さん:
環境というテーマは、範囲が非常に広くて曖昧な領域もあり、はっきりした統一解がない世界ですが、今回のディスカッションのような会話ができること自体がとても有意義だと思います。エコルとごしがこうした対話の場になったことにも、この施設をつくった意味があるのかなと感じました。
的場:
25のきざし を振り返るという観点からすると、15年前に作ったきざしをもとに、多様な議論ができたのは大きな収穫でした。この記事を通じて、議論を追体験することで、新しい課題や新しい価値がうっすらと見えてきたらよいな、と期待しています。

座談会は「エコルとごし」で開かれた
取材協力/品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」
関連リンク
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篠原 宏一
株式会社丹青社 プランナー
2007年、静岡大学大学院教育学研究科修了。主にミュージアムなどの文化施設、文化催事などの展示において、情報・体験・コミュニケーション全般の企画を担当。近年は自然や環境、サステナビリティに関するテーマ、マンガを始めとするジャパンカルチャーに関するテーマなど、国内外で社会的潮流となっているテーマの空間づくりに積極的に取り組む。2022年5月に新設された品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」の展示のプランニングを担当。静岡大学非常勤講師。
![画像2: [Vol.3] 多世代が学びあえる場の「強さ」とは|未来洞察シナリオから考える将来の社会](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/04/14/12bd4e780f86d0bae4330103721f6572c24f3fea.jpg)
薗田 綾子
サステナビリティコンサルタント
1988年、株式会社クレアンを設立。これまでに、多数の企業のサステナビリティ経営コンサルティングやサステナビリティ・統合報告書の企画制作を支援。公益財団法人みらいRITA代表理事、NPO法人サステナビリティ日本フォーラム理事、三菱地所株式会社 社外取締役、株式会社ロッテ 社外取締役、一般社団法人ALLIANCE FOR THE BLUE理事、内閣府 地方創生SDGs官民連携プラットフォーム 幹事、また次世代への教育活動として、大学院大学至善館 特任教授などを務める。
![画像3: [Vol.3] 多世代が学びあえる場の「強さ」とは|未来洞察シナリオから考える将来の社会](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/04/14/5c751a68b111ece86f474133be8057f30b95ca19.jpg)
鍾 イン
日立製作所 研究開発グループ Next Research プラネタリーバウンダリープロジェクト デザイナー
日立製作所入社後、ロボット・AI の新事業創成プロジェクトでエクスペリエンスデザインを担当。2019 年~2021 年にスマートシティ分野で豪州、中国など海外顧客企業との協創案件、2022 年から国内の地域案件を中心に、サーキュラ―エコノミーなど社会課題にかかわるビジョンデザイン、サービスデザインに従事。2024 年からプラネタリーバウンダリープロジェクトに所属。
![画像4: [Vol.3] 多世代が学びあえる場の「強さ」とは|未来洞察シナリオから考える将来の社会](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/04/14/ef86ce98207d8783991439543bfe36f278decc87.jpg)
的場 浩介
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D デザインセンタ ストラテジックデザイン部 デザイナー
2009年日立製作所入社。鉄道車輛や計測・分析装置のプロダクトデザイン、UI/UXデザインを担当した後、2016年より将来の社会課題を探索するビジョンデザインに従事。人視点の未来洞察「経済エコシステムのきざし」、家電・ロボットのビジョンシナリオ、神奈川県三浦半島でのフューチャー・リビング・ラボの研究を担当した。
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